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第9話 金と銀の騎士
しおりを挟む忙しない昼時が落ち着いた頃、4人の騎士が「サンドウィッチ リメイン」に入店した。
「いらっしゃいませー。あっ、アッシュさん、ペリエさんいらっしゃい」
レティスがトレイを持って店内に招く。
「今日は珍しく他の団員さんと一緒なんですね。えーと、こちらの席へどうぞ」
3人の騎士と普段着のアッシュが窓際のテーブル席に座る。店内には入店済みの騎士が他に2人。アッシュ達に気付くと目を見開いて思い切り咳込んだ。
セイルがトレイに水とカトラリーとメニューを乗せてやって来る。
「いらっしゃいアッシュさん、ペリエさん。そちらのお二方も、本日はご来店ありがとうございます」
セイルは深々と礼をすると水とカトラリー、メニューをテーブルに置く。その所作の一つ一つが流れるように優雅で、騎士2名の目を引いた。
「セイルさん、えーっと、こいつは俺と同じ第1騎士団のラムス」
アッシュが隣に座った筋肉質の金髪団員に親指を向けながら紹介する。
「ラムスです。よろしく」
ラムスは歯を出してにかっと笑う。
「セイルさん、こちら…が、俺と同じ第2騎士団のシェイドです」
ペリエが若干引きつりながら、長身銀髪ポニーテールの団員を紹介した。
「シェイドです」
シェイドは表情少なめに頭を下げた。どこか落ち着かない様子に見える。
「……シェイドさん、とラムスさんですね。よろしくお願いします」
セイルは目を細めて微笑む。彼の妖艶な魅力は、初対面の二人にもわずかな動揺を与えた。
「それでは当店初めてのおふたりに。当店は日替わりのサンドウィッチと本日のスープ、副菜のセットを主とした店です。日替わりは3種からお選びいただけます。本日はマッシュポテトの野菜サンド、ホウレンソウのソテーとベーコンのサンド、トンカツサンドです。本日のスープは根菜のミソスープです」
「ほぅ…、あちらの婦人が食されているのがカツサンドか?」
ラムスが目線を斜め向かいの女性客に向ける。
「そうですね。豚肉のスライスに衣をつけて油で揚げたものです。味付けは割と濃いめですが、刻んだキャベジも挟んでますので、そこまでくどくはないと思いますよ」
セイルが流暢に説明する。ラムスは「ふむ」と一考すると、
「じゃあカツサンドを頼む」
ラムスが満面の笑みで注文した。どうやら自然に笑顔が零れるタイプらしい。
「……私は肉はあまり得意ではなくて…」
シェイドがおずおずとセイルに訪ねる。
「それでしたらマッシュポテトの野菜サンドがありますが…、鶏のささみは食べられますか?」
セイルが首を傾げながらシェイドに訪ねる。
「鶏のささみは大丈夫ですが…、何故?」
「よろしければ、こちらのサンドをベーコンから鶏のささみに変更致しますが、如何でしょうか?軽く茹でて、ハーブと少量の塩胡椒でシンプルに味付けできます。ホウレンソウとの相性も良いですよ。調理時間もそんなに変わりません」
セイルの提案に、シェイドのアイスブルーの瞳がわずかに見開かれる。客の好みに合わせて柔軟に対応する姿勢に、ラムスとシェイドたちは驚きを隠せない。
「……え、そんな、わがままを聞いていただけるんですか?」
「えぇ、簡単なことですのでお気になさらず。私のまかない様に調理場にささみは常備していますし、何より、せっかくなら普段召し上がらない様なものを召し上がっていただきたいので」
セイルの目を細めた穏やかな笑顔に、シェイドは小さく頷いた。
ちなみにセイルはまかないとして毎日ささみと野菜のサンドを食べている。レティスは本人の希望で、今日は勿論カツサンドだった。
「では……、そのささみサンドでお願いします」
シェイドは恐縮しながらも、その心遣いに深く感謝した。アッシュとペリエはカツサンドを注文した。
「副菜はミニサラダかピクルス盛り合わせをお選び頂けます」
レティスがピクルスが入ったデモ用の皿を持って来た。ミニトマトとセロリとキュウリが盛られている。
「こちらがピクルス、野菜のビネガー漬けです。よろしければお味見下さい」
物珍しそうにラムスとシェイドが眺めると、ラムスはミニトマト、シェイドはセロリを選び口に運んだ。
「…これは、また」
口元を手で隠しながらシェイドが目を見開く。
「んまいな、これ」
ラムスは咀嚼しながら目を細める。食べ慣れてるアッシュとペリエはその反応に何故か得意気である。副菜は4人ともピクルスを選んだ。
「セイルさん、あと単品でポテトサラダのサンドをひとつ。2等分を4等分に出来ますか?」
アッシュが片手を上げた。
「皆さんでお分けするんですね?。大丈夫ですよ。お会計はアッシュさんでよろしいですか?」
アッシュが頷くと、それでは少々お待ち下さいとセイルが去っていく。入れ替わりにレティスがアイスティーとレモンハチミツを持ってくる。
「冷たい紅茶がこんなにも美味いとは…」
紅茶好きのシェイドが、その美味しさについに顔が綻んだ。
「ハチミツにレモン果汁を混ぜるとは…、いやはやこの店は驚きが多いな」
ラムスが腕を組んで頷いた。
「俺達が最初来た時も同じ様なリアクションとりましたよ。紅茶とハチミツがサービスとか、あり得ます?」
ペリエが両手を開いて肩を竦めた。大分落ち着いて来た様だ。
「店長が言うには水出しで時間を掛けて抽出してる、とか言ってましたよ。朝1番でする仕込みらしいです」
レティスがその場を離れる前に説明をした。「ほぅ…」とシェイドは顎に指を添えた。
暫くして、セイルとレティスがトレイを持って、最初にアッシュとラムスの前に。直ぐに戻り、ペリエとシェイドの前にトレイを置いた。レティスがマッシュポテトサンドを取りに戻る。
「お待たせ致しました。シェイド様、もしアイスティーをご自宅でお作りになる場合は、冷蔵庫に入れて当日中に飲み切るか、残ったら捨てて下さい。連日保存はおすすめしません」
セイルが穏やかにシェイドに話しかける。
「…それは何故と伺ってもよいですか?」
「茶葉は湯を注いで殺菌しています。水出しは勿論殺菌は出来ませんが直ぐに飲んでしまえば問題はありません。清潔な容器、清潔な水で抽出し、1日で使い切る様にして下さい」
「清潔な水…?」
「当店の飲料水は全て1度煮沸しております。あと、あまり知られてませんが水魔法で出された水は不純物が入っておりません」
セイルの言葉にシェイドが眉を潜めた。
「そうなのか?」
「はい。病院や医療機関、研究機関の場所に必ず水魔法を使う魔法師が数名いるのはその為です。私も水魔法が使えるので、以前その話を知人に聞いて参考にしております」
セイルは微笑むと、どうぞごゆっくりと残してカカウンターキッチンに去って行った。
「トンカツサンド…。この香ばしい匂いと、この肉厚…」
ラムスは目を輝かせながら、サンドウィッチを両手で掴み、大きく一口噛みついた。
ザクッ!
硬質な、しかし軽快な衣の音が店内に響く。
「!!な…なんだ、この食感は!」
ラムスの瞳が驚きに見開かれた。
「衣の歯ごたえが凄いのに、全く油っこくない。そしてこの甘酸っぱいソースが、噛むたびに肉汁と絡み合って…!」
彼は言葉を失い、夢中で二口目を食べる。
アッシュは無言で自分のカツサンドに手を伸ばした。一口食べると、その黒い瞳がわずかに揺らぐ。遠征先で食べた味気ない食事の記憶が、一瞬で上書きされていく。彼にとって食事は「身体を維持する行為」だったが、「リメイン」のサンドウィッチはいつの間にか「満たされる喜び」になっていた。
「アッシュ、どうだ?遠征で食欲不振になった胃に、このトンカツが染み渡るだろ?」
ペリエが微笑みながらカツサンドを頬張る。ペリエ自身も、そのサクサク感と濃厚な味に舌鼓を打っていた。
一方、シェイドは自分の鶏ささみサンドを慎重に手に取り、一口食べた。
「……!」
彼は無表情を崩さなかったが、その口元が、ごくわずかに緩んだ。
「ささみはパサつきがちだが、これはしっとりしている。そして、このハーブと塩胡椒の風味が、鶏肉本来の旨味を最大限に引き出している…。ソテーされたホウレンソウの淡い苦味も相まって、…美味い」
彼は小声でそう呟いた。普段は、以前のアッシュ程ではないが、味に頓着しない彼が初めて食事に対して感情を表した。
「成る程、アッシュとペリエが足繁くなる筈だ。色々参ったよ」
食事を終えたシェイドが腕を組んで店内を見渡す。
「それにあの店主…、同性なのに妙に色気がある。アッシュが入れ込むのも分かるな」
ラムスの言葉にアッシュが水を吹き出した。
「…やめて下さいよ、陛下」
アッシュが小声でラムス、
ラルクに耳打ちした。
「ペリエ、これから昼食か?」
執務室を出て、寮に向かおうとしたペリエに、宰相のシュロを引き連れたラルクが声を掛けた。
「陛下、宰相様、お疲れ様です」
ペリエは背筋を伸ばし頭を下げる。
「良い良い、楽にしてくれ」
屈託の無い笑顔をペリエに向ける。
「食堂か?我々も久しぶりに行こうかシュロ」
シュロも穏やかに頷く。
「いえ、自分は本日休みのアッシュと共に、外に昼食を取りに行く予定です」
ペリエの背中にじんわりと汗が滲む。
「外に?」
「え、ええ。懇意にしてる店が有りまして…」
ラルクの目が妖しく光った。
「面白そうだな…。ペリエ」
「は、はい?」
ペリエの嫌な予感が確信に変わりそうであった。
「頼みが有るんだが、騎士服を2着用意してくれないか?」
シュロは大きくため息を付くと、こめかみを指で抑え、小さく頭を振った。
「…何をされてるんですか、貴方がたは…」
呆れた表情を浮かべたアッシュは、疲労の色を浮かべたペリエと、ネイビーブルー色の騎士服を着た陛下と、バーガンディ色の騎士服を着て、長い銀髪をポニーテールにまとめたシュロに問いかけた。
ペリエは、申し訳なさそうに眉を下げたまま、アッシュに視線で助けを求めている。
「すまないアッシュ!陛下が聞かないもんで、俺はもう…」
ペリエは顔を覆い、心底疲弊した様子だった。
休日の昼食を外で取るという、ささやかな予定が、まさか国王と宰相を巻き込む事になろうとは、夢にも思わなかったのだ。
「…とりあえず、ここで立ち話もなんです。大分時間も過ぎましたし、昼食に行きましょう」
アッシュは観念したようにため息をつくと、二人を促した。ラルクは楽しそうに頷き、シュロは諦めたかの様に静かに頷く。ペリエはようやく解放されるとばかりに、少しだけ顔を上げた。
「リメインは、静かに食事を楽しみたい客が多い店です。くれぐれも、お静かにお願いします、陛下」
アッシュの念押しに、ラルクは手を振り、楽しげな笑みを浮かべた。
「わかっている、わかっている。美味しいサンドウィッチを味わうためだ。静かにするさ、第1騎士団のラムスとしてな。あ、こいつはシェイドな」
シュロに向かって指を差すラルク。シュロはため息をついてぱちんとその指を叩いた。
四人の騎士(内、二人は偽装)は、かくして「サンドウィッチ リメイン」へと向かうのだった。
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