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第二章 天使時間の歯車

2-12 居残り

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 「……環くん、なんか様子がおかしくない?」

 「別に、俺はいつも通りだと思いますけど」

 「……そうかな」

 「そうですよ」

 俺はそう返すと、訝しい目で立花が見てくる。よくよく周囲を見渡してみると、立花だけではなく他のメンツについても同じだった。

 だが、どうせ気にしても仕方がない。俺は立花の話の続きを待った。

 「……まあ、いいか。

 ともかくとして、魔法教室については休校。環くんも納得したみたいだから、皆も大丈夫だね。もし再開するタイミングになったら適当に連絡するから、それまでは魔法教室に来ないように、わかったかな?」

 立花がそう言うと、皆は頷いた。

 「それじゃあ、魔法教室はこれで解散……、だけれど、環くんは少し残ってね」

 「あっはい、わかりました」

 俺は適当な返事をする。その声を合図として、今日の魔法教室に関しては解散となった。





 「それでなんですか?俺もさっさと帰りたいんですけど」

 「……なんか雰囲気変わった?それとも不貞腐れてる?」

 「いや、別になんにもないですよ。なんか気に障ったならすいません」

 「別に気に障ったとかではないんだけども……、まあいいか」

 立花と俺しかいない空間で、立花は少し気まずそうな顔をしている。何をそんなに気まずく感じているのかはわからない。けど、正直どうでもいい。

 「ええと、まずは君に謝りたくてね。僕も少し興奮しすぎたかもしれない」

 「……?」

 ……別に、立花はあの場面で特に間違っている発言をしていたけじゃない。それは俺もアイツも納得しているから、それでいいと思うのだが。

 「……やっぱり不貞腐れてるかい?」

 「いや、あの時の先生は何か間違っている発言をしたわけではないでしょうに。自分自身で確かにな、と納得する部分があったので謝る必要はないのかな、と」

 「……まあ、それならそれでいいけれども。あの時の僕は少し幼稚だったから、僕が謝った、という記憶は残しておいてくれよ」

 立花先生は苦笑した。

 「それで本題だ。これから話すことは先ほどの吸血鬼事件にも関連しているといえばしているし、していないかもしれない。それでいて、今後の君の運命を左右するものを今から話したいんだけれど、心の準備とかできる?」

 「別に、心の準備とかなくても先生は好きなように話せばいいんですよ。俺なんかに気を遣わないでください」

 正直、心の底からどうでもいい。吸血鬼事件だとか運命だとか、そんなものに俺は興味がない。そもそも興味を抱く対象がないというのが一番正しいところではあるのだが。

 「それならちゃっちゃと話してしまおうか」

 立花は咳払いをする。どこかこれからする話に対して躊躇いを示すように。

 「ええと、君は吸血鬼事件の犯人に遭遇したとして、どうするつもりだい?」

 ……説教の続きだろうか。

 「……まあ、逃げると思いますよ。怖いですし」

 無難な返事をすると、彼はそうだよね、うんうんと頷く。

 「さっき僕は被害者・加害者についての話をしたけれども、ぶっちゃけてしまうと、最悪生き残るために魔法を使うとか、もしくは魔法使いの血液が外に出ないために魔法を使うというのならば、僕は仕方がないと思うんだ。

 君たちには……、というか君以外にはそんな魔法の素養がきちんとある。まあ、明楽くんについては微妙なところではあるけれどもね」

 「はあ」

 「ただ、ここで問題となるのは、やはり君という存在だ。

 先ほど、君は犯人に遭遇したら逃げる、と言ってくれたから、そこそこに安心はしているけれども、もしその犯人の足がものすごく早かったりしたら?」

 「……まあ、追いつかれるでしょうね」

 「そうなったら君はどうする?」

 「……どうするもなにも──」

 別に、いつも手持ちのナイフがあるのだから、それで対処をすればいいだろうが、そんな反応を立花は望んでいないだろう。

 俺は特に思いつかないというように沈黙をした。

 「……そう、君には犯人に対応する手段がない。まあ、手持ちのナイフとかで少しばかり応戦する、という方法もあるだろうが、相手は今のところヤクザ関連だと疑われている。そんな相手に君みたいな高校生が立ち向かえるとは、正直僕は思えないんだ」

 「難しいかもですね」

 「うん。だからさ、君に一刻も速く魔法を使えるようになってもらいたい、というのが本音ではあるんだけれども、最近の調子はどうだい?」

 最近の調子?どうだっただろう。

 ここ最近のアイツに関しては、魔法を使うことに対して逃げの姿勢を見せている。前を向くという言い訳をしながら、魔法を見ることしかしていないから、どちらかといえば調子は悪いのだろう。どうせ、俺という存在が心にわだかまっているうちはずっと使えないに決まっている。

 「……悪いですよ。使えるなんて信じられないくらいに」

 「そうかぁ……」

 立花は大きくため息をついた。

 「うーん、ここで少しでも魔法が使えるようになっていてくれれば、僕も安心して君を返すことができるのだけれども、そう上手くはやっぱりはいかないね」

 「……用件は、それだけですか」

 俺がそういうと、「いや、ここからが本題なんだよ」と立花は返した。

 「……でも、言うべきか、言わざるべきか。教師としてすごく悩んでいるんだ」

 「……俺の魔法の素養についてですか?別に、それなら諦めくらいは抱いているからシンプルに言ってくれても」

 「あ、違う。そこに関しては疑っていない。君には確かに紋章があるわけだから、いつかは魔法を使えるようになると僕は信じているよ」

 「……それなら、なんですか」

 俺はさっさと返ってしまいたいのに、立花が話を長くするから鬱陶しい。結論を話せばそれで済む話なのだが──。

 「──君に、黒魔法というものを教えるべきかを迷っていてさ」

 立花はものすごく苦い顔をしながら、そう呟いた。
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