姫君は幾度も死ぬ

雨咲まどか

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2.純白と赤色

帰ったら

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 デイジーが目の前から消えて、もうずいぶん経つ。サンザシはクリフの小屋の前で切り株に座り込んでいた。

 彼女が戻ってきたときのために、ここで待っているべきだとサンザシに言ったのはクリフだった。彼は自分の方がこの山に詳しいからとデイジーの捜索を買って出た。こんなにも無力さを感じるのは、二年前のあの夜以来だった。
 デイジーは突拍子の無い事ばかりするが、行方がまるでわからなくなるのは初めての事だ。それもただ姿を消した訳ではない。彼女の身に何が起こっているのかまるで予想も付かないだけに、どうすればいいのかサンザシは悩み続けていた。

 太陽が傾き始めている。この夕日が沈んだら、もう待つのは止めよう。

――キュウ。

 少し遠くでなにかの鳴き声がする。サンザシは顔を上げて立ち上がった。耳を済ませると話し声が近付いてくるのがわかった。

「キュー? ハク? シロちゃん? え、どれもだめ?」

 森の奥から純白の鳥のようなものが飛んでくるのが見える。目を凝らすと、それは小さいが確かに龍の形をしていた。
 サンザシが眉を寄せると、白色の向こうに見慣れた栗毛が見えた。

「――あ、サンザシ!」

 デイジーはサンザシを見つけるとにっこりと破顔して駆け寄ってきた。少し見なかった間に、顔のあちこちを泥で汚して服もボロボロになっている。腰まである美しい長髪もあちこちが絡まり広がって艶を失っている。
 呆然として立ち尽くしているサンザシに、デイジーはお構いなしに口を開く。

「ねえ、どう思う? この子の名前。キューかハクか、シロか……サンザシ?」

 緑色の目がしきりに瞬きする。華奢な指先が、頬に伸びてくる。
 何も言わないサンザシにデイジーは首を傾げて、その横で小さな白い龍も同じように首を傾けた。
 サンザシは頬に触れるデイジーの手に自分の手を重ねた。体温の高い彼女は、指の先まで暖かい。

「どうして私の前から消えたりするんですか」

「……ええっと」

 デイジーはうーんと唸って考え込んでしまった。それから何か言いたげにしてみせて、結局下を向いた。

「ごめん」

「戻ってこないかと思いました。何度……」

 言いかけて、サンザシは口を閉ざした。デイジーはサンザシの顔を覗き込むとにやりと口角をつり上げる。

「でも戻ってきたよ。ただいま」

「なんで得意気なんですか」

「それより、サンザシに話したいことがたっくさんあるの。聞いてくれる? ――あ、その前に」

「なんです」

「ただいま、の返事は?」

 デイジーはサンザシの頬から手を離して腰に両手をあてた。威厳のある物言いとすっかりくたびれた出で立ちが不釣り合いで、サンザシは力が抜けてしまう。

「……おかえりなさいませ、姫様」
 わざとらしく堅い口調で言うとデイジーは腕を組んで笑った。サンザシは彼女には勝てないのだと思い知らされた気分だった。






 少しするとデイジーを探しに行ってくれていたらしいクリフが戻ってきた。彼は白龍を見て大層に驚き、デイジーはやっぱりサンザシの反応がおかしいのだと心の中で頷いた。驚くよね、普通。
 経緯をかいつまんで説明すると、クリフはほっとしたようだった。

「白龍様はアンゼリカにお怒りだったんじゃなかったんだ」

「すごく優しそうな方だったよ。これで安心して帰れるよね。日が落ちきる前に行こうよ。クリフも一緒に!」

 暗くなり始めた空を見上げてデイジーが提案する。高い所を白龍が飛び回っている。夜の山は恐ろしいがクリフがいればどうにかなるだろう。
 上機嫌なデイジーに対して、クリフは申し訳なさそうに首を横に振った。

「君たちだけで戻ってくれ。僕は彼女に会わせる顔がないんだ」

「え? そんなの、その顔で十分だと思うけど」

「その顔?」

「心の底から申し訳なく思っていて、でも許して欲しいとも思ってる顔」

 声色にからかいを混ぜるとクリフは頭を掻いた。
 また勝手に話を進めてゆくデイジーの耳朶に、サンザシが唇を寄せた。

「あの龍、連れて行くんですよね? 私たちは村へは行かない方がいいのでは。アンゼリカさんや村の人たちに見られたら、何されるかわかったものではないですよ」

 どうやらサンザシは、白龍の事を案じているようだった。確かに、守り神のような存在である白龍を、巣から連れ帰った挙げ句に旅の共にしようとしているなんて知られたら反対されてしまうやもしれない。

 デイジーはアンゼリカとワイルドストロベリーを摘んだ時のことを脳裏に浮かべた。サンザシの言うことはいつでも、もっともだ。アンゼリカは一度卵の中の白龍を殺そうとした。だけど彼女の、本当の姿はそっちではないと思うのだ。ハーブの成長を心から喜べるような、彼女の。

「大丈夫だよ。アンはもう、あの子を傷つけたりしない」

 サンザシに囁き返してから、荷物を取りに行こうとデイジーは小屋に向かった。扉に手を掛けようとした瞬間、背後から腕を引かれる。

「小屋から離れて下さい」

 訳の分からないまま、サンザシに引っ張られて走る。広場から出て木の陰に隠れた。サンザシに呼ばれたクリフも小屋から離れてこちらへ小走りにやってくる。
 瞬間、爆発音が響き渡った。突風に背を押されてクリフが転ぶ。
 サンザシに抱きすくめられていたデイジーは、おずおずと木の幹ごしに振り返った。
 小屋から大きな炎が上がっている。窓ガラスが割れて、ドアは吹き飛びバチバチと音をたてながら。
 みるみるうちに炎は燃え広がって、小屋を飲み込んでゆく。

「さささサンザシ! 燃えてる! 魔術で消せないの?」

「僕の腕前では周囲に火が移らないように押さえるのが限界です」

「そ、そっか。頑張って!」

「おそらく、昼間の火が消えきってなかったんでしょう。燃え続けた所にガラスが割れて外の空気が入って急に燃え広がり、小屋の中にあった燃料に引火した、という所でしょうね」

 状況の飲み込めないデイジーを一瞥して、サンザシは至って沈着に解説する。
 白龍はデイジーを見つけると勢いよく胸の中に飛び込んだ。

「……痛ってえ」

 起き上がったクリフが背後を顧みて唖然とする。どうやら一番状況が飲み込めていないのは、彼のようだ。
 燃えてゆく小屋を眺めるクリフに、デイジーは思わず開口する。

「流石に帰らざるを得なくなったね」






 村へ着いた時にはとうに日は沈んでいた。人目に付かないように回り道をしてアンゼリカの家を目指す。
 デイジーはもう疲弊しきっていて、見覚えのある家の灯りが見えると力なく歓声を上げた。

「やったあ……」

 今にも倒れそうなデイジーの横で、クリフは緊張した面持ちで玄関の扉を睨めつけている。

「睨んでいても開きませんよ」

 クリフの背をサンザシが軽く押す。すると同時に扉が開いた。

「――クリフ」

 呟いて、アンゼリカは溢れんばかりに目を見開いた。そしてそのまま固まって動かなくなる。
 微動だにしなくなったアンゼリカに、クリフは目を泳がせた。

「えっと、その、アンゼリカ、聞いて欲しいんだけど」

「聞かない」

「え」

「まだ何も聞きたくない。先に、言うべきことがあるでしょう」

「ご、ごめん?」

 アンゼリカは静かに首を横に振った。
 謝罪するクリフの背をサンザシが小突く。小声で何かアドバイスしているようだ。

「えっと……ただいま、アンゼリカ」

 クリフが言うと、アンゼリカの目に涙が滲んだ。白龍がデイジーの腕の中で、祝福するように両翼を羽ばたかせた。




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