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漆黒の騎士に惹かれたあの日から
しおりを挟む五年ほど前、男は突然現れた。
父がエリオに新たな騎士を紹介する。
「こいつは剣の腕を鍛えるため、世界中を放浪していた男だ、今日から稽古をつけてもらえ」
「え!? この男に?」
「はじめまして。エリオ様」
「あ」
「ヴァルドと申します」
その髪と同じ漆黒の瞳で微笑み、エリオを見つめる。
――っ!
唐突に、心臓が早鐘のように脈打ち、呼吸が苦しくなった。
思えば、この時から自分は……。
「ふぅんっ?」
寝返りをうったなとわかった瞬間、視界が開けた。
見慣れた天井が、自室の寝台の上にいるのだと知らせる。
人の気配を感じて上半身を起こすと、柔らかそうな栗毛が足元に乗っていた。
どうやらニルスが看病してくれていたようだ。
「ニルス」
あの卑猥な宴の直後、エリオは熱を出して倒れてしまったのだ。
それから三日経ったいま、やっとだるさが取れてきて頭もすっきりしているのを感じる。
長い息が出た。
このままではニルスが体調を崩してしまうので、病み上がりの身ではあるが、寝台からおりてニルス代わりに寝かせた。
ふいに扉が叩かれたので、エリオは息を飲むと慎重に扉に近づく。
「誰だ」
「ミハイルです」
ミハイルは数年前に城にやって来て、それ以来エリオに仕える従者であり、一番世話になっている青年だ。
扉を開くと、金糸をゆるく肩くらいの場所で結いとめている、美しい男と視線が交わる。
すると、青い目を細めて心配そうに声をかけてきた。
「お身体は、もう大丈夫なのですか?」
「ああ。大丈夫だ」
ミハイルを招き入れ、卓を挟んで座る。
真剣な面持ちで話し始めた。
「ヴァルド様の事で、お伝えしたいのです」
「何か知っているのか?」
エリオの問いかけに、ミハイルはゆっくりと頷く。
それは、奇妙で信じ固い話しだった。
ミハイルが言うには、どうやらヴァルドはオークの軍団や魔族とも繋がりがあり、尚且つ奴らと共に神を復活させたのだというのだ。
あの宴の際に、ミハイルも犠牲となり、自分を犯すヴァルドの従者が、仲間と会話していた内容から知ったのだと。
エリオはどうしようもない不安に襲われ、ミハイルから視線をそらす。
「エリオ様」
「……っすまない」
あの時、神官たちによってすぐに治癒されたとはいえ、心の傷は癒えないだろう。
ミハイル含め、自分のために動いてくれた彼らに申し訳ない思いで一杯だった。
例え、元々は父に従い、エリオを見下していた者達だったとしても。
「そんな顔をされないで」
優しい声にエリオは我に返る。
ミハイルは微笑んでおり、エリオの手を握りしめた。
温かく男にしてはやわらかな感触に、安堵が胸に広がる。
「私を含め、皆がついております」
「ミハイル、ちがうんだ」
皆が、エリオを心配して動いてくれたわけではないのはわかっているから、心が暗くなった。
――とくに側近たちは、俺を利用しようとしているのだろう。
「エリオ様には、まだ勝機がある筈です」
「そうだろうか……確かに、あいつを殺すべきだとは、考えているが」
「私を含め、貴方が王となるべきだと考える者達が何をされても、王子はヴァルド様の傍を離れずに機会をうかがってください」
はっきりとした口調に、エリオは勇気づけられたと感じて久しぶりに口元が緩んだ。
「ありがとう、ミハイル」
エリオはミハイルの手を包むと笑顔を向けた。
――もう、巻き込みたくはない。
ミハイルの言うとおり、ヴァルドの傍を離れず、少しずつでも何か情報を仕入れなければ。
ミハイルを見送り扉を閉めると、同時に背中に温もりが寄り添ってきた。
「あにうえ」
「ニルス」
ゆっくり向き直り、華奢な身体を抱き締める。
ニルスは薄い布地の寝着を身につけていたので、風邪をひかないかと心配になる。
心細いのか啜り泣くので、背中をさすってやったら、落ち着いて来た様子で安心した。
この三日間、ほとんど記憶がない。
自分を運んだのも、ニルスに看病を押し付けたのもヴァルドだった。
何を考えているのかわからない奴だ。
寝台に並んで座り、肩を寄せてしばし穏やかな時を過ごす。
思い返せば、弟と二人きりの時間は久しぶりだった。
視線を向けるとニルスはうとうとしていたが、話しておかなければならないと意を決する。
「ニルス、今後についてなんだが……」
話し終えるとニルスは動揺を隠し切れない様子で、エリオに抱きついて離れようとしない。
やだやだとダダをこねる。
「僕はここにいる!」
「ニルス」
「なんで、兄上がそんな目に!」
はっきりとヴァルドの奴隷として彼に仕えること、国を取り返す機を伺う事を話したのだが、やはり納得はしてくない。
ニルスの頭を撫でて宥めるが、泣き続ける。
「俺にはもう、お前しかいない、だから失いたくないんだ」
「ぼ、ぼくだって兄上しか」
「……お前は、クラートを好きだろう」
頬を赤くしたので確信できたが、複雑な心境ではある。
あの男が妙なものを作っていたのが、気になって仕方ない。
ニルスが傷つかないよう守ってやりたいのに、それが叶わず歯がゆかった。
コンコンという音に我に返る。
「エリオ様、ヴァルド様がお呼びです」
「……ああ、いいかニルス、クラートがやって来たらちゃんと安全な場所へ行くんだぞ、それと」
与えられる食べ物や飲み物に気をつけろ。
耳打ちしてそっとその場を離れた。
ニルスに何度も呼ばれたが、振り返らず拳を握りしめた。
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