19 / 35
19大国からの使者
しおりを挟む王間の扉が開け放たれ、男の大声が轟いた。
「これは一体どういう事ですかな!?」
この声は聞き覚えがある。フリオは姿勢を正し、振り返って声の主を静かに見据えた。
灰色のくせっ毛にちょび髭の中年男。
細くて小さい目つきの悪いこの男は、大国の使者である。
何かあればすっ飛んでくるのが決まってこいつだ。
挨拶もせず、図々しい態度で、父に向かって嫌味な言葉を吐き捨てる姿を何度も見てきた。
今回の用件は、もちろん件の獣人王からの書簡についてだろう。
案の定その小さな手には、封が破かれた書簡が握られている。
父王は玉座から立ち上がると、そいつの前に進み出て、書簡を見せつけて淡々と語り始めた。
「私の元にも届いた。獣人王が、我が国に侵攻をするという怒りの宣告が綴られていた」
「そのとおりだ!! 何故ここに王太子がいるのだ!?」
男とは思えない甲高い声でフリオを指さし、口うるさく罵ってくる。
「なんと勝手な真似をしてくれたのだ!! 陛下がせっかく獣人王と良好な関係を築き上げて来たというのに、全て台無しではないか!? よりにもよって色欲で国を裏切るとは!!」
「――良好な関係? 奴隷に成り下がっただけだろう」
まくし立てる使者に対して冷静に答えたフリオは、顔を背けて視線を部屋の隅で様子を見守っていたサンビアに向けた。
フリオの意図に気付いたようで、羽根を大きく羽ばたかせると、使者の背後まで颯爽と飛んで床に脚をつける。
その音と気配を察知した使者は、怯えた様な声を上げて、ゆっくりとサンビアへ振り返って目を大きく開く。
絵に描いたような驚愕の表情となり、そのまま固まった。
「貴殿がかの大国の使者か」
「……あ、ああ?」
「私は、サビーノ様の弟、オディロン様に仕えている者だ。折り入って話があるのだが……」
「い、いい?」
ずいっとさらに顔を近づけたサンビアは、使者にある話を語る。
フリオがオディロンに持ちかけた反乱についてだ。
顔面蒼白で話を聞いていた使者だが、やがて冷静さを取り戻し、しばし考え込む素振りを見せて、フリオに話かけてきた。
「本当に、獣人王を倒せる秘策があるというのか?」
「はい」
その件について、王に謁見をしたいと訴えると、使者は神妙な面持ちで承諾の意を示した。
こうして、フリオはサンビアと共に、大国へ赴くこととなり、出立の前に母と妹の様子を見に行く事にした。
念のため、深夜に一人で城を抜け、王都のある民家の戸を叩く。
吐き出す息が白く、すっかり寒い時期になっていたのだと、今更実感する。
中から女性の返事が聞こえて来て、フリオは合図としての言葉を伝え、無事に中に入れてもらえて安堵の息をもらす。
「フリオ様……!」
招き入れてくれたのは、そばかすと栗毛が特徴の若い女性だ。
「久しいな。元気だったか?」
「はい……! はい! よくぞご無事で!」
「フリオ様!」
奥の部屋の扉から顔を覗かせたのは、年老いた男だが、その目には生気が漲っている。引退したとは言え、騎士としての気高い意志はまだ健在の様だ。
「面倒に巻き込んで済まない。何か困った事はなかったか?」
「問題ございません。今、お二人の元へお連れしますので」
「助かる」
二人に案内されて地下室へ続く階段を降りていく。
この場所であれば、万が一大国の兵士達が押しかけて来ても、容易に見つかることはないのだ。
何百年も隠れ家としての役目を果たしてきた地下屋敷である。
土が露出した薄暗い通路は、すえたニオイが漂い、鼻腔をくすぐるので鼻がむずむずした。
二人は慣れたもので、軽い足取りで進んで行く。
突き当たりの壁のすぐ真下に、土に扮した扉がある。
それを開けるとさらに階段が暗闇に向かって伸びていた。
階段を慎重に下りていき、ようやく母と妹がいる部屋に辿り着いた。
久しぶりに会った二人はやつれている様に見えた。
妹はフリオを見て歓喜して抱きついてくるが、母は変わらず床に伏せっている状態だった。
「お兄様、いったいどうして」
「俺は戦うと決意した。お前と母上には、彼らと一緒にまた別の隠れ家に移動してもらう」
「え!?」
フリオは皆に事の詳細を話した。
皆の顔を曇らせてしまった事実に胸が痛むが、これ以上、大国の奴隷としてこの国の者達を危険にさらすのは我慢できなかった。
「では、フリオ様の本当の目的は、大国もろとも打撃を与える事なのですね?」
「ああ」
「しかし、そんな事ができるでしょうか? 今回の戦は、我が国と、件の獣人のみの兵力で立ち向かうのですよね」
「策はある」
懸念の意志を声に滲ませる元騎士に、フリオは口元を吊り上げて見せた。
視線は自然に己の腹に移る。
まだぜんぜん膨らんでいない。
――通常の出産とは違うからな。
時が来れば、この子は産まれる。
フリオの意志に共鳴し、この子はきっと産まれてくる。
何故かそんな自信が溢れていた。
皆に新たな隠れ家の場所を伝え、妹と母に別れ告げると、フリオは城への帰路を急いだ。
空は白んでおり、うっすらと細い月が浮かんでいた。
0
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@悪役神官発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】
ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
「禍の刻印」で生贄にされた俺を、最強の銀狼王は「ようやく見つけた、俺の運命の番だ」と過保護なほど愛し尽くす
水凪しおん
BL
体に災いを呼ぶ「禍の刻印」を持つがゆえに、生まれた村で虐げられてきた青年アキ。彼はある日、不作に苦しむ村人たちの手によって、伝説の獣人「銀狼王」への贄として森の奥深くに置き去りにされてしまう。
死を覚悟したアキの前に現れたのは、人の姿でありながら圧倒的な威圧感を放つ、銀髪の美しい獣人・カイだった。カイはアキの「禍の刻印」が、実は強大な魔力を秘めた希少な「聖なる刻印」であることを見抜く。そして、自らの魂を安定させるための運命の「番(つがい)」として、アキを己の城へと迎え入れた。
贄としてではなく、唯一無二の存在として注がれる初めての優しさ、温もり、そして底知れぬ独占欲。これまで汚れた存在として扱われてきたアキは、戸惑いながらもその絶対的な愛情に少しずつ心を開いていく。
「お前は、俺だけのものだ」
孤独だった青年が、絶対的支配者に見出され、その身も魂も愛し尽くされる。これは、絶望の淵から始まった、二人の永遠の愛の物語。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる