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「クロエ、いい加減折れたらどうだ? おまえみたいな野暮ったい女、誰にも相手にされないだろうからデートしてやるって言ってるんだよ」
(そ、そんなこと言われても、バーニー卿とデートなんてしたくない……)
一緒に街歩きをしてもいちいち詰られそうだ。完全に上から目線のこの男。そんな人の横で、楽しく談笑するイメージがわかない。
「お、お断りしたはずですし、今は業務中です。……そこを、ど、どいてください」
とにかくこの死角から出たい。人がいる場所へ行った方がいいと頭の中で警鐘が鳴る。それなのに、この男はクロエの逃げようとする態度が気に入らないのだろう。行く手を阻んで立ち塞がった。
「はっ! お高く留まりやがって。俺が相手してやろうって言ってるのに何様だよ」
両手を掴まれたまま壁際に追い込まれ、バンザイをさせられる。手にしていた書類がバサッと音を立て落ちた。
腐っても騎士。この男に腕力で適うわけがない。足元からぞくぞくとしたものが這い上がってくる。
「きゃっ、や、やめてください……!」
「大声出していいのか? ……同僚に見られても知らないぞ」
荒い息を吐きながら顔が近づいてくる。
(口づけしようとしている? え? 首? 首に向かっているの? どっちにしても嫌すぎる! やだやだやだ! 気持ち悪い! 触らないで!!)
ぎゅっと目を瞑って大声を出そうと思っても、まるで喉の奥に何かが詰まったように声が出ない。緊張と恐怖で頭が真っ白になったところに、冷ややかな声が聞こえた。
「嫌がる女性を無理やりというのは感心しないな」
人の気配なんて全くなかったのに。
目の前の男もあまりの驚きで慌てて手を緩めた。
はっとして今がチャンスだと気づき、その場にしゃがみ込んで書類を拾う。そのままユリシーズ・バーニーが伸ばしていた腕の下をくぐって抜ける。
そこには信じられないほどの美男子がいた。
目が合った彼はクロエの腕を優しく掴むと、まるでワルツを踊るかのように、ひらりと彼の背中へ隠してくれた。すれ違う時に、ふわっと清涼感のある香りがした。
(美しい男はなんだか香りまでかっこいい気がする……!)
彼の後ろからユリシーズ・バーニーを諫める様子を聞いていると、この美しい男は信じられない言葉を口にするではないか。
「彼女は今夜の私のお相手だ」
「はあ? 何言ってんだ!? おまえ誰だよ」
「『青き夜想曲の貴公子』……テオン・フォンセカといえばわかるかな?」
(こ、この人が有名なテオン様……!)
テオン・フォンセカの美しさにまつわるエピソードはクロエの耳にも学生の頃から自然と入ってきている。もちろん、彼の女性関係にまつわる噂も、だ。
特定の相手はおらず、愛人は五人とも十人とも。気に入れば抱いてくれるという噂もまことしやかに流れていて、ワンチャンを狙って誘いをかける女性もいる。
(え、待って。テオン様、今夜の相手が私って言った?)
クロエはそんな約束をした覚えがないし、そもそも初対面。だけど、すぐに理解した。
(あ、バーニー卿から庇ってくださるためのとっさの嘘か。でも、話を合わせておこう。テオン様の御手付きだと思われれば、処女好きのバーニー卿は諦めてくれるはず)
「ほ、本当なのか? おまえ、そんな野暮ったいくせにテオン・フォンセカを誘うなんて……はっ! 見損なったぞ」
(へ? み、見損なったって……! ううん、いいや。この際だから見損なってもらって大いに結構)
テオンの背中から顔だけを出すと、ユリシーズが怒りと困惑が混ざった顔をしていた。まるで浮気でもされたような顔をしているが、そもそも付き合ってない。
「わ、私にだってお相手を選ぶ権利はあります……」
「聞いたか? そういうわけで、卿は早く持ち場へ戻った方がいい」
「~~~~~っ!」
ユリシーズは棚にわざと肩をぶつけると、どすどすと音を立てながら去って行った。反動で備品のタオルの山がいくつか崩れ、その態度にクロエは呆れる。
(はぁっ、なんとかやり過ごせた……)
クロエはドキドキが収まらない胸に手をあて、大きく息を吐く。テオンにお礼を言わなきゃと顔を上げた先、じっと見下ろしてくるペールブルーの瞳に、せっかく収まった鼓動が再度ドクンと大きな音を立てた。
(わわわっ! す、すごい美男子……!)
「大丈夫だった? 困っている様子だったから割り込んでしまったけど」
「はっ、た、助かりました、テオン様。ああっ! すっすすす、すみません、フォンセカ様っ!」
テオンは胸元のネームプレートへ一旦視線を落とすと、クロエを見つめながらふっと柔らかく笑った。
「テオンで構わないよ。君は……」
クロエは慌てて自己紹介をした。
「はわわわわ、ク、クロエ・ガルシアと申します。テ、テオン様、改めてありがとうございました」
(約束の日まで残り八十五日)
(そ、そんなこと言われても、バーニー卿とデートなんてしたくない……)
一緒に街歩きをしてもいちいち詰られそうだ。完全に上から目線のこの男。そんな人の横で、楽しく談笑するイメージがわかない。
「お、お断りしたはずですし、今は業務中です。……そこを、ど、どいてください」
とにかくこの死角から出たい。人がいる場所へ行った方がいいと頭の中で警鐘が鳴る。それなのに、この男はクロエの逃げようとする態度が気に入らないのだろう。行く手を阻んで立ち塞がった。
「はっ! お高く留まりやがって。俺が相手してやろうって言ってるのに何様だよ」
両手を掴まれたまま壁際に追い込まれ、バンザイをさせられる。手にしていた書類がバサッと音を立て落ちた。
腐っても騎士。この男に腕力で適うわけがない。足元からぞくぞくとしたものが這い上がってくる。
「きゃっ、や、やめてください……!」
「大声出していいのか? ……同僚に見られても知らないぞ」
荒い息を吐きながら顔が近づいてくる。
(口づけしようとしている? え? 首? 首に向かっているの? どっちにしても嫌すぎる! やだやだやだ! 気持ち悪い! 触らないで!!)
ぎゅっと目を瞑って大声を出そうと思っても、まるで喉の奥に何かが詰まったように声が出ない。緊張と恐怖で頭が真っ白になったところに、冷ややかな声が聞こえた。
「嫌がる女性を無理やりというのは感心しないな」
人の気配なんて全くなかったのに。
目の前の男もあまりの驚きで慌てて手を緩めた。
はっとして今がチャンスだと気づき、その場にしゃがみ込んで書類を拾う。そのままユリシーズ・バーニーが伸ばしていた腕の下をくぐって抜ける。
そこには信じられないほどの美男子がいた。
目が合った彼はクロエの腕を優しく掴むと、まるでワルツを踊るかのように、ひらりと彼の背中へ隠してくれた。すれ違う時に、ふわっと清涼感のある香りがした。
(美しい男はなんだか香りまでかっこいい気がする……!)
彼の後ろからユリシーズ・バーニーを諫める様子を聞いていると、この美しい男は信じられない言葉を口にするではないか。
「彼女は今夜の私のお相手だ」
「はあ? 何言ってんだ!? おまえ誰だよ」
「『青き夜想曲の貴公子』……テオン・フォンセカといえばわかるかな?」
(こ、この人が有名なテオン様……!)
テオン・フォンセカの美しさにまつわるエピソードはクロエの耳にも学生の頃から自然と入ってきている。もちろん、彼の女性関係にまつわる噂も、だ。
特定の相手はおらず、愛人は五人とも十人とも。気に入れば抱いてくれるという噂もまことしやかに流れていて、ワンチャンを狙って誘いをかける女性もいる。
(え、待って。テオン様、今夜の相手が私って言った?)
クロエはそんな約束をした覚えがないし、そもそも初対面。だけど、すぐに理解した。
(あ、バーニー卿から庇ってくださるためのとっさの嘘か。でも、話を合わせておこう。テオン様の御手付きだと思われれば、処女好きのバーニー卿は諦めてくれるはず)
「ほ、本当なのか? おまえ、そんな野暮ったいくせにテオン・フォンセカを誘うなんて……はっ! 見損なったぞ」
(へ? み、見損なったって……! ううん、いいや。この際だから見損なってもらって大いに結構)
テオンの背中から顔だけを出すと、ユリシーズが怒りと困惑が混ざった顔をしていた。まるで浮気でもされたような顔をしているが、そもそも付き合ってない。
「わ、私にだってお相手を選ぶ権利はあります……」
「聞いたか? そういうわけで、卿は早く持ち場へ戻った方がいい」
「~~~~~っ!」
ユリシーズは棚にわざと肩をぶつけると、どすどすと音を立てながら去って行った。反動で備品のタオルの山がいくつか崩れ、その態度にクロエは呆れる。
(はぁっ、なんとかやり過ごせた……)
クロエはドキドキが収まらない胸に手をあて、大きく息を吐く。テオンにお礼を言わなきゃと顔を上げた先、じっと見下ろしてくるペールブルーの瞳に、せっかく収まった鼓動が再度ドクンと大きな音を立てた。
(わわわっ! す、すごい美男子……!)
「大丈夫だった? 困っている様子だったから割り込んでしまったけど」
「はっ、た、助かりました、テオン様。ああっ! すっすすす、すみません、フォンセカ様っ!」
テオンは胸元のネームプレートへ一旦視線を落とすと、クロエを見つめながらふっと柔らかく笑った。
「テオンで構わないよ。君は……」
クロエは慌てて自己紹介をした。
「はわわわわ、ク、クロエ・ガルシアと申します。テ、テオン様、改めてありがとうございました」
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