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5章 エルフの森

夢の中で

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 夢を見た。
 真っ白な空間の、真っ白なテーブルセットにリーラ様がアンニュイな様子で頬杖をついて座り、こちらをじっと見ている。
 反射的に自分の後ろを振り返って見て、他に誰もいない事を確認する。
 自意識過剰とかではなく、間違いなく俺の事を見ているようだ。

「あ、これはもしや明晰夢というやつだろうか?」

 つまりこれは夢であると、夢を見ている本人が理解して見る夢のことだな。

「否です。 下界に降りると分体であっても、神殿以外の場所では色々と不都合がある為、あなたの夢の中に語りかけるという方法を選択しました。 ですので、これは夢であって夢ではありませんよ」

 リーラ様が、アンニュイな表情のまま、何やら謎掛けの様な言い回しで言われたが、俺には本当に目の前に居るのがリーラ様なのか、そういう夢でしかないのかは判別のしようがない。
 何しろご尊顔は以前と変わらずなのだが、一部の装甲が大変厚くなっているのだ。
 雰囲気も、なんというか母性が増している。 いや、母性の塊と化していると言って良いほどだ。

「という、わけですので、ただの夢じゃなかったという証拠をください! 起きた時になにか物質的でいて、それとわかる貴重なものを頂けている、という感じが良いです!」

「わけは言っていないと思いますが……。 言いたいことは理解はできますね。 以前みた分体と見た目が少々違うのは、あの時の私が分体だったからなのですが……。 まあ是としましょう、目覚めた時にただの夢ではなかったとわかるようにしておきます」

 少々ではない増量具合だが、なんでも言ってみるもんだな。
 分体さんは、本人でもあるが本来の力を、ほんの少ししか使えず、色々と制限がかかっているという事らしいが、まさかスタイルにも制限がかかっていたとはな……。
 それがなんの意味があるのかは、まさに神のみぞ知るである。

「まあ、そちらにお掛けなさい」

「あ、はい失礼します」

 着席を薦められたので、席につく。
 勝手に座らないのは、もはや元の世界からの習性みたいなものだな。
 装飾のないシンプルなデザインの椅子に腰掛けると、リーラ様が手ずからお茶を煎れてくれた。
 ほんのりと甘い果実の香りがするお茶だ。

「夢の中ですので、雰囲気だけですが創世の果実のフレーバーティーです。 香りの記憶だけでも精神的な疲れが癒えますよ」

 アロマテラピー的なものだろうか?
 ってか香りの記憶だけでも癒しの効果があるとか、神様のお茶凄いな。
 その創生の果実というのはいったいどれ程ののモノなのだろうかと、興味は尽きない。
 身を滅ぼしそうな未来しか見えないが……。

「あ、実験に付き合っていただいてしまってありがとうございました。 指は大丈夫ですか?」

 パール伝にお礼も謝罪言ってあるが、社交辞令抜きでお礼を言っておく。

「是です。 存在を脅かされるようなこともなく、ダメージ自体はほとんどありません。 しかし、そのような弱い攻撃であんなにも痛いとは思いませんでした。 あんなにも憂鬱な経験は初めてでしたね」

 指先という場所だけに、何をするにも触れてしまって、その度に追加で痛みが襲って来たとかで、その間は神としての仕事が出来なかったとか。
 通常の生物ならば、回復させれば済む話なのだろうが、存在その物が生物と異なる為、さまざまな方法で痛みを取り除こうとしたようなのだが、この魔道具の効果そのものが小さなもの過ぎて取り除く事が困難だったそうである。
 力が大きいと、繊細な作業が難しくなるのかもしれないな。 

「お蔭さまでをもちまして、効果あり、という事がわかりましたので邪神用に散布したものはバージョンアップしてあります。 具体的には針に返しと枝をつけ、さらに低速で回転する機能をつけ、無理に引き抜いた時には、枝が折れて体内に残る仕様にしておきました!」

 邪神が何も知らずに迂闊に手を出してきて、盛大に食らってくれるのを期待していたが、すでにバレてしまっているので、ファーストインパクトが与えられないのが残念だ。
 出来れば舐めて掛かって、取るに足らないものだと判断くれると嬉しいのだが……。

「そ、そうですか……。 敵ながら邪神には同情してしまいますね。 くれぐれも他の神々に被害が及ばぬよう、細心の注意を払ってください。 今回この様に会いに来た理由のひとつは、この注意をする為です」

「あ、はい。 気をつけます……」

 もう相当数散布したから、もし何かあっても回収するのはちょっと難しいかもしれない。
 まあ、その時は神様なんだし人智の及ばぬ力とかで頑張ってもらおう。

「僅かな力で神を害する事ができる発想と、それを実現出来る能力を危険視する意見が、他の神から出ています。 くれぐれも、自身が神を害する者とならないようにしてください」

「あーそこはご安心を。 ただの自衛手段ですから。 何もされてないのに、わざわざこちらから何か害を与えに行くメリットが無いですよ」

 こちらとしては、自分の身を守る為に、対策をとったまでのことだ。
 俺とて、わざわざ藪を突いて蛇を出す気はない。

「というか、普通に考えれば、わざわざ人里から遠い所にあるスズメバチの巣を突きに行く様なマネはしないでしょう? もし何かそれで手に入るとしても、費用対効果が悪すぎます」

「神をハチ扱いですか……」

 あ、イカン流石に例えが不敬すぎたか?

「無学ゆえに、例えが不適切でした。 申し訳ありません!」

「ああ、特に怒ってはおりませんよ。 この世界の人の子達は無条件に神々を敬ってしまうので、とても新鮮だっただけです」

 そういって、柔和な笑顔を見せてきた。
 なるほど、母親が子供に見せる無条件の愛を含んだ笑顔というのは、こういう笑顔か……。
 こんな笑顔で「大丈夫、大丈夫」とか言われ、優しく抱きしめられて、さらに頭をポンポンとかされたら、どんな状況でも安心してしまうに違いない。

「もう一つ、邪神があなたをこちらの世界に召還した目的が判明しました」

「マジですか!?」

「是です。 神々への有力な尖兵となる使徒とするべく上位の世界より異界の子を召還。 その際に、想定以上の魔力が必要となり破綻したという、分体の私がした推測の通りでした。 召還が破綻しなければ、自我を奪われ、邪神の忠実な使徒として、あなたのそのスキルを振るわせ、この世界を混乱させていたことでしょう」

 おおう、自我を奪われるとか危なかったな。
 知らぬ事とはいえ、一回神の使徒だったドラゴンを瞬殺しているからな……。
 もし、そうなっていたら、殺戮マシーンみたいになってたかもしれないし、自我が無いって事は自爆しようが、自分がどんなにダメージを受けようがチートコードを使いまくって、ボロボロになっていたかもしれないわけか。

「ちょっと、今回の嫌がらせはヌルかったみたいですね。 タンスの角に足の小指をぶつける機能とか、指先にやたらと逆剥けが出来る機能も足しましょう……」

「否です。 というか、そもそも、どうやってそんな機能をつけるのですか?」

「半分冗談ですが、いま散布している魔道具に自己増殖機能をつけようとは思いました」

「否です。 今でも十分です。 危険すぎますのでお辞めなさい」

 これ以上の嫌がらせは、神々から危険視されてしまう恐れがあるからと禁止されてしまった。 無念である。

「それで、確認をしておきたい事があるのですが、この世界に召還される前の自分と比べて変わったこと、異なるところはありませんか?」

「変わったことに異なること、ですか?」

 変わった事といえば、まず見た目がゲームのデフォルトアバター君の姿であることがあるし、身体能力などもゲーム基準であるから、違う部分である。

「肉体に関しては、この世界に合わせためでしょうね。 内面的な面ではどうでしょうか?」

 内面、と言われても、何か変わったかなんて自覚は特にない。
 もともとこんな性格だったはずだ。
 うーん、とは言えなんか引っかかるな……。
 本当にそうだっただろうか?
 うーん、わからんな。 哲学の海沈んでしまいそうだ。

「わかりませんか? では聞き方を変えましょう。 召喚時に自我を奪うとは言っても、すべての記憶や知識を奪ってしまってはスキルを使いこなせません。 その為まずは人の持つ『欲』を奪うのです。 睡眠欲、食欲、性欲、これらは生物が生きる上で必要な欲求ですね」

 リーラ様はそこで一度言葉を切り、俺の顔をじっと見つめて来た。

「これらの、いえこれら以外にも、生物としての当然の欲求が以前と比べて希薄になっていたり、偏ってはいませんか?」
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