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Fi/Laughable Days With You.
Fi-1
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◇
天体観測というイベントに興味を持つ人間は多かった。
不義理というべきなのかもしれないが、七月に入ってからは新入部員が増えた。増えてしまった。その理由としては、天体観測を活動として上げた科学部に欲をもっている人間が多かったことが挙げられるだろう。その情報がどこから出回ったのかと探ってみれば、どうやら花村が触れ回ったらしいことも分かった。彼女曰く、人数が多ければ多いほど面白いかも、ということで話したらしいが、そうしてやってきたのは科学部に対して真摯な姿勢を持ち合わせていない、にわかのような集団であった。
……いや、よくよく考えれば別に俺も科学に対しての姿勢が熱心なわけではないのだけれど。そもそも、なんで入っているのかと言われれば、孤独を紛らわすことができる空間を必要としていた、という不純な動機でしかないのだけれど。そんな俺が彼らに対して文句を吐くことはできない気がする。でも、科学部の古参としては思うところがあるのは仕方ないと思うのだ。
基本的には来るもの拒まず、という姿勢で部活は運営されている。だから、どの部活であっても、それが科学部であっても変わらない。だから、新入部員という存在を拒否することは俺たちにはできなかった。
新入部員の大半が天体観測というイベント目的であったために、伊万里が渋い顔をしていたのが、どうしても印象に残ってしまっている。おそらく、俺も彼女と同じような表情をしていただろう。花村については俺たちの表情を読み取ることはできなかったみたいで、なんなら胸を張って「どうだ!」と主張するような顔をしていた。……まあ、彼女の功績だけ見れば、ものすごい活躍なのかもしれないけれど、それはそれである。そんなこともあって、七月からは疲れることが多くなった。
重松も、一瞬は科学部の人数が増えることに対して「良いことだな」と張り切っていた様子も見られた。だが、実際に顧問として新入部員がいる物理室に赴くと、あまりにも科学部としての活動をしていない新入部員を見ると、ものすごい勢いで叱責をした。俺と伊万里、花村については特に何かを言われることはなかったが、傍からその叱責を見ているだけでも背中を縮こまらせてしまうほどの圧力があったように思う。
そんなことがあってから、科学部の動向としては──。
◇
「いや、まさかこうなるとは……」
「……いや、本当にそれな」
俺と伊万里は二人っきりの物理室で静かに声を上げた。
時期はもう夏休み。修了式が終わってから二週間ほど経過している。時間帯については昼飯時を少し過ぎたくらいで、本来集まるべき人数は、この物理室に大半来ていなかった。
重松の成果、と表現するべきか、重松のせい、というべきか。
物理室の窓を通して外を見てみる。校門を覗けば、運動部らしい誰かが入ってくる様子。片手にはレジ袋、食事でも買ってきたのだろう。そんな運動部の体操服姿は通るけれど、夏服を着た科学部員については通る様子は確認できない。
もともと期待していなかったとはいえ、顧問に叱責されただけで来ないというのもどうなのだろうか。天体観測に参加したいのであれば、誠意をもって参加すればいいだけだろうに、その誠意さえも彼らは持っていなかったのが、俺に憤りを感じさせて仕方がない。
窓の外の景色を見つめる。
日射は強く、太陽は高い。夏という時期を意識させるほどに太陽の存在力は圧倒的だ。
そんな世界を傍らに置いて、冷房で冷やされている空間にて、俺は伊万里に声をかける。
「花村は?」
「……ええと、確か夜から来るみたいですよ。昼間は予定があるとかなんとか」
「へぇ」
俺は興味がないような声をあげた。興味がない、というわけじゃないが、ここまで静かになってしまえば、その興味も半分くらいになってしまう。
新入部員が物理室を埋め尽くす、そんなことを考えていたのに、今では本当に二人だけ。
二週間前までは、賑やかすぎる物理室に浸っていたから、こういった静かな空気は久々で感慨深さがある。
蝉の音が聞こえてくる。冷房の音も、俺たちが静かに作業をする音も。
俺はずっと画面を見つめていて、愛莉とメッセージのやり取りを送っている。今日は帰らない、ということを伝えると、怒涛のメッセージが来た。怒っているような口調ではあるものの、その実はきっと悪戯でしかない文言の数々、それにニヤニヤしながら画面を閉じる。俺の調子としては良好とも言うことができるだろう。
「……なんか、気持ち悪いですね」
伊万里は俺の顔を見て、そう呟いた。呆れている顔ともいえる。俺はそれを鼻で笑って、また携帯の画面を見つめる。
「お前、そろそろ敬語を治す努力をしろよ。七月までは順調だったじゃないか」
「うるさいですねぇ……。だって……」
だって、のその先の言葉については察することができる。怒涛の新規加入者続出イベント。科学部というものを説明する上で、彼女は敬語であり続けたし、見知らぬ他人でしかなかった彼らにため口で話すことは、彼女にとってはあまりに難しかったのだろう。
「花村に対しては打ち解けてきているじゃないか。俺に対してはどうなんだよ? 相談事は忘れてしまったのか?」
くすぐるような声音で俺が言うと、彼女は、ぬへ、とよくわからない声を出す。俺はその様子が面白くて、適当に笑うしかなかった。
天体観測というイベントに興味を持つ人間は多かった。
不義理というべきなのかもしれないが、七月に入ってからは新入部員が増えた。増えてしまった。その理由としては、天体観測を活動として上げた科学部に欲をもっている人間が多かったことが挙げられるだろう。その情報がどこから出回ったのかと探ってみれば、どうやら花村が触れ回ったらしいことも分かった。彼女曰く、人数が多ければ多いほど面白いかも、ということで話したらしいが、そうしてやってきたのは科学部に対して真摯な姿勢を持ち合わせていない、にわかのような集団であった。
……いや、よくよく考えれば別に俺も科学に対しての姿勢が熱心なわけではないのだけれど。そもそも、なんで入っているのかと言われれば、孤独を紛らわすことができる空間を必要としていた、という不純な動機でしかないのだけれど。そんな俺が彼らに対して文句を吐くことはできない気がする。でも、科学部の古参としては思うところがあるのは仕方ないと思うのだ。
基本的には来るもの拒まず、という姿勢で部活は運営されている。だから、どの部活であっても、それが科学部であっても変わらない。だから、新入部員という存在を拒否することは俺たちにはできなかった。
新入部員の大半が天体観測というイベント目的であったために、伊万里が渋い顔をしていたのが、どうしても印象に残ってしまっている。おそらく、俺も彼女と同じような表情をしていただろう。花村については俺たちの表情を読み取ることはできなかったみたいで、なんなら胸を張って「どうだ!」と主張するような顔をしていた。……まあ、彼女の功績だけ見れば、ものすごい活躍なのかもしれないけれど、それはそれである。そんなこともあって、七月からは疲れることが多くなった。
重松も、一瞬は科学部の人数が増えることに対して「良いことだな」と張り切っていた様子も見られた。だが、実際に顧問として新入部員がいる物理室に赴くと、あまりにも科学部としての活動をしていない新入部員を見ると、ものすごい勢いで叱責をした。俺と伊万里、花村については特に何かを言われることはなかったが、傍からその叱責を見ているだけでも背中を縮こまらせてしまうほどの圧力があったように思う。
そんなことがあってから、科学部の動向としては──。
◇
「いや、まさかこうなるとは……」
「……いや、本当にそれな」
俺と伊万里は二人っきりの物理室で静かに声を上げた。
時期はもう夏休み。修了式が終わってから二週間ほど経過している。時間帯については昼飯時を少し過ぎたくらいで、本来集まるべき人数は、この物理室に大半来ていなかった。
重松の成果、と表現するべきか、重松のせい、というべきか。
物理室の窓を通して外を見てみる。校門を覗けば、運動部らしい誰かが入ってくる様子。片手にはレジ袋、食事でも買ってきたのだろう。そんな運動部の体操服姿は通るけれど、夏服を着た科学部員については通る様子は確認できない。
もともと期待していなかったとはいえ、顧問に叱責されただけで来ないというのもどうなのだろうか。天体観測に参加したいのであれば、誠意をもって参加すればいいだけだろうに、その誠意さえも彼らは持っていなかったのが、俺に憤りを感じさせて仕方がない。
窓の外の景色を見つめる。
日射は強く、太陽は高い。夏という時期を意識させるほどに太陽の存在力は圧倒的だ。
そんな世界を傍らに置いて、冷房で冷やされている空間にて、俺は伊万里に声をかける。
「花村は?」
「……ええと、確か夜から来るみたいですよ。昼間は予定があるとかなんとか」
「へぇ」
俺は興味がないような声をあげた。興味がない、というわけじゃないが、ここまで静かになってしまえば、その興味も半分くらいになってしまう。
新入部員が物理室を埋め尽くす、そんなことを考えていたのに、今では本当に二人だけ。
二週間前までは、賑やかすぎる物理室に浸っていたから、こういった静かな空気は久々で感慨深さがある。
蝉の音が聞こえてくる。冷房の音も、俺たちが静かに作業をする音も。
俺はずっと画面を見つめていて、愛莉とメッセージのやり取りを送っている。今日は帰らない、ということを伝えると、怒涛のメッセージが来た。怒っているような口調ではあるものの、その実はきっと悪戯でしかない文言の数々、それにニヤニヤしながら画面を閉じる。俺の調子としては良好とも言うことができるだろう。
「……なんか、気持ち悪いですね」
伊万里は俺の顔を見て、そう呟いた。呆れている顔ともいえる。俺はそれを鼻で笑って、また携帯の画面を見つめる。
「お前、そろそろ敬語を治す努力をしろよ。七月までは順調だったじゃないか」
「うるさいですねぇ……。だって……」
だって、のその先の言葉については察することができる。怒涛の新規加入者続出イベント。科学部というものを説明する上で、彼女は敬語であり続けたし、見知らぬ他人でしかなかった彼らにため口で話すことは、彼女にとってはあまりに難しかったのだろう。
「花村に対しては打ち解けてきているじゃないか。俺に対してはどうなんだよ? 相談事は忘れてしまったのか?」
くすぐるような声音で俺が言うと、彼女は、ぬへ、とよくわからない声を出す。俺はその様子が面白くて、適当に笑うしかなかった。
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