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16愚かな人狼
しおりを挟むオディロンの城に来て三日経った頃、サビーノの城から使者がやって来た。
その使者はあのトカゲ獣人だったので、驚いていると、書簡をオディロンに差し出して力なく笑う。
その顔は切り傷だらけであり、鎧もボロボロだ。
サビーノからの書簡には、こう記してあったとオディロンに説明される。
〝ただちに我が生贄を返さなければ、貴様の城を焼き払う。差し向けた使者と共に生贄を我に返せ〟
それを聞いたフリオはしばし思案する。
腕を組み、玉座に座るオディロンの前を行きつ戻りつを繰り返した。
先日のオディロンの話を聞いてから、預かった本の内容も詳細を訊ね、獣人の歩んだ国の歴史を考えた結果――新しいある想いが生まれていた。
それを考えると、ひとまずフリオは一人でサビーノに会う必要性を見いだす。
命が危険にさらされる可能性が高いので、衛兵にこっそりついてきてもらい、トカゲ獣人には、サビーノと話している最中に逃がしてやると約束してやった。
オディロンは意外そうにフリオを見据えていたが、やがて頷くと「ガキの為にも生きて帰って来いよ」と忠告して送り出してくれた。
オディロンの城を出たフリオは、深呼吸をして森の空気を吸い込んだ。
土と湿った木々の匂いが鼻腔に漂ってきて、小鳥の囀りや獣の遠吠えが聞こえてきた。
日が傾きかけているので、急ぐようにとオディロンの衛兵の一人である鷲の獣人にせっつかれ、トカゲ獣人と共に、森の中を小走りに進んで行く。
導かれるまま森を抜けて、鷲の獣人の大きな足で器用に胴体を掴まれて、大空に羽ばたいた。
「うわあ!?」
みるみるうちに森が遠のき、トカゲ獣人の姿が豆粒のようになる。
「口を閉じていろ! 城の傍で降ろしてやる!!」
「――!」
言われた通り口を閉じてなんども頷いた。
鷲の羽ばたきは力強く、四肢が風になぶられて、今にも地上に落ちてぺっしゃんこになるのではと肝を冷やす。
フリオの心配とは裏腹に、鷲の獣人は安定飛行をしてくれて、無事に地上に足をつけた時には、すっかり恐怖心は消えていた。
それどころか、空を飛ぶという貴重な体験ができた事に、フリオは好奇心を刺激されて、胸を躍らせていた。
こんな気持ちは久しぶりだった。
「ありがとう!」
「ああ。あの道は歩くより飛ぶ方がよほど効率がいいからな」
「あいつ、追いつくかな」
トカゲ獣人がいつ来るのかと、森から続いている道を眺めていると、全力疾走してくる姿を見つけて手を振る。
「こっちだ! ここだぞ!」
「うおおおおおおお!!」
絶叫しているのは、怒りからなのか、それとも単なる気合いを入れているからなのかはわらかないが、とりあえず揃ったので気にせず、サビーノの城へと連なって歩き出した。
オディロンの衛兵には城の付近に潜んで貰い、フリオはトカゲ獣人と共に数日ぶりにサビーノの城へ戻った。
王間に通されると、玉座から立ち上がったサビーノがゆっくりとフリオに歩み寄ってきて、目前で止まる。
フリオの隣で未だに息を切らせていたトカゲ獣人は、手を擦り合わせながらサビーノに、えへえへとこびへつらう笑みを浮かべた。
「ご、ご命令通りに生贄を連れ戻しました」
「ああ……ご苦労だったな……」
「は、は――」
ごしゃっ!!
――え?
まばたきをするような一瞬で、吹き飛ぶ肉片と血がゆっくりと宙を舞うように見えた――フリオの足下に、トカゲ獣人だった塊が、無残にぐちゃぐちゃのミンチとなって鮮やかな緑の液体と共にへばりついている。
「うぐっ」
胃液がせり上がる感覚に口元を押さえたフリオは、唐突に戦場を思い出す。
人や獣人が斬られ、血しぶきを上げて倒れ込む光景が蘇ったが、ここまでの残酷な仕打ちをされた者など見た事がなかった。
鼻をつく生臭いニオイにも耐えきれず、今にも吐き出しそうになっていると、力強く腰を抱かれて逞しい腕の中に閉じ込められる。
人狼の荒い吐息が顔にかかり、目を閉じた。
「さびしかったぞ? 何故、我から離れようとした?」
「……!」
その声音にぞくりと肌がわななく。
ねちっこく感情に絡むような、低くて怒りが滲む声だ。
いつものサビーノではないと理解できる。
その胸の内には、どんな怒りと憎悪が渦巻いているのだろうか。
サビーノは、フリオの胎にいる子が、オディロンとの子だと知っている可能性を察する。
あのトカゲ獣人を尋問したのだろう。
だが、それで構わないのだと、フリオは口元を吊り上げた。
「サビーノ、伝えたい事がある」
「なんだ?」
「俺はな」
頑強な人狼の腕の中で、身じろぎ、顔を上げて赤い目を見つめて声を張り上げる。
「オディロンと結婚して、オマエの元から去る」
はっきりと伝えてやった。
とんだ茶番ではあるが、今のこいつには強烈だろう。
生贄に愛されない――その事実は、確実にサビーノの精神に打撃を与える筈だ。
余裕の笑みを浮かべたつもりだったが、心臓が爆発しそうなくらいに激しく脈打ち、逃げ出したくなっていた。
サビーノの腕にさらに力が込められて、フリオは己の骨が軋む音に焦る。
へし折られるという恐怖に心が乱れたのだ。
フリオを抱きしめるサビーノの腕力は、それ以上は強くならず、代わりに疑問を投げかけられた。
「奴を愛したというのか?」
その質問を聞いて、フリオは笑いそうになるのをこらえる。
あいつを愛するだって? 馬鹿馬鹿しい。だから、俺は獣人を愛する事などない!!
その叫びを胸の内にしまって、うすく微笑んで頷いてやった。
「ああ。俺は、オディロン様を愛している」
わざと、様付けで読んで、まるでお慕いしていますという素振りを見せると、サビーノは分かりやすくうめき声を上げ始める。
「何故だ……何故、あいつを」
「オディロン様は、人間との戦を臨んでいないからだ。父の妄執にも取り憑かれていない」
「!? 父の、だと?」
ひっかっかったなと、内心で爆笑している事を悟られないように、平静を装い、言葉を続ける。
「オディロン様を愛しているから、俺はあの方の子を身ごもったんだ」
「……トカゲが言っていたのは事実であったか」
「俺に、生贄に愛されたいか?」
「フリオ……オマエをこのまま、殺して、我のモノにしてしまおうか……」
「……ぐ」
腕に強い力が込められた――へし折られる恐怖と戦いながら、フリオは挑発を続けた。
「俺に、愛されたければ、父の妄執を壊して、己の意志で、かんがえることだな……」
「なに?」
「獣人と、人間の未来、を……!」
そこまで言い切ると、意識が朦朧としてきて、それ以上は声を発する事ができず、めまいに襲われた。
――俺は、しぬ、のか……?
あのトカゲ獣人のようにぐちゃぐちゃにされるのか。
終わりを感じたその時、何かが割れる音が響いて、サビーノが悲鳴を上げてフリオを放した。
「ぐあ!?」
「フリオ!!」
「――あ……」
オディロンの衛兵、鷲の獣人が王間の窓を突き破って、サビーノに激突して、フリオを助け出してくれだのだ。
胴体をがっちりと掴まれて、身体が宙に浮いた。
起き上がったサビーノが腕を伸ばして、何か術を使おうとしていたのが見えたが、その力が発揮される前に、城から遠のくことができた。
安堵の息をついたフリオに、鷲の獣人は無言で羽ばたき、空の旅路を急いだ。
空の散歩は気持ちがいいと思ったのだが、先ほどの悪夢のような時間を思い出すと、陰鬱な気分となり、とても喜ぶ気にはなれなかった。
オディロンの城がある森へ着くと、水を飲めと泉を案内されて、手の平にすくって口を潤す。
ほどよい甘味を感じた。澄んだ水を見ていると、浄化されるような感覚になる。
「落ち着いたか?」
「ああ、ありがとう」
ふと、フリオは自分の身体が血と肉片で汚れている事に気付き、深く考えず泉の中へと飛び込んだ。
思い切り手足をばたつかせて衣服や肌の汚れを落としていく。
冷たい水に浸かった四肢は冷え切って、泉から上がるとくしゃみが出た。
ぶるぶると震えて身体をさすっていると、鷲の獣人がその大きな羽根で包み込んでくれた。
――温かい。
疲弊した身体と心は、睡魔には勝てなかった。
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