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7.大人になりたい
しおりを挟む『明日の朝までこの部屋には誰も近づきません』と言っていたダナの言葉を思い出し、シャルロッテはひとりで身支度をすることにした。
元より、貴族のご令嬢に比べて質素なワンピースを好むシャルロッテは、自分ひとりで着替えられるし問題ない。クローゼットの中は見慣れない服ばかりだったが、普段着も用意してくれてあった。
替えを済ませ、オリビアを探そうと部屋を出たシャルロッテだったが、階段を降りたところでブリタに遭遇した。
「あら、シャルロッテちゃん。昨日はよく眠れた?」
「おはようございます、ブリタさん。はい、よく眠れました」
朝もまだ早い時間だというのに、ブリタの髪はきっちり巻かれていて完璧である。いつ会っても爪の先まで磨かれた女性らしさに感心していると、ブリタが突然、ごめんなさいね、と口にした。
心当たりがないシャルロッテは首をかしげる。
「アランは来なかったでしょう? だって私とず~っと一緒だったもの。あ・さ・ま・で!」
「あ、そうだったんですか。じゃあ、ブリタさんがアラン様と……儀式を?」
尻つぼみになってしまった言葉をブリタは聞き取れず、顔をゆがめる。
「は? 何言ってるのかよくわからないけど、シャルロッテちゃん。これだけは言えるわ」
頭一つ分ほど背の低いシャルロッテに、ブリタは身をかがめて耳打ちした。
「アランはあなたみたいなお子様じゃ満足できないのよ。だから昨日、あなたのところには来なかったでしょ?」
きゅっと口を結び見上げたシャルロッテに、ブリタは優越感たっぷりに微笑んだ。
「うふふ。こればっかりは仕方がないわ。アランにとってあなたはいつまで経っても子供なのよ。知ってる? 初夜をしていない夫婦の結婚生活は白い結婚っていうのよ」
「白い結婚……」
「そうよ。わが国では白い結婚が2年継続されると離婚できるのよ? あら? そういえば、シャルロッテちゃんは結婚してもう7年よね?」
「じゃあ、私とアラン様は離婚……」
「シャルロッテちゃん、せっかく痩せたのに残念だけど、あまり落ち込まないでね? それじゃあ、私は少し実家に用事があって帰るから。しばらくしたら戻ってくるわね」
「……」
軽やかに去っていくブリタを見送ると、シャルロッテはしょんぼりしながらとぼとぼと廊下を歩いた。
「ブリタさんとアラン様が繋がった部屋を使った方がいいのかな? 私、今日からどの部屋を使うのが正解なんだろう……まあ、いいや。どこでもいいし。それよりも……」
(アラン様から見たら、私はいつまで経っても子供なの? もう18歳なのに……)
食堂につくとライトマンが食事の手配をし、オリビアを呼んでくれた。ひとり寂しくスープをすすりながら、ライトマンに尋ねてみる。
「あの、アラン様はどちらにいらっしゃるの?」
「アラン様は視察に出ていらっしゃいます」
「昨日の今日でもう? アラン様って働き者なのね」
長い行軍で戻ってきたのだ。兵士たちにはしばらくの間休暇が与えられ、心身を休めることになっている。てっきり、アランだって7年ぶりに帰還したのだから、長期休暇を取ると思っていたのに、真面目なアランは既に通常業務を始めたようだ。
その後も、忙しいアランは朝は早く夜遅くまで働き、なかなか顔を合わせられずにいる。きっと確認したいことや仕事が溜まっているのだろう。
シャルロッテは悩んだあげく、ブリタもいないことだし、本館にある本来の部屋を使うことにした。その方が使用人たちの負担を減らせると思ったからだ。夜は夫婦の寝室で昔のようにアランと寝たかったのだが、アランは自分の部屋で寝ているようで、主寝室には来なかった。
それからも、なんとなく避けられているような日が続き、早くも一週間。
今日もしょんぼりとひとりで朝食をとっていたシャルロッテだったが、ふと思いつき顔をほころばせた。
「ライトマン。後で図書室に行きたいから鍵を貸してもらえる?」
◇ ◇ ◇
インクと紙の匂いが立ち込めるラーゲルレーヴ邸の図書室には、蔵書が数千冊はある。
軍人家系が所有するにしては多すぎる蔵書だが、戦に明け暮れる夫の留守中、読書を趣味にした祖母の代でかなりの蔵書が増えたのだという。確かに年季が入っている本がほとんどだが、ここ数年の間に発刊されたものも多い。
アランからの指示でシャルロッテが図書室を訪問するたびに蔵書が少しずつ増やされていたのだが、母数が多すぎた結果、残念ながら幼妻は気付いていなかった。
「お嬢様、図書室へ来たのは久しぶりですね。今日はどんな本を読みたい気分ですか?」
シャルロッテはもともと本が好きだ。祖父と一緒に暮らしていた頃は老軍人がいたことで遊び相手に事欠かなかったが、夜になれば大人たちは大宴会が始まる。シャルロッテは軍人達が大騒ぎしている楽しい声を遠くに聞きながら、自分の部屋で静かに本を読む時間が幸せだった。
この家に来てからもたくさんの本を読んできたが、冒険物語や神話、歴史、植物の本など、その時の気分によって選ぶ本はさまざま。
だけど今日のシャルロッテの目的は、未知の分野の本だ。
周囲に人がいないことを確認して、シャルロッテはオリビアの耳元に顔を寄せた。
「オリビア。みんなが教えてくれないから、本で勉強しようと思うの。閨事について書かれている本を探してちょうだい」
「……! 思いつきませんでした。だけど、そんな本なんてありますかね」
「アリの一生なんて本もあるのに、人間が大人になるための本がないなんておかしいと思わない? 絶対あるはずよ。手分けして探しましょう」
図書室の中は本を探しやすいように大まかに分類されている。それに誰かが作ってくれた目録もある。
オリビアは実際に図書室の中を歩き回り、貴族のご令嬢のための作法やマナー、恋愛小説の棚も調べてみたが、よくわからない。そもそもどこの棚を探すべきなのかがよくわかっていない。
シャルロッテも蔵書目録を眺めてみたが、どこを引いていいのかわからなかった。
この家の使用人たちはシャルロッテに優しかったが、閨事の質問に関しては完全に心を閉ざしてしまう。初潮について教えてくれたダナさえ、この先はまた後日、と言って数年が経ってしまったのだ。
ヒントすら与えてもらえなかったことがないのだから、本で調べるにしたって何を調べたらいいのかがわからない。思いつきは良かったものの、お手上げだった。
「オリビア、初夜を済ませないと白い結婚といって、本物の夫婦じゃないんだって。しかも2年白い結婚だと離婚になるって。私、もう7年だから早く閨をしないと」
「ええ? それはまずいですね」
「どうしよう……アラン様とブリタさんは閨事をしたのかな」
知識がないことで子供扱いされているのなら、まずは閨事から知る必要がある。内容を知って必要な準備を行ったり、自分に足りないことがあるのなら練習をするなり何かしておきたいのに。
「欲しいものがあれば、私用に組まれている予算から買ってくれるってライトマンが言ってたし、閨事の本を取り寄せてもらいましょう」
そう思ったシャルロッテだったが、ライトマンは明らかに動揺した。
「……シャルロッテ様の教育のためにとの指示で、卑猥な本や性教育本をすべて屋根裏に封印されたというのに、新しい本を買うとなると……」
「え? ライトマン、よく聞こえなかったわ。屋根裏って言った?」
「い、いいえ!? そのですね、本に関しましては、その、……アラン様に聞いていただけますか?」
「? ええ、わかったわ」
先ほどお戻りになって執務室にいらっしゃいますよ、と教えてもらい、シャルロッテはその足でアランの元へと向かった。
コンコン
扉を開けたのは、アランの右腕であるパウロだった。
「おや、奥様。アランは今ちょっとだけ席を外してますが、どうぞお入りください」
応接セットに座ると、パウロが手際よくお茶を入れながら尋ねてきた。
「今日は何かお話があって来られたんですか? それとも、アランの顔が見たくなっちゃった、とか?」
無表情だし無口だけど、男前だからずっと見てられますよね、とパウロが誉めてるのかけなしてるのかわからない言葉を口にする。シャルロッテはあいまいに笑いながら、人当たりのいいこの人なら教えてくれるかも、とひらめいた。
「パウロさん、実はですね。私、閨事の本が欲しいのですが」
「ど、どどどどどういうことですか!?」
「アラン様が初夜の儀式をしてくださらないのです」
「……ひぇ、奥様がえらい積極的」
シャルロッテは思いのたけを切々と訴えた。
自分が子供だからアランはブリタと閨事をしたようだ。だけど自分も大人なので、初夜をしたい。閨事に関して誰も教えてくれないから、知識を得てできることがあれば準備をしておきたいのだと。
パウロは百面相のように表情を変え、驚愕から困惑、最終的に喜悦を浮かべていた。
「なるほど、そんなことになっていたとは。確かに、2~3年で戻ってこれると思ってたからなあ。自分が留守の間に閨教育はしないでくれ、シャルが好奇心を発揮して試してしまうかもしれないなんて言うから……思った以上に戻りが遅くなっちゃったから、なんだか面白おかしいことになってるじゃないか」
「? どういう意味ですか?」
「実は、ずいぶん昔から執着してて……ごほん。じゃなくて、アランが思いのほか奥様を大切にしていたってことかな。じゃあ、超初歩的な、至って普通の本を取り寄せておくよ。貴族のご令嬢向けの指南書って本屋にあるのかな……こうなったらふたりで本屋に行かせるのも面白いけど」
パウロははっとし、満面の笑みでシャルロッテへ顔を向けた。
「本は探しておきます。それよりも、こっちもひと段落したし、アランと一緒に街へ出かけてみたらどう?」
「街へですか?」
「そう。奥様、まずはアランとデートから始めましょう」
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