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──それから五日後
「あら? クロエ、今日はランチを持って来ていないの?」
「はい。昨日、いつものバケットが売り切れで、サンドイッチを作れなかったんです。今日は売店へ行って買ってきます」
王城内にはいくつか売店があり、忙しい文官や女官たちに重宝されている。朝早くから夕方までしか営業していないが、片手で食べながら書類仕事ができるように、時間によっては焼き立てのパンが売られている。
クロエは西エリアにある備品管理課から中央エリアを目指して歩いていく。
目的地だった売店は一番混雑している時間帯をうまく避けられたようで空いていた。人の良さそうなおばさんが、カウンターで手持無沙汰に肘をついている。
「わあ、良かった。けっこう残ってますね。どれにしようかな~」
「そうなんだよ。今日はいまいち売れ行きが悪くてね。どうだい、お嬢さん。四つ買ってくれたら一つサービスしてあげるよ」
「ええ……? ふ、二つは買おうかなと思ってけど五つはさすがに……」
(でも、今全部食べなくてもいいんだから、今日の夜食べればいいのか)
「そ、それじゃあ、これとこれと……」
結局、クロエは四つのサンドイッチとおまけのクリームパンを紙袋に入れられていた。
断れない自分のふがいなさに小さくため息をつきながら扉を開けると、黒い文官服にぶつかりそうになる。
「っ! す、すみません! ぼーっとしてて」
黒ぶち眼鏡を掛け直しながら顔を上げると、ペールブルーの瞳がクロエを見下ろしていた。
「久しぶりだね、クロエ嬢。随分たくさん買い込んだね」
「テ、テオン様! お、お久しぶりです……! あの、これは私が全部食べるわけじゃなくて、いえ、食べるんですけど、今全部というわけではなくてですね」
(やだ、恥ずかしい……たくさん食べると思われたかな。いや、思われてもいいのに、言い訳しているみたいな状況がもっと恥ずかしい)
慌てふためく自分に恥ずかしくなり、顔が火照っていくのを自覚する。
テオンはその様子に目を細めると、口元が弧を描いた。
「ちょうど良かった。私もこれからランチにするところだったんだ。一緒にどうかな?」
「へ? わ、私とですか?」
「ああ。ちょっと待ってて」
そういうとテオンはさっといくつかサンドイッチを購入し、返事も聞かずについてきて、とクロエに言う。
慌ててその背中を追うと、テオンは見たことがない執務棟のひとつに入り階段を上っていく。
すれ違う人たちに会釈をしながらついていくクロエの姿は、はたから見れば、テオンが補佐を連れているように見えたかもしれない。
二階へ上がり、しばらく進んでから中二階の階段を上がる。一度では覚えられないややこしい構造の建物を進んでいくと、こじんまりとしたテラスへ到着した。古びたテラスには長ベンチがひとつ置かれているだけ。人の出入りもなさそうだし、そもそもクロエはこの棟の存在を知らなかった。
「取り壊しが決まっている棟でね。入っている部署も少しずつ新しい建物へ移動しているから、ここは人があまりいないんだ。とっておきの場所だから秘密だよ」
「それでこんなに静かなんですね……」
テオンは慣れた手つきでハンカチを胸ポケットから出すと、ベンチに敷いてクロエに座るよう促す。並んで座ってサンドイッチを出しながら、当たり障りのない世間話をお互いにし始めた。
「テオン様、魔道具課から防犯対策用に警報鳥を送っていただきました! 巡回して決まったワードを聞き取り次第、爆音が鳴るそうです」
「ああ、良かったね。警報鳥か……いい物を送ってもらえたね」
「魔道具って本当に便利ですよね。わが国にももっと魔法を使える人材がいたらいいのに。隣のアルカニア王国には魔力を持つ者が、オラクルム王国には聖力を持つ者が生まれるのに、どうしてわが国には何の力も授からないのでしょう」
「そうだな……陸続きなのにヴェルシャンテール王国にはどちらも恩恵がないけど、その分わが国では知恵と技術が発達したのかもしれないね」
涼やかな顔で話すテオンは思いもよらず聞き上手で、クロエはつい前のめりで話し込んでしまっていた。
穏やかで夢のような時間を楽しんでいると、お昼の休憩時間も終わりに近づいた。
食べきれなかったサンドイッチが入った袋を抱え、そろそろ……と腰を上げようとした時、テオンがクロエを呼んだ。
「クロエ嬢」
「はい、テオン様」
腰を半分浮かせていたが、クロエはまたベンチに座る。
「君とはこれで三回目の遭遇だね。こんな言葉、知ってる?」
テオンのペールブルーの瞳が柔らかくクロエを見つめる。
「一度目は偶然、二度目は奇跡、三度目の出会いは必然なんだって。だからね、クロエ嬢。私とデートをしよう」
(約束の日まで残り七十日)
「あら? クロエ、今日はランチを持って来ていないの?」
「はい。昨日、いつものバケットが売り切れで、サンドイッチを作れなかったんです。今日は売店へ行って買ってきます」
王城内にはいくつか売店があり、忙しい文官や女官たちに重宝されている。朝早くから夕方までしか営業していないが、片手で食べながら書類仕事ができるように、時間によっては焼き立てのパンが売られている。
クロエは西エリアにある備品管理課から中央エリアを目指して歩いていく。
目的地だった売店は一番混雑している時間帯をうまく避けられたようで空いていた。人の良さそうなおばさんが、カウンターで手持無沙汰に肘をついている。
「わあ、良かった。けっこう残ってますね。どれにしようかな~」
「そうなんだよ。今日はいまいち売れ行きが悪くてね。どうだい、お嬢さん。四つ買ってくれたら一つサービスしてあげるよ」
「ええ……? ふ、二つは買おうかなと思ってけど五つはさすがに……」
(でも、今全部食べなくてもいいんだから、今日の夜食べればいいのか)
「そ、それじゃあ、これとこれと……」
結局、クロエは四つのサンドイッチとおまけのクリームパンを紙袋に入れられていた。
断れない自分のふがいなさに小さくため息をつきながら扉を開けると、黒い文官服にぶつかりそうになる。
「っ! す、すみません! ぼーっとしてて」
黒ぶち眼鏡を掛け直しながら顔を上げると、ペールブルーの瞳がクロエを見下ろしていた。
「久しぶりだね、クロエ嬢。随分たくさん買い込んだね」
「テ、テオン様! お、お久しぶりです……! あの、これは私が全部食べるわけじゃなくて、いえ、食べるんですけど、今全部というわけではなくてですね」
(やだ、恥ずかしい……たくさん食べると思われたかな。いや、思われてもいいのに、言い訳しているみたいな状況がもっと恥ずかしい)
慌てふためく自分に恥ずかしくなり、顔が火照っていくのを自覚する。
テオンはその様子に目を細めると、口元が弧を描いた。
「ちょうど良かった。私もこれからランチにするところだったんだ。一緒にどうかな?」
「へ? わ、私とですか?」
「ああ。ちょっと待ってて」
そういうとテオンはさっといくつかサンドイッチを購入し、返事も聞かずについてきて、とクロエに言う。
慌ててその背中を追うと、テオンは見たことがない執務棟のひとつに入り階段を上っていく。
すれ違う人たちに会釈をしながらついていくクロエの姿は、はたから見れば、テオンが補佐を連れているように見えたかもしれない。
二階へ上がり、しばらく進んでから中二階の階段を上がる。一度では覚えられないややこしい構造の建物を進んでいくと、こじんまりとしたテラスへ到着した。古びたテラスには長ベンチがひとつ置かれているだけ。人の出入りもなさそうだし、そもそもクロエはこの棟の存在を知らなかった。
「取り壊しが決まっている棟でね。入っている部署も少しずつ新しい建物へ移動しているから、ここは人があまりいないんだ。とっておきの場所だから秘密だよ」
「それでこんなに静かなんですね……」
テオンは慣れた手つきでハンカチを胸ポケットから出すと、ベンチに敷いてクロエに座るよう促す。並んで座ってサンドイッチを出しながら、当たり障りのない世間話をお互いにし始めた。
「テオン様、魔道具課から防犯対策用に警報鳥を送っていただきました! 巡回して決まったワードを聞き取り次第、爆音が鳴るそうです」
「ああ、良かったね。警報鳥か……いい物を送ってもらえたね」
「魔道具って本当に便利ですよね。わが国にももっと魔法を使える人材がいたらいいのに。隣のアルカニア王国には魔力を持つ者が、オラクルム王国には聖力を持つ者が生まれるのに、どうしてわが国には何の力も授からないのでしょう」
「そうだな……陸続きなのにヴェルシャンテール王国にはどちらも恩恵がないけど、その分わが国では知恵と技術が発達したのかもしれないね」
涼やかな顔で話すテオンは思いもよらず聞き上手で、クロエはつい前のめりで話し込んでしまっていた。
穏やかで夢のような時間を楽しんでいると、お昼の休憩時間も終わりに近づいた。
食べきれなかったサンドイッチが入った袋を抱え、そろそろ……と腰を上げようとした時、テオンがクロエを呼んだ。
「クロエ嬢」
「はい、テオン様」
腰を半分浮かせていたが、クロエはまたベンチに座る。
「君とはこれで三回目の遭遇だね。こんな言葉、知ってる?」
テオンのペールブルーの瞳が柔らかくクロエを見つめる。
「一度目は偶然、二度目は奇跡、三度目の出会いは必然なんだって。だからね、クロエ嬢。私とデートをしよう」
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