異世界に転移してサンドウィッチ屋を開いたら、騎士様の胃袋を掴んでしまった様です。

有永

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第151話 セイルと魔導具師

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「そうだ、兄さん達の知り合いに、錬金魔法を使える人はいないかな」

昼食と打ち合わせを終え、リメインからエリンジューム邸のアロンの執務室に戻ると、セイルは思い出した様に口を開いた。

セイルの唐突な問いかけに、ジャンとアロンは一瞬顔を見合わせ、それから記憶の糸を辿るように視線を宙に泳がせた。

​「錬金術師か……。確かに騎士団には専属の者が数名いる。戦場での壊れた防武具の応急処置や、即席の防壁の構築には欠かせない存在だからな」

錬金術師は、光魔法に継ぐ希少職では有るが全く居ないわけではない。アッシュのいる第一騎士団、ティントレットのいる第二騎士団にも何人かいる。金や銀等の高価な物や魔石などの鉱物は錬金出来ないが、主に戦場での防御壁や壊れた武器等の補強や応急処置を担う。他にも大工等の建築関係に属する事が多い。
アロンが顎に手を当てて続ける。

​「だが、セイル。君が求めているのは、恐らくそういった術師ではないんだろう?」

​「はい。俺がお願いしたいのは、もっと繊細な……それこそ、温度を一度単位で、時間を秒単位で制御できるような、研究者気質の錬金術師です」

​セイルは先ほど説明したカカルオの豆を一粒、指先で転がした。

​「カカルオをチョコレートにするには、発酵させた後に『焙煎』という工程が必要です。ただ火を通せばいいわけじゃない。豆の種類や状態に合わせて、最適な温度でじっくりと熱を加え、香りを引き出さなきゃならないんです。俺が魔法でやれば一瞬ですが、それを『産業』として誰にでもできるようにするには、専用の魔道具……焙煎機が必要になります」

​「なるほど、製造ラインの自動化というわけか。相変わらず君の視点は商人のそれだな」

​ジャンが感心したように、あるいは呆れたように苦笑いした。

​「それなら、適任が一人いる。分家の小侯爵に『ダリス・スウォード』という男がいてね。家督を継ぐ気も騎士になる気もなく、実家の離れに引きこもって、四六時中『熱効率を極める魔道具』なんてものを作っている変人がいるんだ」

​「スウォード侯爵家……ティントレット騎士団長の近親の方ですか?」

​「ああ。ティンも持て余しているよ。だが腕は確かだ。そこにある冷蔵棚を開発したのは彼なんだよ。いくつかの暖房器具や冷房器具なんかも開発している。温度制御に関しては、この国で右に出る者はいないだろう。魔属性は錬金術だが、魔導具に魅入られた『魔導具師』と言った方が正しいかもしれないがね」

​セイルの瞳がぱっと輝いた。

​「その方です! そのダリス様に、ぜひお会いしたいです」

「時間有るなら今からでもおそらく大丈夫だぞ?私も今日はこの打ち合わせ以外には予定を入れてない」

ジャンが肩を竦める。

​「今から、ですか?」

​セイルは驚きに瞬きをした。ジャンは事もなげに、懐から手帳を取り出してパラパラ捲る。

​「ああ、ダリスは一度研究に没頭すると数日は屋敷から出てこないが、今はちょうど新作の『魔導給湯器』の試作に行き詰まっているらしく、暇を持て余しているはずだ。アロン、お前は公務だろう? こいつは俺が預かって、スウォードの離れまで連れて行くよ」

​「……分かった。ジャン、セイルをあまり振り回しすぎるなよ。アッシュに知れたら、私の執務室にまで斬り込んで来かねないからな」

​アロンは苦笑い混じりに書類をまとめると、セイルの肩を優しく叩いた。

​「セイル、良い縁になるといいな。ダリスは変わり者だが、根は悪い男じゃない。君の『理想』を形にするに、あれほど心強い協力者はいないだろう」

​「はい。アロン兄さん、ありがとうございます」

​セイルは丁寧に一礼し、ジャンと共にエリンジューム邸を後にした。


​ジャンが御す馬車に揺られること数十分。到着したのは、豪華絢爛なスウォード侯爵邸の本館から少し離れた、蔦の絡まる石造りの建物だった。
入り口には「実験中につき立入禁止。ノックは三回まで。四回目は爆発する」という物騒なプレートが掲げられている。ジャンはそれを無視して、リズムよく三回ノックした。

​「おい、ダリス! 面白い話を持ってきたぞ。出てこい」

​しばらくして、中からガチャガチャと金属が擦れ合う音と、何かが倒れる大きな音が響いた。

扉が開くと、そこには煤で汚れた白衣を纏い、鳥の巣のようなボサボサの茶髪を掻き乱した青年が立っていた。この世界では珍しい、ノンフレームの眼鏡を掛けている。

​「……ジャン様か。今忙しいんです。熱伝導率の計算が……って、おや?」

​ダリスの眠たげな黒眼が、ジャンの背後に控えるセイルを捉えた瞬間、鋭く見開かれた。

「…………異世界転移者……?」

​ダリスが呆然と呟いたその言葉に、セイルの背筋に冷たい戦慄が走った。

隠していたはずの真実を、初対面の相手に、それも会って数秒で言い当てられたのだ。

​「ダリス、貴様……今、何と言った!?」

隣に立つジャンも、流石に驚きを隠せず眉を跳ね上げ、セイルを庇うようにダリスとセイルの間に立つ。

「ああ…すみません。ジャン様、これは秘匿にして欲しいのですが、私は錬金魔法の他に『真鑑眼しんけんがん』というスキルを持っています。おそらく、世界でも私を含めて数人も居ないでしょう。魔術院にも存在しません。巻き込まれ事は嫌なので、親兄弟・知人にも打ち明けてません。ジャン様と、そちらの方が初めてです」

ダリスは短く溜め息を吐くと眼鏡を外し、左目を指刺す。

「左の瞳に魔力を流すと、物質や相手のステータスが文字となって見えるのです。見知らぬ人が居ると無意識に魔力を流す癖がついてしまいまして、……つい」

「真鑑眼…。失われたと言われている古の魔術のひとつか…」

ジャンが驚愕に声を漏らす中、ダリスは気まずそうに頭を掻き、扉を大きく開け放った。

​「立ち話もなんです、中へどうぞ。……そこの『規格外』な貴方も。秘密事はお互い様ですし、私は知識の探求にしか興味がありませんから安心して下さい。他言して面倒事に巻き込まれるのは御免こうむりたい性質タチなんで」

​その言葉にセイルは少しだけ安堵の息を吐き、ジャンと顔を見合わせた。ジャンが頷くのを確認し、二人はダリスの「研究室」へと足を踏み入れた。





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