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61.ド田舎令嬢の研究日誌
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「……ばぁば! ばぁばの日誌、見てみる!」
「あ、クラリス! ……行っちゃったか。確かに、研究日誌とやらを読めば、ルートヴィヒ君のグリフォンの助けになるかなとは一瞬思ったけど……」
「おばあさまの日誌、何語で書かれているのか、わからないのよね……」
勉強家だった祖母が遺した蔵書は伯爵家にはふさわしくないほどの規模で、ヴェルナール家は図書室というには多すぎる本を所有している。まあ、大半はニッチな専門書で、私以外の家族が読むことはなく。
六歳にしてすでに本の虜になっていた私は、祖母が遺した膨大な量の日誌が宝物だった。
「カヤ、カヤ! ばぁばの本、出して!」
「はいはい、今日はどれになさいますか」
「青! 青の表紙にルビーが埋め込まれてるやつ!」
「はいはい……これでよろしいですか?」
「うん」
目を皿にしながらパラパラとめくっていく私に、カヤはいつも首を傾げていた。
「クラリスお嬢様。カヤにはミミズがうねうねしている文字にしか見えません」
「魔力詰まり……魔力詰まり……」
「お嬢様がミミズ文字でも楽しいのなら、カヤはそれでもいいんですけどね!」
誰も読めない、祖母が遺した『魔獣日誌』。
宝石が埋められたそれらの日誌は、祖母が私宛に遺してくれた遺産だった。家族は、可愛がっていた孫に宝石を譲ったのだと思っていたかもしれない。
だけど、おばあちゃん子だった私は、祖母からミミズ文字の読み方を教わっていたのだ。
*
「るぅといっひ君! るぅといっひ君! わかったよ、赤ちゃんを元気にする方法!」
「本当?」
「うん! だから一緒にドラゴンのところへ行こう!」
「……なんで?」
私の言葉に半信半疑どころか、まったく信用してくれない大人たち。そりゃ当然だろう。
「死んだばぁばが魔獣の赤ちゃんの魔力詰まりを治したことがあるって! るぅといっひ君のグリフォンも治るよ!」
私の言葉を慌てて遮ったのは、私の両親だ。当時、おしゃべりでいたずらっ子だった私に両親は訝し気だったし、ルートヴィヒ様に期待をもたせるのは悪いと思ったのだろう。
「だけどその日誌はクラリスしか読めないし、本当かどうか……」
「クラリス。このことに関して嘘を言ってはいけないってわかるわよね」
「嘘じゃないもんっ! ……嘘じゃないのに! うわぁあああん! クラリスも、赤ちゃんを助けたいのにぃ!」
困惑する大人たちに囲まれる中、ルートヴィヒ様が私に言ったのだ。
「……ぼくは試してみたい。……何が必要なの?」
「ずびっ……、信じて、くれるの?」
こくりと頷いたルートヴィヒ様。
レーンクヴィスト伯爵夫妻は顔を見合わせると、しゃがんで私と目線を合わせてくれた。
「クラリスちゃん。……材料は何が必要なのか教えてくれる?」
私は必要な薬草と鉱物を伝え、最後のひとつは教えられないのだと口を噤んだ。
「これは誰にも言っちゃダメだから、クラリスがドラゴンにもらいに行く!」
「ドラゴンの何かなんだね? だけどドラゴンはプライドが高いから何かをくれと言っても、くれないと思うよ?」
「……クラリスがドラゴンにもらいに行くの」
頑固な私に折れたレーンクヴィスト伯爵は私の両親とも話し合いを行った結果、私をグリフォンに乗せ、王城の第一魔獣騎士団へ行ってみると言い出したのだ。
「るぅといっひ君! 私がドラゴンから絶対もらってくるから! 待っててね」
「……うん」
初めて乗るグリフォンの背中。地上高くを飛ぶという爽快感。
基本的にパートナー以外の騎乗をグリフォンは嫌うけど、団長のグリフォンは私が一緒に乗ることを許してくれた。ルートヴィヒ様のグリフォンが団長のグリフォンの息子だったからだと思う。
王城についたルートヴィヒ様のパパは、すぐに第一魔獣騎士団の団長に話をつけてくれ、私を連れてドラゴン魔獣舎へ。
当時の第一魔獣騎士団の団長は白髪交じりのおじいさん。優しそうな彼は、目を細めながら私に尋ねてきた。
「ドラゴンの何が欲しいのかな? 私たちも子グリフォンを助けられるなら手伝いたいけど、だからと言ってドラゴンを素材にしようと無理矢理奪ったり、傷つけるようなことは許可できない。むしろ君が死んでしまうよ?」
「傷つけません。お話しするだけだから、クラリスがひとりで入ってもいいですか」
「う~ん、それは許可できないな。ドラゴンは気難しくて子どもにも容赦がない。去年も一人、勝手に入って死にかけた子がいるからね。第一の騎士と一緒に入ってもらわないと」
突拍子もないことを言う幼子に第一魔獣騎士団員たちが困惑する中、ひとりの若い騎士が手を挙げたのだ。
「俺が付き添いますよ」と微笑んだのは、赤茶色の髪をした若い騎士。
「……あなたのお口は堅い?」
「なにか秘密のお話をドラゴンとするのかな? 約束するよ、君と僕の秘密にするって」
「……うん。あなたはいい人そうだからいいよ」
「ははっ! それじゃあ信頼に応えないとな」
かっこよくて優しい騎士と手をつなぎ、ドラゴン魔獣舎へ入っていった私。
それから三十分後。
私はドラゴンからもらった素材を手に、魔獣舎から出てきたのだ。
「あ、クラリス! ……行っちゃったか。確かに、研究日誌とやらを読めば、ルートヴィヒ君のグリフォンの助けになるかなとは一瞬思ったけど……」
「おばあさまの日誌、何語で書かれているのか、わからないのよね……」
勉強家だった祖母が遺した蔵書は伯爵家にはふさわしくないほどの規模で、ヴェルナール家は図書室というには多すぎる本を所有している。まあ、大半はニッチな専門書で、私以外の家族が読むことはなく。
六歳にしてすでに本の虜になっていた私は、祖母が遺した膨大な量の日誌が宝物だった。
「カヤ、カヤ! ばぁばの本、出して!」
「はいはい、今日はどれになさいますか」
「青! 青の表紙にルビーが埋め込まれてるやつ!」
「はいはい……これでよろしいですか?」
「うん」
目を皿にしながらパラパラとめくっていく私に、カヤはいつも首を傾げていた。
「クラリスお嬢様。カヤにはミミズがうねうねしている文字にしか見えません」
「魔力詰まり……魔力詰まり……」
「お嬢様がミミズ文字でも楽しいのなら、カヤはそれでもいいんですけどね!」
誰も読めない、祖母が遺した『魔獣日誌』。
宝石が埋められたそれらの日誌は、祖母が私宛に遺してくれた遺産だった。家族は、可愛がっていた孫に宝石を譲ったのだと思っていたかもしれない。
だけど、おばあちゃん子だった私は、祖母からミミズ文字の読み方を教わっていたのだ。
*
「るぅといっひ君! るぅといっひ君! わかったよ、赤ちゃんを元気にする方法!」
「本当?」
「うん! だから一緒にドラゴンのところへ行こう!」
「……なんで?」
私の言葉に半信半疑どころか、まったく信用してくれない大人たち。そりゃ当然だろう。
「死んだばぁばが魔獣の赤ちゃんの魔力詰まりを治したことがあるって! るぅといっひ君のグリフォンも治るよ!」
私の言葉を慌てて遮ったのは、私の両親だ。当時、おしゃべりでいたずらっ子だった私に両親は訝し気だったし、ルートヴィヒ様に期待をもたせるのは悪いと思ったのだろう。
「だけどその日誌はクラリスしか読めないし、本当かどうか……」
「クラリス。このことに関して嘘を言ってはいけないってわかるわよね」
「嘘じゃないもんっ! ……嘘じゃないのに! うわぁあああん! クラリスも、赤ちゃんを助けたいのにぃ!」
困惑する大人たちに囲まれる中、ルートヴィヒ様が私に言ったのだ。
「……ぼくは試してみたい。……何が必要なの?」
「ずびっ……、信じて、くれるの?」
こくりと頷いたルートヴィヒ様。
レーンクヴィスト伯爵夫妻は顔を見合わせると、しゃがんで私と目線を合わせてくれた。
「クラリスちゃん。……材料は何が必要なのか教えてくれる?」
私は必要な薬草と鉱物を伝え、最後のひとつは教えられないのだと口を噤んだ。
「これは誰にも言っちゃダメだから、クラリスがドラゴンにもらいに行く!」
「ドラゴンの何かなんだね? だけどドラゴンはプライドが高いから何かをくれと言っても、くれないと思うよ?」
「……クラリスがドラゴンにもらいに行くの」
頑固な私に折れたレーンクヴィスト伯爵は私の両親とも話し合いを行った結果、私をグリフォンに乗せ、王城の第一魔獣騎士団へ行ってみると言い出したのだ。
「るぅといっひ君! 私がドラゴンから絶対もらってくるから! 待っててね」
「……うん」
初めて乗るグリフォンの背中。地上高くを飛ぶという爽快感。
基本的にパートナー以外の騎乗をグリフォンは嫌うけど、団長のグリフォンは私が一緒に乗ることを許してくれた。ルートヴィヒ様のグリフォンが団長のグリフォンの息子だったからだと思う。
王城についたルートヴィヒ様のパパは、すぐに第一魔獣騎士団の団長に話をつけてくれ、私を連れてドラゴン魔獣舎へ。
当時の第一魔獣騎士団の団長は白髪交じりのおじいさん。優しそうな彼は、目を細めながら私に尋ねてきた。
「ドラゴンの何が欲しいのかな? 私たちも子グリフォンを助けられるなら手伝いたいけど、だからと言ってドラゴンを素材にしようと無理矢理奪ったり、傷つけるようなことは許可できない。むしろ君が死んでしまうよ?」
「傷つけません。お話しするだけだから、クラリスがひとりで入ってもいいですか」
「う~ん、それは許可できないな。ドラゴンは気難しくて子どもにも容赦がない。去年も一人、勝手に入って死にかけた子がいるからね。第一の騎士と一緒に入ってもらわないと」
突拍子もないことを言う幼子に第一魔獣騎士団員たちが困惑する中、ひとりの若い騎士が手を挙げたのだ。
「俺が付き添いますよ」と微笑んだのは、赤茶色の髪をした若い騎士。
「……あなたのお口は堅い?」
「なにか秘密のお話をドラゴンとするのかな? 約束するよ、君と僕の秘密にするって」
「……うん。あなたはいい人そうだからいいよ」
「ははっ! それじゃあ信頼に応えないとな」
かっこよくて優しい騎士と手をつなぎ、ドラゴン魔獣舎へ入っていった私。
それから三十分後。
私はドラゴンからもらった素材を手に、魔獣舎から出てきたのだ。
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