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肆/戸惑う視線と歪な構成

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 私は高原……、いや、加登谷翔也が好きだった。過去形で表現してしまったのは、どうしても昔のことという意識が働いてしまうから。現在の私の気持ちもきちんと示すならば、今だって彼のことが好きだ。好きでしょうがない。

 なぜ彼が好きなのか。その理由を挙げればキリがない。……いや、違うかもしれない。どうして好きなのかは私にだってわからない。でも、好きという気持ちだけは心の中に残り続けている。幼いころから一緒に過ごしている、それだけでこの気持ちは動いているような気がする。具体的な言葉で表すことは難しくて、抽象的な言葉ならば、きっと出てくるかもしれない。

 いつだって、目を閉じれば、暗闇の中にいれば、視界に焼き付いた彼の顔が、姿が思い浮かぶ。意識をしても、しなくても。それが私が彼のことを好きだという証明につながるような気がする。こんな抽象的な表現しか私には見つからない。





 翔也との出会いは幼稚園だった。物心がついてから、というのならば、きっと幼稚園であるはずだ。それ以前の記憶は私の中にはない。だから、私の中ではそれが最初の出会いだった。

 幼稚園でのかかわりはあまりなかったけれど、親同士のかかわりから幼稚園以外で遊ぶことがほどほどに多くなって、そうして私たちは仲良くなった。

 当時は男の子と女の子、そんな意識を持たずに一緒に遊んでいたけれど、どこか翔也はそれを意識していたように思う。幼稚園でも私は話したかったけれど、彼には独特の距離感があったから、容易にかかわることはできなかった。

 どこか大人びているような雰囲気が彼にはあったのだ。当時は何かを思うことはなかったけれど、今の私が振り返るとそんなことを思ってしまう。

 幼稚園から帰ってきたら、母の言うことも聞かずに、そして手を洗うこともせずに真っ先に公園に向かうのが日常だった。公園に向かうときには必ず、家の近くに住んでいる翔也とさっちゃんを誘った。

 公園に行けば砂場で遊ぶ。いつもの遊び。私とさっちゃんが砂場で架空のお城を作って、翔也は近くの地べたに座ってそんな風景を眺めていた。

 その視線は友達、というものとは異なっていたような気がする。慈しみがどこかにあった。妹であるさっちゃんに対してなのか、それとも私に対してなのか。もしかしたら何も感じていなかったかもしれない。私の思い出がそう演出しているだけだろう。でも、彼は同年代のはずなのに、どこか大人のような雰囲気があった。悪く言えば子供らしさがなかったような気がする。こういってはなんだけれど、彼が無邪気に笑顔を浮かべているさまを思い出すことはできない。ただ、覚えているのは彼が母親のような慈しみのような瞳を抱えていたこと。それだけは思い出の中に確かに存在している気がする。

 いつだって彼は大人びていた。そんなところが私は好きなのかもしれない。どうだろう。それもきっと一部なのだろう。

 そうしていつも砂の城を作って、さっちゃんと部屋を共有した。ここが私の部屋、あそこがさっちゃんの部屋、そんなやり取りを繰りかえして、最終的には少しだけ喧嘩になる。

 喧嘩の原因はいつだって翔也のこと。お城の部屋についてはそれぞれが妥協することができたけれど、翔也についてだけはそれをすることはできなかった。

 お城にはお姫様がいる。そんな設定だったけれど、お姫様は二人もいらない。そんなことを幼いころの私とさっちゃんはこだわっていた。

 お城に必要なのはお姫様と王子様だけ。だから、いつだってお姫様という役柄の取り合い。その本質は王子様に見立てた翔也の取り合いでしかなかった。

 翔也はそんな子供じみた喧嘩を仲裁するようにした。実際に子供だからしょうがないと思うけど、翔也は文句の一つも言わないで、優しさをもってかかわってくれた。

 お姫様が二人でもいいじゃない、そんな代案を出してくれたけれど、私たちがそれに納得をすることはない。だから、ある日はさっちゃんの王子様、ある日は私の王子様になってくれた。妹であるさっちゃんに対しては贔屓をして、さっちゃんの王子様になる回数が多かったような気がする。でも、しょうがない。さっちゃんは私たちよりも幼かったのだから。

 ……まあ、それでも納得がいかなくなることがあって、私たちはすぐに泣いて駄々をこねることばかりだった。それをまた仲裁する翔也の姿。それが公園での日常でしかない。

 彼にとってこの思い出は楽しいものだっただろうか、どうでもいいものだっただろうか、面倒くさいものだっただろうか。でも、私にとってはかけがえのない思い出で、心の中に眠り続けるひとつの心象だ。

 きっと、私は幼いころから大人のように優しかった翔也が好きなのだ。具体的な理由としてひとつをあげるのならば、それが挙げられるのだ。

 だから、私は彼が好きだ。

 だから、彼を私のものにしたい。

 彼を誰にも渡したくない。

 例え強引だったとしても、絶対に彼を誰にも渡したくない。

 だから、私は行動することを選択するのだ



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