71 / 71
side story.前を向いて(アロルドSide)
今日、ルートヴィヒとクラリスが生まれたばかりの息子を連れ、魔獣騎士団へ遊びに来た。
星霜の酒亭のカウンターで、今日の光景を思い出しながら、琥珀色の液体を一気に流し込む。
幸せな笑顔で溢れた一日だった。赤ん坊を見たらつい感情が高ぶってしまい、自分でも泣くとは思わず。水を差しちまった……情けない。
それにしても、だ。
「まったく……クラリスのやつ、記憶が戻ったらしいのに俺のこと全然思い出さねえな」
あいつに初めて会ったのは、グリフォンの子どもを助けたいと魔獣舎にやってきた時。
その前の年、ソフィアが勝手に魔獣舎へ侵入し、ドラゴンたちの怒りを買ったことで俺たちはナーバスになっていた。万が一、ドラゴンが子どもを殺してしまうようなことがあれば、魔獣騎士団の存続が危うくなる。
鱗か牙か、ドラゴンの血あたりか――。
六歳の少女がドラゴンに何を求めているのかわからず、むしろ口に出してくれれば何とかするのに、少女は頑なにその素材を口にしない。
第一魔獣騎士団内に困り果てた空気が流れる中、俺はほんの少しの同情心と好奇心で、付き添いに立候補したのだ。
「……あなたのお口は堅い?」
「なにか秘密のお話をドラゴンとするのかな? 約束するよ、君と僕の秘密にするって」
「……うん。あなたはいい人そうだからいいよ」
「ははっ! それじゃあ信頼に応えないとな」
小さな手を引き、扉をくぐった先。ドラゴンたちが興味深そうにクラリスのことを見下ろす中、俺のパートナーであるドラゴン――アズに呼ばれ、その前で足を止めた。
俺を見上げる少女のブルーグレーの瞳。こくりと頷くと、彼女は小さなカバンから絵本を一冊取り出した。……ん?
「もう教えてくれるか? ドラゴンから何が欲しいんだ?」
「……あのね、ドラゴンの涙」
へぇ~、涙だったか。
「それじゃあ、つねったりいじわるしたら、泣くかもな」
まあ、人間が傷つけられるような魔獣ではないけど。……からかったつもりが、少女の顔がみるみるうちに歪んだ。
「そんなことしたらダメ! ドラゴンだって痛いよ!」
ぷっくりと涙が浮かぶまん丸な瞳。え? 俺が泣かせ……?
「もし、ドラゴンの涙が薬になるってみんなが知ったら、ドラゴンがいじめられるかもしれないでしょう? ずびっ……だから、誰にも言わないって、ひっく、やくそくしてくりぇる?」
なんだか俺がこの子を傷つけたみたいなことに……ドラゴンたちから一斉に向けられた非難がましい視線が痛い。
見上げれば、すでに瞳が潤んでいるドラゴンがいた。完全に絆されてるじゃねえか。
目元を拭う少女に約束すると、彼女はにっこり笑って絵本を開いた。物語は花を届ける小さな鳥の話。ゆっくりとつっかえながら、ストーリーが進んでいくが、……本当に、ただ花を届けるだけの話だ。泣きどころがわからない。
しんと静まり返る魔獣舎の中。ドラゴンたちはじっと静かに聴いていた。
「おしまい」の声で、上を見上げた少女。アズの大きな瞳には光が滲んでいた。え? アズさん?
ぽたり。
ひとしずくの涙が青い鱗を伝って落ちてきた。
「あー!」と指さす少女の手から瓶を受け取り、急いで涙をキャッチ。あぶなかった……落としたら、ドラゴンたちにどれだけ責められたことか。
何度も「ありがとう」とドラゴンたちに頭を下げながら、少女は魔獣舎を後にした。
そんな、ドラゴンたちを虜にしたクラリスが、迷子のドラちゃんを連れて十四年ぶりに現れたんだ。そりゃ、あいつら大喜びで大騒ぎにもなる。アズの希望で息子であるドラちゃんのお世話係になんとかねじ込んだが……。正解だった。クラリスのおかげで、ドラちゃんは感受性豊かに育っていると思う。
本来なら、俺の子どものパートナーになるはずだったドラちゃんは、正式な名を与えられることなく……、その体は成長できず子どものままだ。
「そろそろ、……ドラちゃんのパートナーを見つけてやらないとな」
アズは俺の血筋をドラちゃんのパートナーにと望んで久しいが、魔獣騎士を目指す子どもたちと面談をしてみるのもいいかもしれない……。
肘をつき、グラスの氷をぐるぐる回しながら今後の段取りを考えていたら、またしてもあいつがやってきた。
ソフィアだ。
何も言わずに俺の隣に座ると、誰に言うでもなく呟いた。
「……私、どんなに冷たくされても、やっぱりあなたのことが好きです。……想っているだけなら自由ですよね」
「……」
二十四になったソフィアはもう立派な行き遅れだ。
わがままで傲慢だった王女様は大人になり、ルートヴィヒとの噂以降、人間的にもちょっとは成長したが……完璧な美貌を持ちながら、こいつは中身が純粋過ぎるからポンコツに感じるんだろうか。
素直で一生懸命だし、……いつだって悪気がないことはわかっている。だけど、もう少し自分の影響力を自覚して周囲に気を配らないと。
ふいに、いつかのクラリスの何気ない言葉が思い出された。
――男の人も幸せにならないとですね。ひとりだけ寂しい思いをしてたら別れた奥さんだってつらい気がします
そうだな。……俺もそろそろ前を向かないとな。アズの期待に応えれるかはわからんが。
* … * … * … * …* … * …* … * … * … *
一旦、ここまでで完結とさせていただきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
新作「元婚約者に全てを奪われたので~」も始めたので、そちらもぜひお楽しみいただけたらうれしいです。
星霜の酒亭のカウンターで、今日の光景を思い出しながら、琥珀色の液体を一気に流し込む。
幸せな笑顔で溢れた一日だった。赤ん坊を見たらつい感情が高ぶってしまい、自分でも泣くとは思わず。水を差しちまった……情けない。
それにしても、だ。
「まったく……クラリスのやつ、記憶が戻ったらしいのに俺のこと全然思い出さねえな」
あいつに初めて会ったのは、グリフォンの子どもを助けたいと魔獣舎にやってきた時。
その前の年、ソフィアが勝手に魔獣舎へ侵入し、ドラゴンたちの怒りを買ったことで俺たちはナーバスになっていた。万が一、ドラゴンが子どもを殺してしまうようなことがあれば、魔獣騎士団の存続が危うくなる。
鱗か牙か、ドラゴンの血あたりか――。
六歳の少女がドラゴンに何を求めているのかわからず、むしろ口に出してくれれば何とかするのに、少女は頑なにその素材を口にしない。
第一魔獣騎士団内に困り果てた空気が流れる中、俺はほんの少しの同情心と好奇心で、付き添いに立候補したのだ。
「……あなたのお口は堅い?」
「なにか秘密のお話をドラゴンとするのかな? 約束するよ、君と僕の秘密にするって」
「……うん。あなたはいい人そうだからいいよ」
「ははっ! それじゃあ信頼に応えないとな」
小さな手を引き、扉をくぐった先。ドラゴンたちが興味深そうにクラリスのことを見下ろす中、俺のパートナーであるドラゴン――アズに呼ばれ、その前で足を止めた。
俺を見上げる少女のブルーグレーの瞳。こくりと頷くと、彼女は小さなカバンから絵本を一冊取り出した。……ん?
「もう教えてくれるか? ドラゴンから何が欲しいんだ?」
「……あのね、ドラゴンの涙」
へぇ~、涙だったか。
「それじゃあ、つねったりいじわるしたら、泣くかもな」
まあ、人間が傷つけられるような魔獣ではないけど。……からかったつもりが、少女の顔がみるみるうちに歪んだ。
「そんなことしたらダメ! ドラゴンだって痛いよ!」
ぷっくりと涙が浮かぶまん丸な瞳。え? 俺が泣かせ……?
「もし、ドラゴンの涙が薬になるってみんなが知ったら、ドラゴンがいじめられるかもしれないでしょう? ずびっ……だから、誰にも言わないって、ひっく、やくそくしてくりぇる?」
なんだか俺がこの子を傷つけたみたいなことに……ドラゴンたちから一斉に向けられた非難がましい視線が痛い。
見上げれば、すでに瞳が潤んでいるドラゴンがいた。完全に絆されてるじゃねえか。
目元を拭う少女に約束すると、彼女はにっこり笑って絵本を開いた。物語は花を届ける小さな鳥の話。ゆっくりとつっかえながら、ストーリーが進んでいくが、……本当に、ただ花を届けるだけの話だ。泣きどころがわからない。
しんと静まり返る魔獣舎の中。ドラゴンたちはじっと静かに聴いていた。
「おしまい」の声で、上を見上げた少女。アズの大きな瞳には光が滲んでいた。え? アズさん?
ぽたり。
ひとしずくの涙が青い鱗を伝って落ちてきた。
「あー!」と指さす少女の手から瓶を受け取り、急いで涙をキャッチ。あぶなかった……落としたら、ドラゴンたちにどれだけ責められたことか。
何度も「ありがとう」とドラゴンたちに頭を下げながら、少女は魔獣舎を後にした。
そんな、ドラゴンたちを虜にしたクラリスが、迷子のドラちゃんを連れて十四年ぶりに現れたんだ。そりゃ、あいつら大喜びで大騒ぎにもなる。アズの希望で息子であるドラちゃんのお世話係になんとかねじ込んだが……。正解だった。クラリスのおかげで、ドラちゃんは感受性豊かに育っていると思う。
本来なら、俺の子どものパートナーになるはずだったドラちゃんは、正式な名を与えられることなく……、その体は成長できず子どものままだ。
「そろそろ、……ドラちゃんのパートナーを見つけてやらないとな」
アズは俺の血筋をドラちゃんのパートナーにと望んで久しいが、魔獣騎士を目指す子どもたちと面談をしてみるのもいいかもしれない……。
肘をつき、グラスの氷をぐるぐる回しながら今後の段取りを考えていたら、またしてもあいつがやってきた。
ソフィアだ。
何も言わずに俺の隣に座ると、誰に言うでもなく呟いた。
「……私、どんなに冷たくされても、やっぱりあなたのことが好きです。……想っているだけなら自由ですよね」
「……」
二十四になったソフィアはもう立派な行き遅れだ。
わがままで傲慢だった王女様は大人になり、ルートヴィヒとの噂以降、人間的にもちょっとは成長したが……完璧な美貌を持ちながら、こいつは中身が純粋過ぎるからポンコツに感じるんだろうか。
素直で一生懸命だし、……いつだって悪気がないことはわかっている。だけど、もう少し自分の影響力を自覚して周囲に気を配らないと。
ふいに、いつかのクラリスの何気ない言葉が思い出された。
――男の人も幸せにならないとですね。ひとりだけ寂しい思いをしてたら別れた奥さんだってつらい気がします
そうだな。……俺もそろそろ前を向かないとな。アズの期待に応えれるかはわからんが。
* … * … * … * …* … * …* … * … * … *
一旦、ここまでで完結とさせていただきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
新作「元婚約者に全てを奪われたので~」も始めたので、そちらもぜひお楽しみいただけたらうれしいです。
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。
枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉
狭山ひびき
恋愛
ある日、イアナ・アントネッラは父親に言われた。
「来月、フェルナンド・ステファーニ公爵に嫁いでもらう」と。
フェルナンド・ステファーニ公爵は御年六十二歳。息子が一人いるが三十年ほど前に妻を亡くしてからは独り身だ。
対してイアナは二十歳。さすがに年齢が離れすぎているが、父はもっともらしい顔で続けた。
「ジョルジアナが慰謝料を請求された。ステファーニ公爵に嫁げば支度金としてまとまった金が入る。これは当主である私の決定だ」
聞けば、妹のジョルジアナは既婚者と不倫して相手の妻から巨額の慰謝料を請求されたらしい。
「お前のような年頃の娘らしくない人間にはちょうどいい縁談だろう。向こうはどうやらステファーニ公爵の介護要員が欲しいようだからな。お前にはぴったりだ」
そう言って父はステファーニ公爵の肖像画を差し出した。この縁談は公爵自身ではなく息子が持ちかけてきたものらしい。
イオナはその肖像画を見た瞬間、ぴしゃーんと雷に打たれたような衝撃を受けた。
ロマンスグレーの老紳士。なんて素敵なのかしら‼
そう、前世で六十歳まで生きたイオナにとって、若い男は眼中にない。イオナは枯れ専なのだ!
イオナは傷つくと思っていた両親たちの思惑とは裏腹に、喜び勇んでステファーニ公爵家に向かった。
しかし……。
「え? ロマンスグレーの紳士はどこ⁉」
そこでイオナを待ち受けていたのは、どこからどう見ても二十歳くらいにしか見えない年若い紳士だったのだ。
【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。