四十路の側近はただ王の傍にいたい

彩月野生

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婚礼前夜

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翌朝、スティの部屋を訪ねたアダルは資料となる本を持ち込み、歴史についての勉強会をしようと持ちかけた。
スティは気だるそうにアダルの話しを聞いているが、時々欠伸を挟む。

――全く。

「昨夜は陛下と話はできたか?」

気分を変えようとして投げた質問だったが、スティはつまらなそうにため息をつくだけで答えなかった。

仕方ない。

アダルは淡々と本を読み、歴史について話し続けた。
しばらくの後、ようやくスティが口を開く。

「結婚式、七日後だって」
「何だって?」

七日後と言えば、祭りの日。
もともとは、ルアとの婚姻の儀の予定だった日だ。

「……そうか」
「アダルさんが何をしたのかは、陛下から聞いたよ」
「……っ」
「あんな事をしたのに、どうして陛下を受け入れないんだか」
 
アダルは息を飲むと顔を振る。

「そんな事まで話したのか」
「僕には理解できないなあ。陛下についてはあまり興味ないし」
「……お前という奴は、もういい。今日は失礼する」
「素直になりなよ? 本当は嫉妬してるんでしょ」
「……また明日くる」

急に思考が回らなくなり、アダルはスティの部屋から出た。
まるで、逃げるように。

それが悔しく思う己に少なからず驚いた。

――し、しっかりしろ!
――私が嫉妬など……。

ふと、夜の相手をしている者達に嫉妬していた事実を思い出して、頭を抱えてしまう。

唸りながらふらふら歩いていると、誰かにぶつかって慌てる。

「申し訳ない!」
「スティの部屋にいるんじゃなかったのか」
「し、シルヴィオ様!」

詰め襟の軽装の衣装を着こんだ姿に、アダルは眉ねをひそめた。

「まさか、スティと何処かへ?」
「内密にする必要もないだろ? それとも、嫉妬でもしてるのか?」
「なっ、ちが、違います!」
「フンッ俺を拒絶した相手に遠慮する筋合いはない」
「……っ」
「町にはいかん、俺の部屋に連れていくだけだ」

肩を竦めて呆れたようにため息をつくと、アダルの横を通りすぎていった。
その際に、耳元にささやかれる。

「式については臣下達に任せてある、お前は一切かかわるな、それともうスティにも近寄るな」

これには、アダルはさすがに抗議した。

「あの者がシルヴィオ様にふさわしいのか、見極めろとおっしゃったではないですか!」

言葉をぶつけても、シルヴィオは振り返らず、背中が遠くなっていく。

アダルは深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻そうとしたが、うまくいかない。
気持ち悪くなってきて口元をおさえた。
ゆっくりとした足取りで歩いてると、通りがかりの者たちに口々に祝いの言葉をかけられる。

「おめでとうございます」
「本当に良かったですね」

皆、アダルのシルヴィオへの想いや失態を知ってか知らずか、 嫌みにしか聞こえないのでろくに返答ができなかった。

怖い顔をしてしまったかも知れない。

結局、アダルは結婚式の準備に一切携わることもなく、前日を迎えた。

仕事はこなしてはいたが、皆はよそよそしい態度をしており、アダルは式について頭がいっぱいになり、ろくに眠れていなかった。

雑務をこなし部屋に閉じこもっていると、扉を叩かれて声をかける。

「誰だ」
「スティだよ、いよいよ明日だから、話しがしたくて」
「入っていいぞ」

部屋に入って来たスティは派手な衣装を身に付けており、見覚えがあるのに気づく。

――ルアのか?

「これ、シルヴィオ様にもらったんだ、踊り子の衣装」
「ルアのだ」
「……僕とシルヴィオ様、本当に結婚しちゃうよ? いいの?」
「……いいも何も」

へらへら笑うスティの顔を見ていると、胸の内に黒い感情が広がるのを自覚する。
沸々とわきあがっていく負の思いに唇を噛んだ。

――こいつは、シルヴィオ様もこの国も愛していない。
――贅沢目当てのろくでもない男だ。

「く……っ」

――なぜ、こんな輩をよりにもよって、陛下は選ばれたのだ。
――こんな、事になるなら。

「私が、シルヴィオ様と契りを結べば良かった!」

すうっと両手を眼前にかかげると四肢が震えだす。

「お前のような者に、陛下を渡すくらいならば、いっそ私が……!お前は私がどれだけシルヴィオ様を愛しているのかわからないだろう!」

アダルはスティの両肩を掴み、声を張り上げていた。

「言ったね」

冷静な声に、アダルは我に返る。

「あ、す……すまん」
「今のことば聞いたかなあ、シルヴィオお!」
「!?」

陛下を呼び捨てにするとはどういうつもりだ!
そんな怒りは突然聞こえて来た声に掻き消される。

『はっきりとな』
「な、陛下? どこから?」
「これだよ」

スティが差し出したのは手鏡であり、これも見覚えがあった。
鏡にはシルヴィオが映っていて、禍々しい空気を放ち、口の端を吊り上げている。
悪魔のような笑みだ。

「いったい、これは……」
「騙してごめんねえ」

笑うような声と共にスティの体が淡い光に包まれ、別人となるのをぼんやりと眺めていた。

現れたのは、紫髪の蛇のような鋭い目付きの男。

「ジェ、ジェイム!?」
「なかなか面白かったよ、じゃあ、楽しんで」
「ま、まて!」

すうっと消えてしまったジェイムに手を伸ばしても、空をつかむだけ。

「スティがジェイムだった?」
「アダルさまあ!」
「いらっしゃいますかあ?」

なんだか部屋の前がさわがしい。
アダルは頭痛を覚え、頭を押さえながら扉を開ける。
目の前で若い侍女と使用人が、何やら荷物を抱えて目を輝かせていた。

アダルは素朴な疑問を口にする。

「何か楽しい事でもあったのか?」
「何言ってるんです!」
「僕たちアダル様の衣装を陛下から預かって来たんですよ! 試着しましょう!」
「は? なんの衣装なんだ?」

一瞬、ルアが着ていた透け透けの踊り子の衣装を着せられて踊らされるのかとも思ったが、二人が手にしていた衣装を見せられて見当違いだったと知る。

白い生地に青い刺繍がほどこされている、地味ながらも高潔な雰囲気を漂わせる礼装。 

「婚礼の衣服ではないか」
「はい!」
「明日は陛下とアダル様の結婚式なので、衣装合わせです」
「は、はあっ!?」
「陛下から、アダル様には式についての内容は伝えるなって皆言われてるから、なるべく顔をあわせないようにしてたんですよ」

使用人に背中を押され、寝室で着替えてくるように促される。
アダルは、混乱したまま衣装を手に持ち、寝室にのろのろと歩を進めた。

そっと婚礼服を広げて、じっくりと眺める。

「私は、明日シルヴィオ様と結婚するのか?」

声がうわずっているのが、何だか恥ずかしかった。


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