79 / 175
第66話 卓上魔道コンロとラヂオ焼き
しおりを挟む「ねぇアッシュ、魔道具を作ってもらいたい場合、何処に行けばいいのかな」
朝食のサンドウィッチを頬張る、出仕前のアッシュにコーヒーを出しながらセイルが問い掛ける。アッシュは咀嚼が終わると、
「魔道具?使用途によると思うが…、なんだ?」
アッシュが訝しげに首を傾ける。
「ああ、別に武器とかじゃなくてね、食卓とかテーブルの上に置ける、コンパクトな魔道コンロを作ってもらいたくて。他にも色々あるんだけど、要は調理器具だね」
セイルはアッシュの隣に座って説明する。ちなみにセイルは朝食済みだ。
「ふむ…、それならそれこそレティスの所で作って貰えるんじゃないか?もしくはそういう店を紹介してくれるやもしれん」
アッシュはコーヒーを飲むと一息付いた。
「自身で生成すればよいのではないか?」
「うーん、最近は風情を求めてるというか、作れるものは作って貰って、それが何かのきっかけで世間に広がれば、みんなの為にもなるのかなぁってね」
エリトロ王領では現在密かにカレーやマフィンが流行っている。リメインでセイルが提供を始めて、徐々に世に浸透しているのだ。セイルのこの発言には、異世界で培った技術をこの世界の発展に繋げたいという、彼の転生者としての優しさが滲んでいた。アッシュはセイルの意図を察し、小さく微笑んだ。2人は立ち上がり、階段を降りて玄関に向かう。
「なるほど、お前らしい考えだ。ただ料理を提供するだけでなく、その文化や道具までを広めようと。…分かった、レティスの家に聞いてみて、それでも難しそうなら、私が宮廷の魔導部に相談してみよう。少しお堅い連中だが、団長としての顔は利く」
「え、本当? ありがとう、アッシュ! 助かるよ」
セイルは、ぱっと顔を輝かせると、アッシュに抱きついた。彼のすらりとした体躯が、アッシュの鍛え抜かれた体にしなやかに収まる。
「…もう、出仕の時間だ。セイル」
アッシュは困ったように笑いながらも、セイルのピンクベージュの髪を撫で、まとめている首筋に顔を埋めた。セイルの香り、セイルの色気が、朝の清々しい空気と混ざり合い、アッシュの理性を揺さぶる。
「いつもの、いってらっしゃいのキスだよ、アッシュ」
セイルはアッシュの首に抱き着くと唇を重ねた。セイルの舌がアッシュの唇を割り、腔内を弄ってくる。
「…っ!」
アッシュはその感触にひくんと体を震わす。彼の真面目な心が、セイルの淫乱さにいつも掻き乱される。
「…こら、いつもの、キスじゃないだろう」
アッシュはそう言って制止しようとするが、遮る様に、深く、深く…、セイルの舌がアッシュを貪る。セイルの腰が、微かにアッシュの股間に触れる。騎士礼服の下に隠されたものが、急速に熱を帯びていくのをアッシュは自覚した。
「っは、セイル…」
アッシュの喉から、低く掠れた声が漏れた。セイルの妖艶な肢体に抱き締められ、理性を揺さぶられている騎士礼服のネイビーブルーの構図は、彼らの秘密の朝の営みを雄弁に語っていた。
唇が離れると、2人を銀の糸が繋ぐ。セイルの茶眼は水を含んだように潤んでいる。
「…アッシュ、今日このあと気持ち良く仕事出来るように、俺がすっきりしてあげる。大丈夫、すぐ済ますよ」
セイルが濡れた瞳で濡れた声を放つと、アッシュの前に跪いた。ボトムのファスナーに指を掛け、ジジジ、と降ろしていく。
「セイル…、待て…」
言葉とはうらはらな、アッシュの剛直がファスナーから解放される。アッシュは、もう何も言えなかった。セイルの唇が、彼の剛直にそっと触れた瞬間、アッシュの全身を稲妻のような快感が貫き、天を仰いだ。
彼のすらりとした体躯から想像もつかないほど、セイルの口の技術は巧みだ。アッシュは壁に手をつき、セイルのピンクベージュのセミロングの髪に指を絡めた。
「っ…ああ、セイル…淫乱な…」
アッシュの理性は完全に崩壊した。セイルは、その言葉を聞きながら、悪戯っぽい笑みを深くした。自分が異世界転生者であること、魔法が使えることを打ち明けた後も、アッシュの真面目さと愛情は変わらない。むしろ、そんな自分を受け入れてくれたアッシュに、セイルは心底感謝し、そして愛しているのだ。
セイルがほんの数分でアッシュを解放すると、アッシュは呼吸を乱しながらも、ネイビーブルーの騎士礼服を整えた。その姿は、一見すると、ただ真面目な騎士団長が出勤していく姿としか見えない。しかし、彼の体内に残る熱と、口元の僅かな緩みが、セイルとの秘密の時間を物語っている。
「…お前は本当に、私の理性を簡単に吹き飛ばすな」
アッシュは苦笑いを浮かべながら、セイルの額にキスをした。
「アッシュの真面目な顔が乱れるのを見るのが、好きなんだ」
セイルはそう言って、満足そうに笑った。アッシュは愛おしそうにセイルを抱きしめる。
「セイル…、挿れたい」
アッシュの腕の中で、その言葉にセイルは一瞬目を見開いたが、同時に胸の中が熱くなるのを感じる。
「……嬉しいけど、時間大丈夫?」
「ああ」
セイルは後ろを向くとハラリとボトムを脱いで玄関の壁に身を預けた。腰を突き出し、両手で自身の臀部を広げた。淫靡に縦に割れた後孔をアッシュに見せつけながら、
「アッシュ…、来て」
アッシュは跪くとセイルの縦割れに舌を這わし、唾液を充分に流し込む。
「ん、あ……っ」
セイルは壁に手をつき、小さく声を漏らした。アッシュの舌の動きは正確で、的確にセイルを悦ばせる。
「すぐに終わらせる、セイル」
アッシュは立ち上がりそう囁くと、充分に濡れた後孔に、先端をそっと当てる。
「っ…ぁ、アッシュ、いいよ…」
セイルがそう言うと、アッシュは一気に剛直をセイルの中に突き入れた。
「んっ!…んんっ」
セイルのすらりとした腰が、ビクンと震える。挿入された熱が、セイルの体内で急速に馴染む。
「…すまない、急いで…」
アッシュは謝罪の言葉と共に腰を動かし始めた。セイルの腰に手を回し、壁に押し付けながら、深く、早いピッチで腰を突き込む。
「はっ…、んんっ!…ああっ、アッシュ、もっと…っ」
セイルは玄関の壁に額を押し付け、乱れた呼吸を繰り返しながら悶える。
騎士礼服のネイビーブルーと、ピンクベージュの髪、そして露わになったセイルの白い肌が、朝の光の中で、最も淫靡な構図を作り出す。
数回の深い突き上げの後、アッシュはセイルの内で熱い塊を放出し、セイルも壁を汚した。
「はぁ、はぁ…っ」
アッシュはセイルを抱き締めたまま、数秒の間、動けずにいた。
「……アッシュ。すっきりした?」
セイルは後処理を終え、再びボトムを履きながらアッシュに尋ねる。アッシュは、乱れた騎士礼服を整えながら、深く息を吐いた。
「…ああ、おかげで完全に目が覚めた。お前は本当に、私を破滅させるつもりか」
アッシュは苦笑し、セイルの頬にキスをした。
「アッシュが破滅するなら、俺も一緒に破滅するよ」
セイルは悪戯っぽく微笑み、玄関のドアを開けた。
「いってらっしゃい、アッシュ」
「ああ、いってくる、セイル」
アッシュは、真面目な騎士団長の顔に戻り、家を出た。
背中を見送るセイルに絵顔を投げて、アッシュは家を出た。
セイルは、扉が閉まると、一つ大きな伸びをした。
「さてと、まずはレティスんとこで相談だね」
セイルは振り返ると階段に向った。
「成程、卓上コンロですか」
リメインから徒歩15分ほどの場所にある、レティスの実家が営む雑貨屋。その店奥の作業場で、レティスの父親、ジェイクがセイルが持参したイメージ画を見つめる。ジェイクは、雑貨の修理や簡単な魔道具の作成を請け負う、腕利きの職人だ。隣にはレティスも耳を傾けている。本日リメインは店休日である。ちなみに。
「ええ、例えば食卓の上にこのコンロを置いて、小さめで浅い鍋に野菜や肉を入れて、煮込みながら食べるんです。これなら温かいまま食事が出来るじゃないですか」
セイルの熱意ある説明に、ジェイクは顎に手を当てて考え込む。
「熱源は火の魔石ですよね勿論。用いるにしても、サイズと火力調整が肝になりますな」
「そのあたりはそれこそ職人さんの腕の見せどころですよ」
セイルが人差し指を立てた。ジェイクは目じりの皺を深め、楽しそうに笑う。
「火力を強・中・弱の三段階で調整できる簡易なレバー式魔道具で、いけますな。あとは、持ち運びのしやすさも考慮して、台座を耐熱の木材で、天板部分に熱伝導の良い合金を薄く用いる。…ふむ、この構造なら、部品の交換も容易で、普及しやすいかもしれん。……面白い、実に面白いですな!」
ジェイクは図面紙を取り出すと書き込みを始めた。職人の血が騒ぎ出したようだ。レティスは、父親がこれほど夢中になる様子を珍しそうに見つめている。
「父さん、出来そうなんだね!」
レティスが嬉しそうに声を上げた。
「ああ、レティス。これは良い。料理の在り方を変えるかもしれん」
ジェイクは手を止め、真剣な眼差しでセイルを見つめた。セイルが異世界転生者であることは知らされていないが、リメインから広がる新しい文化の波は、職人であるジェイクにも届いていた。
セイルは鷹揚に頷く。
「ええ、そうなんです。みんなで一つの鍋を囲んで、暖かい食事をするんですよ」
「鍋を…囲む。それはまた、家族や親しい友人たちとの特別な食事になりそうだね」
ジェイクは想像しただけで胸が熱くなるのを感じた。
「ちなみに、このコンロを試作で作っていただくとして、お幾らくらいになりますか?素材費や手間賃もありますから」
セイルは商売の話に移った。
「うむ。火力を安定させる魔石と、特殊な合金、そして細工の手間を考えると…三万リルはいかがでしょう。試作品としては破格ですが、私もこれには賭けてみたい」
「三万リルですか。分かりました、それでお願いします。それでジェイクさん、もしこれが上手くいったら、ギルドの登録はジェイクさんの名前でお願いしたいんです」
ジェイクとレティスは目を見開いて息を飲む。ギルドの登録、つまり、権利費が全てジェイクに入るのだ。セイルが持ち込んだアイデアでありながら、全てを彼に譲るというのだ。
「しかし、セイルさん、それは…」
「その代わり、故障した際のメンテナンスを無償にして下さい。俺はそれで十分です」
セイルはにっこりと微笑む。この申し出に偽りがないことを悟ったジェイクは、感極まったように、深く、頭を下げた。
「セイルさん…!このジェイク、命に代えても最高の卓上コンロを完成させてみせます!」
「いやいや命は掛けないで下さいよ。それでジェイクさん、実はもうひとつ、作ってもらいたい物があるんですが」
セイルはもう一枚、イメージ画をジェイクに見せる。
「これはまた変わった形の、…フライパンみたいな感じですか?」
ジェイクは、その奇妙な形状に目を凝らす。丸い窪みが均等に並び、両取っ手がついた、これまで見たことのない調理器具だった。
「これはどう使うかは、実際使ってる所をお見せするしか説明出来ないのですが…、とりあえずこんなのが欲しいんですよ個人的に。台所の魔道コンロに乗せて使える感じで大丈夫です。ゆくゆくは、卓上コンロが上手くいったら、これも同じ様に卓上に、と考えてます」
「これは…調理器具の様で、何かを焼き付ける型にも見えますな。興味深い。形状は見ての通り、単純ですから、素材さえあればすぐに取り掛かれます」
ジェイクは、先程の卓上コンロにも増して、職人の好奇心を刺激されているようだった。
「素材は、熱伝導の良い合金でお願いしたいんです。卓上コンロと同じもので構いません。ああ、ちなみにこれは『ラヂオ焼き器』という名前です」
「らぢおやき、き。また妙な名前ですな」
ジェイクは図面に『ラヂオ焼き器』と書き加える。レティスも、その不思議な形と名前に首を傾げている。
「ふふ、まあ、まずは卓上コンロに全力を注いで下さい。ラヂオ焼き器は、出来上がり次第連絡を貰えれば、その時に使い方の実演を兼ねて、代金をお支払いします」
「承知いたしました! セイルさん、しばらくお待ちください!」
セイルは上機嫌に作業場を後にした。レティスは玄関まで見送りに来ると、心配そうに尋ねる。
「セイルさん、本当に卓上コンロの権利、父に全部譲っちゃっていいんですか?」
レティスは、セイルの優しさがたまに心配になるのだ。
「いいんだよ、レティス。僕のアイデアは、この世界の発展に繋がればそれで本望だから。それに、ジェイクさんの腕は確かだ。彼が登録者になった方が、ギルドも信頼しやすいだろうしね」
セイルはレティスの頭をぽんぽんと撫で、穏やかに微笑んだ。
「それじゃあまた明後日の朝、リメインでね。カシスによろしく」
「はい! ありがとうございます、セイルさん!」
レティスは、セイルの優しさに改めて感動しながら、見えなくなるまで手を振った。
ラヂオ焼き器は、魔石を使わない形状の作り易さからか、3日ほどでレティスから出来上がったと報告があった。
その日のリメイン終了後、セイルは休日のアッシュ、ゼニスとペリエ、レティス一家をリメインに招待した。
「ジェイクさん、これですよこれ!ありがとうございます!」
出来上がったラヂオ焼き器を手に取り、感嘆の声を上げるセイル。レティスの妹のアニカと弟のヒューズは、始めて訪れた兄の職場に興味津々である。
「レティスお兄ちゃん、こんな綺麗なところで働いてたのね!」
「まだ薄くパンの良い匂いがするね、お母さん」
レティスの母親でジェイクの嫁、シンディがはしゃぐ子供たちに苦笑いする。
「セイルから話には聞いていましたが、まさか、こんなに早く出来上がるとは。さすがジェイクさん」
ゼニスが煙草を燻らせながら、カウンター席で腕を組んでいる。
「ありがとうございます、ゼニスさん。しかし、セイルさんのアイデアが素晴らしく、職人の血が騒いでしまいまして。卓上コンロの方は少々時間を頂きますが、こちらは単純な構造でしたので」
ジェイクが恐縮しながら答える。
「しかしこの『ラヂオ焼き器』とは、一体どう使うんだ?」
アッシュが、セイルの手にある調理器具を覗き込んだ。
「ふふ、今から使って見せるよ」
セイルは事前に用意しておいた生地、具材、油をキッチンに並べる。今回の具材はソーセージの輪切り、チーズ、半切りミニトマト。乾燥パセリと乾燥バジル。ソースはトマトを煮詰めたとろみの強いものを用意した。
魔道コンロを起動させ、洗浄したラヂオ焼き器を乗せる。手早く油を蒔くとふきんを菜箸で掴んで全体に油を馴染ませた。お玉で素早く生地をふんだんに流し込み、具材をちょいちょいと入れていく。
セイルの手際の良さに、一同は声も出せず見守っている。レティスの家族は初めて見るセイルの調理に目を丸くし、アッシュとペリエ、ゼニスとレティスは、慣れた様子でいながらも、セイルの美しい動作から目が離せない。セイルの踊るような手の動きは、見ていて飽きることがないのだ。
「よし、そろそろかな」
セイルはそう呟くと、この為に用意しておいた長い竹串を取り出す。穴と穴の間を竹串で線を入れると、窪みの端に竹串を入れて、くるりと90度ひっくり返した。
「おぉ……!」
誰からともなく、感嘆の声が漏れた。生地はこんがりと焼き色が付いており、窪みに沿って半月になっている。そしてセイルは残った生地を竹串でちょいちょいと窪みに入れて、再度くるんと裏返した。
「なっ、なんだ今の手捌きは!?」
ペリエが思わず身を乗り出した。ゼニスも目を見開く。
「これがラヂオ焼きだよ」
セイルは嬉しそうにそう言って、残りも手早くくるくると回していく。その丸く焼き上がる様は、まるで魔法を見ているかのようだ。
「ラヂオ焼き……。何とも言えない、良い匂いがしますな!」
ジェイクが興奮気味に鼻を鳴らす。香ばしい生地の匂いと、具材のチーズやトマトが焼ける匂いが混ざり合い、空腹を刺激する。
「熱いから気を付けてね」
セイルは焼き上がったラヂオ焼きを器に盛り付け、ハケでトマトソースをたっぷり塗り、パセリ、バジルを散らして皆の前に並べた。
「いただきまーす!」
アニスとヒューズは待ちきれない様子で、早速竹串を刺してラヂオ焼きを口に運ぶ。
「熱っ!でも、おいしーい!」
はふはふと、アニスとヒューズが口に手を当てながら熱を逃がす。
「中がとろとろ!外はカリッとしてるのに!」
子供たちの反応は上々だ。レティスも熱がりながらも、その複雑な食感と風味に目を見開く。
「これは…本当に妙な食べ物だが、美味い。ソースの酸味と、チーズのコクが生地に合うな」
アッシュも感心したように頷く。その視線は、セイルの麗しい横顔に吸い寄せられている。
「まさか、こんな調理器具だったとは。この丸い形で焼くことに意味があったのですね」
ジェイクは、ラヂオ焼き器を改めて観察しながら、その構造の意図を理解し始めた。
「うん、これは流行る。卓上コンロが完成したら、これもセットで売り出そう、ジェイクさん」
ゼニスが煙草を灰皿に押し付け、セイルの顔を見る。ゼニスの直感は、鋭い。
「そして、大人の皆さん」
セイルが低い声で大人の皆を見る。
「このラヂオ焼きは、悪魔的にエールに合うんですよ…」
セイルがニヤリと口角を上げた。
アッシュ、ゼニス、ペリエ、ジェイク。そしてシンディまでもが息を飲んだ。
「…悪魔的に、とな?」
真っ先に反応したのは、普段は絵に描いたような真面目さで知られるアッシュだった。彼の黒い瞳がセイルから一瞬も逸れない。彼の喉仏がごくりと鳴るのを、セイルはしっかりと捉えていた。
「このコクのある生地と、チーズやトマトの具材が…キンキンに冷えたエールと合わさったら、もう最高なんです」
セイルは艶やかな声でそう言うと、棚から手早くエールグラスを並べ、厨房の魔道冷蔵庫から取り出した冷たいエールを注いだ。泡が立ち上り、涼やかな音がリメインに響く。
「ジェイクさんもシンディさんも、レティス達が居ますから飲み過ぎない程度にどうぞ。ゼニスとペリエは、まぁ、いつも通りで」
ゼニスはエールグラスを手に取り、ペリエと静かにグラスを合わせた。
「…最高だ。この熱々のラヂオ焼きと、キンキンに冷えたエール。病みつきになりそうだな」
ペリエも一口飲み、碧眼を煌めかせた。
「美味いなぁ…。ラヂオ焼き器、ジェイクさんにお願いして買おうか。チャームにも良いんじゃないか?」
「成程、それ良いな。卓上コンロとセットでジェイクさんに頼むか」
ゼニスは満足そうにエールを呑んだ。
ジェイクとシンディも、子供たちの手前、ゆっくりとエールを味わう。
「これは…確かに、美味い!セイルさんの言う通りだ。これだけで、一日の疲れが吹き飛ぶ」
ジェイクが目を丸くした。シンディも同意するように頷く。
そして、アッシュはセイルから差し出されたエールグラスを見つめ、静かに受け取った。
「セイル…」
アッシュは、グラスを持つセイルの、スラリとした手首を見つめる。エールの冷たさよりも、セイルの醸し出す熱に、彼の心が支配されそうだった。
「どうしたの、アッシュ。早く飲まないと、泡が消えちゃうよ?」
セイルはアッシュの黒い瞳を覗き込み、蠱惑的な笑みを浮かべた。その笑みに、アッシュは一瞬、全てを投げ出したい衝動に駆られる。この男の、全てが、今すぐ欲しいと。
「ああ…」
アッシュは意を決したようにグラスを呷った。冷たいエールが喉を通り過ぎ、ラヂオ焼きの香ばしさ、チーズのコクと混ざり合う。
「…これは。確かに悪魔的だ」
アッシュの、いつになく熱のこもった声に、セイルは満足そうに微笑んだ。
「だろ?」
セイルは空になった自分のグラスを、アッシュのグラスにそっと合わせた。カチン、と涼やかな音が響き、それはまるで彼らの関係を祝福する音のようだった。
「さあじゃんじゃん焼くからね。皆、食べて食べて」
セイルはラヂオ焼き器に、新たに生地を流し始めた。
生地も無くなり、賑やかなラヂオ焼き疲労会はお開きとなった。
リビングで、アッシュがソファーに座り、脚を組んで腕に頭を乗せながら、何やら物思いに耽けっている。
「…アッシュ、どうしたの?エールも一杯しか飲まなかったし、ラヂオ焼きも少ししか食べなかったじゃないか」
水割りと、ナッツとチーズを盛った皿をテーブルに置くと、セイルはアッシュの隣に座った。程なくして、アッシュの腕がセイルの腰に絡まる。
「…アッシュ?」
カラン、と、水割りの氷がグラスの中で静かな音を鳴らす。アッシュはセイルの頭に頬を寄せると、ぐりぐりと擦り付けた。
「本当に、どうしたの、アッシュ」
セイルは空いていたアッシュの手に両手を重ねた。アッシュはセイルの髪に唇を寄せながら、
「…俺は君と一緒にいると、どんどん嫌な人間になっていく…。君が誰かに微笑むのを見ると、苦しくなって、仕方ない」
アッシュの、独占欲にも似たどろりとした感情が込められた告白に、セイルはぞくそくと全身が震えた。瞳に妖しく翳りが射し込む。
セイルはアッシュに抱き着き黒い瞳を覗き込むと、蠱惑的な笑みを深めた。その瞳の奥には冷たい熱が宿っている。
「苦しいって、どんな風に? ねぇ、今すぐ聞かせてよ。全部」
セイルの声は、どこか高揚しているように聞こえた。彼はアッシュの独占欲を、むしろ喜んでいるのだ。
アッシュの腕がセイルの腰に絡みつき、拒絶を許さない力で引き寄せられる。水割りのグラスがテーブルの上で揺れた。
「君は知っているんだろう。その笑顔が、どれほど人を惑わせるか」
アッシュの声は低く、苦しげだった。
「ジェイクに、レティスに、ペリエ、ゼニス。そして、子供たちまで…。君はどこまでも優しくて、誰にでも平等に、その色気を振りまく」
アッシュは体勢を変えて、セイルをきつく抱き締める。セイルの柔らかな体躯がアッシュの胸板に押し付けられる。
「…俺だけのものなのに」
アッシュの言葉に、セイルは満足そうに目を細め、囁き返した。
「そんな風に言われると、たまらないな、アッシュ」
セイルは、アッシュの首に腕を回し、彼の黒髪を撫でる。
「大丈夫だよ。俺は君の全てを知っている君のパートナーだよ。他の誰にも渡さない。ねぇ、俺を罰してよ。その嫉妬で、俺を愛してよ」
セイルの唇が、アッシュの耳たぶを甘噛みする。それはアッシュの理性を、完全に破壊する一撃だった。
「…自分で煽っておいて、後悔するなよ」
アッシュはそう吐き捨てると、セイルの唇を激しく塞いだ。冷たいエールで潤っていた唇が、一瞬にして熱を帯びる。舌が強引にセイルの口内に侵入し、今しがた食べたラヂオ焼きの香ばしさも、エールの清涼感も、全てを塗り潰していく。
セイルは抗うことなく、むしろその強引さに悦びを覚え、アッシュの首に回した腕に力を込めた。すらりとした体躯が、アッシュの体躯に逆らえずに絡みつく。
アッシュはセイルの腰を抱き上げ、乱暴に膝の上に座らせた。ソファの柔らかさに体が沈み込む。
「俺は、君の全てを、俺の色に染めたいんだ。誰にも見せない、触れさせない場所に閉じ込めてしまいたい」
アッシュはセイルのピンクベージュのセミロングに指を絡ませ、頭を固定し、再び深い口付けを貪った。セイルのすらりとした首筋から、鎖骨、胸元へと、アッシュの熱い吐息が触れる度に、セイルの肌が粟立つ。セイルは快感に喘ぎ、アッシュの背中に爪を立てた。
「アッ…シュ……はぁ、」
「セイル、君は、俺のものだ」
アッシュの黒い瞳が、独占欲の炎を燃やし、セイルの全身を射抜いた。セイルは、この強すぎる愛情に、たまらない幸福を感じていた。
過去に、想い人に捨てられたセイルだからこそ、この独占欲こそが、彼が最も欲していた「愛」なのだ。
19
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について
国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”
人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!
聖女を演じた巻き添え兄は、王弟殿下の求愛から逃げられない
深嶋(深嶋つづみ)
BL
谷口理恩は一年ほど前、妹と一緒に異世界に転移してしまった。
聖女として魔術の才を開花させた妹・世奈のおかげもあって、二人はアルゼノール王国の大教会に保護され、不自由のない暮らしを送ることができている。が、最近は世奈の奔放さに理恩は頭を抱えることもあった。
ある日、世奈の仕事を肩代わりした理恩は、病に臥せっている幼い第二王子・イヴァン王子のもとに参じることに。
――「僕が大人になったら、僕の妃になってくれませんか」。
何度も謁見を重ねるうちに理恩に懐いた彼は、目の前の聖女が偽者であることに気付かぬまま、やがて理恩に求愛する。
理恩は驚き、後ろめたい気持ちを抱きながらも、「大人になっても同じ気持ちでいてくれたなら」と約束を交わした。
その直後、何者かの陰謀に陥れられた世奈の巻き添えとなり、理恩は辺境の地へと飛ばされてしまい……。
――数年後、アルゼノール王国を出て世界中を巡っていた理恩は、とある国で偶然、王弟・イヴァンと再会する。
傷心の旅をしているのだという彼は、どういうわけか理恩との交流を持ちたがって――?
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
コンビニごと異世界転生したフリーター、魔法学園で今日もみんなに愛されます
ひと息
BL
コンビニで働く渚は、ある日バイト中に奇妙なめまいに襲われる。
睡眠不足か?そう思い仕事を続けていると、さらに奇妙なことに、品出しを終えたはずの唐揚げ弁当が増えているのである。
驚いた渚は慌ててコンビニの外へ駆け出すと、そこはなんと異世界の魔法学園だった!
そしてコンビニごと異世界へ転生してしまった渚は、知らぬ間に魔法学園のコンビニ店員として働くことになってしまい・・・
フリーター男子は今日もイケメンたちに甘やかされ、異世界でもバイト三昧の日々です!
猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした
水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。
そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。
倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。
そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。
体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。
2026.1.5〜
非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします
muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。
非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。
両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。
そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。
非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。
※全年齢向け作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる