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2.純白と赤色
白龍の巣を探しに
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買い出しへ行っていたサンザシが戻るとすぐに夕食になった。明日に備えて簡素に済ませ、就寝する。デイジーとサンザシはリビングに一枚の布団を敷いて並んで眠った。
規則正しい寝息が横から聞こえてくる。
サンザシは呆れ半分に笑った。正真正銘の姫君の筈なのに、デイジーは案外あっさりとこの状況に適応してしまった。疲れているのもあるだろうが、昨晩も今晩もぐっすりと寝入っている。サンザシとしては、好都合だが。
床が軋む音がして、サンザシは目を閉じ息を潜めた。足音がゆっくりとこちらへ近付いてくる。音と共に気配が迫ってきて、デイジーのすぐ側で止った。寝る前に移動させた、大きな卵の近くだ。
サンザシは目を開けると素早く上体を起こた。人影がびくりと肩を跳ねさせるのが暗闇でもわかった。
「僕としてはあまり問題ではないのですけど、デイズが悲しむので止めて頂けますか。これ以上気苦労を増やされると困るんです」
人影の正体はアンゼリカだった。彼女は少しの間動揺していたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「何のことかしら」
「卵、処分するつもりでしょう。貴女は始めから、白龍の巣なんて探す気はなかった。違いますか」
「――どうしてわかったの」
サンザシは立ち上がり、卵から引き離すためにアンゼリカの方へにじり寄った。後退る彼女の耳に顔を寄せる。
「デイズが起きてしまうので移動して貰えますか」
アンゼリカは頷き、サンザシを寝室へ案内した。ベッドへ腰を下ろして気だるげに肩を竦める。
「随分お姉さんを大切にしているのね」
「愛してますので」
「ふうん」
資料が積み上がった机の前にある椅子に座って、サンザシは足を組んだ。
月明かりが窓から差し込んでいる。
「一応僕も魔術師の端くれなので、僕からあの卵を奪うのは難しいと思いますよ」
「面倒ね」
「考えてみれば、貴女の言動には違和感がありました。ティリトルフの一員だと言って白龍草に対して熱意を示す割に、貴女の言葉を聞いている限りでは白龍への想いはまるで感じられなかった。それに加えて、村人達に卵の存在を隠したまま巣に帰すと言い出すなんて。まだ自分の手で卵を孵化させるとでも言い出した方が無難でしたよ。それだとデイズが黙って渡してくれないとでも思ったんでしょうけど」
「子どもの割に口が回るのね」
感心してみせて、アンゼリカはベッドへ転がった。腕で目元を覆ってしまい、サンザシからは表情が読めなくなる。
「どうして龍の子を殺そうとするんです」
「最初に言ったじゃない。私は、白龍の加護なんて信じてないの。文献で卵の記述を見た時、もし見つけたらすぐに割ってやろうと思ったわ。そうすればこの村は白龍の呪縛から逃れられる。人間は、人間の力で十分繁栄できるのよ。研究だってもう少しなの。この村は、自力で復興できる。白龍草だけじゃない。色んな農作物を育てられるのよ。なのにここの村の人達は、これだけ良い条件の場所を見捨ててずっと白龍白龍言ってる。馬鹿みたい。馬鹿だし、愚かだわ。白龍の加護なんて、必要ないの。白龍草が育たなくなったのは単純に気象がおかしくなったから、それだけ。学者なんかじゃなくたって、誰にだってわかることよ。それをあの人達は私のせいだって。クリフも結局、私の研究を信じてなんかいなかった」
のべつ幕なし語るアンゼリカの呼吸が荒くなる。顔を覆っていない方の手がシーツを握りしめて皺が寄った。
短い沈黙。月が雲に隠れて寝室が暗闇に包まれる。
「そうですね。白龍草が咲かないのは、貴女のせいじゃない」
サンザシは独り言のように告げ、腰を上げた。そのままドアへ向かう。アンゼリカがこちらを向く気配がした。
「明日の白龍の巣探しは、僕とデイズだけで行きます。村の人には何も言いませんのでご心配なく」
「……見つかりっこないわ。それに子ども二人じゃ危険よ」
「貴女にとってはそのほうが良いでしょう。せいぜい僕たちが失敗するようにでも祈っておいて下さい」
物音を立てないように寝室を出て、サンザシはデイジーの眠る布団へ戻った。卵も変わりなくそこにある。
その晩アンゼリカが、再び卵を盗みに来ることはなかった。
翌朝、焼きたてのパンに舌鼓を打っていたデイジーはアンゼリカの発言に目を丸くした。
「え、アンは一緒に来ないの?」
アンゼリカはホットミルクの入ったカップを持ち上げて、困った様子で微笑んだ。
「ごめんなさい。少し考えたのだけど、やっぱり長くここを空けるのは心配なの。上手くいきかけているだけに目を離すのが怖くて。その卵の中の子もあなたに懐いている気がするし、二人で行ってきてみてくれないかしら」
「僕は構いませんよ」
パンを食べ終えたサンザシが声を上げた。ミルクを一息に飲み干して席を立つ。もう準備を始めるようだ。デイジーは慌ててパンを口に運ぶ。
「じゃあ二人で行くけど、きっとこの子を元の場所に戻してきてみせるから、安心しててね」
「――デイズ、食べながら話さない」
「……はあい」
サンザシの叱咤にデイジーは唇を尖らせた。どうにも近頃、彼は城でデイジーにマナーを教えてくれていたばあやに似てきた気がする。
アンゼリカはクスクスと笑って頬杖をついた。
「仲が良いのね」
少しだけ考え込んでから、デイジーはアンゼリカを上目遣いに見つめた。
「会ったことがないから断言出来ないけど、私はクリフさんはアンの研究を信じてないから帰ってこないんじゃないと思う。アンはこの村で辛い想いをしたのだろうけれど、どうか愛した人のことまで疑わないで」
デイジーの言葉に固まって動けなくなったのはアンゼリカだけではなかった。サンザシも手を止め、珍しく目を瞠っている。
そんな二人にデイジーは優雅に小首を傾げた。
「似合うね、その服。髪も」
デイジーはサンザシの周りをうろちょろしながら声を弾ませた。腕の中には、布にくるんだ卵がある。
アンゼリカと別れて、二人は山へ向かっていた。
「……どうも」
「やっぱりねえ、サンザシは元がいいからちゃんとした方がいいよねえ」
うんうんと頷いてデイジーはサンザシの顔を見上げた。
昨日サンザシが手に入れてきた服はティリトルフの村人達が着ているものと同じ作りをしていた。生地こそお城で着ていた従者服には遠く及ばないが、白に深い緑の配色がサンザシのくすんだ金髪によく似合う。そしてなにより、アンゼリカによって器用にセットされた髪型のお陰で、今まで髪で隠れていた目やおでこの辺りがよく見えた。
「学者って手先も器用なんだねえ」
すっかりご機嫌になったデイジーも、ティリトルフの伝統的な衣装を身に纏っていた。裾の広がったスカートはすねの真ん中辺りまでの長さをしていて、詰まった首元にレースがあしらわれたデザインがいたく気に入った。色んなドレスを着せられてきたが、こんなに身軽で可愛らしい服があるならもっと早くから着たかったものだ。庭仕事をする時用に、仕立てて貰おうか。
「どこから聞いていたんですか」
「なにを? あ、だめだよ頭触ったら」
サンザシが頭を掻こうとして、デイジーは手を伸ばしてそれを止めた。まだこの髪型を見納めるにはもったいない。
何故か照れた様子のサンザシはデイジーから目を逸らして歩くスピードを速める。
「昨日の私とアンゼリカさんの会話です」
「ああ! サンザシが起き上がった時に目が覚めたの。隣の部屋に行っちゃってからは聞こえなくなったけど、途中からアンが声を荒げたでしょ? そこからこっちにも自然と聞こえてきたの。立ち聞きとかじゃないからね」
「……姫様の狸寝入りを見抜けなかったなんて、一生の不覚です」
「寝たふりだけは得意なの」
デイジーは胸を張って口角をつり上げた。嘘が下手だとは散々言われてきただけに自覚もあるが、寝かしつけられた後にベッドを抜け出す技術だけは磨いてきたものだ。
「それより、デイズだってば。二人だからって気を抜いちゃだめだよ。ついでに言えば、前からその「姫様」っていうのあんまり気に入ってなかったんだよね」
「姫様は姫様でしょう」
「姫なんて世界中に山ほどいるじゃない。ちゃんと名前で呼んで欲しいの」
「私が姫様と呼ぶのは世界中で姫様だけですけど」
「……急にキザなこと言うの止めてくんない」
「姫様は自分から言い出したのに照れるの止めて下さいよ」
両手が塞がっているために顔を隠せず、デイジーは下を向いた。
山に入ると、想像よりもずっと登りやすい環境が整っていた。でこぼこの少ない道をサンザシが見つけ出してくれたのでゆっくりと進んでゆく。ただ登るだけならば苦労しなさそうな緩やかな坂道であったが、デイジーには卵を無事に運びきるという大事な役目がある。卵を持つのを代わりましょうかとサンザシに訊ねられたが、どうしても自分で運びたかった。
「姫様……デイズは、その卵のことどう思っていますか」
用心深く周囲を確認しながらデイジーを誘導していたサンザシが不意に切り出した。
デイジーは転ばないように足下をよく見ながらしばし思案した。薄い靴底越しに砂利の感触が足裏へ伝わる。
どう思っているか。サンザシがわざわざ訊くからには、求められている返答は表面的なものではないはずだ。
「絶対に白龍の子どもだとは言い切れないけど、ただの卵じゃないことは確かだと思う。こうして抱いていると、意識が伝わってくる感じがする」
速くなった鼓動が、卵の中のそれと重なる。まだ丸一日程しかたっていないのに、抱いていればいるほど卵と一体化してゆくような感覚がしていた。
「ただの卵ではないのは、僕も感じます。気付いていましたか? その卵と行動を共にするようになってから、デイズはあまり危険な目にあっていないんです。今だってそうです。山の中なんて普段のデイズなら、とっくに頭くらい打ちかけたり足を滑らせて転がり落ちていたりしていてもおかしくないのに」
「なんだろう、引っかかる言い方だなあ」
「その卵には、呪いの力さえ弱める何かがある、ということですよ」
デイジーは卵をそっと撫でた。
「そっか。ありがとう」
面を上げると、こちらを振り返っていたサンザシと目が合った。と思うと、彼は拳で口元を隠して笑い始めた。
「なんで笑うの」
笑い止まないサンザシをじろりと睨み付ける。
「邪心がない人だなあと思って」
サンザシが何を言っているのかさっぱり理解出来ず、デイジーは唇を尖らせた。
歩き出してどれくらいの時間が経っただろう。太陽は真上に昇り、気温がじりじりと上がる。
今日中に山の中腹辺りまでは辿り着けるだろうか。デイジーは荒くなる息を必死で押さえつけた。大きな山ではないが、このような体験のないデイジーには気が遠くなりそうだった。
「少し休憩しましょうか」
とうとう疲れている事がバレてしまったらしい。サンザシが足を止めて提案してくれた。
「ありがとう。でもだいじょう……あ!」
「え?」
「サンザシ! あそこ!」
デイジーは顎で斜め前を指した。木々の隙間から見える先が広場のようになっている。
「小屋がありますね」
サンザシは荷物を背負いなおし、デイジーの指した方向へ足を進めた。デイジーもそれについて行く。
広場にはたき火の跡が残っていた。木で作られた小屋は古そうだが最近修繕された痕跡もある。
「誰か住んでるのかなあ」
「村の人が何かに使っているのかもしれませんね」
サンザシは歩き回って辺りを確認している。デイジーは小屋に近付き、窓を覗き込んだ。
「ごめんくださーい」
声を張ってみると、慌てて近寄ってきたのはサンザシだった。
「ちょっと、どんな人がいるか分からないんですから不用意に近付かないで下さい。私が確認しますから」
「心配性だなあ」
「――君たち、どうしたんだこんな所で」
突然、低い声が背後から聞こえてきた。二人は揃って勢いよく振り返る。
立っていたのは、ぼさぼさの髪をした背の高い男性だった。二十代後半くらいだろう。くたびれた服はあちこちが汚れていた。
デイジーは条件反射的に柔和に微笑んだ。
「こんにちは。デイズと申します。こっちはサンザシ。私たち、白龍の巣を探しているの」
「白龍の?」
「ええ。少し事情があって。良かったらここで休ませて貰えないかなあと思ったのだけど」
眉をハの字にしてデイジーは首を傾けた。男性は想定外の返事に驚いたのか瞬きをしている。
「休むのは構わないけど……」
「本当? ありがとう! ――えっと……お名前は?」
「クリフだよ」
デイジーはしばしあっけにとられて、それから目を輝かせた。
「クリフ! クリフってあのクリフ? どうしよう。クリフだって!」
興奮しきったデイジーは疲れも忘れてサンザシに笑いかけた。
なんという偶然だろう。無謀に思われた白龍の巣探しに、一筋の光が差し込んだような気がした。
規則正しい寝息が横から聞こえてくる。
サンザシは呆れ半分に笑った。正真正銘の姫君の筈なのに、デイジーは案外あっさりとこの状況に適応してしまった。疲れているのもあるだろうが、昨晩も今晩もぐっすりと寝入っている。サンザシとしては、好都合だが。
床が軋む音がして、サンザシは目を閉じ息を潜めた。足音がゆっくりとこちらへ近付いてくる。音と共に気配が迫ってきて、デイジーのすぐ側で止った。寝る前に移動させた、大きな卵の近くだ。
サンザシは目を開けると素早く上体を起こた。人影がびくりと肩を跳ねさせるのが暗闇でもわかった。
「僕としてはあまり問題ではないのですけど、デイズが悲しむので止めて頂けますか。これ以上気苦労を増やされると困るんです」
人影の正体はアンゼリカだった。彼女は少しの間動揺していたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「何のことかしら」
「卵、処分するつもりでしょう。貴女は始めから、白龍の巣なんて探す気はなかった。違いますか」
「――どうしてわかったの」
サンザシは立ち上がり、卵から引き離すためにアンゼリカの方へにじり寄った。後退る彼女の耳に顔を寄せる。
「デイズが起きてしまうので移動して貰えますか」
アンゼリカは頷き、サンザシを寝室へ案内した。ベッドへ腰を下ろして気だるげに肩を竦める。
「随分お姉さんを大切にしているのね」
「愛してますので」
「ふうん」
資料が積み上がった机の前にある椅子に座って、サンザシは足を組んだ。
月明かりが窓から差し込んでいる。
「一応僕も魔術師の端くれなので、僕からあの卵を奪うのは難しいと思いますよ」
「面倒ね」
「考えてみれば、貴女の言動には違和感がありました。ティリトルフの一員だと言って白龍草に対して熱意を示す割に、貴女の言葉を聞いている限りでは白龍への想いはまるで感じられなかった。それに加えて、村人達に卵の存在を隠したまま巣に帰すと言い出すなんて。まだ自分の手で卵を孵化させるとでも言い出した方が無難でしたよ。それだとデイズが黙って渡してくれないとでも思ったんでしょうけど」
「子どもの割に口が回るのね」
感心してみせて、アンゼリカはベッドへ転がった。腕で目元を覆ってしまい、サンザシからは表情が読めなくなる。
「どうして龍の子を殺そうとするんです」
「最初に言ったじゃない。私は、白龍の加護なんて信じてないの。文献で卵の記述を見た時、もし見つけたらすぐに割ってやろうと思ったわ。そうすればこの村は白龍の呪縛から逃れられる。人間は、人間の力で十分繁栄できるのよ。研究だってもう少しなの。この村は、自力で復興できる。白龍草だけじゃない。色んな農作物を育てられるのよ。なのにここの村の人達は、これだけ良い条件の場所を見捨ててずっと白龍白龍言ってる。馬鹿みたい。馬鹿だし、愚かだわ。白龍の加護なんて、必要ないの。白龍草が育たなくなったのは単純に気象がおかしくなったから、それだけ。学者なんかじゃなくたって、誰にだってわかることよ。それをあの人達は私のせいだって。クリフも結局、私の研究を信じてなんかいなかった」
のべつ幕なし語るアンゼリカの呼吸が荒くなる。顔を覆っていない方の手がシーツを握りしめて皺が寄った。
短い沈黙。月が雲に隠れて寝室が暗闇に包まれる。
「そうですね。白龍草が咲かないのは、貴女のせいじゃない」
サンザシは独り言のように告げ、腰を上げた。そのままドアへ向かう。アンゼリカがこちらを向く気配がした。
「明日の白龍の巣探しは、僕とデイズだけで行きます。村の人には何も言いませんのでご心配なく」
「……見つかりっこないわ。それに子ども二人じゃ危険よ」
「貴女にとってはそのほうが良いでしょう。せいぜい僕たちが失敗するようにでも祈っておいて下さい」
物音を立てないように寝室を出て、サンザシはデイジーの眠る布団へ戻った。卵も変わりなくそこにある。
その晩アンゼリカが、再び卵を盗みに来ることはなかった。
翌朝、焼きたてのパンに舌鼓を打っていたデイジーはアンゼリカの発言に目を丸くした。
「え、アンは一緒に来ないの?」
アンゼリカはホットミルクの入ったカップを持ち上げて、困った様子で微笑んだ。
「ごめんなさい。少し考えたのだけど、やっぱり長くここを空けるのは心配なの。上手くいきかけているだけに目を離すのが怖くて。その卵の中の子もあなたに懐いている気がするし、二人で行ってきてみてくれないかしら」
「僕は構いませんよ」
パンを食べ終えたサンザシが声を上げた。ミルクを一息に飲み干して席を立つ。もう準備を始めるようだ。デイジーは慌ててパンを口に運ぶ。
「じゃあ二人で行くけど、きっとこの子を元の場所に戻してきてみせるから、安心しててね」
「――デイズ、食べながら話さない」
「……はあい」
サンザシの叱咤にデイジーは唇を尖らせた。どうにも近頃、彼は城でデイジーにマナーを教えてくれていたばあやに似てきた気がする。
アンゼリカはクスクスと笑って頬杖をついた。
「仲が良いのね」
少しだけ考え込んでから、デイジーはアンゼリカを上目遣いに見つめた。
「会ったことがないから断言出来ないけど、私はクリフさんはアンの研究を信じてないから帰ってこないんじゃないと思う。アンはこの村で辛い想いをしたのだろうけれど、どうか愛した人のことまで疑わないで」
デイジーの言葉に固まって動けなくなったのはアンゼリカだけではなかった。サンザシも手を止め、珍しく目を瞠っている。
そんな二人にデイジーは優雅に小首を傾げた。
「似合うね、その服。髪も」
デイジーはサンザシの周りをうろちょろしながら声を弾ませた。腕の中には、布にくるんだ卵がある。
アンゼリカと別れて、二人は山へ向かっていた。
「……どうも」
「やっぱりねえ、サンザシは元がいいからちゃんとした方がいいよねえ」
うんうんと頷いてデイジーはサンザシの顔を見上げた。
昨日サンザシが手に入れてきた服はティリトルフの村人達が着ているものと同じ作りをしていた。生地こそお城で着ていた従者服には遠く及ばないが、白に深い緑の配色がサンザシのくすんだ金髪によく似合う。そしてなにより、アンゼリカによって器用にセットされた髪型のお陰で、今まで髪で隠れていた目やおでこの辺りがよく見えた。
「学者って手先も器用なんだねえ」
すっかりご機嫌になったデイジーも、ティリトルフの伝統的な衣装を身に纏っていた。裾の広がったスカートはすねの真ん中辺りまでの長さをしていて、詰まった首元にレースがあしらわれたデザインがいたく気に入った。色んなドレスを着せられてきたが、こんなに身軽で可愛らしい服があるならもっと早くから着たかったものだ。庭仕事をする時用に、仕立てて貰おうか。
「どこから聞いていたんですか」
「なにを? あ、だめだよ頭触ったら」
サンザシが頭を掻こうとして、デイジーは手を伸ばしてそれを止めた。まだこの髪型を見納めるにはもったいない。
何故か照れた様子のサンザシはデイジーから目を逸らして歩くスピードを速める。
「昨日の私とアンゼリカさんの会話です」
「ああ! サンザシが起き上がった時に目が覚めたの。隣の部屋に行っちゃってからは聞こえなくなったけど、途中からアンが声を荒げたでしょ? そこからこっちにも自然と聞こえてきたの。立ち聞きとかじゃないからね」
「……姫様の狸寝入りを見抜けなかったなんて、一生の不覚です」
「寝たふりだけは得意なの」
デイジーは胸を張って口角をつり上げた。嘘が下手だとは散々言われてきただけに自覚もあるが、寝かしつけられた後にベッドを抜け出す技術だけは磨いてきたものだ。
「それより、デイズだってば。二人だからって気を抜いちゃだめだよ。ついでに言えば、前からその「姫様」っていうのあんまり気に入ってなかったんだよね」
「姫様は姫様でしょう」
「姫なんて世界中に山ほどいるじゃない。ちゃんと名前で呼んで欲しいの」
「私が姫様と呼ぶのは世界中で姫様だけですけど」
「……急にキザなこと言うの止めてくんない」
「姫様は自分から言い出したのに照れるの止めて下さいよ」
両手が塞がっているために顔を隠せず、デイジーは下を向いた。
山に入ると、想像よりもずっと登りやすい環境が整っていた。でこぼこの少ない道をサンザシが見つけ出してくれたのでゆっくりと進んでゆく。ただ登るだけならば苦労しなさそうな緩やかな坂道であったが、デイジーには卵を無事に運びきるという大事な役目がある。卵を持つのを代わりましょうかとサンザシに訊ねられたが、どうしても自分で運びたかった。
「姫様……デイズは、その卵のことどう思っていますか」
用心深く周囲を確認しながらデイジーを誘導していたサンザシが不意に切り出した。
デイジーは転ばないように足下をよく見ながらしばし思案した。薄い靴底越しに砂利の感触が足裏へ伝わる。
どう思っているか。サンザシがわざわざ訊くからには、求められている返答は表面的なものではないはずだ。
「絶対に白龍の子どもだとは言い切れないけど、ただの卵じゃないことは確かだと思う。こうして抱いていると、意識が伝わってくる感じがする」
速くなった鼓動が、卵の中のそれと重なる。まだ丸一日程しかたっていないのに、抱いていればいるほど卵と一体化してゆくような感覚がしていた。
「ただの卵ではないのは、僕も感じます。気付いていましたか? その卵と行動を共にするようになってから、デイズはあまり危険な目にあっていないんです。今だってそうです。山の中なんて普段のデイズなら、とっくに頭くらい打ちかけたり足を滑らせて転がり落ちていたりしていてもおかしくないのに」
「なんだろう、引っかかる言い方だなあ」
「その卵には、呪いの力さえ弱める何かがある、ということですよ」
デイジーは卵をそっと撫でた。
「そっか。ありがとう」
面を上げると、こちらを振り返っていたサンザシと目が合った。と思うと、彼は拳で口元を隠して笑い始めた。
「なんで笑うの」
笑い止まないサンザシをじろりと睨み付ける。
「邪心がない人だなあと思って」
サンザシが何を言っているのかさっぱり理解出来ず、デイジーは唇を尖らせた。
歩き出してどれくらいの時間が経っただろう。太陽は真上に昇り、気温がじりじりと上がる。
今日中に山の中腹辺りまでは辿り着けるだろうか。デイジーは荒くなる息を必死で押さえつけた。大きな山ではないが、このような体験のないデイジーには気が遠くなりそうだった。
「少し休憩しましょうか」
とうとう疲れている事がバレてしまったらしい。サンザシが足を止めて提案してくれた。
「ありがとう。でもだいじょう……あ!」
「え?」
「サンザシ! あそこ!」
デイジーは顎で斜め前を指した。木々の隙間から見える先が広場のようになっている。
「小屋がありますね」
サンザシは荷物を背負いなおし、デイジーの指した方向へ足を進めた。デイジーもそれについて行く。
広場にはたき火の跡が残っていた。木で作られた小屋は古そうだが最近修繕された痕跡もある。
「誰か住んでるのかなあ」
「村の人が何かに使っているのかもしれませんね」
サンザシは歩き回って辺りを確認している。デイジーは小屋に近付き、窓を覗き込んだ。
「ごめんくださーい」
声を張ってみると、慌てて近寄ってきたのはサンザシだった。
「ちょっと、どんな人がいるか分からないんですから不用意に近付かないで下さい。私が確認しますから」
「心配性だなあ」
「――君たち、どうしたんだこんな所で」
突然、低い声が背後から聞こえてきた。二人は揃って勢いよく振り返る。
立っていたのは、ぼさぼさの髪をした背の高い男性だった。二十代後半くらいだろう。くたびれた服はあちこちが汚れていた。
デイジーは条件反射的に柔和に微笑んだ。
「こんにちは。デイズと申します。こっちはサンザシ。私たち、白龍の巣を探しているの」
「白龍の?」
「ええ。少し事情があって。良かったらここで休ませて貰えないかなあと思ったのだけど」
眉をハの字にしてデイジーは首を傾けた。男性は想定外の返事に驚いたのか瞬きをしている。
「休むのは構わないけど……」
「本当? ありがとう! ――えっと……お名前は?」
「クリフだよ」
デイジーはしばしあっけにとられて、それから目を輝かせた。
「クリフ! クリフってあのクリフ? どうしよう。クリフだって!」
興奮しきったデイジーは疲れも忘れてサンザシに笑いかけた。
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