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しおりを挟む雨君が帰る頃には、もう天界の陽も暮れてきていた。
見送りのために晴君だけ外に出て、別れの挨拶を告げる。
「じゃあね。秘密守ってね!」
「貴様も期限守れよ。次はないからな」
「はい……」
雨君の手には回収された天候予定表、その他諸々の書類があった。
縛り縛られ云々の後、仕事のことを忘れていなかった雨君によってビシバシ扱かれつつ、無理矢理完成までこぎつけたのだ。終わった後、「やり始めれば早いんだから、早く取り掛かればいいだけの話だろうが…」と疲れた顔で言われてしまって、毎度のことながら本当に申し訳ないと思った。
今日は仕事のことは絶対に有耶無耶になると思ったのに。寧ろ僕もそれを期待していたのに。流石、真面目仕事天人の雨君だ。天候区がまともに機能しているのは、彼の頑張りによるところが大きい。本当に頭が上がらない。
え?僕が天候区をまとめる長なんじゃないのかって?長っていうのはね、大体お飾りなんだよ千晴…(※一個人の意見です)
脳内で質問してきた架空の可愛い千晴と話して疲れを癒していると、書類の最終確認をし終えた雨君が口を開く。
「あんな言葉一つで俺を信頼して良かったのか?この足で人間の存在を報告しに行くかもしれんぞ」
「うん、良いよ。そしたら諦める。でも僕は出会った時から今までの君の実直さを知ってるから。「他言しない」って言ってくれた君の言葉を信じるよ」
笑って言った晴君に、雨君は一拍置いてからはあっ、とまた大きなため息を吐いた。
「人に選択を委ねて共犯者意識を植え付けるな。俺は貴様に脅されているだけの被害者だ。分かったな」
「わ、わかりました。えっと、大丈夫?色々…」
「大丈夫なわけがあるか。これからのことを考えると胃が痛い。……まあ、いつものことだが」
「……ありがとう、雨君」
「嫌味だ!!」
「ごめんなさい!!」
思い切り頭を叩かれるが、すぐ後に零れたのは笑みだ。
最初は焦ったが、千晴のことがバレたのが雨君で良かった。根が優しいというか、面倒見がいいのだ。こんな態度だが、きっと助けを求めればぶつくさ言いながらも力になってくれるだろう。
そんなことを思いながら見ていると、「何をへらへら笑っている」と更に頬を抓られてしまった。いひゃい。
人心地ついた後、少し表情を引き締めた雨君が告げる。
「俺は他言はしないが、結局問題を先送りにしただけに過ぎん。この状況はいつまでも続かないぞ。天人と人間は根本から違う。嘘を嘘で塗り固めると、いつか絶対ボロが出る」
ああ本当に、バレたのが君で良かった。
「どういうつもりで人間をそばに置いているのか知らんが、貴様がやっているのは、人一人の正常な運命を犠牲にして成立する自己満だ。可愛がって結局壊すなら、……前と同じく、遠くから見るだけにしておけ」
こういう耳が痛い正論も、はっきり口に出して言ってくれるから。
*
「嵐が去りました~」と雨君に対して失礼なことを言いながら家へ戻ると、ちゃぶ台の側に千晴がちょこんと座っていた。音に反応してこちらに顔を向けたかと思うと、ぎこちなく「おかえりなさい」と呟く。
わっ、びっくりした。可愛すぎて僕の都合のいい妄想が具現化したかと思った。家に戻ったら人間がいる生活。出迎えてもらえる天人生。…ちょ、良すぎ……。
がくっとその場で膝から崩れ落ち、きゅんきゅーーんと高鳴る胸に殺されかけまた生かされていると、千晴が駆け寄って来た。
ゔ、足音すらも可愛い…!
興奮と荒い鼻息を抑えようと頑張っている晴君とは逆に、すぐ近くまで来た千晴の表情はどこか暗く、晴れない。
それを見て、ふざけている場合ではないことを一瞬で察知した晴君は、気合で愛しさゲージを押しとどめた。
「どうしたの?」と屈んだ姿勢のまま話を促すと、千晴は少しだけ言い辛そうに視線を彷徨わせて、
「あの、名前だけではなくて、字を、書いたことがありません……。すみません」
「え?うん。謝らなくていいよ。誰でも出来ないことはあるし、その都度覚えていけばいいだけなんだから」
何故そのように申し訳なさそうにしているかが分からず、晴君はその小さな頭を撫でて慰める。
しかし千晴はどこか腑に落ちない様子だ。頷きはしたものの、その表情はまだ沈んだまま。
「あ、字を教える代わりに、千晴が僕に料理を教えてよ。ね、教え合いだ」
「!」
閃いた!と笑うと、千晴はその赤い眼を大きく見開いた。同時に顔の血色感が増したように思う。
これが正解だったようだ。
その後、少し視線を逸らして照れくさそうに頷いた千晴。確かに喜びの感情が見えるその様子に、晴君もたまらず目尻が下がった。
壊したい筈がない。ずっと一緒に居たい。その気持ちに一つだって嘘はなかった。
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