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普通じゃない(2)
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桜那は昨晩トイレで吐いた後、そのまま目覚ましもかけずにベッドで眠り続けた。目を覚ました時には、部屋は真っ暗だった。
……今何時?
傍らにあった携帯へ手を伸ばした。時刻は18時を過ぎていた。
……宏章のステージ19時半頃だっけ。
桜那は行くかどうか迷った。
普段ならビデオ撮影の翌日は、精神をニュートラルな状態にする為、必ず仕事はオフにして、誰にも会わず一人部屋に籠って過ごすのがいつものルーティンだった。昨日の撮影はどうにか気力で乗り切ったものの、体力的にもハードだった為、疲労困憊だった。
……でも、今日はどうしても宏章に会いたい。
桜那は無性に宏章に会いたくなり、重たい体を起こして出かける支度をし始めた。
いつものルーティンを崩す事に抵抗はあったが、今日はもう夜だし、少し顔を見るだけだからと自分に言い聞かせた。洗顔して、鏡を覗くと目の下に隈ができていた。昨晩吐いたせいか顔色も悪かった。
……ひどい顔。
桜那はコンシーラーを取り出し、厚めに塗って誤魔化した。
胃の奥がズキンと痛む。昨晩は胃液まで吐いて、胃の中は空っぽだった。
桜那は昨晩から何も食べていない事に気づき、冷蔵庫にあったサンドイッチとカフェラテを口にして、胃薬を流し込んだ。
服を着替えて帽子を目深に被り、タクシーを呼んだ。
ライブハウスに着く頃にはすでに20時を回っていた。出演者が書かれたボードで確認すると、ちょうど出番が終わった頃だった。
人混みがすごいので中に入るのを躊躇ったが、ここまで来たからには顔だけでも見て帰ろうと思い楽屋へ向かった。スタッフに名前を告げると、あらかじめ伝わっていたのかすんなり中へと案内された。
楽屋は所狭しと機材が置かれ人でごった返しており、桜那は押しつぶされそうになりながら宏章を探した。
……あ、いた!
人混みをかき分け、前へ進むと宏章の周りに人だかりが出来ているのに気づいた。
女の子二、三人に囲まれ、何やら楽しげに話していた。
宏章はいつもと違い、きっちり髪がセットされていて、眼鏡はしていなかった。
……そういえば、ライブの時はコンタクトなんだっけ。
宏章を囲んでいた女の子達は、みんな「普通そうな」女の子達だった。仕事でたくさんの男を相手にしている自分とは違う、普通の女の子。
……胃がシクシクする、来るんじゃなかった。
その時、宏章がふと桜那の方へ視線を向けた。
桜那と目が合うと、宏章は嬉しそうに屈託のない笑顔を向けた。
桜那は眉間に皺を寄せて不機嫌な表情を浮かべ、ふいと視線を逸らし入口を出て足早に階段を駆け下りた。
カンカンと音を立てて、急いで階段を下りる。
初めて感じる「感情」に困惑した。
とにかく早く、この場を離れたかった。
宏章は女友達に「ちょっとごめん」と言って、桜那を追いかけた。
「桜那!」
後ろから大きな声で宏章が名前を呼んだ。
桜那は振り返る事なく進んだが、「桜那!待ってよ」と言って宏章が腕を掴んだ。
「桜那、来てくれたんだ!」
宏章はいつもと違う桜那の様子に不安になりながらも、笑顔で話しかけた。
桜那が黙り込むと、宏章は桜那の体を自分の方へ寄せて顔を覗き込んだ。
桜那の顔色が良くない事に気づき、心配そうに「桜那、具合悪いの?大丈夫……」と言いかけたその時……。
「触んないでよ!」
桜那は腕を振り払って、大きな声を上げた。抑えていた感情がついに爆発してしまったのだ。
……私以外の女に、その綺麗な瞳を見せないで!
「彼氏面しないでよ!」
……感情のコントロールが効かない、止まらない!
「あんたみたいな地味な男、私が本気で相手にする訳ないじゃない!」
……こんな事が言いたいんじゃない!
……お願い、怒って!
……最低な女だって、怒ってよ。
訳も分からずキレられて、いくら温厚な宏章でもさすがに怒り出すだろうと思っていた。もしくは、いよいよ愛想を尽かされるだろうと。
桜那は宏章の方へ恐る恐る振り返る。
宏章は虚ろな目をした後、みるみる悲しげな表情へと変わった。
「……そんな事、言われなくても分かってるよ」
宏章は堪えるように眉間に力を入れ、険しい顔でため息をついた。
「だけど、やっぱりちょっと傷つく……」
宏章は今にも泣き出しそうな瞳をしていた。そして、そのまま後ろを向いてまた戻って行った。桜那も堪らずその場を立ち去る。
桜那は人目も憚らず泣きじゃくったが、早朝の仕事に備えて、なんとかタクシーを呼んで自宅へ戻った。宏章の顔を思い出すたびに胃が痛みだし、その晩は結局一睡もする事が出来なかった。
……今何時?
傍らにあった携帯へ手を伸ばした。時刻は18時を過ぎていた。
……宏章のステージ19時半頃だっけ。
桜那は行くかどうか迷った。
普段ならビデオ撮影の翌日は、精神をニュートラルな状態にする為、必ず仕事はオフにして、誰にも会わず一人部屋に籠って過ごすのがいつものルーティンだった。昨日の撮影はどうにか気力で乗り切ったものの、体力的にもハードだった為、疲労困憊だった。
……でも、今日はどうしても宏章に会いたい。
桜那は無性に宏章に会いたくなり、重たい体を起こして出かける支度をし始めた。
いつものルーティンを崩す事に抵抗はあったが、今日はもう夜だし、少し顔を見るだけだからと自分に言い聞かせた。洗顔して、鏡を覗くと目の下に隈ができていた。昨晩吐いたせいか顔色も悪かった。
……ひどい顔。
桜那はコンシーラーを取り出し、厚めに塗って誤魔化した。
胃の奥がズキンと痛む。昨晩は胃液まで吐いて、胃の中は空っぽだった。
桜那は昨晩から何も食べていない事に気づき、冷蔵庫にあったサンドイッチとカフェラテを口にして、胃薬を流し込んだ。
服を着替えて帽子を目深に被り、タクシーを呼んだ。
ライブハウスに着く頃にはすでに20時を回っていた。出演者が書かれたボードで確認すると、ちょうど出番が終わった頃だった。
人混みがすごいので中に入るのを躊躇ったが、ここまで来たからには顔だけでも見て帰ろうと思い楽屋へ向かった。スタッフに名前を告げると、あらかじめ伝わっていたのかすんなり中へと案内された。
楽屋は所狭しと機材が置かれ人でごった返しており、桜那は押しつぶされそうになりながら宏章を探した。
……あ、いた!
人混みをかき分け、前へ進むと宏章の周りに人だかりが出来ているのに気づいた。
女の子二、三人に囲まれ、何やら楽しげに話していた。
宏章はいつもと違い、きっちり髪がセットされていて、眼鏡はしていなかった。
……そういえば、ライブの時はコンタクトなんだっけ。
宏章を囲んでいた女の子達は、みんな「普通そうな」女の子達だった。仕事でたくさんの男を相手にしている自分とは違う、普通の女の子。
……胃がシクシクする、来るんじゃなかった。
その時、宏章がふと桜那の方へ視線を向けた。
桜那と目が合うと、宏章は嬉しそうに屈託のない笑顔を向けた。
桜那は眉間に皺を寄せて不機嫌な表情を浮かべ、ふいと視線を逸らし入口を出て足早に階段を駆け下りた。
カンカンと音を立てて、急いで階段を下りる。
初めて感じる「感情」に困惑した。
とにかく早く、この場を離れたかった。
宏章は女友達に「ちょっとごめん」と言って、桜那を追いかけた。
「桜那!」
後ろから大きな声で宏章が名前を呼んだ。
桜那は振り返る事なく進んだが、「桜那!待ってよ」と言って宏章が腕を掴んだ。
「桜那、来てくれたんだ!」
宏章はいつもと違う桜那の様子に不安になりながらも、笑顔で話しかけた。
桜那が黙り込むと、宏章は桜那の体を自分の方へ寄せて顔を覗き込んだ。
桜那の顔色が良くない事に気づき、心配そうに「桜那、具合悪いの?大丈夫……」と言いかけたその時……。
「触んないでよ!」
桜那は腕を振り払って、大きな声を上げた。抑えていた感情がついに爆発してしまったのだ。
……私以外の女に、その綺麗な瞳を見せないで!
「彼氏面しないでよ!」
……感情のコントロールが効かない、止まらない!
「あんたみたいな地味な男、私が本気で相手にする訳ないじゃない!」
……こんな事が言いたいんじゃない!
……お願い、怒って!
……最低な女だって、怒ってよ。
訳も分からずキレられて、いくら温厚な宏章でもさすがに怒り出すだろうと思っていた。もしくは、いよいよ愛想を尽かされるだろうと。
桜那は宏章の方へ恐る恐る振り返る。
宏章は虚ろな目をした後、みるみる悲しげな表情へと変わった。
「……そんな事、言われなくても分かってるよ」
宏章は堪えるように眉間に力を入れ、険しい顔でため息をついた。
「だけど、やっぱりちょっと傷つく……」
宏章は今にも泣き出しそうな瞳をしていた。そして、そのまま後ろを向いてまた戻って行った。桜那も堪らずその場を立ち去る。
桜那は人目も憚らず泣きじゃくったが、早朝の仕事に備えて、なんとかタクシーを呼んで自宅へ戻った。宏章の顔を思い出すたびに胃が痛みだし、その晩は結局一睡もする事が出来なかった。
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