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恥ずかしくて消え入りたくて、テオンに恥をかかせてしまったことも申し訳なくて、クロエの瞳からぽとりと涙が落ちる。
「わ、私、美しいテオン様に、は、恥じないようにっ……、だから、母をお手本に……、お化粧とか、服とか、選んで……」
そもそも母をお手本にしようとしたところで間違っていたことにクロエは気づいた。
あんな風に上品な感じでテオンの隣に並べればと思ったのだ。だけど、そもそもの造りが違うのだから、真似すること自体が無謀だったのに。
そんなことにすら気づかないほど自分が浮かれていた事実が痛々しい。
ぽたぽたと涙が落ち、地面へ雫が染みこんでいった。
「……そうか。気を遣わせてしまったね」
テオンの声に同情が滲んでいる気がして、クロエは自分が情けなくて恥ずかしくて、今すぐここから立ち去りたかった。
「……わかった。予定を変更しよう」
クロエはてっきり、ここで別れて今日の予定はキャンセルになると思っていたのだが。
テオンは周囲の視線を気にすることなくクロエの手を引き、街中を進んでいく。
国一番の美男子が『初めて見るほどの不細工』な娘を連れていく様子は、犯罪者を治安警備隊の元へ連れていくように見えたかもしれない。
けれど、クロエがテオンに連れて来られたのは一軒のブティックだった。
大通りから一本入った路地、派手な看板を掲げる店が多い中、控えめな看板がかけられたシックな佇まいで、品の良さを窺わせる。
リンと鳴った扉を開けると、すぐに大柄な女性が近づいてきた。
「まあ! テオン・フォンセカが女性を連れていらっしゃるなんて。明日は槍が降りそう。うふ」
「この子を何とかして欲しいんだ。クロエ嬢、ここはフォンセカ家がよく利用するブティックだ。そして彼……いや、彼女はここのオーナーでアレック……じゃなくて、アレクサンドラだ」
アレクサンドラは長身で騎士のようながっしりとした体型をしている。体にフィットした黒いドレスは洗練されていて、デコルテや背中を覆うレースから透ける肌が艶めかしくもあるが、体格が良すぎていやらしさがない。
結い上げられたラベンダー色の髪にはパールの髪飾りがいくつも散りばめられ、ダサいクロエから見てもおしゃれだ。その仕草一つとっても洗練されていた。
「あらあら、何を思ってこんなにたくさんお化粧をしちゃったの? つけまつげなんて片方ぶらぶらしてるじゃない。アイシャドウもチークも口紅も濃すぎるし、あなたに似合っていないわ。それに何、このドレス」
アレクサンドラがクロエの胸元を指で引っ掛ける。
「きゃあ! 何するんですか!?」
「このドレスだって、あなたの体型にまったく合っていないもの。既製品? それにしたってサイズ違いよ。ちゃんと試着したの? デコルテがこんなにパカパカしていたら、かがんだだけでおっぱい丸だしよ?」
クロエは慌てて両腕をクロスし、胸を隠す。
「色も似合っていないわ。あなたの髪色と肌の色なら……そうね、こんなどぎついパープルより淡いパステルカラーが似合いそうね。……テオン様、一時間くださる?」
「ああ、任せる」
「……え?」
真っ赤なソファへ体を沈め、長い脚を組むと、テオンは置いてあった雑誌をパラパラとめくり始めた。
「さあ、クロエちゃんだったかしら。正しく変身しましょうか」
アレクサンドラはおいで、とクロエの手を引くとブティックの奥にある部屋へ連れていき、真っ白なドレッサーの前に座らせた。
テオンの視界に自分が映らなくなったことにクロエはほっとした心地だったが、その様子を見たアレクサンドラは下を向くクロエの両頬を掌で優しく包み、顔を上げさせた。
「さあ、まずはこの頑張りすぎメイクを落としましょう」
アレクサンドラによってクロエ渾身のメイクがすっかり落とされると、つるんとした素肌が表れた。
「クロエちゃん、鏡を見てご覧なさいな」
恐る恐る目を開けてみると、見慣れた顔がそこにある。
小さな目、鼻、口がちんまりといつもの場所にあるが、泣いたせいでいつもよりもさらに目が小さくなっているような気がする。
アレクサンドラはクロエの後ろに立つとその両肩に手を置き、クロエの顔の横に自分の顔が映るようにかがんだ。髪型を盛っていることもあり、アレクサンドラの顔はクロエの二倍はあるように見える。
鏡越しにクロエのアンバーの瞳を見ながら、アレクサンドラは話しかけた。
「ねえ、一生懸命メイクをしたんだろうけど、あれはあなた向きではなかった。ただそれだけのことよ。私は努力したあなたのことを笑ったりしないわ」
「……」
「人それぞれ持って生まれた良さがあるのよ。人のまねをする必要なんてないの! クロエちゃん、あなたの顔はどこが良いところだと思う?」
「良いところなんて……」
アレクサンドラがぐわっと眉間にしわを寄せ、顔を歪ませる。
「ああっ! ダメダメ! 私、その言葉、大っ嫌い! 『私なんて』は禁止ね。それ系統の言葉も怒るわよ? 私、元騎士なんだから怒ると怖いわよ?」
困惑を隠せないクロエに向かって、アレクサンドラは優しく語り掛けた。
「じゃあ今日は特別に、私があなたの良いところを教えてあげるわ」
アレクサンドラはクロエの背後に立つと、黒ぶち眼鏡を外し、大きくもスベスベの手でフェイシャルマッサージを始めた。
「そうね……まずはこの少し垂れた控えめな瞳。柔らかい印象だから初対面の人に安心感を与えるわ。それから、顔の真ん中に鎮座するこの小さな鼻は全体的な印象をキュートに演出してくれるわね。あとはこのちょこんとした口。まるでひよこのようで思わず餌付けしたくなる……ふふっ、うそうそ! あなたを庇護したい対象と思わせるはずよ。ほらね、結局捉え方ひとつなのよ?」
「……」
クロエには全く理解できない。長年抱えていたコンプレックスを褒められたところで、早々変わるものではない。
けれど、アレクサンドラの優しさはじんわりとクロエの心に染みていった。
「さあ、まずはメイクを教えてあげるわ。その目ん玉ひん剥いて、このアレクサンドラ様の凄腕をよ~く見ていらっしゃい」
「わ、私、美しいテオン様に、は、恥じないようにっ……、だから、母をお手本に……、お化粧とか、服とか、選んで……」
そもそも母をお手本にしようとしたところで間違っていたことにクロエは気づいた。
あんな風に上品な感じでテオンの隣に並べればと思ったのだ。だけど、そもそもの造りが違うのだから、真似すること自体が無謀だったのに。
そんなことにすら気づかないほど自分が浮かれていた事実が痛々しい。
ぽたぽたと涙が落ち、地面へ雫が染みこんでいった。
「……そうか。気を遣わせてしまったね」
テオンの声に同情が滲んでいる気がして、クロエは自分が情けなくて恥ずかしくて、今すぐここから立ち去りたかった。
「……わかった。予定を変更しよう」
クロエはてっきり、ここで別れて今日の予定はキャンセルになると思っていたのだが。
テオンは周囲の視線を気にすることなくクロエの手を引き、街中を進んでいく。
国一番の美男子が『初めて見るほどの不細工』な娘を連れていく様子は、犯罪者を治安警備隊の元へ連れていくように見えたかもしれない。
けれど、クロエがテオンに連れて来られたのは一軒のブティックだった。
大通りから一本入った路地、派手な看板を掲げる店が多い中、控えめな看板がかけられたシックな佇まいで、品の良さを窺わせる。
リンと鳴った扉を開けると、すぐに大柄な女性が近づいてきた。
「まあ! テオン・フォンセカが女性を連れていらっしゃるなんて。明日は槍が降りそう。うふ」
「この子を何とかして欲しいんだ。クロエ嬢、ここはフォンセカ家がよく利用するブティックだ。そして彼……いや、彼女はここのオーナーでアレック……じゃなくて、アレクサンドラだ」
アレクサンドラは長身で騎士のようながっしりとした体型をしている。体にフィットした黒いドレスは洗練されていて、デコルテや背中を覆うレースから透ける肌が艶めかしくもあるが、体格が良すぎていやらしさがない。
結い上げられたラベンダー色の髪にはパールの髪飾りがいくつも散りばめられ、ダサいクロエから見てもおしゃれだ。その仕草一つとっても洗練されていた。
「あらあら、何を思ってこんなにたくさんお化粧をしちゃったの? つけまつげなんて片方ぶらぶらしてるじゃない。アイシャドウもチークも口紅も濃すぎるし、あなたに似合っていないわ。それに何、このドレス」
アレクサンドラがクロエの胸元を指で引っ掛ける。
「きゃあ! 何するんですか!?」
「このドレスだって、あなたの体型にまったく合っていないもの。既製品? それにしたってサイズ違いよ。ちゃんと試着したの? デコルテがこんなにパカパカしていたら、かがんだだけでおっぱい丸だしよ?」
クロエは慌てて両腕をクロスし、胸を隠す。
「色も似合っていないわ。あなたの髪色と肌の色なら……そうね、こんなどぎついパープルより淡いパステルカラーが似合いそうね。……テオン様、一時間くださる?」
「ああ、任せる」
「……え?」
真っ赤なソファへ体を沈め、長い脚を組むと、テオンは置いてあった雑誌をパラパラとめくり始めた。
「さあ、クロエちゃんだったかしら。正しく変身しましょうか」
アレクサンドラはおいで、とクロエの手を引くとブティックの奥にある部屋へ連れていき、真っ白なドレッサーの前に座らせた。
テオンの視界に自分が映らなくなったことにクロエはほっとした心地だったが、その様子を見たアレクサンドラは下を向くクロエの両頬を掌で優しく包み、顔を上げさせた。
「さあ、まずはこの頑張りすぎメイクを落としましょう」
アレクサンドラによってクロエ渾身のメイクがすっかり落とされると、つるんとした素肌が表れた。
「クロエちゃん、鏡を見てご覧なさいな」
恐る恐る目を開けてみると、見慣れた顔がそこにある。
小さな目、鼻、口がちんまりといつもの場所にあるが、泣いたせいでいつもよりもさらに目が小さくなっているような気がする。
アレクサンドラはクロエの後ろに立つとその両肩に手を置き、クロエの顔の横に自分の顔が映るようにかがんだ。髪型を盛っていることもあり、アレクサンドラの顔はクロエの二倍はあるように見える。
鏡越しにクロエのアンバーの瞳を見ながら、アレクサンドラは話しかけた。
「ねえ、一生懸命メイクをしたんだろうけど、あれはあなた向きではなかった。ただそれだけのことよ。私は努力したあなたのことを笑ったりしないわ」
「……」
「人それぞれ持って生まれた良さがあるのよ。人のまねをする必要なんてないの! クロエちゃん、あなたの顔はどこが良いところだと思う?」
「良いところなんて……」
アレクサンドラがぐわっと眉間にしわを寄せ、顔を歪ませる。
「ああっ! ダメダメ! 私、その言葉、大っ嫌い! 『私なんて』は禁止ね。それ系統の言葉も怒るわよ? 私、元騎士なんだから怒ると怖いわよ?」
困惑を隠せないクロエに向かって、アレクサンドラは優しく語り掛けた。
「じゃあ今日は特別に、私があなたの良いところを教えてあげるわ」
アレクサンドラはクロエの背後に立つと、黒ぶち眼鏡を外し、大きくもスベスベの手でフェイシャルマッサージを始めた。
「そうね……まずはこの少し垂れた控えめな瞳。柔らかい印象だから初対面の人に安心感を与えるわ。それから、顔の真ん中に鎮座するこの小さな鼻は全体的な印象をキュートに演出してくれるわね。あとはこのちょこんとした口。まるでひよこのようで思わず餌付けしたくなる……ふふっ、うそうそ! あなたを庇護したい対象と思わせるはずよ。ほらね、結局捉え方ひとつなのよ?」
「……」
クロエには全く理解できない。長年抱えていたコンプレックスを褒められたところで、早々変わるものではない。
けれど、アレクサンドラの優しさはじんわりとクロエの心に染みていった。
「さあ、まずはメイクを教えてあげるわ。その目ん玉ひん剥いて、このアレクサンドラ様の凄腕をよ~く見ていらっしゃい」
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