四十路の側近はただ王の傍にいたい

彩月野生

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この夢は赦されない罪である

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寝台の上に並べたきらびやかな衣装を、アダルは唸りながら見つめていた。
どれもこれもシルヴィオが選び、買い与えてくれた物だ。

アダルはもらう度に感激に打ち震えていたのだが……。

「出会ってから一月もたってないのに、すさまじい数ですねえ、本当にルアちゃんが大好きなんですねえ」
「私の姿で変な口調はやめろ」

偽アダル(フェリクス)にからかわれ、アダルは椅子に腰かけて息を吐くと胸に手をあてた。
カップの中身を覗くと空だ。
飲み干したのを忘れていた。

――本当に信じられん。

「フェリクス」
「はい?」
「お前には本当に感謝しているぞ」
「え」
「お前に出会わなければ、愛する我が王シルヴィオ様と、こんな思い出を作ることは一生できなかっただろう」

心の底からの言葉だ。
叶わぬ想いを抱いたまま、一生を終えるのだと、覚悟の上で陛下を想い続ける事を決めていた。

「疎ましいとしか思っていない私に、シルヴィオ様が触れてくれたり、微笑んでくれたりするのだ……奇跡としか言いようがない」
「うわあ、まるで恋する乙女ですねえ、気持ち悪い!」
「だ、だまれ! いまはまだマシだろう!」

言われなくとも、気持ちが悪いのは理解している。
だからこそ、こうして想いを決して伝えず、胸に秘めて墓場まで持っていこうと決意しているのだ。

――バレているのは別として。

「決して、私の想いを受け止めてくださいなどとは望まん」
「いやあ、矛盾してますよ!」
「ん?」

何がだとフェリクスの意見に耳を傾ける。
拳を震わせて何故か怒っている様子だ。

「想っているだけでいいんなら、そもそも僕の術にかかるのを承諾しませんよ! 本当は愛されたい筈です!」
「ど、どうした」
「え!? あ……」

押し黙る様子を見て、何か事情があるようなので問い詰めるのはやめておく。

――こやつと会ってから一月、浮かれすぎて何も知ろうとはしなかったな。

「お前がいいたいことはわかる」
「え?」
「陛下のご予定は本日はないな?」
「あ、ああ、ですね」
「こういう日は、昼過ぎまで起こさないようにしているのだ、だから少し私の話しに付き合え」

ついでに一時フェリクスの姿に戻るように 伝えて、お茶を二人分煎れなおす。

アダルはシルヴィオに出会う前の、己の人生を振り返るように話し始めた。

「陛下とは、三十になった頃に初めてお会いしたのだが、その前の私は……」     

おさない頃から人との繋がりは希薄で、家族や友人との関係も無難の域にとどまり、特に強い絆があるという仲間もいなかった。

二十代半ば、我が国の王についてより深く知る授業を受け、尊敬の念がうまれる。

――シルヴィオ様は、どんな顔をされているのだろう。

人との絆が気迫なアダルとは違い、王は人望があつく、信頼できる仲間に囲まれて、魔族なのに見事に人間の国をまとめあげていた。

まるで、勇者だ。

――いまは魔神のようだとは感じているが、とにかく眩しい存在であった。

城へ入り、王の姿を一目見たいとがむしゃらに勉学や、武道を習い、とうとう謁見の機会を頂けた。

「そして、嫌われたわけだが、陛下は私の能力については認めてくださり、私を側近にされた」
「なるほど……シルヴィオ様は、アダルさんにとって光のような方なんですねえ」
「……そうだな、とにかく私とは全てが違う、憧れがあっというまに恋慕になってしまったのには、我ながら困惑をしたものだ」

合間に茶を飲みつつ、思いを吐露する。
フェリクスの様子を伺うと、そわそわして落ちつきがなくて、少し笑ってしまう。

「お前のおかげで良い夢を見れた。もう充分だ」
「は、はい?」
「結婚は避けたいのだ」
「なんで……」

アダルはシルヴィオの、この国の側近としての冷静さを失ってはいなかった。
空になったカップの底を見つめて淡々と語る。

「ルアはいずれ消えるのだ、国を混乱に陥れる。それに、陛下に申し訳ない」
「アダルさん」
「それで、相談なのだがルアはどう消えるべきだと思う?」
「き、消えかたですか?」
「私はな、償いたいのだ」

陛下がこんなに愛したルアを、消さなければならないのだから。

「償いたいって、そんな」
「私は、ルアには完全にこの世から消えてもらわねばとおもうのだ」
「え、っとそれは……」
「婚姻の儀は、一月後の祭りの日にしてもらった。最高の舞を見せて終わりたいのだ」

フェリクスの検証には付き合えないが許してくれ。

そんな意図を込めて頭を下げた。

「アダルさん?」
「さて。躍りを教えてくれぬか?」
「躍りって……僕ができるってなんでおもうんですか?」
「できないのか?」
「……できます」

ふにゃりと笑ったフェリクスは、両手で顔をおおうとため息をついた。

いつもより長く感じた朝が過ぎ、昼になり、シルヴィオが寝室から顔を覗かせて"ルア"に笑いかける。

「おはようルア、退屈させて悪かったな」
「おはようございます、シルヴィオ様」

優しく抱擁されて胸が温かく感じる。
シルヴィオの愛が全身に伝わり、アダルとしての自分が喜びでまた泣きそうになるのをこらえた。

「お前は朝から可愛いいな、婚姻の時が楽しみだ」
「……っ」

――シルヴィオ様……。

その日は貴方にとって最悪の日となるのです。

視線を落とすと、窓から差し込む光が何かに遮られたのを察知して顔をあげる。

鈍い音が響いた時には、塊が自分めがけて突っ込んできていた。

――!?

声も出ず、身がすくんでうごけない。

「ルア!」

シルヴィオの声と共に目の前が真っ暗になる。

ドズリッビキンッ!

という割れるような音がして、うめき声が耳を震わせた。

「へ、陛下?」

アダルはシルヴィオに庇われた事実に硬直する。
ゆっくりと離れていく巨体はふらついて、今にも倒れそうだ。
見上げたシルヴィオが顔を歪ませている。

「怪我はないか?」
「は、はい……」
「そうか」
「な、何が」

カシャンッ

足元に何かが落ちて広いあげる。

「これは」

――私が贈った首飾りが。

宝石が粉々になっていた。

と、いう事は。

「お前がくれた首飾りが、俺を守ってくれたんだ」
「あ……」

聞けば窓から突然鳥が突撃してきて"ルア"に襲いかかり、咄嗟にシルヴィオがかばったところを、首飾りが防御してくれたのだという。

強力な魔力が込められた宝石だとは知っていたが、本当に発動するのだなと感動を覚える。

首にかける部分と、宝石をはめる部分だけが、形に残っている首飾りを胸に押し当てて瞳を閉じた。

――役目を果たしてくれて、ありがとう。

自分からの贈り物がなくなってしまったが、シルヴィオを守れたのだから喜ばしいことだ。

「ルアが無事で良かった」
「あ……」

――シルヴィオ様が、私を守ってくださるなんてっ!!

感激だが、やはりアダルとしては無茶をしてほしくはなかった。
だが、いまは"ルア"だ。

――私は今は、シルヴィオ様に愛されている踊り子のルアなのだ。

少しだけ、もう少しだけ甘えても良いだろうか。

「ありがとうございます、シルヴィオ様」
「ああ。お前を守るのは俺の役目だからな」

頭をぐりぐり撫でられ、幸福に浸る。
ふいにその手が止まり、シルヴィオが低い声音で呟いた。

「あいつは、どこに行った?」
「あいつ?」

周囲を見回すと異変に気づいた。

――フェリクス?

このような事態には、側近が迅速に城内に知らせなければならないのだが、静かすぎる。
それに、偽アダル(フェリクス)の姿が見当たらないのだ。

「役立たずが!」
「……っ」

――申し訳ありません、陛下。

やがて、兵士達が集まって来たので、どさくさに紛れてシルヴィオから離れた。

早くフェリクスを見つけなければ。
胸騒ぎがして、走り出した。

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