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第5部 悪役令嬢の厄落とし! 一年契約の婚約者に妬かれても、節約して推しのライブ予約してあるので早く帰りたい。だめなら胃腸薬ください!
ヨウコ(1)
しおりを挟む(エバン視点)
「……ですから、お嬢様は誰ともお会いになりません」
「共に行かねばならんのだ! これはヨウコのためなのだぞ!」
はー……、と不愉快な気持ちを隠さない何度目かのため息がヘティから漏れた。
普段は分をわきまえた大人しい侍女だと思っていたのに、知らなかった。
こうまでも強情だったとは。鉄壁の防御に、手も足も出ない。
「何度も申し上げておりますが、お嬢様は本日の六時半から八時半までの間、おひとりで静かにお過ごしになりたいのです。ですからそれまでの間も、どこへも出かけずにただお部屋で静かにおくつろぎなされたいとの仰せでございます」
「だから、何度も言っているだろう! それでは間に合わんのだと!」
俺は森の賢者たちから聞いた話を伝えたが、ヘティは全く信じていない。
「森の賢者などと、そのような荒唐無稽なお話、どうして信用できましょう。これ以上お嬢様のお心をいたずらにもてあそぶのはおやめください。お嬢様には今、なによりも休息が必要なのです」
業は我が身に戻るとはまさに……。
俺が信じなかったのと同じように、信じてもらえない。
一度嘘をついた俺の言葉は、そう簡単には届かない……。
「頼む……! この通りだ。ヨウコと話をさせてくれ……!」
「無理と申しております。いい加減になさってください」
「ヘティ……!」
キッとへティのまなざしがさらにきつくなった。
「お嬢様はさきほどから、あなた様のお名前を聞くたびに、その声を聞くたびに、吐き気を訴えてございます。朝からお茶と胃腸薬しかお口にされておりませんし、ずっと胃痛が治まりません。どなたのせいだとお思いですか?」
「そ、それは……」
「もはやライブに間に合わないことはお嬢様も理解して納得しておられます。ですから、今日はその悲しみに身を浸していたい、そう思うことの何がいけないのでしょう? エバン様も今更騒がず、お静かになさってください。そしてお嬢様をひとりにしておいてさしあげてください」
「そ、そのライブにも、まだ間に合うかもしれないではないか!」
「ですから、それをどうやって信じろと? あなた様のいうとおりにして、またお嬢様を傷つけることになったら、今度こそ私は従者として立つ瀬がございません!」
「た、頼む……、共に参らねば、ヨウコは死んでしまうのだ……!」
「ま、まあっ、なんと!? この期に及んでそのような脅迫めいたことまでおっしゃるなんて……! 由緒あるクラークネス家の名が聞いて呆れます! いくらなんでも卑劣が過ぎますわ! これ以上はもう許せませんっ!」
――バタンッ!
またも鼻先で強固にドアが閉じられた。
ああ……、困難とはわかっていたが、これほどまでとは……。
だが、あきらめてはだめだ。あきらめれば、ヨウコの命がない。
ヨウコに残ったあとわずかだというその命は、このままでは近いうちに消えてしまうのだ。
再び拳を握りしめてドアを叩こうとしたとき、後ろから肩を掴まれた。
デコラム子爵と、その後ろにトレーを持った夫人が立っていた。
「エバン殿、少し頭を冷やせ」
「う……」
「ベアトリスもヘティも少し気ぃが立っとるんや」
「は、はい……」
夫人がノックをすると、ヘティはまるで風になびく柳のようにすんなりと対応した。
「かわいそうになぁ……。お茶とお腹に優しい胃腸薬持ってきたんよ。うちの薬草畑でとれたハーブを使うとるさかい、よう効くんや」
「感謝いたします、マーガレット様……」
難なく夫人が部屋の中に入って行くと、ドアが静かに閉ざされた。
今ならあのドアを押し開けて、ヨウコを直接説得できるのでは……。
思わず足が前に出たが、すぐにデコラム子爵に肩を掴まれた。
夫人にならばヨウコは心を許すかもしれない。だが、同じ話を聞いて信じて出てきてくれるだろうか?
ああ、こうしている間にも、時は刻々と過ぎていく。
どうしても説得が無理ならば、最終手段にはもういっそ、馬に縛り付けてでも無理やり森へ連れて行くしか……。
そのとき、部屋の中から悲鳴が聞こえた。
すかさず、デコラム子爵が動いて、ドアを開けた。
一瞬面食らったが、俺も慌ててあとに続いた。
「ヨ、ヨウコ……!?」
そこにはベッドの上で突っ伏したヨウコ、そこに駆け寄るヘティ、ふたりを見つめる夫人がいた。
「うまくいったか」
「へえ、だんさん」
――えっ!?
デコラム子爵夫妻の取り交わす視線に、ヘティが青ざめている。
俺は夫人の手にあったポットを見てようやく気づいた。
そ、そうか、薬か……! 植物に詳しい夫人になら眠らせる薬を作るのはそう難しいことではない!
「エバン様、ベアトリスを運び出すのを手伝っておくれやす」
「どっ、どういうことでございますか、マーガレット様!?」
発狂しそうな勢いでヘティがヨウコを守るように覆いかぶさった。
「かんにんえ。ベアトリスに飲ませたんは少し効き目の強い睡眠薬やけど、体にはなんも怖いことあらしまへん」
「な、なぜ、このようなことを……!」
夫人は俺が説明したのと同じことを淡々とヘティに言い聞かせた。
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デコラム子爵がヨウコを抱き上げた。
「案ずるな。次にここへ戻ってくるときには、ベアトリス嬢は元のベアトリス嬢に戻っているだろう」
「そ、そんな、まさか……!? あの……! で、でも……! ほ、本当にヨウコ様はあちらの世界に、戻れるのですか……?」
「心配せんでええ。ヨウコはベアトリスから取られてしもうたぶんの命を返してもろうて、元の世界に戻るのや。この度の入れ替わりは、そのための入れ替わりやったんや」
「遅れないように、もう行こう」
「へえ。ほなヘティ、戻ってきたらまたベアトリスを頼むさかい。あ……、いや、そやないんやったなぁ。ヘティは明日どないしても故郷へ帰るいう話やったなぁ。ヨウコが絶対なにがあってもそないして欲しい言うて」
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「ほんなら、ヘティは今すぐここを発つんや。ヨウコの代わりにうちが命じます」
「そっ、そんな、後生でございます!」
ヘティは顔を真っ赤にして訴えたが、屋敷の女主人に逆らえるはずがない。夫人が労わるようにそっとヘティの腕に手をやる。
「ヨウコとベアトリスのことは、うちに任せてくれへん? ヘティがヴィリーバ家に戻ってきたそんときには、全てがようなっとるはずや。そやさかい、うちを信じて、ヘティにはヨウコとの約束を果たして欲しいんや」
「ど……どうあっても、もう、ヨウコ様のおそばにいることはできない、のですか……?」
「かんにんえ。こればかりはうちも守らなあかん約束があるさかい」
目隠しをしなければ会いに行けぬという森の賢者たち……。
彼らのことが公になれば、夫人は彼らの森へ帰らねばならないという約束だ。
私はものの行きがかり上連れて行ってもらえたが、誰でもが立ち入りを許されるというわけではないのだろう。
ヘティが飲みこめない物を飲み込むようにして、のろのろとうなづいた。
デコラム子爵が使用人を呼んで、ヘティの支度と出立を手配させた。
去り際、ヘティが涙声で言い放った。
「またお目にかかります。それまでどうか、お嬢様をよろしくお願い申し上げます!」
ヘティの最後の言葉に、夫人が深く頷いた。
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「エバン殿、行くぞ」
「わ、私も行ってよいのですか!?」
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「はっ!」
眠るヨウコをデコラム子爵が抱え、再び森へ向かう。
太陽は既に南を越していたが、時間はある。
これでなんとかことは治まりそうだ……!
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