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ユー・メイク・ミー!(2)
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……鬱陶しい、早く帰りたい。
桜那は業界関係者に囲まれて、絶えず笑顔で対応する。その張り付いた笑顔の裏で、まさにそんな事を思っていた。
遡る事数時間前、桜那は社長に呼ばれて事務所へ向かった。
「桜那、最優秀女優賞おめでとう。この調子で仕事に励めよ」
「……」
桜那は昨年末に行われた有料チャンネルの、アダルト部門最優秀女優賞に選ばれていた。社長に労われるが、桜那は眉を顰めて黙って聞いている。
「不満そうだな。私の目指すところはここじゃない!ってか?」
社長から嫌味たっぷりに言われても、桜那は返す言葉がなかった。
桜那はAVから本格的な女優転身を模索していた。そのために、オファーが来ればどんな小さな役でも有難く引き受けたし、映画のオーディションの話が来れば喜んで受けた。だがなかなか結果に結び付かず、桜那は苦汁をなめ続けていた。
「いっぱしの女優になりたいなら、映画の大役の一本でも取ってきてくれよ。それこそ監督と寝てでもな」
桜那はうつむいたまま拳をぐっと握りしめ、顔を上げた。そして目をキッとさせ、社長へ高らかに宣言する。
「必ず取ってきてみせますよ。それじゃ失礼します」
桜那は勝ち気な笑みを浮かべ、社長室を後にした。
するとちょうど収録を終えて、事務所に戻って来た先輩タレントの秦野侑李と出くわした。
「あ!桜那!ちょうど良かった!あんたに頼みたい事があって」
「侑李さん、お疲れ様です。どうしたんですか?」
侑李は桜那の事務所の大先輩で、この事務所の一番の稼ぎ頭だ。桜那がデビューした頃から何かと気にかけてくれて、公私共に世話になっている恩人でもある。
「今度うちに所属する駿って子いるでしょ?今日その子のライブなんだけど、視察がてら社長に見てこいって言われているの。だけど今日急遽打ち合わせが入っちゃってさ。今日の夜空いてたら、代わりに見て来てくれない?」
桜那は気乗りしなかった。もともと人混みは苦手な上、今日は家に帰って、撮影やバラエティ収録の台本の読み込みに集中したかった。だが他ならぬ侑李の頼みだ、桜那は断るわけにはいかなかった。
「分かりました。いいですよ。19時には上がれるので、その後だったら」
「ほんと?悪いね、忙しいのに」
侑李は済まなそうに手を合わせた。
「それと分かってると思うけど、駿の取り巻き達には気をつけて。まあ、あんたなら大丈夫だと思うけど」
侑李はこの業界で酸いも甘いも噛み分けてきただけあって、相当な情報通で人を嗅ぎ分ける嗅覚も鋭かった。その為、何かにつけて桜那には気をつける様に警告してきた。
「ありがとうございます。留意します」
桜那が静かに答えると、侑李は少しほっとしたのかパッと表情が明るくなった。
「まあ、あんた最近根詰めすぎだから。たまには気晴らししといで!それじゃあね!」
そう言って侑李が去っていくと、桜那はため息をついた。
……打ち上げだけ顔出して、さっさと帰ろう。
桜那は次の現場に向けて、マネージャーの待つロビーへと向かった。そして仕事を終えると、侑李と約束した通り打ち上げの会場へと向かったのだった。
桜那の周りは絶えず人で溢れていたが、ちょうど人の波が切れたとき、奥のカウンターで飲んでいた二人組の男達と目が合った。一人は長身で、サイドが刈り上げられた青い髪をしている。もう一人は、鋭い目つきをした黒髪の長髪に顎髭を生やし、首に何やらタトゥーが入っていた。
男達は桜那を見るなり、まるで獲物を見つけたかの様な視線を向け、口元にニタァっとした下品な笑みを浮かべた。
……あいつらが駿の。
桜那は一瞬で察知した。
駿の取り巻きと思しき二人組の男が、桜那の方へと近づいてきた。
「お疲れ様でーす!桜那ちゃんだよね?こっちで俺らと飲もうよ!」
青い髪の男が桜那にドリンクを渡すと、なれなれしく肩に手を回してきた。
「駿に会いに来たんでしょ?あっちにいるからおいでよ」
そう言って、もう一人の取り巻きが逃げられないようにと桜那を囲む。
「いやー、実物はスタイルいいしめっちゃ可愛いねぇ」
二人はニタニタしながら、桜那の全身を舐め回す様に見てきた。
「あ!愛多ももちゃん!」
「え⁈」
桜那はとっさに別のAV女優の名を呼んで、男達が振り返った隙にその場をすり抜けた。
トイレに駆け込み、ドアを思い切り閉めて勢いよくドリンクを便器に流し込んだ。
「こんなもん、飲むかっつーの……」
軽蔑の眼差しで逆さにしたコップを握りつぶし、低い声で呟いた。
……ほんと失礼な奴ら!私の方が駿の先輩なんだけど!
……私がAV女優って事以外、ろくすっぽ知りもしないくせに!
ため息をついてトイレを後にし、ゴミ箱にコップを放り投げる。足早に入口へ向かうと、ドアの前に何か落ちている事に気づいた。
……財布と鍵?誰のだろ?
拾って中身を確認すると、現金の他にカードと運転免許証が入っていた。
……これ、さっきの人のだ。
自分のファンだと言った、金髪の野暮ったい男。
宏章はうっかり財布と家の鍵を落としていた。桜那に会えた事で舞い上がって、落とした事に全く気づいていなかった。桜那はどうしたものかとしばらく眺めていたが、ある事を思いついた。悪巧みを思いついた子どもの様にニヤリとして、タクシーを呼んでその場を後にした。
タクシーの車内で、桜那のフラストレーションはもう爆発寸前だった。
桜那がAV女優と知るや否や、下心丸出しにして近づいてくる男達。誰とでも簡単に寝られると思っているのだろう。桜那にとって撮影でのセックスは、あくまで「仕事」でそれ以上でもそれ以下でもなく、ただの演技だ。体に起こる反応も、膝を叩いて足が跳ねるのと同じようなもので、決して心から快楽を感じているわけじゃない。
そもそも桜那がAV女優になったのも、「とある出来事」がきっかけだった。その時から覚悟を決めて、強い意志で撮影に臨んできた。こんな風に、男達に軽く見られてしまう事は分かっていても、腹が立った。
それだけじゃない、ここの所桜那は自分の現状に苛立っていた。
桜那は以前からAV以外の仕事を切望していた。「とある出来事」からAV女優になる事を選択したのも、それを踏み台にして、のし上がるつもりでいたからだ。
だが現状はオーディションを受けても落ち続けるばかり。社長には、監督と寝てでも仕事を取ってこいと嫌味を言われる始末。実際に何度か枕営業を持ち掛けられた事もあったし、役を手にしても、どうせ枕だろうと周囲に偏見を持たれる事もザラだった。
……私がどんな思いで撮影に臨んでいるかなんて、誰にも分かりっこない!
そんな時出会った、自分のファンだという男。こんな苦労も知らずに、能天気にファンだと言ってくる事に無性に腹が立った。そしてどこにでも居そうな、その「平凡さ」がより桜那の苛立ちに拍車をかけた。
……もう後戻りは出来ない。今さら普通になんて戻れない!
普段ならファンだと言われれば愛想良く対応したが、今日はもう我慢がならなかった。
……たった一人ファンが減ったところでどうって事ない。どうせ欲望の対象としてしか見てないんだから!だったらその幻想をぶち壊してやる!
桜那はタクシーでそんな事を思い、一人息巻いていたのだ。
桜那は業界関係者に囲まれて、絶えず笑顔で対応する。その張り付いた笑顔の裏で、まさにそんな事を思っていた。
遡る事数時間前、桜那は社長に呼ばれて事務所へ向かった。
「桜那、最優秀女優賞おめでとう。この調子で仕事に励めよ」
「……」
桜那は昨年末に行われた有料チャンネルの、アダルト部門最優秀女優賞に選ばれていた。社長に労われるが、桜那は眉を顰めて黙って聞いている。
「不満そうだな。私の目指すところはここじゃない!ってか?」
社長から嫌味たっぷりに言われても、桜那は返す言葉がなかった。
桜那はAVから本格的な女優転身を模索していた。そのために、オファーが来ればどんな小さな役でも有難く引き受けたし、映画のオーディションの話が来れば喜んで受けた。だがなかなか結果に結び付かず、桜那は苦汁をなめ続けていた。
「いっぱしの女優になりたいなら、映画の大役の一本でも取ってきてくれよ。それこそ監督と寝てでもな」
桜那はうつむいたまま拳をぐっと握りしめ、顔を上げた。そして目をキッとさせ、社長へ高らかに宣言する。
「必ず取ってきてみせますよ。それじゃ失礼します」
桜那は勝ち気な笑みを浮かべ、社長室を後にした。
するとちょうど収録を終えて、事務所に戻って来た先輩タレントの秦野侑李と出くわした。
「あ!桜那!ちょうど良かった!あんたに頼みたい事があって」
「侑李さん、お疲れ様です。どうしたんですか?」
侑李は桜那の事務所の大先輩で、この事務所の一番の稼ぎ頭だ。桜那がデビューした頃から何かと気にかけてくれて、公私共に世話になっている恩人でもある。
「今度うちに所属する駿って子いるでしょ?今日その子のライブなんだけど、視察がてら社長に見てこいって言われているの。だけど今日急遽打ち合わせが入っちゃってさ。今日の夜空いてたら、代わりに見て来てくれない?」
桜那は気乗りしなかった。もともと人混みは苦手な上、今日は家に帰って、撮影やバラエティ収録の台本の読み込みに集中したかった。だが他ならぬ侑李の頼みだ、桜那は断るわけにはいかなかった。
「分かりました。いいですよ。19時には上がれるので、その後だったら」
「ほんと?悪いね、忙しいのに」
侑李は済まなそうに手を合わせた。
「それと分かってると思うけど、駿の取り巻き達には気をつけて。まあ、あんたなら大丈夫だと思うけど」
侑李はこの業界で酸いも甘いも噛み分けてきただけあって、相当な情報通で人を嗅ぎ分ける嗅覚も鋭かった。その為、何かにつけて桜那には気をつける様に警告してきた。
「ありがとうございます。留意します」
桜那が静かに答えると、侑李は少しほっとしたのかパッと表情が明るくなった。
「まあ、あんた最近根詰めすぎだから。たまには気晴らししといで!それじゃあね!」
そう言って侑李が去っていくと、桜那はため息をついた。
……打ち上げだけ顔出して、さっさと帰ろう。
桜那は次の現場に向けて、マネージャーの待つロビーへと向かった。そして仕事を終えると、侑李と約束した通り打ち上げの会場へと向かったのだった。
桜那の周りは絶えず人で溢れていたが、ちょうど人の波が切れたとき、奥のカウンターで飲んでいた二人組の男達と目が合った。一人は長身で、サイドが刈り上げられた青い髪をしている。もう一人は、鋭い目つきをした黒髪の長髪に顎髭を生やし、首に何やらタトゥーが入っていた。
男達は桜那を見るなり、まるで獲物を見つけたかの様な視線を向け、口元にニタァっとした下品な笑みを浮かべた。
……あいつらが駿の。
桜那は一瞬で察知した。
駿の取り巻きと思しき二人組の男が、桜那の方へと近づいてきた。
「お疲れ様でーす!桜那ちゃんだよね?こっちで俺らと飲もうよ!」
青い髪の男が桜那にドリンクを渡すと、なれなれしく肩に手を回してきた。
「駿に会いに来たんでしょ?あっちにいるからおいでよ」
そう言って、もう一人の取り巻きが逃げられないようにと桜那を囲む。
「いやー、実物はスタイルいいしめっちゃ可愛いねぇ」
二人はニタニタしながら、桜那の全身を舐め回す様に見てきた。
「あ!愛多ももちゃん!」
「え⁈」
桜那はとっさに別のAV女優の名を呼んで、男達が振り返った隙にその場をすり抜けた。
トイレに駆け込み、ドアを思い切り閉めて勢いよくドリンクを便器に流し込んだ。
「こんなもん、飲むかっつーの……」
軽蔑の眼差しで逆さにしたコップを握りつぶし、低い声で呟いた。
……ほんと失礼な奴ら!私の方が駿の先輩なんだけど!
……私がAV女優って事以外、ろくすっぽ知りもしないくせに!
ため息をついてトイレを後にし、ゴミ箱にコップを放り投げる。足早に入口へ向かうと、ドアの前に何か落ちている事に気づいた。
……財布と鍵?誰のだろ?
拾って中身を確認すると、現金の他にカードと運転免許証が入っていた。
……これ、さっきの人のだ。
自分のファンだと言った、金髪の野暮ったい男。
宏章はうっかり財布と家の鍵を落としていた。桜那に会えた事で舞い上がって、落とした事に全く気づいていなかった。桜那はどうしたものかとしばらく眺めていたが、ある事を思いついた。悪巧みを思いついた子どもの様にニヤリとして、タクシーを呼んでその場を後にした。
タクシーの車内で、桜那のフラストレーションはもう爆発寸前だった。
桜那がAV女優と知るや否や、下心丸出しにして近づいてくる男達。誰とでも簡単に寝られると思っているのだろう。桜那にとって撮影でのセックスは、あくまで「仕事」でそれ以上でもそれ以下でもなく、ただの演技だ。体に起こる反応も、膝を叩いて足が跳ねるのと同じようなもので、決して心から快楽を感じているわけじゃない。
そもそも桜那がAV女優になったのも、「とある出来事」がきっかけだった。その時から覚悟を決めて、強い意志で撮影に臨んできた。こんな風に、男達に軽く見られてしまう事は分かっていても、腹が立った。
それだけじゃない、ここの所桜那は自分の現状に苛立っていた。
桜那は以前からAV以外の仕事を切望していた。「とある出来事」からAV女優になる事を選択したのも、それを踏み台にして、のし上がるつもりでいたからだ。
だが現状はオーディションを受けても落ち続けるばかり。社長には、監督と寝てでも仕事を取ってこいと嫌味を言われる始末。実際に何度か枕営業を持ち掛けられた事もあったし、役を手にしても、どうせ枕だろうと周囲に偏見を持たれる事もザラだった。
……私がどんな思いで撮影に臨んでいるかなんて、誰にも分かりっこない!
そんな時出会った、自分のファンだという男。こんな苦労も知らずに、能天気にファンだと言ってくる事に無性に腹が立った。そしてどこにでも居そうな、その「平凡さ」がより桜那の苛立ちに拍車をかけた。
……もう後戻りは出来ない。今さら普通になんて戻れない!
普段ならファンだと言われれば愛想良く対応したが、今日はもう我慢がならなかった。
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