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■第1章 突然の異世界サバイバル!
021 異世界の洗礼(3)
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「マロカゲ、ネルの外傷を治すんだ。絶対に傷跡一つ残すな! ネルがこの先悲しまないように、絶対に」
「ニーッ!」
「いっ、ト、トカゲ……ッ!?」
「大丈夫、この子が傷を治してくれるの」
最後に銀河はカタサマを見た。カタサマの背中の殻皮には四分の三ほどのポーションが溜まっている。ポーションはいっぱいにならないとカタサマから外れない。だが、銀河はポーションを使うと決めていた。
「カタサマ、今、君のポーションが必要なんだ。君からポーションをとったら、君は消えてしまうだろう。でも、僕はこのふたりを助けたい。許してほしい」
カタサマはもう覚悟できているみたいにうなづいた。銀河の作りだしたブーンズは、それぞれ何のために生まれてきたかを知っている。必要とされるとき、それがまさに今なんだと、カタサマにははっきりわかっていた。
「ありがとう、ごめんね、カタサマ……!」
銀河がカタサマの背中に手をかけ、殻皮をはぎ取ると、カタサマの本体はさらさらと光の粒になって霧散して消えて行った。その手に握られた巻貝型のポーションの先を小さくポキリと折ると、銀河はそっとジルドの口元、そしてネルの口元に持って行った。各々交互に少しずつ垂らして、ちょうど半分以上を飲ませたところで、ジルドがぴくっと瞼を動かした。その目がうっすらと開き、微かな息がもれる。
「う……、あれ……?」
「ジルド! ああっ、よかった!」
「だ、大丈夫なんだねっ!?」
「あっ、待って! まだ麻酔が効いて、痛みを感じないだけかも、動かないでゆっくりして」
「いや……、MPの低い俺でもはっきりわかる。これは、ハイポーションじゃないか……?」
ハイポーションと言われても、銀河と美怜にはわからない。カタサマの初めて作ったポーションはこれ一種類しかない。銀河が早口に尋ねた。
「ジルドさん、体の痛みや異変は? あと、麻酔の影響は?」
「麻酔? いや、今は完全にどこも痛くないし、不思議と疲れもないくらいだ」
それを聞いて、美怜が指を組んで、ぎゅっと祈るようにうつむいた。
「神様、仏様、カタサマ……!」
「そ、そうだ、ネルは!?」
「ネル!」
その声に呼ばれたように、ネルがふっと目を開けた。
「ネ、ネル! 無事か!?」
「あ……、お父さん、お母さん……」
「ネル、殴られたところ痛みはどう?」
血の跡は残っているが、外傷がなくなり自分の仕事が終わったのか、マロカゲがネルから飛び降りて銀河の肩に登ってとどまった。
「おにいちゃん、肩にトカゲがいるよ?」
「ああうん、それで痛みはどう?」
「あれ……大丈夫、みたい。あれ、血? でも、怪我ないよ? どこから血が出たんだろ」
その場にいたネル以外の口から、大きなため息が漏れた。
「よかった~……!」
「ポーション、ちゃんと効いてよかった~っ……!」
銀河と美怜はほぼ同時にその場に突っ伏した。ナラが涙を拭きながら頭を何度も下げる。
「ありがとう、ありがとう、本当に、ありがとう……!」
「ああ、息子と孫のために貴重なハイポーションを使ってくれて、本当に心から感謝するよ」
「ギンガ、ミレイ、この感謝の気持ちをどう表したらいいか……」
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう! ……でも、おねえちゃんの鞄が……」
美怜がネルを見て、ようやくにこっと笑った。
「いいの、ネルちゃんが生きててくれれば、それでいいの」
「でも……」
「それより、汚れたところきれいにしよ?」
「うん……」
ネルは母親の手に引かれて汚れを落としに行った。ジルドは自分が吐いた血を拭きながら、その量をまじまじと見て、「よく助かったなぁ」とつぶやいている。
「ジルドさん、すみません、僕らのせいで……。僕たちが調子に乗って、あんなにアイテムボックスを使ったりしなければ」
「いや、多分そのせいじゃない」
「え?」
「襲ってきたやつらは三人組だったんだが、最初から君たちを知っているみたいな口ぶりだった。あのときのガキだとかなんとか……」
「え……! それって、もしかして、その中の一人って豚みたいなやつじゃなかってですかっ?」
「ああ、そうだ。やっぱり知っていたのか」
銀河の目がすっと細くなった。
(あいつら、もう二度と僕らに関わるなって言ったのに……)
美怜は目を潤ませて、頭を下げていた。
「本当にごめんなさい。その人たち、最初から多分私のリュックを狙ってたんだと思う。一緒に寝ていなければ、こんなことにならなかったのに……、本当にごめんなさい……」
「ミレイ、魔道具のことはがっかりしただろうけど、君にはそれに勝る才能がある。生きていれば思ってもみなかった事件や事故には巡り合うものだ。それに俺たち家族は君たちに巡り合ったおかげで、痛い目にも合ったけど、こうして無事に生きてもいられる。全部が悪いことばかりじゃない。気に病むなといっても今は難しかろうが、前を向け。命さえあればなんとかなる」
「うん……」
ジルドが美怜の頭をぽんと撫でた。そしてもう一方の手でジルドが自分の頭を掻いた。この仕草、なにか言いたいことがあるようだ。銀河が目で促すと、ジルドがこんなタイミングで言うのも何だが、と前置きをした。
「売り物を失っては、町で暮らすのにも事かくだろう。弱り目に漬け込むようで心苦しいんだが、ハイポーションの残りを譲ってくれないか? もしそうしてくれたら、町に入ってからしばらく君らの生活を面倒みよう」
「あ……」
美怜がすぐハッとして、ムナを見た。
「ハイポーションならムナさんの目が治る?」
「ああ、そうか!」
「きっとそうだと思う。どうだろうか、君たちにも悪くない提案だと思うんだが」
「どうする、銀ちゃん?」
どうすると聞きながら、美怜の目はもう答えが出ている。インベントリにはなんら実害も損もないのだから、ムナを助けてあげたいというのだろう。銀河は少し声を落とした。
「……いいですけど、条件があります」
「なんだ?」
「ポーションを渡すのは町に入ったあとです」
「それはなぜだ?」
銀河はさっきから腹の底に渦巻いて消えない怒りを抑えて言った。
「あいつらは多分戻ってくると思うから」
「えっ!?」
「あのリュックを盗みに来た理由が僕の予想と当たっていたら、きっとやつらはもう一度来る」
「ほ、本当か……?」
にわかに顔色を変えたジルド。美怜も気づいたらしく、口をつぐんだ。恐らく、魔法薬を持っていったあのならず者冒険者たちは、ギルドに戻って銀河がしたのと同じ説明をしたはずだ。しかし、それだけでは賞金がもらえなかったのだろう。それで他の証拠がないかと思って美怜のリュックを狙ったに違いない。あるいは、賞金が手に入らなかった腹いせに、金になりそうな魔道具を奪いに来たのかもしれない。それもMP少ない相手、まして子供にまで力任せで強行するなんて、どっちにしてもまともな人間のやることじゃない。
いずれにしても、今頃盗んだはいいもののなんの変哲もないただのリュックだと気づいたことだろう。証拠を求めてあるいは、さらなる腹いせか、とにかく一旦目を付けられた以上、もう一度なにかしらの接触があるに可能性は高い。
「銀ちゃん……」
「みれちゃん、悪いけど、僕かなり怒ってるんだ……。今度会ったら容赦はしないよ」
美怜は母親に髪の毛を拭かれているネルと、目の前のジルドの真っ赤に染まった服を見て、きゅと唇を結ぶとうなづいた。
「モンスターは言葉が通じないけど、人は話し合って問題を解決する。そのために約束や守らなきゃいけないルールがある。だけど、それを守れない人は、罰を受けるべきだと思う」
モンスターとの戦いより、人間社会の規範や道徳のほうが、美怜にとってははるかになじみがある。そのぶん決心は早かった。これは絶対に許してはいけないことだ、という認識し合って、ふたりは視線を交わし、黙ってうなづいた。
「ま、待て! 君ら、どうするつもりなんだ? 相手は三人もの大の男だ。それに口ぶりや風体からすると冒険者だったような気もする」
「それならなおさら好都合です。ギルドタグには記録が残るんですよね? やつらの振る舞いからすれば、弱い者から搾取したり脅したりするのは初めてじゃないと思います。僕たちがされたことと、ジルドさんとネルが受けた被害をギルドに訴えます」
「し、しかし……」
美怜が潤んだ目を強く上げている。
「私たち知らない事ばっかりだけど、少なくともここには町があって人の暮らしがあって国があるっていうことは、きっと法律とか条約とか、人々を守るための掟があるはずだよね? あの人たちの横暴がもしなんの罪にもならないなら、社会は破たんしてしまうはずから」
「ピダウル戒律のことか……? ああ、確かにあるが、それでも、ピダウルはギルドが国の発展の基礎となった国で、なににおいてもギルドの戒律のほうが強いんだ」
ジルドはピダウル国の成り立ちから説明をする。つまり、ピダウルは小規模な国や集団、集落が寄り集まってできた国家であり、その運営には四つのギルドが深くかかわってきた歴史がある。国をなすあいだに、四つのギルドを頂点にあらゆる利権と金と仕事がピラミッド型に形作られていき、大まかに言うと、その各ギルドの最高責任者であるギルドマスターが国民の総意を吸い上げて国を運営していく、といった体勢になっているのだという。
「え……? だって、そうしたら、農業や林業や漁業の人たちは? 彼らの声は……」
「俺らのようにMPのない人間は農家や木こり、漁師や工夫になるのがほとんどだ。だから同じ国に住んでいるといっても、そこには大きな隔たりがある。俺達の声が届くなんてことほとんどない。国の戒律では一応俺たちの暮らしにも触れられているが、ギルドの戒律はギルドメンバーにしか適用されない。ギルドの戒律は俺達を守らない」
「じゃあ、ギルドがいうことをMPのない人たちは鵜呑みにしなきゃいけないってことですか?」
「ああ、それも今回の三人が本当に冒険者だった場合、ギルドは俺達の話よりもメンバーの話を信じる可能性が高い。やつらはきっとあれこれ言って言い逃れる。ギルドにとってMPを持たない人間たちの命は軽い」
「そんなの、信じられない……」
美怜がショックを受けたように握った手と手をさらにきつく握った。ジルドはさらに続けた。
「特にこのエンファは、冒険者によって潤う国で最大の町だ。ピダウル出身者はもちろん、各国から大勢に冒険者がやってきて、宿に食事に武器にポーション、どんどん金を落としていってくれる。だから他の国より冒険者が優遇されているといってもいい。MPのない人間にとってこの町で冒険者に逆らうことは自殺行為に近い」
「それなのに、ジルドさんもネルも私のリュックを守ろうとしてくれたんですか……」
「この町で冬を過ごすと決めたときに覚悟を決めていた。どのみち無傷で春を迎えられるとは思っていなかったさ。人流が途切れないお陰でエンファにはMPなしの俺のような男にも仕事がある。だが、米や麦を育てるような健やかな仕事じゃないことは承知の上だ。運が良ければ来年の春、また家族で村へ帰れる」
銀河は奥歯を噛んだ。MPのあるなしでここまで違いがあるなんて想像もしていなかった。ゲームやラノベだったら簡単にそうかと納得してスルーできてしまえるのに、目の前にいる今生きている、言葉を交わしている善良な人が虐げられていると知ってしまうと、気持ちが激しくざらついた。MPという不思議なエネルギーによって巡っている命は、ときをかけてこの世界をこういう社会として回すように形作った。それはこの世界の自然の摂理であり、銀河や美怜にはどうしようもない。
(それでも、見て見ぬふりなんかできるか……)
銀河の頭の中に勇者の文字が浮かんでいた。こんな異世界に飛ばされて初めは勇者召喚かも知れないとにわかに興奮する気持ちもあった。だが、これがいわゆる世直し治世ファンタジーだとしたら、やってやろうじゃないか、なってやろうじゃないか国王に、という気持ちが溢れてくる。それを言ったらさすがに美怜はまた首をかしげるに違いないだろうけれど。
「やっぱり、僕は冒険者になる! 僕が冒険者ギルドに加入できたら、僕はやつらと立場は対等になる。同じギルドの戒律の上に立てるなら、少なくとも僕とやつらの話は平等に聞いてもらえることになるはずだ。やつらがもし冒険者でなければ、やっぱり加入している僕の方が有利になる」
「銀ちゃん……」
「ギンガ……」
ジルドがぽんと銀河の肩に手を添えた。
「あまり気負うな。なるようにしかならんこともある」
「うん……。だけどやれることをやってみるよ。少なくとも、自分で納得できるくらいには。そうだ、ジルドさん着替えがあるなら、その服を証拠としても預かってもいいですか? ネルの血の付いた布も」
「え、そんなものをどうするんだ」
「だから証拠です! こんなに酷い暴力を受けたっていう」
ジルドが目を丸くして、銀河をまじまじと見つめた。
「本気なんだな……。わかった。だが、無理はするな。ギンガは男だから多少無理がきくかもしれんが、ちゃんとミレイのことを守ってやれ。あれだけの才能だ、ミレイには未来がある。魔道具などなくても自分の力で将来を勝ち取れるかもしれん」
銀河は隣の美怜を見てすぐにうなづいた。
「ここに来たときから、みれちゃんは僕が守ると決めています。みれちゃん」
「うん。またあの人たちが来るかもしれないから、お互い少し離れて休んだ方がいいよね。念の為、町に入ってからも私たちとは関わりのない安全なところで過ごしてもらって、もしなにかあったときには連絡が取れるように、場所を決めておいたらどうかな?」
「連絡を、とる場所、のことだな……? 俺たちは『ジュッデの平小屋』というMPのない出稼ぎたちが集まる宿に滞在する予定だ。町の北部の平小屋密集地でその名で探せば見つかるだろう」
「わかりました。ではなにかあったらジュッデの平小屋を訪ねます。万が一、僕らについてなにか教えろと誰かに脅されたりしたら、命が大事です。知っていることはしゃべってしまってください。ジルドさんも大事な家族を守ってください」
ジルドがふっと目を細めて笑った。
「はじめは頼りない印象だったが、こうなるとギンガもやはり男だな。わかった、そうしよう」
褒められて、ぱっと首筋が熱くなる。ジルドのような立派な男に認められたのがことのほかうれしかった。
「ニーッ!」
「いっ、ト、トカゲ……ッ!?」
「大丈夫、この子が傷を治してくれるの」
最後に銀河はカタサマを見た。カタサマの背中の殻皮には四分の三ほどのポーションが溜まっている。ポーションはいっぱいにならないとカタサマから外れない。だが、銀河はポーションを使うと決めていた。
「カタサマ、今、君のポーションが必要なんだ。君からポーションをとったら、君は消えてしまうだろう。でも、僕はこのふたりを助けたい。許してほしい」
カタサマはもう覚悟できているみたいにうなづいた。銀河の作りだしたブーンズは、それぞれ何のために生まれてきたかを知っている。必要とされるとき、それがまさに今なんだと、カタサマにははっきりわかっていた。
「ありがとう、ごめんね、カタサマ……!」
銀河がカタサマの背中に手をかけ、殻皮をはぎ取ると、カタサマの本体はさらさらと光の粒になって霧散して消えて行った。その手に握られた巻貝型のポーションの先を小さくポキリと折ると、銀河はそっとジルドの口元、そしてネルの口元に持って行った。各々交互に少しずつ垂らして、ちょうど半分以上を飲ませたところで、ジルドがぴくっと瞼を動かした。その目がうっすらと開き、微かな息がもれる。
「う……、あれ……?」
「ジルド! ああっ、よかった!」
「だ、大丈夫なんだねっ!?」
「あっ、待って! まだ麻酔が効いて、痛みを感じないだけかも、動かないでゆっくりして」
「いや……、MPの低い俺でもはっきりわかる。これは、ハイポーションじゃないか……?」
ハイポーションと言われても、銀河と美怜にはわからない。カタサマの初めて作ったポーションはこれ一種類しかない。銀河が早口に尋ねた。
「ジルドさん、体の痛みや異変は? あと、麻酔の影響は?」
「麻酔? いや、今は完全にどこも痛くないし、不思議と疲れもないくらいだ」
それを聞いて、美怜が指を組んで、ぎゅっと祈るようにうつむいた。
「神様、仏様、カタサマ……!」
「そ、そうだ、ネルは!?」
「ネル!」
その声に呼ばれたように、ネルがふっと目を開けた。
「ネ、ネル! 無事か!?」
「あ……、お父さん、お母さん……」
「ネル、殴られたところ痛みはどう?」
血の跡は残っているが、外傷がなくなり自分の仕事が終わったのか、マロカゲがネルから飛び降りて銀河の肩に登ってとどまった。
「おにいちゃん、肩にトカゲがいるよ?」
「ああうん、それで痛みはどう?」
「あれ……大丈夫、みたい。あれ、血? でも、怪我ないよ? どこから血が出たんだろ」
その場にいたネル以外の口から、大きなため息が漏れた。
「よかった~……!」
「ポーション、ちゃんと効いてよかった~っ……!」
銀河と美怜はほぼ同時にその場に突っ伏した。ナラが涙を拭きながら頭を何度も下げる。
「ありがとう、ありがとう、本当に、ありがとう……!」
「ああ、息子と孫のために貴重なハイポーションを使ってくれて、本当に心から感謝するよ」
「ギンガ、ミレイ、この感謝の気持ちをどう表したらいいか……」
「おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう! ……でも、おねえちゃんの鞄が……」
美怜がネルを見て、ようやくにこっと笑った。
「いいの、ネルちゃんが生きててくれれば、それでいいの」
「でも……」
「それより、汚れたところきれいにしよ?」
「うん……」
ネルは母親の手に引かれて汚れを落としに行った。ジルドは自分が吐いた血を拭きながら、その量をまじまじと見て、「よく助かったなぁ」とつぶやいている。
「ジルドさん、すみません、僕らのせいで……。僕たちが調子に乗って、あんなにアイテムボックスを使ったりしなければ」
「いや、多分そのせいじゃない」
「え?」
「襲ってきたやつらは三人組だったんだが、最初から君たちを知っているみたいな口ぶりだった。あのときのガキだとかなんとか……」
「え……! それって、もしかして、その中の一人って豚みたいなやつじゃなかってですかっ?」
「ああ、そうだ。やっぱり知っていたのか」
銀河の目がすっと細くなった。
(あいつら、もう二度と僕らに関わるなって言ったのに……)
美怜は目を潤ませて、頭を下げていた。
「本当にごめんなさい。その人たち、最初から多分私のリュックを狙ってたんだと思う。一緒に寝ていなければ、こんなことにならなかったのに……、本当にごめんなさい……」
「ミレイ、魔道具のことはがっかりしただろうけど、君にはそれに勝る才能がある。生きていれば思ってもみなかった事件や事故には巡り合うものだ。それに俺たち家族は君たちに巡り合ったおかげで、痛い目にも合ったけど、こうして無事に生きてもいられる。全部が悪いことばかりじゃない。気に病むなといっても今は難しかろうが、前を向け。命さえあればなんとかなる」
「うん……」
ジルドが美怜の頭をぽんと撫でた。そしてもう一方の手でジルドが自分の頭を掻いた。この仕草、なにか言いたいことがあるようだ。銀河が目で促すと、ジルドがこんなタイミングで言うのも何だが、と前置きをした。
「売り物を失っては、町で暮らすのにも事かくだろう。弱り目に漬け込むようで心苦しいんだが、ハイポーションの残りを譲ってくれないか? もしそうしてくれたら、町に入ってからしばらく君らの生活を面倒みよう」
「あ……」
美怜がすぐハッとして、ムナを見た。
「ハイポーションならムナさんの目が治る?」
「ああ、そうか!」
「きっとそうだと思う。どうだろうか、君たちにも悪くない提案だと思うんだが」
「どうする、銀ちゃん?」
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「……いいですけど、条件があります」
「なんだ?」
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「あのリュックを盗みに来た理由が僕の予想と当たっていたら、きっとやつらはもう一度来る」
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「銀ちゃん……」
「みれちゃん、悪いけど、僕かなり怒ってるんだ……。今度会ったら容赦はしないよ」
美怜は母親に髪の毛を拭かれているネルと、目の前のジルドの真っ赤に染まった服を見て、きゅと唇を結ぶとうなづいた。
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モンスターとの戦いより、人間社会の規範や道徳のほうが、美怜にとってははるかになじみがある。そのぶん決心は早かった。これは絶対に許してはいけないことだ、という認識し合って、ふたりは視線を交わし、黙ってうなづいた。
「ま、待て! 君ら、どうするつもりなんだ? 相手は三人もの大の男だ。それに口ぶりや風体からすると冒険者だったような気もする」
「それならなおさら好都合です。ギルドタグには記録が残るんですよね? やつらの振る舞いからすれば、弱い者から搾取したり脅したりするのは初めてじゃないと思います。僕たちがされたことと、ジルドさんとネルが受けた被害をギルドに訴えます」
「し、しかし……」
美怜が潤んだ目を強く上げている。
「私たち知らない事ばっかりだけど、少なくともここには町があって人の暮らしがあって国があるっていうことは、きっと法律とか条約とか、人々を守るための掟があるはずだよね? あの人たちの横暴がもしなんの罪にもならないなら、社会は破たんしてしまうはずから」
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「え……? だって、そうしたら、農業や林業や漁業の人たちは? 彼らの声は……」
「俺らのようにMPのない人間は農家や木こり、漁師や工夫になるのがほとんどだ。だから同じ国に住んでいるといっても、そこには大きな隔たりがある。俺達の声が届くなんてことほとんどない。国の戒律では一応俺たちの暮らしにも触れられているが、ギルドの戒律はギルドメンバーにしか適用されない。ギルドの戒律は俺達を守らない」
「じゃあ、ギルドがいうことをMPのない人たちは鵜呑みにしなきゃいけないってことですか?」
「ああ、それも今回の三人が本当に冒険者だった場合、ギルドは俺達の話よりもメンバーの話を信じる可能性が高い。やつらはきっとあれこれ言って言い逃れる。ギルドにとってMPを持たない人間たちの命は軽い」
「そんなの、信じられない……」
美怜がショックを受けたように握った手と手をさらにきつく握った。ジルドはさらに続けた。
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「それなのに、ジルドさんもネルも私のリュックを守ろうとしてくれたんですか……」
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「やっぱり、僕は冒険者になる! 僕が冒険者ギルドに加入できたら、僕はやつらと立場は対等になる。同じギルドの戒律の上に立てるなら、少なくとも僕とやつらの話は平等に聞いてもらえることになるはずだ。やつらがもし冒険者でなければ、やっぱり加入している僕の方が有利になる」
「銀ちゃん……」
「ギンガ……」
ジルドがぽんと銀河の肩に手を添えた。
「あまり気負うな。なるようにしかならんこともある」
「うん……。だけどやれることをやってみるよ。少なくとも、自分で納得できるくらいには。そうだ、ジルドさん着替えがあるなら、その服を証拠としても預かってもいいですか? ネルの血の付いた布も」
「え、そんなものをどうするんだ」
「だから証拠です! こんなに酷い暴力を受けたっていう」
ジルドが目を丸くして、銀河をまじまじと見つめた。
「本気なんだな……。わかった。だが、無理はするな。ギンガは男だから多少無理がきくかもしれんが、ちゃんとミレイのことを守ってやれ。あれだけの才能だ、ミレイには未来がある。魔道具などなくても自分の力で将来を勝ち取れるかもしれん」
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「ここに来たときから、みれちゃんは僕が守ると決めています。みれちゃん」
「うん。またあの人たちが来るかもしれないから、お互い少し離れて休んだ方がいいよね。念の為、町に入ってからも私たちとは関わりのない安全なところで過ごしてもらって、もしなにかあったときには連絡が取れるように、場所を決めておいたらどうかな?」
「連絡を、とる場所、のことだな……? 俺たちは『ジュッデの平小屋』というMPのない出稼ぎたちが集まる宿に滞在する予定だ。町の北部の平小屋密集地でその名で探せば見つかるだろう」
「わかりました。ではなにかあったらジュッデの平小屋を訪ねます。万が一、僕らについてなにか教えろと誰かに脅されたりしたら、命が大事です。知っていることはしゃべってしまってください。ジルドさんも大事な家族を守ってください」
ジルドがふっと目を細めて笑った。
「はじめは頼りない印象だったが、こうなるとギンガもやはり男だな。わかった、そうしよう」
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まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。
takemot
児童書・童話
薬草を採りに入った森で、魔獣に襲われた僕。そんな僕を助けてくれたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは、真っ黒なローブ。彼女は、僕にいきなりこう尋ねました。
「シチュー作れる?」
…………へ?
彼女の正体は、『森の魔女』。
誰もが崇拝したくなるような魔女。とんでもない力を持っている魔女。魔獣がわんさか生息する森を牛耳っている魔女。
そんな噂を聞いて、目を輝かせていた時代が僕にもありました。
どういうわけか、僕は彼女の弟子になったのですが……。
「うう。早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」
「あ、さっきよりミルク多めで!」
「今日はダラダラするって決めてたから!」
はあ……。師匠、もっとしっかりしてくださいよ。
子供っぽい師匠。そんな師匠に、今日も僕は振り回されっぱなし。
でも時折、大人っぽい師匠がそこにいて……。
師匠と弟子がおりなす不思議な物語。師匠が子供っぽい理由とは。そして、大人っぽい師匠の壮絶な過去とは。
表紙のイラストは大崎あむさん(https://twitter.com/oosakiamu)からいただきました。
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
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