アンストッパブル!ベイビーズ

新多目 朔

文字の大きさ
3 / 7

ユー・メイク・ミー!(2)

しおりを挟む
 ……鬱陶しい、早く帰りたい。
 桜那は業界関係者に囲まれて、絶えず笑顔で対応する。その張り付いた笑顔の裏で、まさにそんな事を思っていた。
 遡る事数時間前、桜那は社長に呼ばれて事務所へ向かった。
「桜那、最優秀女優賞おめでとう。この調子で仕事に励めよ」
「……」
 桜那は昨年末に行われた有料チャンネルの、アダルト部門最優秀女優賞に選ばれていた。社長に労われるが、桜那は眉を顰めて黙って聞いている。
「不満そうだな。私の目指すところはここじゃない!ってか?」
 社長から嫌味たっぷりに言われても、桜那は返す言葉がなかった。
 桜那はAVから本格的な女優転身を模索していた。そのために、オファーが来ればどんな小さな役でも有難く引き受けたし、映画のオーディションの話が来れば喜んで受けた。だがなかなか結果に結び付かず、桜那は苦汁をなめ続けていた。
「いっぱしの女優になりたいなら、映画の大役の一本でも取ってきてくれよ。それこそ監督と寝てでもな」
 桜那はうつむいたまま拳をぐっと握りしめ、顔を上げた。そして目をキッとさせ、社長へ高らかに宣言する。
「必ず取ってきてみせますよ。それじゃ失礼します」
 桜那は勝ち気な笑みを浮かべ、社長室を後にした。
 するとちょうど収録を終えて、事務所に戻って来た先輩タレントの秦野侑李はたのゆうりと出くわした。
「あ!桜那!ちょうど良かった!あんたに頼みたい事があって」
「侑李さん、お疲れ様です。どうしたんですか?」
 侑李は桜那の事務所の大先輩で、この事務所の一番の稼ぎ頭だ。桜那がデビューした頃から何かと気にかけてくれて、公私共に世話になっている恩人でもある。
「今度うちに所属する駿って子いるでしょ?今日その子のライブなんだけど、視察がてら社長に見てこいって言われているの。だけど今日急遽打ち合わせが入っちゃってさ。今日の夜空いてたら、代わりに見て来てくれない?」
 桜那は気乗りしなかった。もともと人混みは苦手な上、今日は家に帰って、撮影やバラエティ収録の台本の読み込みに集中したかった。だが他ならぬ侑李の頼みだ、桜那は断るわけにはいかなかった。
「分かりました。いいですよ。19時には上がれるので、その後だったら」
「ほんと?悪いね、忙しいのに」
 侑李は済まなそうに手を合わせた。
「それと分かってると思うけど、駿の取り巻き達には気をつけて。まあ、あんたなら大丈夫だと思うけど」
 侑李はこの業界で酸いも甘いも噛み分けてきただけあって、相当な情報通で人を嗅ぎ分ける嗅覚も鋭かった。その為、何かにつけて桜那には気をつける様に警告してきた。
「ありがとうございます。留意します」
 桜那が静かに答えると、侑李は少しほっとしたのかパッと表情が明るくなった。
「まあ、あんた最近根詰めすぎだから。たまには気晴らししといで!それじゃあね!」
 そう言って侑李が去っていくと、桜那はため息をついた。
 ……打ち上げだけ顔出して、さっさと帰ろう。
 桜那は次の現場に向けて、マネージャーの待つロビーへと向かった。そして仕事を終えると、侑李と約束した通り打ち上げの会場へと向かったのだった。

 桜那の周りは絶えず人で溢れていたが、ちょうど人の波が切れたとき、奥のカウンターで飲んでいた二人組の男達と目が合った。一人は長身で、サイドが刈り上げられた青い髪をしている。もう一人は、鋭い目つきをした黒髪の長髪に顎髭を生やし、首に何やらタトゥーが入っていた。
 男達は桜那を見るなり、まるで獲物を見つけたかの様な視線を向け、口元にニタァっとした下品な笑みを浮かべた。
 ……あいつらが駿の。
 桜那は一瞬で察知した。
 駿の取り巻きと思しき二人組の男が、桜那の方へと近づいてきた。
「お疲れ様でーす!桜那ちゃんだよね?こっちで俺らと飲もうよ!」
 青い髪の男が桜那にドリンクを渡すと、なれなれしく肩に手を回してきた。
「駿に会いに来たんでしょ?あっちにいるからおいでよ」
 そう言って、もう一人の取り巻きが逃げられないようにと桜那を囲む。
「いやー、実物はスタイルいいしめっちゃ可愛いねぇ」
 二人はニタニタしながら、桜那の全身を舐め回す様に見てきた。
「あ!愛多ももちゃん!」
「え⁈」
 桜那はとっさに別のAV女優の名を呼んで、男達が振り返った隙にその場をすり抜けた。
 トイレに駆け込み、ドアを思い切り閉めて勢いよくドリンクを便器に流し込んだ。
「こんなもん、飲むかっつーの……」
 軽蔑の眼差しで逆さにしたコップを握りつぶし、低い声で呟いた。
 ……ほんと失礼な奴ら!私の方が駿の先輩なんだけど!
 ……私がAV女優って事以外、ろくすっぽ知りもしないくせに!
 ため息をついてトイレを後にし、ゴミ箱にコップを放り投げる。足早に入口へ向かうと、ドアの前に何か落ちている事に気づいた。
 ……財布と鍵?誰のだろ?
 拾って中身を確認すると、現金の他にカードと運転免許証が入っていた。
 ……これ、さっきの人のだ。
 自分のファンだと言った、金髪の野暮ったい男。
 宏章はうっかり財布と家の鍵を落としていた。桜那に会えた事で舞い上がって、落とした事に全く気づいていなかった。桜那はどうしたものかとしばらく眺めていたが、ある事を思いついた。悪巧みを思いついた子どもの様にニヤリとして、タクシーを呼んでその場を後にした。
 
 タクシーの車内で、桜那のフラストレーションはもう爆発寸前だった。
 桜那がAV女優と知るや否や、下心丸出しにして近づいてくる男達。誰とでも簡単に寝られると思っているのだろう。桜那にとって撮影でのセックスは、あくまで「仕事」でそれ以上でもそれ以下でもなく、ただの演技だ。体に起こる反応も、膝を叩いて足が跳ねるのと同じようなもので、決して心から快楽よろこびを感じているわけじゃない。
 そもそも桜那がAV女優になったのも、「とある出来事」がきっかけだった。その時から覚悟を決めて、強い意志で撮影に臨んできた。こんな風に、男達に軽く見られてしまう事は分かっていても、腹が立った。
 それだけじゃない、ここの所桜那は自分の現状に苛立っていた。
 桜那は以前からAV以外の仕事を切望していた。「とある出来事」からAV女優になる事を選択したのも、それを踏み台にして、のし上がるつもりでいたからだ。
 だが現状はオーディションを受けても落ち続けるばかり。社長には、監督と寝てでも仕事を取ってこいと嫌味を言われる始末。実際に何度か枕営業を持ち掛けられた事もあったし、役を手にしても、どうせ枕だろうと周囲に偏見を持たれる事もザラだった。
 ……私がどんな思いで撮影に臨んでいるかなんて、誰にも分かりっこない!
 そんな時出会った、自分のファンだという男。こんな苦労も知らずに、能天気にファンだと言ってくる事に無性に腹が立った。そしてどこにでも居そうな、その「平凡さ」がより桜那の苛立ちに拍車をかけた。
 ……もう後戻りは出来ない。今さら普通になんて戻れない!
 普段ならファンだと言われれば愛想良く対応したが、今日はもう我慢がならなかった。
 ……たった一人ファンが減ったところでどうって事ない。どうせ欲望の対象としてしか見てないんだから!だったらその幻想をぶち壊してやる!
 桜那はタクシーでそんな事を思い、一人息巻いていたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end**

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

処理中です...