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二章【愛憎の果てに】
十話
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天照の屋敷にて。
泰正はたっぷりと眠り、体力を回復させたものの、現状では外出を控えねばならず、気を揉んでいた。
弟子の千景が心配でならないのだ。
木原清太呂が、様子を見に来てくれないか一縷の望みをかけていたが、一向に式神は姿を表さない。
仕方なく、緋那に懇願すると、気配を消す呪符を授けられ、一時的な外出を許された。
早速、己の屋敷へと出向き、千景と顔を合わせることが叶った。
千景は痩せたように見えたので、食べているかなどと、言葉をかけて確かめる。
千景は涙をぬぐいつつ頷いた。
「泰正様こそ、お身体は大丈夫なのですか」
「うむ。私は大丈夫だ。それよりも、千景、お前の身が心配でならん。本当なら傍にいてやりたいのだが」
「落ちついたら、ぜひまた一緒に暮らしましょう。今は、状況が見えず、私も混乱しております」
「……そうだな」
泰正は千景の頭を撫でながら、彼女を預かった時を思い出していた。
この子は孤児で、まだ五歳だった。
どこから来たのかも分からず、ただ、都の者たちよりも、目鼻立ちのはっきりした顔立ちに、じゃっかん肌が濃いのが気になった。
健やかに育ってくれたのが、何よりも嬉しい。
くれぐれも不要な外出はせぬように忠告すると、屋敷を離れた。
ふと、暗雲が立ち込めているのが分かり、民家の軒下に身を滑らせたが、雨はまだ降らず、行き交う人々を見つめる。
己の屋敷を出る前に、気配を消す呪符を貼り付けたので、誰も気づかない。
なんだか久しぶりに楽しい気分になり、目についた男に手をふる……その人間が知っている者だと気づいて、手をひっこめた。
――英心!?
なぜ、私の屋敷の近くにいる!?
千景にはあえて聞かなかったが、彼は千景を心配しているのかも知れない。
内心冷や汗をかきつつ、英心がどこかにいってくれないかと祈るが、雨が降りだしてしまい、なんとこちらに向かってくるではないか!
――ま、まずい! 走ってにげるべきか!
だが、雨脚は強まるばかりで、呪符が濡れては効力が消えてしまう。
しぶしぶ、隣に並ぶ英心を意識しないように、大人しくしていた。
雨音がなぜか心地よく耳を震わせる。
英心を横目でみると、険しい顔つきで宙を見据えていた。
ふいに唇を開くので、つい耳をすませる。
「……泰正」
――はっ?
何故、己の名を呼ぶのだろう。
耳をすまして意識を集中させたが、英心は黙り込み、雨を眺めていた。
それからしばしの後、雨がやむ。
通り雨だったらしく、泰正は安堵の息をついた。
「止んだか」
英心がぽつりとつぶやくと、懐に目をやるので、思わず注視した。
何かを取り出したので、観察すると、小さな鏡であった。
見覚えがあり、心臓がどくりと跳ねた。
――あれは、紛れもなく私の鏡だ!
失くしたと思っていたら、英心がひろっていたとは!
英心が目を見開き、鏡を覗き込んだ。
泰正は、鏡が輝いているのを見て、叫びだしそうになる。
――に、逃げなければ!
一歩、軒先から踏み出した瞬間、英心が叫んだ。
「まさか! 生きているのか! 泰正!?」
あやうく泰正は転びかけたが、脱兎のごとく駆け出す。
振り向かず、行き先も考えずにひたすら走りつづけて、やがて行き止まりの壁の前で呼吸を整えた。
「は、はあ……はあ……」
――こ、ここまで来れば、大丈夫だろう。
壁の前に座り込み、目を閉じると、背中に軽い衝撃をうけてよろめく。
何が起きたのかを察した泰正は、しまったと内心で叫んだ。
「泰正!!」
傍に立っていたのは、撒いたはずの英心であった。
泰正は震えながら彼を見上げた。
「英心……!」
英心は怒りの形相で、泰正を睨んでいた。
泰正はたっぷりと眠り、体力を回復させたものの、現状では外出を控えねばならず、気を揉んでいた。
弟子の千景が心配でならないのだ。
木原清太呂が、様子を見に来てくれないか一縷の望みをかけていたが、一向に式神は姿を表さない。
仕方なく、緋那に懇願すると、気配を消す呪符を授けられ、一時的な外出を許された。
早速、己の屋敷へと出向き、千景と顔を合わせることが叶った。
千景は痩せたように見えたので、食べているかなどと、言葉をかけて確かめる。
千景は涙をぬぐいつつ頷いた。
「泰正様こそ、お身体は大丈夫なのですか」
「うむ。私は大丈夫だ。それよりも、千景、お前の身が心配でならん。本当なら傍にいてやりたいのだが」
「落ちついたら、ぜひまた一緒に暮らしましょう。今は、状況が見えず、私も混乱しております」
「……そうだな」
泰正は千景の頭を撫でながら、彼女を預かった時を思い出していた。
この子は孤児で、まだ五歳だった。
どこから来たのかも分からず、ただ、都の者たちよりも、目鼻立ちのはっきりした顔立ちに、じゃっかん肌が濃いのが気になった。
健やかに育ってくれたのが、何よりも嬉しい。
くれぐれも不要な外出はせぬように忠告すると、屋敷を離れた。
ふと、暗雲が立ち込めているのが分かり、民家の軒下に身を滑らせたが、雨はまだ降らず、行き交う人々を見つめる。
己の屋敷を出る前に、気配を消す呪符を貼り付けたので、誰も気づかない。
なんだか久しぶりに楽しい気分になり、目についた男に手をふる……その人間が知っている者だと気づいて、手をひっこめた。
――英心!?
なぜ、私の屋敷の近くにいる!?
千景にはあえて聞かなかったが、彼は千景を心配しているのかも知れない。
内心冷や汗をかきつつ、英心がどこかにいってくれないかと祈るが、雨が降りだしてしまい、なんとこちらに向かってくるではないか!
――ま、まずい! 走ってにげるべきか!
だが、雨脚は強まるばかりで、呪符が濡れては効力が消えてしまう。
しぶしぶ、隣に並ぶ英心を意識しないように、大人しくしていた。
雨音がなぜか心地よく耳を震わせる。
英心を横目でみると、険しい顔つきで宙を見据えていた。
ふいに唇を開くので、つい耳をすませる。
「……泰正」
――はっ?
何故、己の名を呼ぶのだろう。
耳をすまして意識を集中させたが、英心は黙り込み、雨を眺めていた。
それからしばしの後、雨がやむ。
通り雨だったらしく、泰正は安堵の息をついた。
「止んだか」
英心がぽつりとつぶやくと、懐に目をやるので、思わず注視した。
何かを取り出したので、観察すると、小さな鏡であった。
見覚えがあり、心臓がどくりと跳ねた。
――あれは、紛れもなく私の鏡だ!
失くしたと思っていたら、英心がひろっていたとは!
英心が目を見開き、鏡を覗き込んだ。
泰正は、鏡が輝いているのを見て、叫びだしそうになる。
――に、逃げなければ!
一歩、軒先から踏み出した瞬間、英心が叫んだ。
「まさか! 生きているのか! 泰正!?」
あやうく泰正は転びかけたが、脱兎のごとく駆け出す。
振り向かず、行き先も考えずにひたすら走りつづけて、やがて行き止まりの壁の前で呼吸を整えた。
「は、はあ……はあ……」
――こ、ここまで来れば、大丈夫だろう。
壁の前に座り込み、目を閉じると、背中に軽い衝撃をうけてよろめく。
何が起きたのかを察した泰正は、しまったと内心で叫んだ。
「泰正!!」
傍に立っていたのは、撒いたはずの英心であった。
泰正は震えながら彼を見上げた。
「英心……!」
英心は怒りの形相で、泰正を睨んでいた。
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