『無頼勇者の奮闘記』 ―親の七光りと蔑まれた青年、異世界転生で戦才覚醒。チート不要で成り上がる―

八雲水経・陰

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第五章 氷狼神眼流編

EP127 最強の剣

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「でぃやぁっっっ!!!」

「へあぁっっっ!!!!」

 真剣と玩具。勝負は見えていた筈だった。しかし、気力だけで清也は悪魔に喰らい付いていく。

「覚えてるはずだ!アイツが母さんを"殺した"って!」

 悪魔は囁く。少女が背負った重みは、死ぬに事足りる物であったと。それは清也自身の思い、心の内に封じた思い。しかし清也は、それを否定する。

「今思い出したさ!だけど、あの女の子を恨むほど僕は子供じゃない!」

「本気でそう思ってるなら、僕達は戦ってないだろう!」

 鋭い斬り返し、足元を狙った一閃に加えて、現状を的確に俯瞰した言霊が清也の心を穿つ。
 そうして生まれた一瞬の動揺、しかし清也はそれでも体勢を崩さない。

「この戦いにあの子は関係ない!」

 地に足を付けた斬撃を繰り出す。未だに余裕を感じさせる太刀筋が、虚空に刃の軌跡を残す。しかし、清也の持つ玩具は既に、真剣との打ち合いで限界まで疲弊していた。

「いいや関係あるな!僕達は同罪なんだよ!」

「例えそれが事実でも!母さんが死んだ事実は変わらない!」

「お前が死ねば、まだ殺していない奴の命が助かるんだ!
 魔王を倒すまでに、お前はあと何人殺せば気が済むんだ!」

 平行線の論戦、その一つ一つが清也の生死に関わるファクターなのだ。この果たし合いに勝利しても、言霊の刃に敵わなければ、彼の持つ希望は敗死する。
 それが分かっているから、清也も反撃に合わせて相手の気合に圧されない反論を放つ。

「魔王を倒さなきゃ、多くの人が死ぬんだ!僕には、与えられた使命を全うする義務がある!」

「お前だってわかってるはずだ!本当は、あの盗賊だって殺したくなかった。だが、衝動が抑えられなかったんだ!今からでも、その事実を消し去りたいと思ってる!」

「あの人を殺さなければ、もっと多くの人が傷ついた!それに、僕が死んでも蘇る生命なんて無い!だから、人を生かす為に戦う事が僕に出来る唯一の事だ!」

 お互いに主張を譲らない悪魔と清也、どちらも彼の内面に過ぎないのに、刃を交えた論戦は限界を超えてなお苛烈を極めていく。
 しかし遂に、生死を賭けた果たし合いは終局の気配を見せ始めた。

「それは違うな!薄々分かってるんだろ?これから先、自分が多くの人間を殺すって!だから僕が生まれたんだ!」

「知った事じゃ無い!僕は僕の幸せの為に戦う!それだけだ!」

 もはや、完全に躍起になっている。清也としても、少しずつ反論が難しくなっていると感じるのだ。

「殺したく無いと思ってる!だから、自分が死ねば良いって思ってるんだ!」

「それでも!僕には勇者の使命があるんだ!刈り取った命の先に、安らかに眠れる夜がある!それを願って進むしか無い!」

「罪を背負いたく無いんだ!そう思ってるんだろう!だから、その業を払いたくて僕が生まれた!違うか!?」

「何故そんな事を諭す!そんな事は分かってる!それでも、未来を掴む為には生きるしかないじゃないか!」

「僕は!僕達は!未来を求める限り、人を殺さなければ進めない時代を生きてるんだ!そして、それに気付いて絶望した!そうだろう!
 この刃で人を斬るのも!自分の代わりに誰かが死ぬのも!競い合った先で、相手を蹴落とすのも結局は同じなんだ!」

「世界は残酷なんだ!誰かを殺さずには生きていられない!そんな事、僕だって分かってた!」

「いいや違うな!お前はやっと気付いたんだ!父さんの元から離れて、世界の姿を見て!そして何より、盗賊を殺して初めて気付いた!
 野生を歩む人生の残酷さに!養殖だった頃とは違う!自分で進む運命の過酷さに打ちひしがれたんだ!」

「僕はずっと、自立したいと願ってた!例えそれが、残酷な運命を望む結果でも!僕にとっての正解だ!」

「"冷えた魂と燃える心"の軋轢が、この世界を生み出した!人生最悪の絶望、それを持ってお前は人生を諦める口実を心に与えようとした!
 いい加減認めるんだ!本物の吹雪清也は僕だ!辛い人生に疲れて、世界を望む闘志を失った"子供"、それが吹雪清也なんだ!」

 捻れ合い、弾き合い、お互いの心臓を狙った一閃が幾度となく繰り出される。
 小学生の立ち回りにしては、あまりにも強い信念が込められた身のこなし。地に足を付け、一切の余裕も無いままに二人は斬り合う。
 しかし、清也の方は段々と相手の言いたい事が分からなくなってきた。

(妙だ・・・彼は僕の心に潜む悪のはず・・・なのにどうして、こんなに僕を諌めようとする・・・?)

 段々と疑念が広がっていく。目の前にいるのが心に潜む悪魔なら、人を殺す事を止めようとはしない。
 罪を促すのが悪魔のはず。それなのに、目の前の少年は清也の本音を見抜いた上で、自分の為に死ねと祈っているのだ。

「動きがトロいぞ!もう終わりかぁ!」

「うわあぁぁぁっっっっっ!!!!!!!」

 少年の刃が清也の心臓を掠めて、肩に突き刺さった。肩に、まるで燃え上がっているかのような痛みが走り、上半身全体にジンワリと広がっていく。

「諦めてここで死ね!吹雪清也ぁっ!!!」

「負けるもんかぁぁぁっっっっ!!!!!」

 肩を刺されて膝を着いてしまった清也、しかしすぐに体勢を立て直す。そして、握りしめた玩具の剣を頭上に突き上げた。

「ぐぇっ!」

 追撃を試みた少年の首に、剣が勢いよく食い込む。しかし、息の根を止めるには切れ味が足りない。

「この・・・分からずやぁぁっっっっ!!!!」

「ああぁぁっっ!!!」

 不覚を取り激怒した少年は、清也の剣を叩き折った。プラスチック製の剣は既に、限界を超えた戦いを行なっていたのだ。
 元よりそれは、幼児と幼児が遊びの範囲で使う物。逆立ちをしても、命を刈り取る為にある真剣には敵わない。

 武器を失った清也は、咄嗟に逃げ出す。しかしすぐに、少年は追いかけて来る。

(念じろ・・・念じるんだ・・・!真剣だ・・・真剣がないと相手にならない・・・!)

「来てくれ!僕の愛剣・・・フローズンエッジ!!!」

 追い詰められた清也は再び、武器の召喚を願った。しかし現れたのは――。

「どうして・・・これしか出ないんだ!!!チクショーッ!!!」

 またも玩具の剣。新品になったのは良いが、やはり威力は変わらない。

「終わりだぁっ!!!吹雪清也ぁっっ!!!」

 飛び上がり、清也に向かって剣を振り下ろす。遂に清也は死を覚悟した。

(死ぬ・・・今度こそ・・・終わる・・・。元から、勝てるわけ無かった・・・あの剣は切れ味が良い・・・飛び上がって斬り下ろされたら、こんなオモチャの剣・・・。)

 絶望し、時間が止まる。その一瞬は永遠にも匹敵する時間。

(大体・・・どうしてこんな剣なんだ!勝てるわけ無い!こんな剣じゃ・・・いや!剣ですら無い!これでは奴に勝てるわけ無い!)

 止めどなく溢れ出る絶望と怒りが、清也を黒い闇で覆い尽くす。無力な自分への怒りでは無く、公平な勝負を与えてくれない世界に対して、心の中で恨み言を吐き続ける。

(ハンデが大きすぎる・・・。これじゃ勝てない・・・勝てる訳が無い・・・。くそ・・・くそっ!)

 冷静な判断など出来ない。まるで、脳がふやけてしまったかのように、全身が熱を帯びて燃え滾っている。

(なんて不公平なんだ・・・!よく分からない世界に来て、どうして僕がこんな目に遭う・・・!僕が描いてた自立はこんなものじゃ無い!もっと・・・自由で・・・楽しくて・・・・・・・・・・・・ハッ!!!)

 彼を覆う闇が、吹き出て来た負の感情の発露がその時、一瞬にして消えた。



 そして、時は動き出す――。



「さぁ、終わりだぁぁぁっっっっっ!!!!!!」

 動き始めた刃が、殺意を込めたうねりを以って清也に迫りくる。しかしその刃は、清也には当たらなかった!

「やはり、そんな物か。」

「なにぃっ!!??」

 清也の顔に、晴れやかな笑顔があふれ出して来る。その表情は、全てが希望に満ちている。しかし、その姿は煌びやかな光に包まれており、少年からは窺い知ることが出来ない。

「な、なんでだ!?なんで!」

「僕には分かったよ。この世界の正体が。」

「そんなオモチャの剣で、どうして僕の剣を止められるんだ!」

「考えてみれば単純な事だ・・・。」

「・・・ハッ!」

 清也を包む光が取り払われ、その全容が明らかになった。そして、それを見た少年は驚愕の表情を浮かべる。

で出来る事が、剣で出来ないわけが無い!僕はもう、答えを知っていたんだ!」

 少年の放った斬撃は、清也が縦向きに構えた玩具の剣に食い込んだまま、堰き止められていた。
 彼の師が行った驚異の技、それには遠く及ばない。しかしそれでも、彼は生き残る意思を捨ててはいなかったのだ。

「世界の真実に打ち破れたお前に、僕は負けない!!!」

「な、なんだっ!?ぐぇっ!!!」

 剣を掴んだまま宙吊りになる少年に対し、清也は脇腹へ強烈な一撃を加えた。

「な・・・そんな馬鹿な!僕はもう・・・諦めたはず!!!それに、それはなんだ!」

「一本で足りないのなら・・・で戦えば良い!」

 玩具の剣しか呼び出せない清也。しかしそれでも、戦う道は残されていた。

「ぼ、僕も二本だ!来い!フローズンエッ・・・重いっ!!!」

 清也が持つ剣は玩具に過ぎない。だからこそ、少年が二本装備しても重くない。
 しかし、人を殺める為の真剣が持つ重みは、少年が持つには重すぎた。一振りならともかく、二振りも装備するなど有り得ない。

「僕はお前とは違う!絶望を希望に変える力がある!さぁ、来い!」

「望むところだぁッ!!!!」

 二刀流の清也と一刀流の清也。希望と絶望をめぐる第二ラウンドが始まった!

~~~~~~~~~~~~~~

「せりゃぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!」

「はっ!せりゃっ!でりゃぁっ!!!」

 大振りな一太刀を避け、相手の間合いへ入り連斬を加える。その姿はまるで演武のように優雅だ。

「ふっ!はっ!へぁっ!」

「うっ!ぐっ!ぐぁっ!!!」

 明らかに圧倒している。少年の剣が清也に当たる事は無く、合間を縫った清也の緻密な斬撃が、少年の頭部と腹部を三連続で強打する。

「くそっ!僕も二刀流なら!」

「いい加減、その考えを捨てろ!僕は吹雪清也じゃない!なんだ!」

「あぁっ!?何を言ってるんだ!」

「お前にも、僕にも分からなかった!現実の厳しさが!」

「僕には分かってた!だからこそ、こうして!うぶぅっ!!!」

「違うな!分かって無かった!現実は違うんだ!お前が思ってるよりも厳しいんだ!」

「何が違うんだ!言って見ろ!」

「僕は生まれた時から恵まれてた!それだけの事だった!最初から、最強の剣親の力を持ってたんだ!
 そうだよ!分かるだろ!僕たちは、”最初から無双状態の主人公”だったんだ!異世界転生する前に、既に僕らは異世界を生きてたんだ!」

「何が言いたいのか分からないなっ!」

 否定したい。認めたくない。少年は叫ぶ、自分は違うと。しかし、清也には分かっていた。そして認めていた。
 人生は、そのスタート地点が違うのだ。どう足掻いても、その事実は変わらない。

 たとえ、同じ吹雪の血族であっても、吹雪新一の家庭は清也の家ほど裕福ではない。むしろ貧しい家だった。
 それほどまでに、生まれ落ちて育つ環境は千差万別なのだ。そして清也はその中でも、最強の剣を持って生まれてきた。トランプのキングを持って、24年間生き続けて来たのだ。

「前後が逆になっただけ・・・最強の能力を与えられるのでは無く、手放したんだよ!
 僕なんて普通に生きていたら、落ちこぼれも良い所だ!それを、父さんと母さんが庇ってくれた!それなら、ハンデが有って当然じゃないか!
 無双能力を持って転生した”前世がクズ”の主人公から、無双能力を取ったら何が残ると思う!」

「言うな!言うな言うな!!!」

「”ただのクズ”じゃ無いか!そして、それが今の僕だ!そして・・・お前だぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!!!!」

「ぐぁぁぁぁっっっっ!!!!!!」

 清也の持つ剣、玩具に過ぎない剣。それは真剣の前では、プラごみと何ら変わらない筈だった。
 しかし、積み重ねた連斬どりょくが遂に、理不尽ハンデという壁を打ち破ったのだ!

 尻餅をつき、手を地面に着く少年。それを見た清也は、勝ち誇ったように宣言する。

「君の正体・・・それは悪魔じゃない!君の正体は・・・競争社会に負け、絶望し、打ちひしがれた最も弱い僕の一面だ!!!」

「違う!僕が正しいんだ!お前だって、人を殺したくないと思ってるんだろう!」

「そんなものは建前だ!これから先の人生で、僕は多くの人を殺す!間接的にも、直接的にも!
 それでも僕は負けたくない!君のように弱い自分に屈して、負けるのを恐れる奴には成りたくない!
 さぁ、終わりだ吹雪清也!僕はここを出る。そして、ただの清也として生きていく!荒波の中でも、負けない自分になる!」

 天高く剣を掲げる。それはオモチャに過ぎない剣だ。しかしそれでも、”弱い清也”を殺すためには十分すぎる”名剣”だ。



 清也はその瞬間、確実に勝ったと思った。だからこそ、少しだけ気を緩めてしまった。



「まだ・・・終わってないぞぉ!!!!!」

「はっ!?」

 清也の第六感が、その時囁いた。何かがまずいと、何かが来ると。
 そして、それは当たっていた――。

「知ってるかぁ?努力した天才に、凡人は勝てないんだぜぇ?」

「その結果が・・・これかぁっ!!!」

「お前が吹雪清也をやめるなら。俺がなってやる。それで構わないよなぁ?」

 ニタニタと笑う少年の背後には、が出来ていた。

「こんな物が・・・努力の筈が無い!」

「才能を活かす努力をした。それだけだ。」

「君は、何も変わったない・・・ぐはぁっ!」

 清也は咳と共に、口から血を吐いた。幼い体の全面が真っ赤に染まる。
 そしてその腹には、青白い刃が突き刺さっている。

「だが・・・僕は気付いた・・・世界の真理に・・・負けないと誓った!!!げほっげほっ・・・。」

「お前を殺して、僕はこの世界を出る。何が悪い?どちらも吹雪清也だ。」

「ハハハ・・・僕は・・・君ほど性格が・・・悪いわけじゃ無い・・・。」

「皮肉を言う奴が言えた事じゃ無いなぁ?」

 四つん這いになった清也は、必死に上を向こうとする。しかし、刺さった剣が邪魔で思うように体が動かない。

「僕も・・・やるしか無いなぁ・・・カッコ付かないが!」

 清也はそう言うと、強く念じた。目の前に広がる光景と同じ物を。しかし――。

「絶望を希望に変えるとか言ってたな。だけど、僕には不利な要素が一つも無いぞ。さぁ、どうする!アッハッハッハッハ!!!」

 真剣は両手に持てないから有利だった。しかし、壁となって迫って来るなら、そんな事は問題外だ。
 おもちゃの剣で作った壁では、真剣を身に纏う敵に届かない。いよいよ、清也は追い詰められていく。



 しかしその時、奇跡が起きた――。



「やめ・・・なさい・・・。あなたは・・・清也じゃない・・・あなたの負けよ・・・。」

「あ?まだ生きてやがったのか。」

 少年は、息を吹き返した少女に迫っていく。今の清也に、それを止める手段は無い。

「やめ・・・ろぉ・・・!」

 少女の元に辿り着いた少年は、彼女の顎を掴み強引に仰け反らせる。

「お前にチャンスをやるよ。さぁ、言って見ろ。どっちが清也じゃないって?あぁ?」

 正真正銘の外道。彼が吹雪清也を名乗るなど、あってはならない事だ。

「言ってくれ・・・!君・・・だけでも・・・!」

 清也は渾身の力で彼女に呼びかける。自分を偽物と呼んでもいいと。それで、彼女が助かるなら構わないと。
 しかし、そんな事に屈するような少女では無かった――。

「あなたが・・・偽物よ・・・!」

「あっそ、じゃあ死ね。」

 少年は少女を持ち上げると、屋上から放り投げた。いや、まだ息のある少女を、死体のように

「だめだぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」

 肺が破けそうに痛い。気管支は乾ききっている。心臓も破裂寸前。脳には酸素が届いてない。
 それでも清也は立ち上がり、走った!

「待っててくれ!今、助けるから!!!」

 もはや痛みなど感じない。アドレナリンの塊が人の言葉を叫びながら、屋上を神速で駆け抜けていく。
 そして、少女の後を追って飛び降りた!

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 風が顔面を噴き上げる。視界が近づくたびに、心臓の鼓動が早くなる。
 しかし、今の清也に生き残ろうという考えは無いのだ。

(もっと早く!もっと早く落ちろ!あの子に追いつくんだ!!!)

 超高層ビルの屋上からの垂直落下。常人なら、恐怖で叫びたくなる状況だ。しかしそれでも、清也は少女を救う事しか考えられない。
 落下の速度を上げる為に頭を下にして、ひたすらに加速し続ける。その姿はまるで、獲物を見つけ急降下する鷹のようだ。

(あと・・・少し!あと少しだ!)
「この手を取って!早く!!!」

「清也・・・?来てくれたの!?」

「母さんの死を、にはしない!たとえ君が、夢幻に過ぎない存在でも!」

「清也・・・その傷・・・。」

 少女は、清也の腹に出来た致命傷を、震える声と共に指差す。それは、誰がどう見ても手遅れな傷だった。
 しかし清也には、そんな事を気にする余裕もない。

「僕の事なんてどうでも良い!君だけは!君だけは助ける!さぁ、掴まって!!!」

 垂直に落下していく清也は、不自然な体勢で少女と会話する。そして遂に、伸ばされた腕を掴み取り、自身の腕の中へ少女を抱き寄せた。
 そして、抱き寄せた少女の頭頂部に向かって、自分の身が大気を切り裂く音に負けない声で叫ぶ。

「君に!どうしても伝えたい事がある!」

「何かしら・・・?」

「これはきっと、遺言になる・・・だけど伝えたい!僕は君を恨んで無い!君は悪く無い!そして何より、母さんの死は無駄じゃ無い!
 何を言ってるのか、無関係の君には分からないと思う。それでも伝えたい!僕と違って、母さんは確かにんだ!それは、僕には出来なかった事だ!」

 少女に諭す。罪を感じる必要は無いと、自分の母の犠牲は、決して無駄じゃ無いと。
 これを言えるのは、全てを知っている清也だから。未来を見てもなお、彼女を責める気は無い清也だから。

「僕は救えなかった・・・!結局、花は死んでしまった!僕の死は彼女を救うにはて、無駄な行為だった!
 だけど君は生きてる!だから、母さんの死は決して無駄じゃ無い!」

 清也の瞼から、自然と涙が出てくる。母の元に召されるのだと言う実感が、全身の細胞から溢れ出て来た。そして、いよいよ最後の遺言を残す決心をした。

「だからこそ伝えたい・・・生きててくれて・・・ありがとう・・・!」

 段々と、意識が薄れてゆく。腹部に負った致命傷から、止めどなく血が溢れ出してくる。
 しかし言いたいことは言えた。これでもう、満足したのだろう。

「さぁ・・・手を広げて・・・!僕が・・・下敷きになる・・・そうすれば・・・きっと生き残れるさ・・・。」

「思い残す事は、本当に何も無いの・・・?」

「あぁ、何もない・・・。」

 すべてが終わった。自分の旅はここで終わる。しかし、奮闘はしただろう。全力で戦った。そして負けた。

(あぁ・・・世界が・・・暗く・・・。)

 絶望とは違う。納得としか言いようがない感情。怒りも恨みも無い。ただ静かに、人生が終わる瞬間を待つ。
 しかしその時、殆ど何も聞こえない清也の耳に、が聞こえて来た。



 

「約束、守ってくれないの・・・?」

「・・・へ?んむぅっ!?」

 最後の力を振り絞って目を開けた清也。意識を鮮明にするために、呼気を取り入れようとする彼の乾いた唇に、別の柔らかい唇が重ねられた――。

~~~~~~~~~~~~~~

「どうだ!これで僕の勝ちだ!とどめは僕が刺してやるつもりだったが、自分で死んじまったなら仕方ない!」

 落下していく清也を見る事も無く、勝ち誇りながら笑い続ける。

「さてと、この腐った世界から抜け出すとするか。」

 自分の故郷でもある心の内部、その絶望の象徴に唾を吐き捨てる。

「でも、どうやって抜け出せばいいんだ?」

 彼自身、その存在意義を賭けて清也と戦っていたに過ぎない。相手を倒してもこの空間から抜け出せないなら、何をすればいいのか分からない。



 尤も、それは清也が倒されていた場合だが――。
 


「僕を倒して出れば良い。簡単な話だ。」

「なにっ!?」

 背後から聞こえて来る低い声。それは少年のものでは無い、成熟した大人の声だ。
 驚いた少年は、瞬時に背後へ振り返る。しかし清也は、その隙を見逃さなかった。

<気導弾>

「へ・・・?うわぁぁぁっっっっっ!!!!」

 少年の肩から鮮血が溢れ出る。清也が呟いた言葉、それは遠距離攻撃の技。
 少年に向けた人差し指、その先端から凄まじい威力と速度を誇る気圧の塊が、弾丸のように発射されて少年の肩を射抜いたのだ。

「ふ、不意打ち・・・卑怯だぞ!」

「本当は心臓を狙ったんだ。即死させられるように。」

 激怒した少年は、清也に向けて剣の壁を発射しようとする。しかし彼の姿を背後に探しても、どこにも見えない。

「ここだよここ、上だ。」

「はっ!?」

 それは、神々しいとしか言いようがない姿。
 人間の青年に、巨大な翼が映えている。輪郭を取り囲む後光が、彼に神の如き神秘性を与えている。

「何でそんな事が出来る!僕はのはずだ!」

「違うな。僕は僕のだ。ここが僕の心の世界なら、その全てが僕に味方をするのは当然だ。」

「違う!ここは僕の絶望そのものだ!そんな事、できるわけが無い!!!」

「違うな。ここは僕が絶望してしまった為に、絶望と化した世界。そして今、この世界は希望に変わる!!!」

 バサバサと音を立てて羽ばたく巨大な翼。その周囲を包む光が、より一層の輝きを増す。

「ぼ、僕だって!・・・で、出ない!?」

「当たり前だ。君は絶望を原動力に生きている。希望の力を享受することは出来ない。」

 少年の背に翼は生えない。どう足掻いても、かれは清也と同じ場所には並べない。

「良いさ!そんな七面鳥の羽、簡単に撃ち落とせる!行け!WALL OF SWORD!!!」

 螺旋状に隊列を組んだ剣が、凄まじい速さで清也に迫る。

「来てくれ、僕の愛剣・・・ハハッ、思った通りだ。」

 手先に現れた剣、それはオモチャの剣では無い。慣れ親しんだ相棒、主に合わせて進化する剣。

「僕の心に希望が満たされた今、不可能なんて何もない。・・・はぁぁッッ!!!!!」

「そんな馬鹿な!」

 螺旋状に並び、突っ込んで来る剣の群れ。しかし清也は、その全てを剣一本で打ち返す。

「だ、だけどこうすれば、僕に攻撃は出来ない筈だ!」

「なるほど、剣の盾か。」

 無限に現れた剣が、何百層にも連なる盾を生成する。

「僕はいくらでも剣を呼び出せる!数十本撃ち落としても、新しいのが生えて来る!」

(このまま突っ込んでも勝ち目はない・・・どうする?)

 心の中で念じる。状況を打開する力。
 絶望的なまでに強力な、血で呪われた盾。それを打ち破る為の究極の剣の到来を――。

「さぁ来い・・・すべてを貫く剣・・・法則さえも破壊する、宇宙最強の剣・・・千里千年を駆け巡る、無限の剣・・・!!!!!」

 頭の中に膨大な量の情報が流れ込んで来る。どれもこれも、今の清也には理解できない。
 しかし、清也の持つ剣には伝わったようだ。最強に至る道筋が――。

「さぁ、見せてくれ僕に!君が出来る限界を突破した能力を!」





 フローズンエッジから青白い閃光が迸る。そしてその姿は、瞬時に別の物へと変わった。
 それは、長く美しい片刃の剣。純白の美しい光を放つ刃に、透き通るような銀色の柄。その周囲には冷たい気流が渦巻いている。

「これは・・・?ッッッ!!まだ終わりじゃ無い!?」

 しかし、剣の変化はそれでは終わらなかった。刃の輝きはその鋭さを増し、青白い光を放ち始めた。
 それでもなお、清也の剣は強振を続けている。まるで、これが真価では無いと言わんばかりに、その振動は振幅を狭めていく。

 そして、増幅し続けた振動が止まった瞬間――。

 まるで、天国で響く音色のように美しい波長が、清也を中心にして広がり続けていく。空を覆う雲は黄金に染まり、現世に降臨した神を崇め奉るように太陽も輝きを増していく。
 そして、どこからか声が響いて来る。世界中に響き渡る、壮大で美しい優雅な声。





「しんら・・・ばんしょう・・・”森羅万象しんらばんしょう”・・・・・・・・・。」





「それが・・・名前・・・。」

 清也は、空中に出現した森羅万象を掴み取る。柄に触れた指先から、全身に力がみなぎって来る。
 宇宙に存在する全ての物を手中に宿したかのような万能感。それが錯覚だと分かっていても、万能を越えた全能、全ての頂点に立った感覚が全身を駆け巡っていく。

 青空よりも透き通った色をした柄、虹よりも多い色の輝きを放つ刃。
 この世にある他のどの財宝よりも美しい刀は、確かに清也の物となった――。

「ち、ちくしょーッッ!!!何で生き返った!お前の事は殺したはずだ!」

「僕は花を救えなかった。だからこそ彼女を守り、幸せにする義務がある。
 そして、彼女は僕を待ってくれている。誰かが僕を求める限り、何度でも蘇れる。」

 晴れやかな笑顔。余裕に満ちて、圧倒的な安心感を与える立ち姿。興奮もせず、ただひたすらに冷静に下界を俯瞰している。

「僕は君を倒す。残酷な現実に挫ける弱い自分を消し去って、天空を舞う不死鳥となる!」

「く、来るな!来るな来るなぁッッ!!!」

 握りしめた刀を天高く掲げる。七色の光が周囲を照らし、世界に希望が満ち溢れていく。

「これで、終わりだ。」

 刀を大きく振りかぶった清也は、剣の壁に突っ込んで行った――。
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