160 / 175
第146話 セイルと犬耳族の青年たち
しおりを挟む森の開けた場所では、三人の若い冒険者たちが窮地に立たされていた。
ピンと立った三角形の耳、ふさふさとした尻尾。この大陸の主、犬耳族の三人組だ。
彼らを取り囲んでいるのは、十数体ものカムチャ・トレント。どす黒い樹皮を持ち、根を足のように動かして迫るその魔物は、通常のトレントよりも遥かに攻撃的で、振り回される枝は鋭い槍のようだ。
「くっ……アニキ、逃げてくれ! 俺はもう……」
一人の青年が足を深く切り裂かれ、地面に倒れ伏している。彼を庇うように立つ二人の仲間も、防具はボロボロで疲労困憊の様子だった。
「見過ごせないね。……みんな、行くよ!」
俺の号令に、三人の聖獣が即座に反応した。
「承知いたしました。ウィンディ・ウォール」
ブランシュが優雅に両手を広げると、激しい烈風が円環を描き、冒険者たちの周囲に不可視の防壁を作り出す。
「なっ、なんだ!?」と冒険者たちか狼狽える。
トレントたちの鋭い枝が弾き飛ばされた。
「 逃がさないよ! シュープリーム・ボルティクス!」
アルジャンテがステップを踏んで指先を突き出すと、空がにわかに掻き曇り、緑色を帯びた雷光が連鎖的にトレントたちを貫いた。轟音と共に、数体のトレントが炭化して崩れ落ちる。
「やれやれ、湿気で髪が重いですが……少し掃除をしましょうか。……シャイン・アクア・ストリーム」
ノワールが舞うように回転し腕を振るう。凝縮された水流が、光を放つ刃となって森を駆け抜け、トレントの強靭な幹を両断していった。しかし、森の奥から次々と新たな個体が這い出してくる。
「……なら、俺も新しいのを試してみようかな」
俺は魔力を指先に集中させる。トリニティの魔術師の俺が、更に最近になって新たに開花した魔法、『華魔法』。
「……咲き誇れ……カメリア・コロール」
俺が両手を広げ天を見上げると、虚空から鮮やかな深紅の椿の花々が溢れ出した。だがそれは可憐な花ではない。魔力で硬質化された花弁が、高速回転するソーサーとなってトレントたちの群れに飛び込んでいく。鋭い風切り音を立て、真っ赤な椿の円盤がトレントの枝や幹を次々と切り裂いていく。その様は、まるで戦場に舞う美しい散り花のようだった。
「……すごい」
防御壁の中で震えていた犬耳族の青年が、呆然と俺たちを見上げていた。
数分のうちに、あれほどいたトレントの群れは沈黙し、辺りには静寂が戻った。
俺は急いで倒れている青年のもとへ駆け寄り、膝をつく。
「大丈夫かい? すぐに治癒魔法を掛けるからね」
「あ……あんた達、人間族……? なんで、こんな場所に……」
俺は返事の代わりに純白の魔方陣を展開させ、温かな光の魔法を手から溢れさせた。羽根の形をした光の粒子が花吹雪の様に傷付いた青年達を包む。
「エクラ・ゲリール」
光の粒子が一斉に弾け、傷口を優しく包み込む。傷が塞がるにつれ、痛みに呻いていた青年の顔から苦痛が消えていった。
「す、げえ……。傷が、一瞬で……」
「アニキ! 動ける、俺、動けるよ!」
立ち上がって足踏みをする弟分を見て、リーダー格の青年――カエラと名乗った黒髪犬耳族の青年が、俺の前で深く頭を下げた。
犬耳族と言っても二足歩行の喋る犬とかではなく、見た目は俺達と同じ服を着た人間に見えるが、頭から髪と同じ色の耳と、尾てい骨あたりから同じ色の尻尾が生えている。三人とも俺と同じ位の身長で、カエラは少し筋肉質か。
「助かりました。俺たちはこの先の港領でギルド直属の採取運送業を営んでいる者なんですが、採取中に不意を突かれちまって……。貴方がたに助けられなければ、今頃は森の肥やしでした」
カエラたちの耳や尾が、感謝を示すようにパタパタと動く。その仕草がどこか大型犬を連想させて微笑ましい。少しだけ幼気な面影が残る二人はカエラの相棒達らしく、琥珀髪犬耳族のリルラとリルハと名乗る双子の青年だった。
「礼には及ばないよ。……それより、君たちはこの実を集めていたのかい?」
俺が木に実るカカルオを指差すと、カエラは苦笑いしながら頷いた。
「ええ。先程、別の大陸のギルドからうちのギルドに通信があったらしくて、急に大量の発注が入ったそうなんです。高く売れるのはいいんですが、さっきのトレントは捥いだ際に樹から出るカカルオの香りに惹かれて集まってくるから厄介なんです」
別の大陸のギルド――。さっき俺が依頼したことがもう通信されたのか。
俺はカエラたちに、自分がそのカカルオを買い取りたい本人であることを伏せつつ、少し分けてもらえないかと相談した。
「……そのかわり、と言っては何だけど」
俺は周囲の惨状と、まだ怯えの残る森の奥を見渡して提案した。
「このあたり一帯にトレントが侵入できないように、強力な防御壁を設けるよ。俺、こう見えて錬金魔法が使えるんだ」
「えっ、防御壁を!? この広大な範囲にですか!?」
カエラが驚愕に目を見開く。
「ついでに、残っているトレントも一掃してしまおうか。魔石と共に残るトレント材は、頑丈で素材としても高く売れるし。後で回収すれば俺達にも利益が有るからね。どこからどこまでを守ればいいか、範囲の指示をくれるかな?」
「どこからどこまでって……このカカルオの群生地、およそ500メートル四方はありますよ!? そんな広範囲、宮廷魔導師様だって一人じゃ……」
カエラが耳をペタンと寝かせて絶句する中、俺は「ふふっ」と不敵に微笑んだ。横ではブランシュが「主様の魔力量を侮ってはいけませんよ」と、誇らしげに銀髪を払っている。
「アルジャンテ、ノワール、四方の基点をお願い。俺は核を作る」
「了解です、セイル様」「行ってくるねっ!」
ノワールとアルジャンテが、それぞれ南東と北西の空へ飛び出す。人化した彼らの身体能力は凄まじく、瞬く間に森の境界へと消えていった。俺は地面に片手を付き、黄金色の魔方陣を展開させ、膨大な魔力を練り上げる。
「アンミュ・ボワリッド」
俺の掌から、幾何学模様の光のラインが地を這い、森を駆け抜ける。四方に配置した聖獣たちの魔力と連結した瞬間、カカルオの林を包み込むように広大な高さの木の壁が大きな音を響かせながら立ち上がった。
「石壁よりも遥かに硬い木の壁だよ。仮に何処かの迷宮からスタンピードが起きてもこの中なら大丈夫」
カエラたちは、目の前で起きた事象が信じられないといった様子で、天高くそびえ立つ防壁を見上げていた。
「……こんな、一瞬で……。伝説の賢者か何かなんですか、あんた」
「ふふ。俺はただの冒険者だよ。さてブランシュ、この中にまだトレントは居る?」
近場の壁まで移動し、カエラたちが防壁の頑丈さを確かめるように木肌に触れている横で、ブランシュが目を閉じ、銀色の睫毛を微かに震わせた。
「……索敵完了いたしました。防壁の内側、北西の影に三体、地中に根を潜ませている個体が二体。主の手を煩わせるまでもありません」
ブランシュが指先を軽く弾くと、見えないカッターのような真空の刃が森の奥へと吸い込まれていった。数秒後、ズシンという重い音と共に、魔力の気配が完全に消える。
「……終わりました。これでこのエリアは、主の許可なき魔物を寄せ付けぬ『聖域』の縮小版となりました」
「ありがとう、ブランシュ。助かったよ」
俺が微笑むと、カエラは長い耳を激しく前後に動かし、興奮を抑えきれない様子で叫んだ。
「あんた……いや、貴方様は一体!? ギルドの依頼でカカルオを集めて数年になりますが、こんなに安全に作業ができるなんて夢のようです! しかも、この防壁……これなら夜通しの作業も怖くない」
「夜通しは危ないからダメだよ…。でも喜んでもらえてよかった。それで、今収穫した分のカカルオ、少し譲ってもらえるかな? 料金がかかるなら勿論払うよ」
俺がそう言うと、双子のリルラとリルハが慌てて首を振った。
「料金なんてとんでもない! 命を救ってもらった上に、こんな立派な仕事場まで作ってもらって……」
「そうですよ! 好きなだけ持っていってください! アニキ、いいよね!?」
カエラも力強く頷き、背負っていた大きな籠を俺の前に差し出した。
「もちろんです。本来なら我々がギルドに納品するものですが、これだけの恩義、この場にある分はすべて差し上げても足りないくらいだ」
「助かるよ。じゃあ、遠慮なく」
俺は籠の中から、完熟して美しい黄色や赤紫色に染まったカカルオをいくつか手に取った。ずっしりと重い。この中に、あの芳醇な「種」が詰まっているのだ。
「出入り用の門も作ったから、入る時と出る時だけ気をつければ他は大丈夫だと思うよ。何ヶ月か一回様子を見に来るから何かあったらその時教えてね」
「……はい! 本当にありがとうございます!」
「領門の入口まで送るよ。ギルドにここの事を報告して欲しいんだけど、俺達の事は内緒にして欲しいんだ。通り掛かった旅の魔術師達が助けてくれた、とかなんとか言ってくれると助かる」
リルラとリルハの耳が何故だろうとイカ耳になる。
「……旅の魔術師、ですか。これほどの御方が名を隠されるとは。……承知しました、俺たちの口は堅い。恩人の不利益になるようなことは決してしません!」
カエラは胸に手を当て、犬耳族特有の誠実な礼をとった。リルハとリルラも、憧れの眼差しを俺に向けている。
俺は彼らを港領フリティラリアの街道が見える場所まで送り届けると、山盛りのカカルオを「無限収納」へと収めた。カカルオの採取場に戻ると倒したトレント材と魔石も全て回収する。
「さて、目的のものは手に入った。……ブランシュ、ノワール、アルジャンテ。帰ろっか」
今後は一人でもここまで転移出来る。
「……そうか」
ふと脚を止めると手を繋いでいたアルジャンテが振り返る。
「どうしたの?セイル」
「この気候の大陸ならサトウキビが有るかもしれない。……逆に寒冷の大陸なら甜菜が有るかもしれないのか」
「セイル、サトウキビって、硬くて背の高い草のこと?」
アルジャンテが首を傾げると、隣でノワールが肩を回してコキコキと鳴らした。
「甘い茎なら、この先の湿地帯に群生していますよ。土地の者は家畜の餌にするか、たまに子供が齧る程度な様ですが」
「家畜の餌……! なんて勿体ない!!」
俺は思わず天を仰いだ。チョコレートを作るには、勿論ハチミツでも代用出来るが、カカオと同じくらい砂糖が不可欠だ。この世界ではハチミツや果実の甘みが主流だが、結晶化された砂糖があれば、この世界の料理や菓子のレパートリーは爆発的に広がる。この世界、甘味が足りないのだ。
「時間も時間だからサトウキビはまた次回にしよう。ギルドに話してサトウキビの流通も始められれば…エリトロの甘味事情は大きく発展するよブランシュ」
「それは大義ですよ主!」
甘党のブランシュが鼻息を荒く頷いた。
「さて、じゃあ帰ろう」
俺達は手を繋いでエリトロを頭に浮かべた。
29
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた
k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。
言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。
小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。
しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。
湊の生活は以前のような日に戻った。
一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。
ただ、明らかに成長スピードが早い。
どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。
弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。
お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。
あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。
後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。
気づけば少年の住む異世界に来ていた。
二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。
序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。
#密売じゃありません!ミツバイギフトで最高に美味しい果物作ったら、領主令息が夫になった件について
国府知里
ファンタジー
「がんばっても報われなかったあなたに」“スローライフ成り上がりファンタジー”
人生に疲れ果てた北村めぐみは、目覚めると異世界の農村で少女グレイスとして転生していた。この世界では6歳で神から“ギフト”を授かるという。グレイスが得た謎の力「ミツバイ」は、果物を蜜のように甘くするという奇跡の力だった!村を、領地を、やがて王国までも変えていく果樹栽培の物語がいま始まる――。美味しさが未来を育てる、異世界農業×スローライフ・ファンタジー!
魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由
スノウマン(ユッキー)
BL
スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。
これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした
水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。
そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。
倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。
そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。
体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。
2026.1.5〜
非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします
muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。
非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。
両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。
そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。
非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。
※全年齢向け作品です。
追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される
水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。
行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。
「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた!
聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。
「君は俺の宝だ」
冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。
これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる