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第37話 決意
しおりを挟むその日の業務終了後、ペリエはアッシュを連れてセイルの家に訪れた。
「ペリエ、どうしたの。こんな時間に珍しいね」
セイルは広間で茶を3つ入れてテーブルに並べた。時刻は既に、日付が変わるまで約二刻程を切った。
「セイルさん。お願いが有ります。転移魔法で今直ぐ俺をエルステインに連れて行って下さい」
ペリエは真っ直ぐにセイルを見つめる。その碧眼には強い決意が宿っていた。セイルは首を傾げた。
「…別にいいけど、何故?」
セイルはちらりとアッシュを見る。
「…ペリエはエルステイン出身だ」
エルステインは港街の領地だ。諸外国へ輸入を担っている領地でもある。そして、領主はペリエの一番上の兄。つまりシキュータ侯爵家がエルステインを取り締まっている。
「父と兄と、話をしたいんです」
セイルは何かを察すると目を細めてペリエを見つめる。
「…よく考えた事なの?君達だけの問題じゃないんだよ?」
セイルはいつもより低い声でペリエを問い詰める。
「それを、話しに行きたいんです」
ペリエは真っ直ぐにセイルを見つめる。
「………それでも、ゼニスが君を拒否したら、君はどうするの」
「どうもしません。諦めませんから」
ペリエの即答に、セイルは息を詰めた。アッシュもまた、ペリエの肩に手を置き、その決意の固さを裏付けている。セイルは溜め息を付くと、
「……分かった。でも、一つだけ約束して。明日の朝迎えにいくけど、ゼニスに会いに行く前に、俺に実家での結果を報告すること」
セイルは、ペリエの真剣な瞳から、彼の覚悟が本物であることを見て取った。転移魔法の濫用は避けるべきだが、この男のこの一歩を止められる者は、もういないだろう。
「明日直ぐには逢いに行きませんよ。どう足掻いても何かしら準備はありますし。…ありがとうございます、セイルさん」
ペリエは深く頭を下げた。アッシュもまた、セイルに感謝の意を込めた目礼を送る。
「アッシュ、君はどうするの?」
セイルはアッシュに尋ねた。
「俺はここでお前を待ってる。…ペリエ、しっかりな」
「ああ」
アッシュはペリエの肩を力強く叩いた。ペリエは両拳を握りしめると、覚悟を決めた顔でセイルの隣に立った。
セイルは、無言でペリエの肩に手を置くと、魔力を集中させる。
光と風が広間に一瞬巻き起こり、セイルとペリエの姿は、跡形もなく消え去った。
人気の無いエルステイン港の端に転移した。湿った潮の香りが鼻を突く。セイルはペリエの実家は知らないので直接には転移出来ない。セイルとペリエは持っていた靴を履いた。
「俺の転移魔法は知ってる場所にしか行けないんだよ。ごめん。明日の朝、またここで」
「ありがとうございます、セイルさん」
ペリエはセイルに頭を下げると襟元を正し、シキュータ邸へ向かった。セイルは、その背中を見送ると、再び魔力を集中させる。この場に長く留まるのは得策ではない。彼は即座に転移魔法を発動させ、光と共に再びエリトロ王領の自宅へと戻った。
「おかえり、セイル」
広間で一人、紅茶を啜っていたアッシュがセイルを出迎えた。セイルは靴を脱いで広間の隅に置くと小さくため息を吐く。アッシュの向かい側の椅子に座った。
「ただいま。まったく、思い切りがいいのはいいけど、突然なんだから」
「すまない。だが、ペリエにはどうしても必要なことだったんだ」
「分かってるさ。……それで、君の意見は?」
セイルは、淹れ直したばかりの温かい紅茶を一口飲んだ。
「俺は、ペリエの決意を支持する」
アッシュは、何の迷いもない真っ直ぐな目でセイルを見つめた。
「あいつがゼニスを想う気持ちは本物だ。そのために、家と向き合うことを選んだ。それは、あいつの覚悟の証だ」
「……そうだね」
セイルは溜め息をつく。まさかこんな事になろうとは思いもよらなかったからだ。
アッシュは立ち上がるとセイルの隣に移動し、片膝を付いた。
「…どうしたの」
突然のアッシュの行動に、セイルは少し怪訝な顔をする。
「決してペリエに感化されたわけでは無い。タイミングが今だっただけだ」
アッシュが真っ直ぐな瞳でセイルを見上げる。
「何?何の話?」
セイルが狼狽える。アッシュはポケットから小箱を取り出し、セイルの前で開けた。銀で作られた、シンプルな指輪が2つ並んでいる。セイルは目を見開いた。
「セイル。…君と恋人になって、俺は毎日が満たされている。君の作る料理、君が持つ妖艶な魅力、君の穏やかな心、すべてが俺にとってかけがえのないものだ」
アッシュは、セイルの手をそっと取り、その指先に口づけた。
「ペリエの覚悟を見て、俺もまた、お前に誠意を示すべきだと強く感じた」
「アッシュ…」
「…君が、永遠に俺の隣にいる未来を、俺は望んでいる」
アッシュは、箱の中の一つを手に取り、セイルの薬指にそっと嵌めた。
「セイル、俺と結婚してくれ。永遠に俺の傍にいて、俺を満たしてくれ」
セイルはその場で言葉を失った。まさか、恋人になって間もないアッシュから、こんなにもストレートな求婚をされるとは、夢にも思っていなかったからだ。
「……え、けっこん……」
アッシュはセイルの茶眼をまっすぐ見つめたまま、返事を待った。彼の筋肉質な体躯からは想像もできないほど、その表情は真剣で、微かに震えていた。
(この男は、本当に…真面目すぎる…!
セイルは頭の中でそう叫びながらも、胸の奥で熱いものが込み上げてくるのを感じた。どうしようもなく淫乱な自分を、ここまで真剣にすべてを受け入れようとしてくれる存在は、元の世界でも、この世界でも初めてだった。
「俺達は男同士だから、形だけの結婚になっちゃうんだよ?後悔しない?」
セイルの問いかけに、アッシュはわずかに表情を引き締めた。跪いた姿勢のまま、セイルの薬指にはめたばかりの銀色の指輪をそっと撫でる。
「後悔? セイル、俺は君の傍にいること以外に、この人生で望むものはない」
彼の黒い瞳は、セイルの茶眼を真っ直ぐに見つめ返し、微塵の迷いも感じさせない。
「侯爵家の次男として、俺のこの行動が国の慣例に則った形にならないことは承知している。だが、俺にとっての結婚は、世間体でも、跡継ぎでもない。ただ君と永遠に結ばれるという、この誓いだけだ」
アッシュはセイルのもう片方の手を力強く握りしめた。その掌の温かさが、セイルの妖艶な外見の下に隠された、繊細な心を包み込む。
「君のすべてを愛している。君の持つ妖艶な色気も、淫乱な一面も、そして君の内に秘めた謎も、すべてひっくるめて、俺の一部にしたい。俺を満たしてくれるのは、君だけだ。君が俺の隣にいてくれるなら、形など、どうでもいい」
アッシュの言葉は、絵に描いたような真面目な彼が発するからこそ、重く、絶対的な響きを持っていた。セイルは、この世界で初めて、自らのすべてを肯定され、受け入れられたように感じ、胸が熱くなった。
「……っ、アッシュ」
セイルはぐっと息を詰めた。目尻がわずかに潤み、いつもは艶やかな表情に、純粋な感動が浮かぶ。
「君は本当に……。馬鹿で、真面目で、最高に誠実だ……」
セイルは、跪いているアッシュの首に腕を回し、自ら顔を寄せた。
「……うん。喜んで。俺でよければ、君の傍に永遠にいさせて」
セイルがそう告げると、アッシュの真面目な顔に、めったに見せない安堵と歓喜の表情が広がった。彼はセイルを抱きしめ、立ち上がると、セイルの唇に深く、熱烈なキスを贈った。それは、情欲ではなく、絶対的な所有欲と愛の誓いに満ちたキスだった。
長いキスを終え、アッシュは箱に残っていたもう一つのシンプルな銀の指輪を手に取り、自らの薬指に嵌めた。二つの指輪は、二人の固い決意の証として、鈍く輝いた。
「ありがとう、セイル」
アッシュはもう一度、セイルの手を取り、指輪に口づけた。
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