天界への生贄の持ち込みは禁止されています

椿

文字の大きさ
9 / 42

9

しおりを挟む

 雨君が帰る頃には、もう天界の陽も暮れてきていた。
 見送りのために晴君だけ外に出て、別れの挨拶を告げる。

「じゃあね。秘密守ってね!」
「貴様も期限守れよ。次はないからな」
「はい……」

 雨君の手には回収された天候予定表、その他諸々の書類があった。
 縛り縛られ云々の後、仕事のことを忘れていなかった雨君によってビシバシ扱かれつつ、無理矢理完成までこぎつけたのだ。終わった後、「やり始めれば早いんだから、早く取り掛かればいいだけの話だろうが…」と疲れた顔で言われてしまって、毎度のことながら本当に申し訳ないと思った。
 今日は仕事のことは絶対に有耶無耶になると思ったのに。寧ろ僕もそれを期待していたのに。流石、真面目仕事天人の雨君だ。天候区がまともに機能しているのは、彼の頑張りによるところが大きい。本当に頭が上がらない。
 え?僕が天候区をまとめる長なんじゃないのかって?長っていうのはね、大体お飾りなんだよ千晴…(※一個人の意見です)
 脳内で質問してきた架空の可愛い千晴と話して疲れを癒していると、書類の最終確認をし終えた雨君が口を開く。

「あんな言葉一つで俺を信頼して良かったのか?この足で人間の存在を報告しに行くかもしれんぞ」
「うん、良いよ。そしたら諦める。でも僕は出会った時から今までの君の実直さを知ってるから。「他言しない」って言ってくれた君の言葉を信じるよ」

 笑って言った晴君に、雨君は一拍置いてからはあっ、とまた大きなため息を吐いた。

「人に選択を委ねて共犯者意識を植え付けるな。俺は貴様に脅されているだけの被害者だ。分かったな」
「わ、わかりました。えっと、大丈夫?色々…」
「大丈夫なわけがあるか。これからのことを考えると胃が痛い。……まあ、いつものことだが」
「……ありがとう、雨君」
「嫌味だ!!」
「ごめんなさい!!」

 思い切り頭を叩かれるが、すぐ後に零れたのは笑みだ。
 最初は焦ったが、千晴のことがバレたのが雨君で良かった。根が優しいというか、面倒見がいいのだ。こんな態度だが、きっと助けを求めればぶつくさ言いながらも力になってくれるだろう。
 そんなことを思いながら見ていると、「何をへらへら笑っている」と更に頬を抓られてしまった。いひゃい。

 人心地ついた後、少し表情を引き締めた雨君が告げる。

「俺は他言はしないが、結局問題を先送りにしただけに過ぎん。この状況はいつまでも続かないぞ。天人と人間は根本から違う。嘘を嘘で塗り固めると、いつか絶対ボロが出る」

 ああ本当に、バレたのが君で良かった。

「どういうつもりで人間をそばに置いているのか知らんが、貴様がやっているのは、人一人の正常な運命を犠牲にして成立する自己満だ。可愛がって結局壊すなら、……前と同じく、遠くから見るだけにしておけ」

 こういう耳が痛い正論も、はっきり口に出して言ってくれるから。


 *

「嵐が去りました~」と雨君に対して失礼なことを言いながら家へ戻ると、ちゃぶ台の側に千晴がちょこんと座っていた。音に反応してこちらに顔を向けたかと思うと、ぎこちなく「おかえりなさい」と呟く。
 わっ、びっくりした。可愛すぎて僕の都合のいい妄想が具現化したかと思った。家に戻ったら人間がいる生活。出迎えてもらえる天人生。…ちょ、良すぎ……。
 がくっとその場で膝から崩れ落ち、きゅんきゅーーんと高鳴る胸に殺されかけまた生かされていると、千晴が駆け寄って来た。
 ゔ、足音すらも可愛い…!
 興奮と荒い鼻息を抑えようと頑張っている晴君とは逆に、すぐ近くまで来た千晴の表情はどこか暗く、晴れない。
 それを見て、ふざけている場合ではないことを一瞬で察知した晴君は、気合で愛しさゲージを押しとどめた。
「どうしたの?」と屈んだ姿勢のまま話を促すと、千晴は少しだけ言い辛そうに視線を彷徨わせて、

「あの、名前だけではなくて、字を、書いたことがありません……。すみません」
「え?うん。謝らなくていいよ。誰でも出来ないことはあるし、その都度覚えていけばいいだけなんだから」

 何故そのように申し訳なさそうにしているかが分からず、晴君はその小さな頭を撫でて慰める。
 しかし千晴はどこか腑に落ちない様子だ。頷きはしたものの、その表情はまだ沈んだまま。

「あ、字を教える代わりに、千晴が僕に料理を教えてよ。ね、教え合いだ」
「!」

 閃いた!と笑うと、千晴はその赤い眼を大きく見開いた。同時に顔の血色感が増したように思う。
 これが正解だったようだ。
 その後、少し視線を逸らして照れくさそうに頷いた千晴。確かに喜びの感情が見えるその様子に、晴君もたまらず目尻が下がった。

 壊したい筈がない。ずっと一緒に居たい。その気持ちに一つだって嘘はなかった。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

鳥籠の夢

hina
BL
広大な帝国の属国になった小国の第七王子は帝国の若き皇帝に輿入れすることになる。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~

マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。 王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。 というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。 この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。

処理中です...