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65.バカバカバカッ!
「ん? 今、何か聞こえたような……」
フェンリルにもたれていた頭を上げ、耳を澄ませてみると、遠くの方で動物のような悲鳴が聞こえた。
「もしかして、新たな魔獣を捕まえたのかな……」
また、赤ちゃんがいる魔獣なんだろうか。
魔獣の咆哮や人の叫び声が徐々に増え、近づいて来ているような気がするのだけど……。ごくりと唾を飲み込む。
赤ちゃんフェンリルを片手で抱きしめながらフェンリルママにくっつき、その毛並みに手を通す。手の届くところに、武器になりそうな棒も置いた。
興奮状態の魔獣がこの檻に放り込まれたら、私もフェンリルも怪我をするかもしれない。
ヤンキー風ハンターやネズミ商人がいつまたやってきて、フェンリルを虐待しようとするかもしれない。
魔力詰まりをここでは治せないと知ったら、役立たずな私を殺すかもしれない。
……怖い。怖いけど、まだ諦めたくない。
ガタガタ震えながら、できる限りフェンリルを安心させようと笑顔を作ろうと思うのだけど、……歯をガチガチ鳴らしながら引きつっているだろう私を、フェンリルは苦しそうに胸を上下させながら見つめていた。
「わ、私が、守ってあげるからね。だ、大丈夫、きっと大丈夫――」
その瞬間、地響きのようなドォオンッ!という音。洞窟がぐらりと揺れ、壁からパラパラと砂や小石が零れてきた。
「ギャァァァアアアッ!!」
「ゴロロォォォ!」
「ガァァァッ!!」
鉄格子が軋むほどの魔獣たちの咆哮。鋭い衝撃に耐えられず耳がキーンと痛み、目を開けていられない。その威圧に恐怖で身体が強ばり、息が詰まる。目の前が真っ白になった。
音も色もない世界。白けた世界にひとりだけぽつりと取り残されたような不思議な感覚。
「……――ス! ――リス!」
遠くから聞こえる声に、少しずつ聴力と感覚が戻っていくのを感じる。恐る恐る目を開くと、滲む視界の向こうに慌てて駆け寄ってくる黒髪の男性が見えた。
「クラリスッ! クラリスッ!」
跪き、ぎゅうっと私を抱きしめたのは、ルートヴィヒ様だ。必死に私の名前を呼びながらぎゅうぎゅうと強く抱きしめてくる。
「怪我は? どこも痛くない? ごめん、怖かったよな。離れて悪かった」
「~~~~~~っ!」
……助けに、来てくれた。ありがとうって言わないといけないのに、口をついたのは子どもじみた言葉で。
「……ぅぐっ、来るのが、遅いよ…………ぇぐ、んっ、こわ、怖かった……! 怖かったんだからぁ! るぅのバカバカバカッ!」
「ああ、いくらでも詰ってくれて構わない。君が無事で本当に良かった……本当に、本当にごめん………………ところで、クラリス。今、俺のことを――」
「んぐっ、ふっ、それどころじゃなくて! ずびっ、この子とママを助けないと!」
はっとしたルートヴィヒ様が私の背にいるフェンリルに目を走らせ、胸に抱く赤ちゃんをそっと覗き込んだ。すぐに団員たちに指示を出してくれ、フェンリルママに応急処置を施してくれる。
ぐったりとした赤ちゃんを見つめたルートヴィヒ様は、眉間にしわを寄せた。
「この赤ちゃんは魔力詰まりか……」
「あの箱の中に薬草や鉱物がいろいろ入ってるんだけど、わからなくて……」
「……ちょっと見てみる」
そう言うとルートヴィヒ様は箱の中をガサガサと漁り、いくつかの薬草や鉱物を手に戻って来た。
「必要なのはこれだ。昔、ルクラも魔力詰まりで……。ある人に薬の材料を教えてもらったんだが、最後のひとつだけは俺も知らないんだ」
悔しそうに唇を噛み締めるルートヴィヒ様。私は彼の手をぎゅっと握りしめた。
「……覚えていてくれてありがとう。薬草名と鉱物を覚えていても、どれなのかわからなくて。最後のひとつは私が知っているから大丈夫」
「……え? それって」
「ドラゴンの元へ私を連れて行ってくれる? もう一度、あれをもらえるように話をして――ぐえっ!」
ぎゅうぎゅうと私を抱きしめるルートヴィヒ様。ちょ、ちょっと、今は一刻も早くドラゴンの元へ……。だけど、その体から伝わる小刻みな振動に申し訳ない気持ちがした。
「…………るぅ。戻ったらきちんと話をしましょう? 今は先にやるべきことをしないと。あなたは立派な団長なんだから」
「……あぁ、……そうだな」
顔を背け目元を拭ったルートヴィヒ様は、私に自分のマントを巻き付けた。横抱きにし、すっと立ち上がる。「自分で歩けます!」って言いたいところだけど、ドレスも無残な姿だし、ほっとしたからなのか……腰が抜けてしまって無理そうだ。
「とにかく、ここを出よう。フェンリルも魔獣の治療ができる施設へ送る手配をしないと」
洞窟から出たそこは大騒ぎだった。こんなにも多くの魔獣騎士とグリフォンが来ていたのかと目を瞠る。
捕まえられた違法商団のメンバーや別荘を所有していた貴族が鎖に繋がれ、一か所に集められていた。監獄檻つきのスレイプニル魔獣車待ちだと騎士が報告に来る。
「団長。それから赤ちゃん魔獣を三匹保護しました。あちらで今健康チェックをしています。奥様が抱かれている赤ちゃん魔獣もお預かりしましょうか?」
「いや、この子は魔力詰まりなんだ。薬の材料が必要だから、今すぐ王都へ発つ。あとのことは副団長の指示に従ってくれ。……それじゃあ、クラリス。急いで王城へ向かおう」
「ありがとう、ルートヴィヒ様」
「……その、クラリス。さっきみたいに名前を――」
「ほら、早く急いで」
「あ、ああ」
ルクラに二人乗っても大丈夫だというので、乗せてもらうことに。っていうか、一人では乗れないし。
ルクラへ装備の準備をするルートヴィヒ様の横で、辺りを見渡し、はっとした。
赤ちゃん魔獣たちが保護されている一角。騎士達に交ざって、赤ちゃんたちを心配そうにのぞき込むドラちゃんが視界に入った。
フェンリルにもたれていた頭を上げ、耳を澄ませてみると、遠くの方で動物のような悲鳴が聞こえた。
「もしかして、新たな魔獣を捕まえたのかな……」
また、赤ちゃんがいる魔獣なんだろうか。
魔獣の咆哮や人の叫び声が徐々に増え、近づいて来ているような気がするのだけど……。ごくりと唾を飲み込む。
赤ちゃんフェンリルを片手で抱きしめながらフェンリルママにくっつき、その毛並みに手を通す。手の届くところに、武器になりそうな棒も置いた。
興奮状態の魔獣がこの檻に放り込まれたら、私もフェンリルも怪我をするかもしれない。
ヤンキー風ハンターやネズミ商人がいつまたやってきて、フェンリルを虐待しようとするかもしれない。
魔力詰まりをここでは治せないと知ったら、役立たずな私を殺すかもしれない。
……怖い。怖いけど、まだ諦めたくない。
ガタガタ震えながら、できる限りフェンリルを安心させようと笑顔を作ろうと思うのだけど、……歯をガチガチ鳴らしながら引きつっているだろう私を、フェンリルは苦しそうに胸を上下させながら見つめていた。
「わ、私が、守ってあげるからね。だ、大丈夫、きっと大丈夫――」
その瞬間、地響きのようなドォオンッ!という音。洞窟がぐらりと揺れ、壁からパラパラと砂や小石が零れてきた。
「ギャァァァアアアッ!!」
「ゴロロォォォ!」
「ガァァァッ!!」
鉄格子が軋むほどの魔獣たちの咆哮。鋭い衝撃に耐えられず耳がキーンと痛み、目を開けていられない。その威圧に恐怖で身体が強ばり、息が詰まる。目の前が真っ白になった。
音も色もない世界。白けた世界にひとりだけぽつりと取り残されたような不思議な感覚。
「……――ス! ――リス!」
遠くから聞こえる声に、少しずつ聴力と感覚が戻っていくのを感じる。恐る恐る目を開くと、滲む視界の向こうに慌てて駆け寄ってくる黒髪の男性が見えた。
「クラリスッ! クラリスッ!」
跪き、ぎゅうっと私を抱きしめたのは、ルートヴィヒ様だ。必死に私の名前を呼びながらぎゅうぎゅうと強く抱きしめてくる。
「怪我は? どこも痛くない? ごめん、怖かったよな。離れて悪かった」
「~~~~~~っ!」
……助けに、来てくれた。ありがとうって言わないといけないのに、口をついたのは子どもじみた言葉で。
「……ぅぐっ、来るのが、遅いよ…………ぇぐ、んっ、こわ、怖かった……! 怖かったんだからぁ! るぅのバカバカバカッ!」
「ああ、いくらでも詰ってくれて構わない。君が無事で本当に良かった……本当に、本当にごめん………………ところで、クラリス。今、俺のことを――」
「んぐっ、ふっ、それどころじゃなくて! ずびっ、この子とママを助けないと!」
はっとしたルートヴィヒ様が私の背にいるフェンリルに目を走らせ、胸に抱く赤ちゃんをそっと覗き込んだ。すぐに団員たちに指示を出してくれ、フェンリルママに応急処置を施してくれる。
ぐったりとした赤ちゃんを見つめたルートヴィヒ様は、眉間にしわを寄せた。
「この赤ちゃんは魔力詰まりか……」
「あの箱の中に薬草や鉱物がいろいろ入ってるんだけど、わからなくて……」
「……ちょっと見てみる」
そう言うとルートヴィヒ様は箱の中をガサガサと漁り、いくつかの薬草や鉱物を手に戻って来た。
「必要なのはこれだ。昔、ルクラも魔力詰まりで……。ある人に薬の材料を教えてもらったんだが、最後のひとつだけは俺も知らないんだ」
悔しそうに唇を噛み締めるルートヴィヒ様。私は彼の手をぎゅっと握りしめた。
「……覚えていてくれてありがとう。薬草名と鉱物を覚えていても、どれなのかわからなくて。最後のひとつは私が知っているから大丈夫」
「……え? それって」
「ドラゴンの元へ私を連れて行ってくれる? もう一度、あれをもらえるように話をして――ぐえっ!」
ぎゅうぎゅうと私を抱きしめるルートヴィヒ様。ちょ、ちょっと、今は一刻も早くドラゴンの元へ……。だけど、その体から伝わる小刻みな振動に申し訳ない気持ちがした。
「…………るぅ。戻ったらきちんと話をしましょう? 今は先にやるべきことをしないと。あなたは立派な団長なんだから」
「……あぁ、……そうだな」
顔を背け目元を拭ったルートヴィヒ様は、私に自分のマントを巻き付けた。横抱きにし、すっと立ち上がる。「自分で歩けます!」って言いたいところだけど、ドレスも無残な姿だし、ほっとしたからなのか……腰が抜けてしまって無理そうだ。
「とにかく、ここを出よう。フェンリルも魔獣の治療ができる施設へ送る手配をしないと」
洞窟から出たそこは大騒ぎだった。こんなにも多くの魔獣騎士とグリフォンが来ていたのかと目を瞠る。
捕まえられた違法商団のメンバーや別荘を所有していた貴族が鎖に繋がれ、一か所に集められていた。監獄檻つきのスレイプニル魔獣車待ちだと騎士が報告に来る。
「団長。それから赤ちゃん魔獣を三匹保護しました。あちらで今健康チェックをしています。奥様が抱かれている赤ちゃん魔獣もお預かりしましょうか?」
「いや、この子は魔力詰まりなんだ。薬の材料が必要だから、今すぐ王都へ発つ。あとのことは副団長の指示に従ってくれ。……それじゃあ、クラリス。急いで王城へ向かおう」
「ありがとう、ルートヴィヒ様」
「……その、クラリス。さっきみたいに名前を――」
「ほら、早く急いで」
「あ、ああ」
ルクラに二人乗っても大丈夫だというので、乗せてもらうことに。っていうか、一人では乗れないし。
ルクラへ装備の準備をするルートヴィヒ様の横で、辺りを見渡し、はっとした。
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