『無頼勇者の奮闘記』 ―親の七光りと蔑まれた青年、異世界転生で戦才覚醒。チート不要で成り上がる―

八雲水経・陰

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第五章 氷狼神眼流編

EP126 絶望世界 <キャラ立ち絵あり>

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 盛大な食事、盛大な別れの言葉、盛大な別れの歌、多すぎる客賓。
 大富豪の妻を見送る会は、夫の思いとは裏腹に荘厳な雰囲気とは言えない物だった。

「交通事故だそうですね、苦しまなかった事を祈るのみです・・・。」

「頭が潰れてるんです。一瞬ですよ。」

 若き日の吹雪悠王は、客への礼儀を取り繕う余地も無い。
 まさに虚無、その瞳は何も捉えていないのだ。最後の時を家族だけで過ごせない事への怒り、それだけが感じられる。

「は、はぁ・・・。」

 一国一城を築いた”帝王”の風格、その殺気に圧された客は、そそくさと逃げて行った。

「旦那様、そろそろです・・・。」

 5月21日、清也が死んだ日でも、未だに現職であった執事の若き日の姿。この頃はまだ一人の使用人に過ぎなかった男だ。

「あぁ、分かってる・・・。」

 大きく嘆息を漏らした悠王は、使用人と共に大衆の面前へ昇っていく。しかし、それを阻む者が居た。

「パパ!ママはどこ?どこいったの!?」

「坊ちゃん!そ、それは・・・。」

 幼い清也には、母の死が未だに理解できない。そんな彼に対して、悠王は優しくあしらおうとする。

「ママはね・・・旅に出るんだよ・・・長い旅に・・・終わらない旅に・・・。」

「なんで!?だって、まだママは”いってきます”してないよ!」

「そ、それは、突然だったからね・・・。」

 悠王の声は震え始めた。狂暴化した猫のように、瞳が小さく引き締まっていく。

「ぼ、坊ちゃんは、私と一緒に行きましょう!お父様を邪魔してはいけませんよ・・・。」

「そ、そうだ・・・。お前は後ろから見ていなさい・・・。」

 使用人は、悠王から漂う危険な雰囲気を感じ取っていた。臨界点目前の怒りが、清也一人に向けられているのだ。
 しかし、幼い清也は訳も分からないまま、更に悠王を刺激したーー。

「たびにでるならあいさつしたい!ママのかおをみた、うわぁっ!」



「そんなに見たいのか・・・なら、見せてやるから着いて来い!!!」

 恐ろしい表情。怒りではなく、憎悪だけが瞳の奥で燃えたぎっている。

「おやめください旦那様!」

 使用人の決死の制止も、いまの悠王には届かないーー。

 悠王は清也の襟をつかむと、力の限り引っ張り上げた。背後を取り囲む群衆に、どよめきが広がって行く。
 現在の清也と比較しても強すぎる腕力、怪力と言っても過言では無い。その力が清也を強引に壇上に連れて行く。

(嫌だ!嫌だ!嫌だ!見せないでくれ父さん!!!僕が悪かったんだ!頼むよ!頼むから見せないでくれ!父さん!)

 幼い自分に憑依した現在の清也は、壮絶な叫びを上げる。しかしその訴えは、たとえ声が出せても悠王には届かないだろう。

 そして悠王は、妻の棺をゆっくりと開けた。そして、顔に掛けた白い布を取り払ったーー。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!」
(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!)

 過去と現在、どちらも同じ反応をした。
 ”それ”は、子供が見るにはあまりに凄惨な姿。損壊が酷すぎて、死に化粧が間に合っていないのだ。
 美しく母性に満ちた母の顔は、”文字通り”どこにも無い。

「うるさい!叫ぶな!誰のせいだ!?お前だ!吹雪清也!」

 悠王は本当に努力した。死に化粧にも、葬式にも、会場費にも、限界を超えた額を投じた。
 世界でただ一人、生涯ででただ一人の愛する女性のためなら、破産をしてもかまわない覚悟だった。
 勿論、努力は金だけではない。別れの言葉を三日三晩寝ずに考え、事故直後の凄惨な現場にて、自らの手で妻の破片を一つ残らず掻き集めた。

 そして何よりも、清也への憎しみを抑え込んでいたーー。

「ぼ、ぼく!?ぼくがわるいの!?」
(僕が悪かったんだ!僕が悪かったんだよ!分かってる!分かってるんだ!全部、僕が悪かったんだよ!ごめんなさい!ごめんなさい!!!)

 困惑する清也と、謝罪しか出来ない清也。それでも尚、悠王の怒りは収まらない。

「お前が!お前が買い物を完璧に出来れば・・・!わがままを言わなかったら・・・!冷奈れいなは!冷奈は死ななかったんだ!!!返せよ!冷奈を俺に返してくれよ!!!」

「ちがう!ちがうよ!ぼくじゃない!ぼくがわるいんじゃないよ!!!」
(そうだ!そうだよ!僕が悪いんだ!僕が悪いんだよっ!!!!!!!)

 反応は真逆。これは一見、成長したようにも思えるが、現実逃避のプラスとマイナスが異なるだけで、絶対値は同じだ。

 あの日、清也はお使いを任されていた。それも、”自分から名乗り出た”お使いだった。しかし、その日に丁度切らしていたケチャップを、買い忘れてしまったのだ。
 帰宅後に、どうしてもオムライスを食べたかった清也は、母にケチャップを買いに行かせてしまった。そして、その帰りに信号無視の車に轢かれてしまったーー。

 恐怖と後悔、錯乱と悲哀、ありとあらゆる負の感情に支配されていた清也をよそに、その後の式は滞りなく終わった。

~~~~~~~~~~~~

 葬式が行われたホテルの屋上、その縁に幼い清也は立っていた。
 これまでに見たことが無いほどに激怒した父の姿。生前の面影を残していない母の顔。その両方に打ちひしがれて、止めどない涙を流している。

「ぼくは・・・どうすればいいの・・・?」
(生きてたってしょうがないじゃ無いか!分かりきってたんだ・・・僕のような奴はクズだ・・・生きてちゃいけない人間なんだ・・・!)

 成長後の方が遥かにメンタルが弱い。それは何故か、この後の人生を知っているからだ。
 買い物を出来ない幼児から何も変わらない。親のすねに噛り付いた、頼り無い寄生虫。それが吹雪清也と言う男の人生だ。
 母親が命を懸けて教えてくれた自立の重要性を、彼は何一つ物に出来なかった。

「ママのところにいきたいよ・・・。」
(そうだ・・・今、ここで飛び降りればいいんだ・・・。)

 その瞬間、幼い清也の肉体は主導権を現在の清也に映した。

「なるほど、自分で決めろって事か・・・。」

 人生の最期を、自分の意志に委ねる。死に際は自分で決めたいと言う者も多いが、清也にとっては酷極まりない決断だ。

「もう、未練は無いかな・・・。」

 いよいよ、屋上の梁から片足を突き出す。あと一歩踏み出せば、間違いなく彼は死ぬ。

 しかし、そんは生と死の境界を越えようとする清也の心に、一筋の疑念が生じる。
 そして、小さな感情のざわめきに触発され、自己暗示で抑え込んで来た、本当の思いが止めどなく溢れ出して来る。

「未練は・・・無い・・・?いや、無いはずだ・・・本当にそうなのか?僕には、まだしなきゃならない事が・・・。
 いや、死ぬべきだ。死ぬべきなんだ・・・僕のような奴は、生きてちゃいけないはずなんだ・・・。
 生き残れば、きっと僕は人を殺す・・・。今ならまだ、これ以上の罪を重ねないで済む・・・!」



「清也は、本当にそれで良いの?」

「誰っ!?」

 突如として、背後から響いた優しい声。全てを包み込むような、美しく柔らかい女性の声。
 その、あまりに大人びた声は小さな少女の物だったーー。

「私が誰か、そんな事は些末な問いよ。」

「君は・・・天使なのかい?」

「人は、与えられた使命を持って生まれて来る。今の私が天使なら、それは与えられた役目の一つ。
 もしかしたら、明日はあなたの妻かもしれないし、明後日には運命の軌跡で舞う、煌めきの一つかも知れない。」

「面白い事を言うんだね・・・。」

 清也には少女の言う事が少しも理解出来なかった。
 しかし、目の前の少女は今、確かに天使なのだろう。

「あなたは、使命を果たしたの?」

「魔王は倒せなかった。僕の冒険は、暗い氷室の中で終わった。それで良いのかも知れない・・・。人生の終焉が、ハッピーエンドとは限らないだろう?」

「それは違うわ。あなたには、もっと巨大な運命が待っている。魔王など、その通過点に過ぎない。」

「そうだよね・・・でも、その過程できっと多くの人が、僕のせいで不幸になる。そんなの、僕は耐えられないよ・・・!」

「あなたの幸せは?」

「僕の・・・幸せは・・・」

 言葉に詰まる。そして即座に決断する。自分は、今死ぬべきでは無いと。
 あまりにも早く、あまりにも短絡的な決断。それを十分な熟考であるとして、自分を納得させる。

「僕には救わなきゃいけない人々と、倒さなければならない者がいる。
 そして、僕のせいで死んだ母さんの分まで、幸せに生きる義務がある!」

 清也は力強く叫ぶ。視界が歪み、世界が崩壊していく。雨水を溜め込んだダムのように、絶望の渦が決壊していく。
 清也は思った。これで終わったのだと、少女の声で悟りを開いた自分は、現世に戻れるのだとーー。





「そんな簡単に逃がさないよ。」

「はっ!?」

 崩壊したはずの世界の破片が、次々と集結していく。
 屋上に登る階段。その戸口周辺に小さな人影が形作られ、清也に語りかけて来る。

「流されてるだけだ。本音では今でも、生き残るべきか迷ってる。」

 目の前の少年の聞き慣れた声、見慣れた顔、細くて幼い体躯。

「君は・・・僕!?」

 囁くようにして、語りかける少年。それはまさしく、少年期の清也本人だった。憑依した体と、全く同じ姿をしている。

「天使と悪魔。善の少女と悪の自分・・・だが、邪魔をされるわけにはいかない。
 僕は帰らなきゃいけないんだ!あの世界で、まだやる事がある!」

 火事場の理解力を発揮する。恐らく、超常的な現象にも慣れ始めたのだろう。

「じゃあ聞くよ。救わなきゃいけない人々って誰だい?」

「魔王に苦しめられてる人だ!」

「僕は、それに会った事があるの?」

「・・・ッ!!!」

「倒さなきゃいけない人って、誰なんだい?」

「それは・・・魔王とか、破壊者とか・・・。」

「それはなんだろ?
 なら、それすら見つけられない僕に、彼女の言う巨大な運命を受け入れる力があるの?」

「うっ・・・。」

 悪の自分、それは言わば本音を誰よりも理解する存在。
 何を言っても、清也すら感知していない心の深い部分を見透かし、上から論破して来る。

「戦いなさい清也!負ければ、あなたは死んでしまう!」

「ちょっと黙っててよ。大体、のは君なんだから。」

 悪の清也は、フローズンエッジを手中に発現させた。そして、その冷たい凶器はーー。

「おいっ!やめろぉっ!!!」

「君が悪いんだ。全て、君が悪いんだ。だから死ね。死ねば良いんだ。」

「きゃあっ!」

 向けられた殺意に気が付いた少女は屋上から逃げ出そうとする。しかし、悪の心はそれを許さない。少女の腕を掴んで、自らの間合いに引き寄せる。

 グサッ!ピチャピチャ・・・

 少女の心臓は無惨にも貫かれた。それだけに飽き足らず、剣でその内部を掻き混ぜ、確実に殺そうとする。

「やめろっ!!!自分が!何をしたか分かってるのか!」

「ここは僕の絶望を司る世界。なら、どれだけ僕を絶望させれるかに、その真価が問われてるとは思わないか?」

 心臓を貫かれた少女は、口から大量に血を吐きながらも、必死に清也を導こうとする。

「思い出して・・・そして、忘れないで・・・あなたには・・・私がいる・・・いつでも・・・どこまでも・・・ぐうぁっっ!!!」

 剣を力強く再び押し込まれる。今度こそ、少女は完全に意識を失ってしまった。目の光が消え、ぐったりと倒れ込んでいる。

「しぶといなぁ、早く死んでよ。」

 冷淡な声。温厚な清也の内部に、何故こんな生き物が潜んでいたのだろうか。それが、どうしても信じられなかった。

「ここから出たいなら、君を倒すしか無いわけだ。」

「君?僕の間違いでしょ?」

「お前と僕は違う。姿は同じでも、僕は君が吹雪清也だとは認めない!だから、倒す事に躊躇もしない!」

「自分から飛び降りれば楽だったのに・・・良いよ。僕が僕を殺してあげる!」

 少年は身の丈に合わせて縮んだ氷刃を、清也に向けて構える。清也の方も手先に力を込め、同様の剣を呼び出そうとした。

 しかし、清也の手元に現れたのは、慣れ親しんだ剣では無かったーー。

「ハハッ!まさか、そんな物で戦うなんて!」

「何がおかしい!」

 清也の手元に現れたのは、なんと"オモチャの剣"だった。
 木刀すら逞しく思えるほどに、柔らかく短い剣。弱くて当然である。それは清也が5歳の時に買って貰った物なのだ。怪我をしない為に、細心の注意が払われている。

「そんな剣しか呼び出せないなんて!随分と弱いんだね!」

「違う。これはハンデだ。君なんて試練にすらならないと言う暗示だ!僕は君より強い。だから武器なんて関係ない!」

 煽りに対して臆する事なく、清也はオモチャの剣を構える。プラスチック製のか細い凶器が、その重みを清也の幼い体に伝えていく。

「純粋な負の感情と、正負で揺れる感情、どっちが強いかなんて明らかじゃない?」

 不気味な笑みを浮かべる"負の清也"も、同様の構えを取る。

「僕は生きる!そして未来を掴むんだッッッ!!!」

「僕はここで死ぬ!未来など、望むべきじゃ無いッッッ!!!」

 吹雪清也と言う数多の挫折を経てもなお、未熟な人間。そんな彼の絶望と希望が、未来を賭けて激突するーー。
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