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19大国からの使者
しおりを挟む王間の扉が開け放たれ、男の大声が轟いた。
「これは一体どういう事ですかな!?」
この声は聞き覚えがある。フリオは姿勢を正し、振り返って声の主を静かに見据えた。
灰色のくせっ毛にちょび髭の中年男。
細くて小さい目つきの悪いこの男は、大国の使者である。
何かあればすっ飛んでくるのが決まってこいつだ。
挨拶もせず、図々しい態度で、父に向かって嫌味な言葉を吐き捨てる姿を何度も見てきた。
今回の用件は、もちろん件の獣人王からの書簡についてだろう。
案の定その小さな手には、封が破かれた書簡が握られている。
父王は玉座から立ち上がると、そいつの前に進み出て、書簡を見せつけて淡々と語り始めた。
「私の元にも届いた。獣人王が、我が国に侵攻をするという怒りの宣告が綴られていた」
「そのとおりだ!! 何故ここに王太子がいるのだ!?」
男とは思えない甲高い声でフリオを指さし、口うるさく罵ってくる。
「なんと勝手な真似をしてくれたのだ!! 陛下がせっかく獣人王と良好な関係を築き上げて来たというのに、全て台無しではないか!? よりにもよって色欲で国を裏切るとは!!」
「――良好な関係? 奴隷に成り下がっただけだろう」
まくし立てる使者に対して冷静に答えたフリオは、顔を背けて視線を部屋の隅で様子を見守っていたサンビアに向けた。
フリオの意図に気付いたようで、羽根を大きく羽ばたかせると、使者の背後まで颯爽と飛んで床に脚をつける。
その音と気配を察知した使者は、怯えた様な声を上げて、ゆっくりとサンビアへ振り返って目を大きく開く。
絵に描いたような驚愕の表情となり、そのまま固まった。
「貴殿がかの大国の使者か」
「……あ、ああ?」
「私は、サビーノ様の弟、オディロン様に仕えている者だ。折り入って話があるのだが……」
「い、いい?」
ずいっとさらに顔を近づけたサンビアは、使者にある話を語る。
フリオがオディロンに持ちかけた反乱についてだ。
顔面蒼白で話を聞いていた使者だが、やがて冷静さを取り戻し、しばし考え込む素振りを見せて、フリオに話かけてきた。
「本当に、獣人王を倒せる秘策があるというのか?」
「はい」
その件について、王に謁見をしたいと訴えると、使者は神妙な面持ちで承諾の意を示した。
こうして、フリオはサンビアと共に、大国へ赴くこととなり、出立の前に母と妹の様子を見に行く事にした。
念のため、深夜に一人で城を抜け、王都のある民家の戸を叩く。
吐き出す息が白く、すっかり寒い時期になっていたのだと、今更実感する。
中から女性の返事が聞こえて来て、フリオは合図としての言葉を伝え、無事に中に入れてもらえて安堵の息をもらす。
「フリオ様……!」
招き入れてくれたのは、そばかすと栗毛が特徴の若い女性だ。
「久しいな。元気だったか?」
「はい……! はい! よくぞご無事で!」
「フリオ様!」
奥の部屋の扉から顔を覗かせたのは、年老いた男だが、その目には生気が漲っている。引退したとは言え、騎士としての気高い意志はまだ健在の様だ。
「面倒に巻き込んで済まない。何か困った事はなかったか?」
「問題ございません。今、お二人の元へお連れしますので」
「助かる」
二人に案内されて地下室へ続く階段を降りていく。
この場所であれば、万が一大国の兵士達が押しかけて来ても、容易に見つかることはないのだ。
何百年も隠れ家としての役目を果たしてきた地下屋敷である。
土が露出した薄暗い通路は、すえたニオイが漂い、鼻腔をくすぐるので鼻がむずむずした。
二人は慣れたもので、軽い足取りで進んで行く。
突き当たりの壁のすぐ真下に、土に扮した扉がある。
それを開けるとさらに階段が暗闇に向かって伸びていた。
階段を慎重に下りていき、ようやく母と妹がいる部屋に辿り着いた。
久しぶりに会った二人はやつれている様に見えた。
妹はフリオを見て歓喜して抱きついてくるが、母は変わらず床に伏せっている状態だった。
「お兄様、いったいどうして」
「俺は戦うと決意した。お前と母上には、彼らと一緒にまた別の隠れ家に移動してもらう」
「え!?」
フリオは皆に事の詳細を話した。
皆の顔を曇らせてしまった事実に胸が痛むが、これ以上、大国の奴隷としてこの国の者達を危険にさらすのは我慢できなかった。
「では、フリオ様の本当の目的は、大国もろとも打撃を与える事なのですね?」
「ああ」
「しかし、そんな事ができるでしょうか? 今回の戦は、我が国と、件の獣人のみの兵力で立ち向かうのですよね」
「策はある」
懸念の意志を声に滲ませる元騎士に、フリオは口元を吊り上げて見せた。
視線は自然に己の腹に移る。
まだぜんぜん膨らんでいない。
――通常の出産とは違うからな。
時が来れば、この子は産まれる。
フリオの意志に共鳴し、この子はきっと産まれてくる。
何故かそんな自信が溢れていた。
皆に新たな隠れ家の場所を伝え、妹と母に別れ告げると、フリオは城への帰路を急いだ。
空は白んでおり、うっすらと細い月が浮かんでいた。
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