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4.ダリオの変化
「リュシア、ちょっと見てくれよ!」
ある日、夕飯の支度をしていた時、ダリオが自信満々に披露したのは、仕立てたばかりの濃紺のスーツだった。
「どうだ、俺だってまだ捨てたもんじゃないって雰囲気出るだろ?」
「……まさかこれ、リハビリ代で仕立てたの? ねえ、ダリオ……あなたの脚って……」
「いやいや、リュシアの夫としてまずは見た目をきちんとしないと。人気商会の信用、俺が下げたら悪いしな」
「そこまで考えてくれたの? 気にしなくてもいいのに……ありがとう」
「それとさ……この家、そろそろ限界じゃないか?」
ダリオは私の肩をそっと抱き寄せると、ぽつりとつぶやいた。
「……限界って?」
「いや、使いづらいって意味な。ほら、収納も少ないし水回りも古い。寝室の天井低いだろ? それに子どもができたら絶対手狭になる」
「うん……まあ、確かに。増築は考えてなかったけど……」
私が手を止めると、ダリオは私が用意した料理を押しのけ、「ちょっと見てくれ」とすかさずテーブルの上に図面を広げた。
「このあいだ、知り合いの建築士が描いてくれてさ。生活しやすそうな動線だろ? リュシアが台所にいても声が届く間取りだし」
「これ、もう設計まで……?」
「まだ仮だよ? でも来年結婚するんだし、リュシアもそろそろ考える頃じゃないか? 子どものこととか、生活のこととか。俺はおまえとだったらずっと一緒にやっていけると思ってるから」
“ずっと一緒に”の言葉が、思いのほか心の中にしみ込んだ。
「……でも、新築ってすごくお金がかかるでしょう?」
「そこは、リュシアのやり繰りセンスを信じてる。俺、工事の間は現場に出て力仕事するし、設計から仕入れまで全部任せられる建築士もいる。絶対に損はさせないからさ」
「……うん」
「な? アルフェネ商会も安定して売り上げがあるし、貯金が心許なくなっても大丈夫だって。……リュシア、ご両親の遺産があるんだろう? 孫のために家を建てるならご両親も喜ぶさ。この先に備えるって意味でも家族の形をつくっていこうよ」
“家族”という言葉に、不意に胸がきゅっと締めつけられた。
だから私は、迷った末にその図面に頷いた。広々としたリビング。応接室、主寝室に子ども部屋……。書斎まである。贅沢な間取りだけど、子だくさんになったらこのくらいの広さがある方がいいのかもしれない。
確かに、こういう使い道なら父と母もきっと喜んでくれる。
温かな家族の笑い声が響く家――未来を想像したら、私は顔がほころぶのを止められなかった。
新居が建ってからというもの、私はより一層、仕事に没頭するようになった。
“家族の未来を守る家”が形になった以上、今度はそれを支える収入を稼がないと――そんな気持ちだった。
ダリオは言っていた。
「騎士団に元団員向けの再募集があるらしくてさ。脚の調子もいいし、騎士としてまた再試験も受けさせてもらえるんだって。条件も良さそうだし、俺もそろそろ、ちゃんと働こうと思ってる」
その言葉にどれだけほっとしたことか。やっと、ふたりで歩いていけるのだと信じたのだ。だから、疲れた身体を押して毎日彼の脚をマッサージし、回復に良さそうなメニューを考えて、できる限りのことをした。
その頃にはセリナも行儀見習いのために王宮侍女となって、うちに来ることがほとんどなくなり――。
気になっていた心のつかえがとれた中、結婚式に向けて少しずつ準備を始め、まさに幸せの絶頂にいた私は知らなかった。
夜の裏通り、私がまだ商会で忙しく残業をしていた頃。薄暗い酒場の木製扉の向こうで、私の名前がどんなふうに呼ばれていたのかを。
*
「だからよぉ、セリナってのが、まじで美人で気が合うわけ。行儀見習いで王宮侍女を始めたんだけど、俺も王宮騎士に返り咲いて、これこそ運命ってやつだな」
カウンター席に座る上機嫌のダリオがそう言うと、隣の青年たちが笑った。
「でもダリオ、おまえにはもう“内縁の奥さん”がいるんじゃなかったっけか? 生地屋の……なんだっけ、あの細い……」
「リュシア? ああ、あれは別枠」
「別?」
「都合のいい金づるってやつ。働き者だし、飯も作るし、家もあいつの金で建てたんだぜ。ははっ! だけどこっそり俺の名義にしてあるんだ。いずれセリナと住むのもいいな」
ある日、夕飯の支度をしていた時、ダリオが自信満々に披露したのは、仕立てたばかりの濃紺のスーツだった。
「どうだ、俺だってまだ捨てたもんじゃないって雰囲気出るだろ?」
「……まさかこれ、リハビリ代で仕立てたの? ねえ、ダリオ……あなたの脚って……」
「いやいや、リュシアの夫としてまずは見た目をきちんとしないと。人気商会の信用、俺が下げたら悪いしな」
「そこまで考えてくれたの? 気にしなくてもいいのに……ありがとう」
「それとさ……この家、そろそろ限界じゃないか?」
ダリオは私の肩をそっと抱き寄せると、ぽつりとつぶやいた。
「……限界って?」
「いや、使いづらいって意味な。ほら、収納も少ないし水回りも古い。寝室の天井低いだろ? それに子どもができたら絶対手狭になる」
「うん……まあ、確かに。増築は考えてなかったけど……」
私が手を止めると、ダリオは私が用意した料理を押しのけ、「ちょっと見てくれ」とすかさずテーブルの上に図面を広げた。
「このあいだ、知り合いの建築士が描いてくれてさ。生活しやすそうな動線だろ? リュシアが台所にいても声が届く間取りだし」
「これ、もう設計まで……?」
「まだ仮だよ? でも来年結婚するんだし、リュシアもそろそろ考える頃じゃないか? 子どものこととか、生活のこととか。俺はおまえとだったらずっと一緒にやっていけると思ってるから」
“ずっと一緒に”の言葉が、思いのほか心の中にしみ込んだ。
「……でも、新築ってすごくお金がかかるでしょう?」
「そこは、リュシアのやり繰りセンスを信じてる。俺、工事の間は現場に出て力仕事するし、設計から仕入れまで全部任せられる建築士もいる。絶対に損はさせないからさ」
「……うん」
「な? アルフェネ商会も安定して売り上げがあるし、貯金が心許なくなっても大丈夫だって。……リュシア、ご両親の遺産があるんだろう? 孫のために家を建てるならご両親も喜ぶさ。この先に備えるって意味でも家族の形をつくっていこうよ」
“家族”という言葉に、不意に胸がきゅっと締めつけられた。
だから私は、迷った末にその図面に頷いた。広々としたリビング。応接室、主寝室に子ども部屋……。書斎まである。贅沢な間取りだけど、子だくさんになったらこのくらいの広さがある方がいいのかもしれない。
確かに、こういう使い道なら父と母もきっと喜んでくれる。
温かな家族の笑い声が響く家――未来を想像したら、私は顔がほころぶのを止められなかった。
新居が建ってからというもの、私はより一層、仕事に没頭するようになった。
“家族の未来を守る家”が形になった以上、今度はそれを支える収入を稼がないと――そんな気持ちだった。
ダリオは言っていた。
「騎士団に元団員向けの再募集があるらしくてさ。脚の調子もいいし、騎士としてまた再試験も受けさせてもらえるんだって。条件も良さそうだし、俺もそろそろ、ちゃんと働こうと思ってる」
その言葉にどれだけほっとしたことか。やっと、ふたりで歩いていけるのだと信じたのだ。だから、疲れた身体を押して毎日彼の脚をマッサージし、回復に良さそうなメニューを考えて、できる限りのことをした。
その頃にはセリナも行儀見習いのために王宮侍女となって、うちに来ることがほとんどなくなり――。
気になっていた心のつかえがとれた中、結婚式に向けて少しずつ準備を始め、まさに幸せの絶頂にいた私は知らなかった。
夜の裏通り、私がまだ商会で忙しく残業をしていた頃。薄暗い酒場の木製扉の向こうで、私の名前がどんなふうに呼ばれていたのかを。
*
「だからよぉ、セリナってのが、まじで美人で気が合うわけ。行儀見習いで王宮侍女を始めたんだけど、俺も王宮騎士に返り咲いて、これこそ運命ってやつだな」
カウンター席に座る上機嫌のダリオがそう言うと、隣の青年たちが笑った。
「でもダリオ、おまえにはもう“内縁の奥さん”がいるんじゃなかったっけか? 生地屋の……なんだっけ、あの細い……」
「リュシア? ああ、あれは別枠」
「別?」
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