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ただひたすら剣を振る、そして入学式当日を迎える。(2)

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「――あっ! えと、ギルバートさんですよね。驚かせてしまってごめんなさい」


 俺がジーッと見ていたせいで、頬を赤くした女子生徒から謝られる。気まずそうにしていた。


「ああいや、こちらこそ女子を見つめすぎた。申し訳ない」


 しっかり頭を下げて謝る。
 すると女子生徒は喉の調子を整えて、


「申し遅れました。わたしはエリカ・コンロンて言います。同じEクラス同士、仲良くしてくださいね」
「ああ、こちらこそ頼む」
「ギルバートさんも、エリカって呼んでくれると嬉しいです」
「わかった。……ところで、エリカさんは勉強って得意だったりするか?」
「? はい、それなりにできる方だと思いますけど」


 突然の問いかけに、エリカさんは首を傾げている。
 ああ助かった。近くの席に勉強できる人がいて。わからないことがあったらエリカさんを頼ろう。


「……気をつけろギルバート。俺はこいつと地元が一緒だからわかる。猫被ってるぞ、これ」


 と、オーガストが耳打ちしてくる。


「は、はぁあああ!? 何わけのわからないこと言ってんのよ!!」
「うげぇ!? お前今の聞こえてたん!?」


 困ったな。また口喧嘩を始めてしまった。


「まぁ喧嘩するほど仲が良いって言うし、しばらく放っておこう」
「仲良くなんてねぇ!」「仲良くなんてない!」
「……あれ、もしかして声に出てたか?」


 そう俺が訊くと、二人はブンブン首を縦に振った。


「エリカ、今日ぐらい仲良くいこうぜ。なんか疲れた」
「そうね」


 着席したオーガストは嘆息して、再び俺の方を向く。


「で、話を戻すけどなギルバート」
「どうした?」
「お前さんのその剣、珍しいな。幅広剣ブロードソードにしちゃ細いし、片手半剣バスタードソードにしちゃ長い。反りもないし湾刀サーベルってわけでもねぇだろ?」


 顎に手を当てたオーガストが、俺の長剣を興味深そうに眺めている。


「見てみるか?」
「いいのかよ!?」
「もちろん」


 机の横にある長剣を手に取り、そのまま鞘から引き抜く。刃文はもんが燃えるように揺らめいた。


「分類上は長剣ロングソードになるな」
「えっ! これ長剣なのか」


 驚いたように声を上げるオーガスト。だが、その気持ちもわからなくはない。


「時代遅れと笑うか? オーガスト」
「ああいや、ごめん! そんなことを言うつもりはないんだ! ただ、珍しいなと思ってよ」
「確かに珍しいのは間違いない。そもそも長剣をより使いやすく改良した結果、幅広剣や片手半剣が生まれたわけだしな。でも、俺はこの寸法が一番しっくりくるんだ」


 言いながら俺は、剣の切っ先を天井に向ける。


「へえー。……ちょっと持ってみてもいいか?」
「ああ」


 一旦、剣を鞘に収めて。


「けっこう重いから気をつけてな。ほら」
「お、おう」


 眼前に突き出された長剣に、オーガストはおそるおそる手を伸ばした。


「って重ッ!?!?」
「はっはっは。オーガストは大袈裟だなぁ」


 俺が笑っているうちに、


「……さすがにオーバーじゃない? 筋肉バカのあんたがそんな演技したって寒いだけよ」
「いやマジだからお前も持ってみろって! つか筋肉バカって言うな!」


 剣はオーガストからエリカさんの手に渡っていた。


「重い重い重い無理無理無理ぃ! ちょっとギルバートさんパス!」
「おっと」


 押しつけられた長剣を受け止め、再び机の横に立てかける。
 エリカさんは力を使い果たし、ぜぇはぁと肩で息をしていた。


「……エリカさんどうした。そんなに息を切らして」


 俺が不思議そうに尋ねると、二人は顔を見合わせて、


「ギルバート。その剣、めちゃくちゃ重いぞ」
「わたしじゃまともに扱えないですよ。魔力で身体強化したとしても……重すぎます」
「え。そうでもないだろ」
「「いやいやいやいや!!」」


 今度は声を大にして言われた。なんだよ二人して。やっぱり仲良いな。
 ああ、でも思い出した。俺はもう毎日この剣を振ってるから慣れてるけど、最初の頃は重くてまともに振れなかったな。


「やべえそろそろ時間だ! 担任の先公せんこうがくるぜ!」


 自分の席に座り直したオーガストが居ずまいを正していると――重々しい学院のチャイムが鳴った。
 そして。


「はい! 新入生のみなさん、おはようございますっ」


 チャイムが鳴り終わると同時に、鈴の音のような明るい声が教室に入ってくる。


「欠席は~……いませんね。全員出席ですっ」


 女性教師は出席簿に記入して、「うんうん」と満足げに笑った。


「「「…………」」」


 驚きと戸惑いが混じり合った生徒たちの視線が、教壇に立った女性教師に注がれている。
 隣の席からオーガストの「は? 子どもじゃん」という呟きが聞こえてきた。
 まったくもって同感だった。あの姿をはじめて見たら誰だってそう思うよな。うん。


「あっ、申し遅れました。私はノーラ・ヴァートンといいます。Eクラスを受け持つことになりました。これから一年間、共に実りある学院生活を謳歌しましょうねっ」


 成人してるとは思えないその顔に無邪気な笑顔を咲かせて、幼女先生(俺が勝手に言ってるだけ)ことノーラ先生は教室中を見回した。
 ほんの一瞬、目が合った。いや気のせいかもしれない。


「まずはみなさんに学年組章クラスバッジを配布します。手元に届いた人から左の襟につけちゃってください――はい、先頭さん。自分の分を取ったら後ろに回してくださいね」


 前の席のエリカさんから学年組章が回ってきた。先生に言われた通り自分の分を確保し、すぐに後ろの席の人へ回す。


「……レッドの学年組章……」


 ボソッと聞こえてきたのはエリカさんの呟きだ。その声には落胆の色が滲んでいる。
 どうして落ち込んでいるんだ? と不思議に思ったところで、ノーラ先生が学年組章の説明をはじめた。


「みなさんの中にはすでに知っている人もいるかもしれませんが、この学年組章はクラスによって使われている素材が違います」


 ノーラ先生は【Ⅰ‐E】の学年組章を持ち上げる。やや青みを帯びた暗い灰色が、その手に握られていた。


「Aクラスはゴールド、Bクラスはシルバー、Cクラスはカッパー、Dクラスはアイアン、そして私たちEクラスはレッドです」


 それを聞いた途端、教室の空気が重くなった。


「競争はすでに始まっています。このルヴリーゼ騎士学院は実力至上主義。実力あるものは優遇され、実力なきものは淘汰されます。厳しいことを言いますが、Eクラスに振り分けられたみなさんの実力は一年生の中で最低水準です。みなさんのことを落ちぼれと揶揄する人もいるでしょう」


 多くの生徒が顔を伏せる中、それでもノーラ先生は淡々と話し続ける。


「ですが、それに決して負けないでください。確かにみなさんの実力は他のクラスに比べて劣っていますが、それはあくまで現時点での話です。――這い上がってやりましょうよ。みなさんが二年生に進級する時、一年間の成績をもとに再度クラス替えが行われます。上のクラスに行くチャンスはあるんです。まだ諦めるのは早いと思いませんか?」


 一人、また一人と、みんなの顔が上がっていく。
 さっきまで俯いていた生徒たちも、今はしっかり前を向いている。


「Eクラスだからと自分を卑下することはありません。みなさんも王立ルヴリーゼ騎士学院に入学した優秀な騎士候補です。みなさんの可能性は私が保証します。……ですから、私と一緒に頑張りましょう!」


 気づけば拍手に包まれていた。エリカさんなんて興奮のあまり立ち上がっている。
 教室の重い空気は消え失せ、みんなの表情は見違えるほど明るくなっていた。
 そんな生徒たちの顔を見て、ノーラ先生は満足げに頷くと、


「では、手始めに自己紹介タイムです! まずはお互いのことを知り合いましょう!」


 どこからか木箱を取り出し、それに乗って黒板に向かう。


「ちなみに先生は、この学院の卒業生でしてね――」


 先生らしい一面に感動したばかりだが、やっぱり板書をする背中は子どもにしか見えなかった。
 いや、それより問題は自己紹介だ。出席番号二番だし、すぐ俺の順番くるよな。
 ノーラ先生とエリカさんの自己紹介を参考にしつつ、無い頭を振り絞って必死に考えたが――結局、当たり障りのない自己紹介になってしまった。
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