転落王子の愛願奉仕

彩月野生

文字の大きさ
5 / 18

漆黒の騎士に惹かれたあの日から

しおりを挟む

五年ほど前、男は突然現れた。
父がエリオに新たな騎士を紹介する。

「こいつは剣の腕を鍛えるため、世界中を放浪していた男だ、今日から稽古をつけてもらえ」
「え!? この男に?」
「はじめまして。エリオ様」
「あ」
「ヴァルドと申します」

その髪と同じ漆黒の瞳で微笑み、エリオを見つめる。

――っ!

唐突に、心臓が早鐘のように脈打ち、呼吸が苦しくなった。

思えば、この時から自分は……。

「ふぅんっ?」

寝返りをうったなとわかった瞬間、視界が開けた。
見慣れた天井が、自室の寝台の上にいるのだと知らせる。

人の気配を感じて上半身を起こすと、柔らかそうな栗毛が足元に乗っていた。

どうやらニルスが看病してくれていたようだ。

「ニルス」

あの卑猥な宴の直後、エリオは熱を出して倒れてしまったのだ。
それから三日経ったいま、やっとだるさが取れてきて頭もすっきりしているのを感じる。
長い息が出た。

このままではニルスが体調を崩してしまうので、病み上がりの身ではあるが、寝台からおりてニルス代わりに寝かせた。

ふいに扉が叩かれたので、エリオは息を飲むと慎重に扉に近づく。

「誰だ」
「ミハイルです」

ミハイルは数年前に城にやって来て、それ以来エリオに仕える従者であり、一番世話になっている青年だ。
扉を開くと、金糸をゆるく肩くらいの場所で結いとめている、美しい男と視線が交わる。

すると、青い目を細めて心配そうに声をかけてきた。

「お身体は、もう大丈夫なのですか?」
「ああ。大丈夫だ」 

ミハイルを招き入れ、卓を挟んで座る。
真剣な面持ちで話し始めた。

「ヴァルド様の事で、お伝えしたいのです」
「何か知っているのか?」

エリオの問いかけに、ミハイルはゆっくりと頷く。
それは、奇妙で信じ固い話しだった。

ミハイルが言うには、どうやらヴァルドはオークの軍団や魔族とも繋がりがあり、尚且つ奴らと共に神を復活させたのだというのだ。

あの宴の際に、ミハイルも犠牲となり、自分を犯すヴァルドの従者が、仲間と会話していた内容から知ったのだと。

エリオはどうしようもない不安に襲われ、ミハイルから視線をそらす。

「エリオ様」
「……っすまない」

あの時、神官たちによってすぐに治癒されたとはいえ、心の傷は癒えないだろう。
ミハイル含め、自分のために動いてくれた彼らに申し訳ない思いで一杯だった。

例え、元々は父に従い、エリオを見下していた者達だったとしても。

「そんな顔をされないで」

優しい声にエリオは我に返る。
ミハイルは微笑んでおり、エリオの手を握りしめた。
温かく男にしてはやわらかな感触に、安堵が胸に広がる。

「私を含め、皆がついております」
「ミハイル、ちがうんだ」

皆が、エリオを心配して動いてくれたわけではないのはわかっているから、心が暗くなった。

――とくに側近たちは、俺を利用しようとしているのだろう。

「エリオ様には、まだ勝機がある筈です」
「そうだろうか……確かに、あいつを殺すべきだとは、考えているが」
「私を含め、貴方が王となるべきだと考える者達が何をされても、王子はヴァルド様の傍を離れずに機会をうかがってください」

はっきりとした口調に、エリオは勇気づけられたと感じて久しぶりに口元が緩んだ。

「ありがとう、ミハイル」

エリオはミハイルの手を包むと笑顔を向けた。

――もう、巻き込みたくはない。

ミハイルの言うとおり、ヴァルドの傍を離れず、少しずつでも何か情報を仕入れなければ。

ミハイルを見送り扉を閉めると、同時に背中に温もりが寄り添ってきた。

「あにうえ」
「ニルス」

ゆっくり向き直り、華奢な身体を抱き締める。
ニルスは薄い布地の寝着を身につけていたので、風邪をひかないかと心配になる。

心細いのか啜り泣くので、背中をさすってやったら、落ち着いて来た様子で安心した。

この三日間、ほとんど記憶がない。
自分を運んだのも、ニルスに看病を押し付けたのもヴァルドだった。

何を考えているのかわからない奴だ。
寝台に並んで座り、肩を寄せてしばし穏やかな時を過ごす。

思い返せば、弟と二人きりの時間は久しぶりだった。

視線を向けるとニルスはうとうとしていたが、話しておかなければならないと意を決する。

「ニルス、今後についてなんだが……」

話し終えるとニルスは動揺を隠し切れない様子で、エリオに抱きついて離れようとしない。

やだやだとダダをこねる。

「僕はここにいる!」
「ニルス」
「なんで、兄上がそんな目に!」

はっきりとヴァルドの奴隷として彼に仕えること、国を取り返す機を伺う事を話したのだが、やはり納得はしてくない。

ニルスの頭を撫でて宥めるが、泣き続ける。

「俺にはもう、お前しかいない、だから失いたくないんだ」
「ぼ、ぼくだって兄上しか」
「……お前は、クラートを好きだろう」

頬を赤くしたので確信できたが、複雑な心境ではある。
あの男が妙なものを作っていたのが、気になって仕方ない。

ニルスが傷つかないよう守ってやりたいのに、それが叶わず歯がゆかった。

コンコンという音に我に返る。

「エリオ様、ヴァルド様がお呼びです」
「……ああ、いいかニルス、クラートがやって来たらちゃんと安全な場所へ行くんだぞ、それと」

与えられる食べ物や飲み物に気をつけろ。

耳打ちしてそっとその場を離れた。
ニルスに何度も呼ばれたが、振り返らず拳を握りしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...