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5/A Word to You.

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「だから、私が悪いんだ。私が悪いから罪を償わなきゃいけないんだ。私は翔兄と関わっちゃいけないんだ。関わっていたいけど、それは許されないんだ。だって、禁忌を犯したから。その罪を私は償わなきゃいけないんだ。言い訳も理由も思いつくけれど、それを良しとしちゃいけないんだよ。私は加害者なんだ。罪人でしかないんだ。ありふれている禁忌に触れてしまった人間だから、その罪をいつまでも、いつまでも考えなきゃいけないんだ。だって、そうでしょ? 翔兄、いつも苦しそうな顔をしてるから。苦しかったんだもんね。私のことなんか嫌いでしようがないよね。気持ち悪いよね。兄妹なのに、それでも恋愛感情を抱くって、どうしようもなく気持ちが悪いよね。友達も言ってた。そういう漫画を読んでる男の子を気持ち悪いって言ってた。そうでなくとも、調べればそれが気持ち悪いものなんだっていう考えはわかっちゃった。でも、私はどうしようもなく愛が欲しかったんだ。でも、その愛は報われないの。だから、これでいいんだよ。私が悪いの。私が翔兄を穢したの。殺したの。心を殺しちゃったの。あの時の翔兄はもう帰ってこないの。私がそんな風にしたの。愛ちゃんにも酷いことをしちゃった。恋人になったのに、それを邪魔するような事ばっかりしちゃった。自分のわがままで、愛ちゃんが受け取るはずだった愛はどっかに行っちゃった。それも私が殺したの。翔兄が進路を変えたって聞いた時、本当にもう戻れないって思っちゃった。本当に、本当に。私が悪いのに、それでも欲望って出るものでさ。愛ちゃんと翔兄が報われることのが私いやだったの。ごめんね、本当にごめんね。ごめんなさい。今さら、取り返しもつきようもないけれど、ずっと前から謝りたかった。でも、本当に今さらだもんね。翔兄はずっと苦しんでたもんね。本当に、本当に──」

「──もう、いいよ」

 俺は彼女の言葉にそう呟くことしかできなかった。

 もし、彼女が悪いのだとしたら、皐はどうして苦しそうな顔を浮かべるのだろう。俺よりも辛い顔をしているのだろう。その瞳に涙がにじんでいるのは、雫がこぼれ落ちるのは、彼女の握った手に力が入るのは、彼女がすすり泣く声は、上ずる声は、過呼吸気味になる息遣いは、震える背中は、どうしてそこにあるのだろう。

 本当に、彼女が悪なのか。そんなの、俺にわかるわけがない。悪の定義とは何か、罪とは何か。罪の定義とは何だ。俺たちはなんなんだ。俺たちの関係とは何なのだ。どこまでもわからない。一言で言い表せるものではない。

 酷い偶然の一致でしかなかった、偶然の重なりでしかなかったのだ。俺たちは加害者であり、被害者でしかない。互いにそんな感情を共有していたのだ。だから、彼女だけが辛いわけではなく、俺だけが辛いわけではないはずだ。

 それなら吐くべき言葉は。

「ひとつの、すれ違いでしかないんだ」

 人は勝手に人を解釈する。俺が皐を勝手に解釈した。皐が世界を勝手に解釈した。勝手だからすれ違った。それだけでしかないのだ。

 罪人は俺たちだ。その元凶を考える必要もないだろう。考える必要はない。彼女はこれ以上苦しむ必要はない。最終的な選択は俺がとった。最終的には彼女も俺も傷つけあった。

 それなら、彼女の定義では、これも愛なのだろう。

 罪という名の愛。罪の共有。近親という枠で、せめて定義したい。そうすることが彼女に対して、俺に対して報いることだから、それに溺れていたい。

 わからない。これが本当に正解か? 

 馬鹿だ、正解なんてあるはずがないだろう。状況は状況の作り合わせ、そこにそれぞれ正解があるわけじゃない。それならば、正解を探そうとするんじゃない。俺は馬鹿だ、そんなこと、とっくの昔にわかっていたはずなのに。

「なあ、皐」

 俺は言葉を吐いた。心の底か安堵を覚えるような息を孕ませた声音。頭の痛さは引いていた。世界には闇だけがわだかまっていた。その中で公園を照らす街灯の一つがベンチを照らしている。俺は影の中にいる、彼女は電灯の光の中にいる。

 そこには俺たちしかいない。砂場にも、子供たちはいない。通りがかることはない。静かな空間だ。蝉でさえ声を出すことはやめている。夏の季節を忘れさせるほどに、ここには静かな空間しかない。

 だから、言葉を吐く。

「一緒に、謝りに行こう」

 誰に? 俺に、愛莉に、皐に、すべてに。

 心の底から謝罪にあふれている今だからこそ、反芻する感情。占有する言葉。

 その言葉は、静かな空間故に大きく響く。

 すれ違っていたのならば、またすれ違えばいい。そうして平行に歩けるように、一緒に罪を意識すればいい。

 これ以上の誤解はたくさんなんだ。これ以上に距離を開けるのは嫌なんだ。俺は、今までを取り戻したいだけだから。

 あえて、謝る相手を言葉に出すことはしなかった。彼女はその意図を理解していたから、それでいいと思う。



「でも、最後にこれだけは言わせてくれないか」

「……なに?」

 彼女は涙を流しながら俺を見つめた。

 彼女が吐いた言葉、俺が吐けなかった言葉。

 もう、後悔はしたくないから。

「ごめんなさい」

 俺は、そう言葉を吐いた。
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