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第二章 天使時間の歯車
2-22 天使の時間について
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「天使の時間……って、なんですか?」
立花先生が本気で敵意を混じらせる様子に戸惑いながらも、僕はそのまま疑問を彼に対して呟く。その言葉をどれだけ捉えようとも、どうにも僕は理解することができない。葵についてもわからないようで、特に視線を合わせても困惑するように首を横に振るだけだった。
疑問を投げかけて、そうして数瞬立つ。でも、会話は途切れて、それ以降は先生が言葉を紡ぐことはない。なぜそこまで深刻な顔をしているのか、どうして敵意を持っているのかを理解できないまま、僕は待つしかない。
気まずい空気に晒されながら、僕と葵は先生の言葉を待つ。この場は回答を待たなければ、それ以上に行動することはできないような気がする。聞いたからには、その責任があるように感じて。
一分間ほど経ったのだろうか、それくらいにしてようやく重くなった空気を裂くように先生が口を開いた。けれど。
「……ごめん、葵ちゃんは帰ってくれるかな」
そう呟いて、葵には答えを伏せるように、僕と先生だけが空間に残された。
◇
「……それで、何なんですか。天使の時間って。葵に言えないのなら、僕に対しても言えないのでは?」
「……いや、この話は君にしか通じないし、君にしか理解できないだろうから。そして、彼女は知らないことについての話だからさ、申し訳ないけれど、君に残ってもらったんだ」
「僕にしか、理解できないこと?」
そう言われて、思い出すのは黒魔法の概念について。
立花先生曰く、黒魔法という存在は魔法使いの間でも禁忌中の禁忌であり、葵たちも例外なく知らない魔法のこと。そして、唯一の適性があると先生が僕に言った魔法のことだ。
その魔法は精神を代償に行われる非現実的事象。一般的な魔法使いによる血液を代償にされた魔法とは供物にする対象が違うからこそ、世界に対しての影響力があるとされる、規模が違いすぎる次元違いの魔法。
「今から君にお願いをするために、突拍子のない話をする。今回の話はいつになく真剣にするから、きちんと心に留めておくように」
いつになく真剣な顔をして、先生は言葉を紡いでいる。だからこそ嫌な予感を覚えるのは気のせいなのだろうか。
「……わかりました。……けど、そこまで大事な話を僕にして大丈夫なんですか?」
「……君にしかできないことだから、君にしかお願いできないんだよ。何をお願いするのかは最後に話すけれど、とりあえず事情について聞いてくれないかな」
そうして、立花先生は天使の時間について話をした。
◇
「以前に話した世界について覚えているかな」
「ええっと、とんでもなく大きなやつというか、なんというか」
「……熱心に教えたつもりなのにそこまでしか記憶に残っていないのは少しばかり悲しいな……。じゃあ、また改めて説明するからよく聞いておきなさい」
僕はしぶしぶ頷いた。
「世界、っていうのは、今僕たちがいる地球の外側、宇宙の外側、更に外側、更に更に、というように外側にあって、最終的に無限の外側にあるとても大きな存在であり、魔法使いがいつか辿り着くべき概念だ。
世界の外側だからこその現実に対しての可変性を持っていて、魔法使いはその可変性を求めて魔法を使う。魔法を使った結果、そうして世界にたどり着いた者は誰もいないけれど、魔法使いの最終目標はそうだって、前に話したよね」
「確か、そんなような話を聞いたことがあります。それが天使の時間とやらに何か関連するんですか?」
「……ちゃんと関連するよ。そのために前提を話しているんだから茶々を入れないでくれたまえ」
「……なんかごめんなさい」
いつもだったら、そこそこ穏やかに声を返してくれるのに。……それだけ真剣な話だということなんだろうけれど。
「それで、その世界で、どうやって時間が流れていると思う?」
「……物理の話は苦手です」
「物理は関係ないさ。あれは人間が考えるものでいい。僕たちが今考えるべきは魔法使いで捉えることのできる時間という概念でいいんだ。
でも、荒唐無稽であるから答えは出ないだろう。だから率直に答えを話すけれども、時間というものは『世界が落下』している産物だといえる」
「落下、ですか?」
「うん。……世界というものは、いつからかはわからないけれど、ずっと落下し続ける存在であり、落下し続けているからこそ時間というものが流動する。その落下の仕方によって、角度によって時間の流れ方についても異なるけれど、基本は一定だ。1,2,3,と順を追って流れるのが今の時間軸だ。それが本来の時間軸だね」
「……はあ」
……難しい。どう捉えればいいのだろうか。
世界が落下するから、時間が流れる。とりあえず、その認識だけ抱いていればいいのだろうか。
「難しいという顔をしているけれど、ここまでは別に前提だからそこまで深く理解はしなくてもいいさ。でも大事なことはこれからだ」
そう前置きをして、先生は言葉を続ける。続けている。
「そんな世界の時間を止める方法があったとして、その方法はどんなものがあると思う?荒唐無稽でもいいから少し考えてみてよ」
「……ええと、あれですか。世界が落下しない状況的な?」
「正解だ。落下するから時間というものは流れる。ならば落下しなければ時間というものが流れることはない。
天使の時間とは、そういうことだ」
「そういうことだ……、って言われましても」
だからなんだよ、という感じもする。
「それが?って顔をしているけれど、君は既に一度天使の時間を経験していると思うんだけれど」
「……」
そうして思い浮かべるのは、今夜の時間が止まった世界。誰も動くことはなく、そして僕だけが生きる世界。
「そう、あれが天使の時間だ。天使の時間とは、固着した世界であり、通常の時間軸に対して垂直に立つ時間軸と言われている」
「……すいちょく?」
「……どう説明するべきかな。
もともと落下しているものが落下を止める原因は床にあたるとか、そういうことを想像をしてくれるとわかりやすいかな。
床に辿り着いたものは転がる。転がって、通常は落ちるべき存在である世界は横に移動する。横に移動することで時間軸が垂直に動く。世界が動くことで時間が流れるのだから、落下でも時間は動くし、横に移動することになる世界に対して時間軸は垂直に立つ」
「……うっす」
「理解を放棄してくれるなよ。まだあるんだから。
グラフ上で表すなら、僕たちの時間はY軸に流れるものなのに、それがいきなりX軸に流れる。それによってどうなるかと言われれば、もうわかるよね?」
わかるよねって言われてましても……。
「まあ、君にだけは認識できただろうけれど、あらゆるものが固着する。Y時間軸しか認識できない僕たちは軸違いのX時間軸を捉えることができない。だから僕たちは静止し続ける。
そんな時間軸にするのが天使の時間、『Anzen Taige』と言われる黒魔法だ」
「……なるほど」
あの時に経験した、時が止まった世界は、つまりは黒魔法ということ、でいいのだろうか。
「……というか、なんで僕だけあの世界で動くことができたんですか?そして、なんで動き始めたんですか?」
「うーん、動き出した原因についてはわからない。その魔法使いの捧げる精神が足りなくて、ある程度の時間が止まらなかったのかもしれないし、単純に手順を間違えたのかもしれない。その原因についてはわからないから説明のしようがないけれど、君があの世界を生きることができたことについては説明ができるよ。
以前も言ったけれど、君の紋章はほかの魔法使いには見られない黒色の紋章だ。その紋章を持つからこそ、きっと黒魔法についての適性がある。適性があるからこそ、天使の時間が発動した世界で唯一Xの時間軸にも対応することができたのだろう。
ここまでの前提を踏まえたうえで、今から本当に突拍子のないお願いを、──命令を君にする。本当は僕の生徒である君に、そして齢が低い君に命令するべきではないことはわかっているけれど、君にしかできないことだからこそ、僕は君に伝えるしかないんだ」
そうして吐いた先生の命令とは。
「──天使の時間を発動した魔法使いを殺せ」
立花先生が本気で敵意を混じらせる様子に戸惑いながらも、僕はそのまま疑問を彼に対して呟く。その言葉をどれだけ捉えようとも、どうにも僕は理解することができない。葵についてもわからないようで、特に視線を合わせても困惑するように首を横に振るだけだった。
疑問を投げかけて、そうして数瞬立つ。でも、会話は途切れて、それ以降は先生が言葉を紡ぐことはない。なぜそこまで深刻な顔をしているのか、どうして敵意を持っているのかを理解できないまま、僕は待つしかない。
気まずい空気に晒されながら、僕と葵は先生の言葉を待つ。この場は回答を待たなければ、それ以上に行動することはできないような気がする。聞いたからには、その責任があるように感じて。
一分間ほど経ったのだろうか、それくらいにしてようやく重くなった空気を裂くように先生が口を開いた。けれど。
「……ごめん、葵ちゃんは帰ってくれるかな」
そう呟いて、葵には答えを伏せるように、僕と先生だけが空間に残された。
◇
「……それで、何なんですか。天使の時間って。葵に言えないのなら、僕に対しても言えないのでは?」
「……いや、この話は君にしか通じないし、君にしか理解できないだろうから。そして、彼女は知らないことについての話だからさ、申し訳ないけれど、君に残ってもらったんだ」
「僕にしか、理解できないこと?」
そう言われて、思い出すのは黒魔法の概念について。
立花先生曰く、黒魔法という存在は魔法使いの間でも禁忌中の禁忌であり、葵たちも例外なく知らない魔法のこと。そして、唯一の適性があると先生が僕に言った魔法のことだ。
その魔法は精神を代償に行われる非現実的事象。一般的な魔法使いによる血液を代償にされた魔法とは供物にする対象が違うからこそ、世界に対しての影響力があるとされる、規模が違いすぎる次元違いの魔法。
「今から君にお願いをするために、突拍子のない話をする。今回の話はいつになく真剣にするから、きちんと心に留めておくように」
いつになく真剣な顔をして、先生は言葉を紡いでいる。だからこそ嫌な予感を覚えるのは気のせいなのだろうか。
「……わかりました。……けど、そこまで大事な話を僕にして大丈夫なんですか?」
「……君にしかできないことだから、君にしかお願いできないんだよ。何をお願いするのかは最後に話すけれど、とりあえず事情について聞いてくれないかな」
そうして、立花先生は天使の時間について話をした。
◇
「以前に話した世界について覚えているかな」
「ええっと、とんでもなく大きなやつというか、なんというか」
「……熱心に教えたつもりなのにそこまでしか記憶に残っていないのは少しばかり悲しいな……。じゃあ、また改めて説明するからよく聞いておきなさい」
僕はしぶしぶ頷いた。
「世界、っていうのは、今僕たちがいる地球の外側、宇宙の外側、更に外側、更に更に、というように外側にあって、最終的に無限の外側にあるとても大きな存在であり、魔法使いがいつか辿り着くべき概念だ。
世界の外側だからこその現実に対しての可変性を持っていて、魔法使いはその可変性を求めて魔法を使う。魔法を使った結果、そうして世界にたどり着いた者は誰もいないけれど、魔法使いの最終目標はそうだって、前に話したよね」
「確か、そんなような話を聞いたことがあります。それが天使の時間とやらに何か関連するんですか?」
「……ちゃんと関連するよ。そのために前提を話しているんだから茶々を入れないでくれたまえ」
「……なんかごめんなさい」
いつもだったら、そこそこ穏やかに声を返してくれるのに。……それだけ真剣な話だということなんだろうけれど。
「それで、その世界で、どうやって時間が流れていると思う?」
「……物理の話は苦手です」
「物理は関係ないさ。あれは人間が考えるものでいい。僕たちが今考えるべきは魔法使いで捉えることのできる時間という概念でいいんだ。
でも、荒唐無稽であるから答えは出ないだろう。だから率直に答えを話すけれども、時間というものは『世界が落下』している産物だといえる」
「落下、ですか?」
「うん。……世界というものは、いつからかはわからないけれど、ずっと落下し続ける存在であり、落下し続けているからこそ時間というものが流動する。その落下の仕方によって、角度によって時間の流れ方についても異なるけれど、基本は一定だ。1,2,3,と順を追って流れるのが今の時間軸だ。それが本来の時間軸だね」
「……はあ」
……難しい。どう捉えればいいのだろうか。
世界が落下するから、時間が流れる。とりあえず、その認識だけ抱いていればいいのだろうか。
「難しいという顔をしているけれど、ここまでは別に前提だからそこまで深く理解はしなくてもいいさ。でも大事なことはこれからだ」
そう前置きをして、先生は言葉を続ける。続けている。
「そんな世界の時間を止める方法があったとして、その方法はどんなものがあると思う?荒唐無稽でもいいから少し考えてみてよ」
「……ええと、あれですか。世界が落下しない状況的な?」
「正解だ。落下するから時間というものは流れる。ならば落下しなければ時間というものが流れることはない。
天使の時間とは、そういうことだ」
「そういうことだ……、って言われましても」
だからなんだよ、という感じもする。
「それが?って顔をしているけれど、君は既に一度天使の時間を経験していると思うんだけれど」
「……」
そうして思い浮かべるのは、今夜の時間が止まった世界。誰も動くことはなく、そして僕だけが生きる世界。
「そう、あれが天使の時間だ。天使の時間とは、固着した世界であり、通常の時間軸に対して垂直に立つ時間軸と言われている」
「……すいちょく?」
「……どう説明するべきかな。
もともと落下しているものが落下を止める原因は床にあたるとか、そういうことを想像をしてくれるとわかりやすいかな。
床に辿り着いたものは転がる。転がって、通常は落ちるべき存在である世界は横に移動する。横に移動することで時間軸が垂直に動く。世界が動くことで時間が流れるのだから、落下でも時間は動くし、横に移動することになる世界に対して時間軸は垂直に立つ」
「……うっす」
「理解を放棄してくれるなよ。まだあるんだから。
グラフ上で表すなら、僕たちの時間はY軸に流れるものなのに、それがいきなりX軸に流れる。それによってどうなるかと言われれば、もうわかるよね?」
わかるよねって言われてましても……。
「まあ、君にだけは認識できただろうけれど、あらゆるものが固着する。Y時間軸しか認識できない僕たちは軸違いのX時間軸を捉えることができない。だから僕たちは静止し続ける。
そんな時間軸にするのが天使の時間、『Anzen Taige』と言われる黒魔法だ」
「……なるほど」
あの時に経験した、時が止まった世界は、つまりは黒魔法ということ、でいいのだろうか。
「……というか、なんで僕だけあの世界で動くことができたんですか?そして、なんで動き始めたんですか?」
「うーん、動き出した原因についてはわからない。その魔法使いの捧げる精神が足りなくて、ある程度の時間が止まらなかったのかもしれないし、単純に手順を間違えたのかもしれない。その原因についてはわからないから説明のしようがないけれど、君があの世界を生きることができたことについては説明ができるよ。
以前も言ったけれど、君の紋章はほかの魔法使いには見られない黒色の紋章だ。その紋章を持つからこそ、きっと黒魔法についての適性がある。適性があるからこそ、天使の時間が発動した世界で唯一Xの時間軸にも対応することができたのだろう。
ここまでの前提を踏まえたうえで、今から本当に突拍子のないお願いを、──命令を君にする。本当は僕の生徒である君に、そして齢が低い君に命令するべきではないことはわかっているけれど、君にしかできないことだからこそ、僕は君に伝えるしかないんだ」
そうして吐いた先生の命令とは。
「──天使の時間を発動した魔法使いを殺せ」
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