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綻び(2)―欲望の視線
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翌日、宏章は仕事帰りに今度桜那が出演するVシネの監督の別作品を借りようと、いつものレンタルビデオ店に立ち寄った。
店内をうろついていると、ふとアダルトコーナーの前で立ち止まった。
桜那のビデオをチェックするのに、以前はよく立ち寄っていたからだ。
入口の黒いカーテンを眺める、桜那がいる世界との境界だ。
以前なら、なんの違和感もなくカーテンを潜れた。
だが今は「ためらい」なんて生易しいものじゃない、激しい抵抗を感じていた。
宏章の横を中年男性が通り過ぎ、アダルトコーナーへと入って行った。
男性は無表情で、じとっと湿った、まるで欲望に飢えた様な淀んだ目つきをしていた。
その瞬間、宏章は身の毛がよだち、全身から嫌悪感が湧いて来た。
急いでその場を立ち去り、自宅へ戻る。TVボードの収納から桜那のビデオを全部取り出して、勢いよくダンボールに詰めてガムテープで閉じた。
あの男の欲望に飢えた淀んだ視線が、桜那へ向けられるのかと思うと瞬時に怒りと憎悪が湧いた。
まるで桜那そのものが凌辱されているような気がして……それと同時に、後ろめたさが襲ってきた。
以前は自分も、もしかしたらあんな目をしていたのかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥から強い嫌悪感が込み上げた。
一度でも桜那を身勝手な欲望の対象として見ていたのだとしたら――その事実だけで、自分がひどく醜い存在に思えた。
まるで自分自身の感情に蓋をするかの様に、ダンボールをクローゼットの奥にしまい込んだ。目に触れないようにする事で、このどうしようもない負の感情から逃れようとしていたのだ。
数日後、宏章は仕事帰りに桜那のマンションに寄って一緒に過ごしていた。
ここの所あまりよく寝付けなかったので、心ここに有らずといった様子でソファに腰掛け、ぼんやりとしていた。
「……き……宏章!」
桜那の呼ぶ声で、宏章はハッと我に返った。
「どうしたの?さっきからボーっとして……、大丈夫?」
「あっ!うん……今日忙しかったからかな……、ちょっとボーっとしてた。ごめん」
宏章は心配かけまいと笑顔を見せた。
数日前のレンタルビデオ店での出来事以来、宏章はよく眠れずにいた。
目を閉じるとあの淀んだ視線が浮かび上がり、如何ともし難い、不快な感情に飲み込まれてしまいそうになるのだ。
「なんか顔色もよくないし……、心配だよ」
桜那はため息をついた。
「ここ二、三日仕事が忙しかったから……、ゆっくり休めば大丈夫だよ」
「ほんとに?」
桜那は心配そうに宏章の顔を覗き込んだ。
そんな桜那が愛おしくて、宏章は堪らず桜那の頬に手を添えてキスをした。桜那はうっとりと目を閉じる。今日は心なしかいつもより強く、深いキスだ。
……ああ、まただ。
……あの淀んだ視線が浮かんできた。
……このまま桜那をめちゃくちゃに抱きたい。
宏章の心は激しい独占欲と嫉妬が渦巻いていた。
桜那は宏章の手にそっと触れて、顔を赤らめながら「シャワーしてくるね」と微笑んだ。
……よかった、暴走するところだった。
宏章は安堵した。
あれ以来、宏章の感情は激しく揺れ動いていた。
本音では、AVになんか出て欲しくないと思っていた。その美しい姿を誰にも見せないで、誰にも指一本触れさせないで欲しいと思う一方で、桜那の夢を応援したい、支えてやりたいとも思っていた。
振り子のように揺れるどっちつかずの感情が迷いとなり、無意識のうちにいつしか行動へと表れる様になっていた。
シャワーを済ませると、桜那はいつものように宏章を求めた。
先程のキスとは違う優しいキスから始まり、ゆっくりと舌や指を動かして、桜那の反応を確かめながら、慈しむように全身を愛撫する。
宏章は毎回必ず、「桜那、気持ちいい?」「桜那、痛くない?」と尋ねた。
今日もまた、優しく問いかけられて桜那が頷くと、宏章は安堵した表情を浮かべた。
桜那は宏章とセックスした日はいつもよく眠れた。宏章からの愛情と尊重されているのを感じるからだ。だがその優しさが時々もどかしくもあった。桜那に対して、どことなく遠慮めいたものを感じ取っていたからだ。
宏章にはもっと欲望のままに抱いて欲しいと思っていた。こんなに大事にされているのに、贅沢な悩みなんだろう……桜那は宏章に優しくされる度に、少しずつ不安が募っていった。
宏章が自分に対して今一歩踏み込んで来ないのは、この仕事のせいなんじゃないかと思い始めていた。
だけど宏章との事は誰にも相談出来ない。桜那が芸能界で一番尊敬して、信頼している先輩の侑李にですら。
桜那は次第に、宏章にはAVの撮影に関する事を言えなくなっていた。桜那もまた、宏章に対してどことなく後ろめたさの様なものを感じ始めていたのだ。
翌日、宏章は仕事帰りに街をぶらぶら歩いていると、あのレンタルビデオ店の前を通りかかった。
楽しげに入って行く学生達をよそに、宏章はふいと視線を逸らして足早にその場を立ち去った。あの日以来、アダルトショップはおろか、レンタルビデオ店ですら入る事が出来なくなっていた。
桜那はAVだろうと映画だろうと、自分の仕事に誇りとプライドを持ってやっている。そんな桜那を尊敬していたはずなのに……。頭では理解していても、感情がどうしても追いつかない。
宏章は自分の狭量さに心底落胆した。
せめて桜那にこの感情を悟られまいと必死で、宏章は次第に、桜那の心の機微を感じ取る事が出来なくなっていた。
店内をうろついていると、ふとアダルトコーナーの前で立ち止まった。
桜那のビデオをチェックするのに、以前はよく立ち寄っていたからだ。
入口の黒いカーテンを眺める、桜那がいる世界との境界だ。
以前なら、なんの違和感もなくカーテンを潜れた。
だが今は「ためらい」なんて生易しいものじゃない、激しい抵抗を感じていた。
宏章の横を中年男性が通り過ぎ、アダルトコーナーへと入って行った。
男性は無表情で、じとっと湿った、まるで欲望に飢えた様な淀んだ目つきをしていた。
その瞬間、宏章は身の毛がよだち、全身から嫌悪感が湧いて来た。
急いでその場を立ち去り、自宅へ戻る。TVボードの収納から桜那のビデオを全部取り出して、勢いよくダンボールに詰めてガムテープで閉じた。
あの男の欲望に飢えた淀んだ視線が、桜那へ向けられるのかと思うと瞬時に怒りと憎悪が湧いた。
まるで桜那そのものが凌辱されているような気がして……それと同時に、後ろめたさが襲ってきた。
以前は自分も、もしかしたらあんな目をしていたのかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥から強い嫌悪感が込み上げた。
一度でも桜那を身勝手な欲望の対象として見ていたのだとしたら――その事実だけで、自分がひどく醜い存在に思えた。
まるで自分自身の感情に蓋をするかの様に、ダンボールをクローゼットの奥にしまい込んだ。目に触れないようにする事で、このどうしようもない負の感情から逃れようとしていたのだ。
数日後、宏章は仕事帰りに桜那のマンションに寄って一緒に過ごしていた。
ここの所あまりよく寝付けなかったので、心ここに有らずといった様子でソファに腰掛け、ぼんやりとしていた。
「……き……宏章!」
桜那の呼ぶ声で、宏章はハッと我に返った。
「どうしたの?さっきからボーっとして……、大丈夫?」
「あっ!うん……今日忙しかったからかな……、ちょっとボーっとしてた。ごめん」
宏章は心配かけまいと笑顔を見せた。
数日前のレンタルビデオ店での出来事以来、宏章はよく眠れずにいた。
目を閉じるとあの淀んだ視線が浮かび上がり、如何ともし難い、不快な感情に飲み込まれてしまいそうになるのだ。
「なんか顔色もよくないし……、心配だよ」
桜那はため息をついた。
「ここ二、三日仕事が忙しかったから……、ゆっくり休めば大丈夫だよ」
「ほんとに?」
桜那は心配そうに宏章の顔を覗き込んだ。
そんな桜那が愛おしくて、宏章は堪らず桜那の頬に手を添えてキスをした。桜那はうっとりと目を閉じる。今日は心なしかいつもより強く、深いキスだ。
……ああ、まただ。
……あの淀んだ視線が浮かんできた。
……このまま桜那をめちゃくちゃに抱きたい。
宏章の心は激しい独占欲と嫉妬が渦巻いていた。
桜那は宏章の手にそっと触れて、顔を赤らめながら「シャワーしてくるね」と微笑んだ。
……よかった、暴走するところだった。
宏章は安堵した。
あれ以来、宏章の感情は激しく揺れ動いていた。
本音では、AVになんか出て欲しくないと思っていた。その美しい姿を誰にも見せないで、誰にも指一本触れさせないで欲しいと思う一方で、桜那の夢を応援したい、支えてやりたいとも思っていた。
振り子のように揺れるどっちつかずの感情が迷いとなり、無意識のうちにいつしか行動へと表れる様になっていた。
シャワーを済ませると、桜那はいつものように宏章を求めた。
先程のキスとは違う優しいキスから始まり、ゆっくりと舌や指を動かして、桜那の反応を確かめながら、慈しむように全身を愛撫する。
宏章は毎回必ず、「桜那、気持ちいい?」「桜那、痛くない?」と尋ねた。
今日もまた、優しく問いかけられて桜那が頷くと、宏章は安堵した表情を浮かべた。
桜那は宏章とセックスした日はいつもよく眠れた。宏章からの愛情と尊重されているのを感じるからだ。だがその優しさが時々もどかしくもあった。桜那に対して、どことなく遠慮めいたものを感じ取っていたからだ。
宏章にはもっと欲望のままに抱いて欲しいと思っていた。こんなに大事にされているのに、贅沢な悩みなんだろう……桜那は宏章に優しくされる度に、少しずつ不安が募っていった。
宏章が自分に対して今一歩踏み込んで来ないのは、この仕事のせいなんじゃないかと思い始めていた。
だけど宏章との事は誰にも相談出来ない。桜那が芸能界で一番尊敬して、信頼している先輩の侑李にですら。
桜那は次第に、宏章にはAVの撮影に関する事を言えなくなっていた。桜那もまた、宏章に対してどことなく後ろめたさの様なものを感じ始めていたのだ。
翌日、宏章は仕事帰りに街をぶらぶら歩いていると、あのレンタルビデオ店の前を通りかかった。
楽しげに入って行く学生達をよそに、宏章はふいと視線を逸らして足早にその場を立ち去った。あの日以来、アダルトショップはおろか、レンタルビデオ店ですら入る事が出来なくなっていた。
桜那はAVだろうと映画だろうと、自分の仕事に誇りとプライドを持ってやっている。そんな桜那を尊敬していたはずなのに……。頭では理解していても、感情がどうしても追いつかない。
宏章は自分の狭量さに心底落胆した。
せめて桜那にこの感情を悟られまいと必死で、宏章は次第に、桜那の心の機微を感じ取る事が出来なくなっていた。
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