『無頼勇者の奮闘記』 ―親の七光りと蔑まれた青年、異世界転生で戦才覚醒。チート不要で成り上がる―

八雲水経・陰

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第三章 シャノン大海戦編

EP75 ただいま

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 驚いたシンが振り向くと、背後には"ここに居ないはずの男"が立っていた。

 服装は旅立ったときの物では無く、白い道着のような物を着ている。
 そして、少し逞しくなったかと思われる顔に、穏やかな笑みを浮かべ、未だに座り込んだまま泣き止まない花を見つめている。

「清也!お前何でここにいるんだ!?」

 シンは驚きを隠せない。
 清也は二人とは真逆の方向に向かって旅立った上に、二人の現在地を知っているはずがないからだ。

「僕にも分からないんだ・・・。気付いたら、ここに立ってた・・・。」

 清也は笑みを崩さないまま、困惑したような表情を浮かべている。

「というか、お前いつからそこにいたんだ!?」

 シンは慌てて聞いた。もし、花にサイズを聞いたあたりで清也がいたら、流石の彼も言い訳が出来ない。

「泣きながらダンスを始めた辺りかな?耳は聞こえないし、体は動かせなかったけど見えてたよ。
 ・・・で、何で泣いてるのかな?理由によっては・・・。」

 シンは清也の穏やかな笑みに、怒りの感情があふれ出てくるのを感じた。
 同時に、清也は脇腹の帯に差した一本の木の棒を抜き放った。
 よく見ると、それは見事に削られた片刃の木刀・・・・・だった。
 とても新しい木刀ではあったが使い方が激しいのか、かなり擦り減っている。

「ま、待ってくれ!泣かせたのは俺じゃない!」

「じゃあ誰かな?君しかいないだろ。」

 清也は目を見開いた。瞳は未だに緑色のままだ。
 シンは衝動のままに叩き切られる事がないと確信し、安堵した。

「お、お前の幻だよ!偶然、催眠術が掛かっちまったんだ!」

「・・・そうか。解除する方法は分かる?」

 清也はシンの言葉に納得し、構えた木刀を帯に納刀した。

「分からん・・・全く分からん・・・。」

 シンは本気で頭を抱えている。
 一般的な催眠状態から回復させる方法、驚かせたり、手を叩いたりなどはしたが花は回復しなかった。

「マジか・・・。」

 清也もシンと同様に途方に暮れていると、花は急に取り乱し始めた。

「清也ぁ・・・どこ行っちゃったの?・・・何も見えない・・・怖いよぉ・・・。
 嫌!嫌ぁ!!その子とキスしちゃダメ!!!
 ・・・・・・アハ♪アハハハハハハハハハ♪♪私、捨てられちゃった♪アハハハハハ♪♪」

 二人は、花の催眠状態が危険な領域に踏み込みつつあるのを察した。
 現実の全てが知覚できなくなるほどの催眠状態が、精神衛生上どれほど危険なのかは分からない。
 しかしあの様子を見るに、花の心が崩壊寸前であることは明らかだ。

「ど、どうすれば良いんだ!?」

 シンは狂ったように、いや狂ってしまい、笑い続けるだけの花を見守る事しか出来ない。
 花が笑いすぎて腰が抜けてしまい、頭から仰向けに倒れ込もうとしても、彼はそれに反応する事さえ出来ない。

 しかし清也は違った。
 彼は花に向かって、シンの目に留まらないほどの速さで駆け寄ると、倒れ込む花を助け起こした。

 そして――。



「んっ・・・。んむぅっ♡♡!?・・・はぁっ、はぁっ・・・♡おかえりなさい清也♡」

 抱きかかえられたは、王子・・のキスで正気を取り戻したようだ。

「ただいま♪」

~~~~~~~~~~~~~~

「清也♡ずっと会いたかったよ♡」

 花は目を閉じ、蕩け切った表情で清也に頬擦りをしている。
 これは、シンに一度も見せたことのない表情だ。
 清也は恥ずかしそうに目を泳がせているが、拒絶はしない。

(やべぇなぁ・・・俺もそろそろ彼女ほしくなってきた。)

 シンは大学三年で破局した恋人以来、この二年間は誰とも交際していなかった。
 それで特段に困る事は無かったが、目の前でイチャイチャされると、そうも言えなくなって来る。

「僕もだよ!でも、実はまだ修行が終わってないんだよね・・・。」

 清也は目を曇らせた。

「今日はどうやってここまで来たの?」

 花も不思議そうな顔をして聞いた。

「それが・・・僕にも分からないんだ・・・でもいっか!こうしてまた会えたし!」

 清也は恋人との数カ月ぶりの再会が嬉しく、普段よりも楽観的になっている。

「清也も帰ってきた事だし、取り敢えず昼飯食おうぜ!マスターの作り置きがあるだろ?」

 シンはカウンターの方に視線を向けながら花に諭した。
 そこには魔法訓練をしに、他の仲間を引き連れて草原に向かった酒場のマスターが、昼食用に置いて行ったパエリアがあった。

「じ、実はさ・・・僕もおなか減ってるんだよね・・・。
 師匠に自炊しろって言われてるんだけど、今日の狩りは上手くいかなくて・・・。
 もし良かったら、僕にも分けてくれないか?」

 清也がそう言うと、タイミングを見計らったかのように空腹を示す音が鳴った。
 二人は気付いていないが、清也は暗に自給自足をしている事を仄めかしている。

「おう!分けてや・・・」
「ダメ、分けない。」

 二人はほぼ同時に返事をした。
 シンは花に避難の視線を浴びせている。

「え、えぇっと・・・まぁ、花がそう言うなら・・・。」

 清也はまさか断られるとは思っていなかったので、かなり驚いたがすぐに笑顔を取り繕った。

「そんな意地悪な事言うなって!」

 シンは冗談のような口調で花に撤回を促すが、花は首を横に振る。



「だって清也には、私のご飯を食べてもらうから♡」

 花は満面の笑みを清也に向けると、側にあったエプロンを掛けて厨房に向かった。
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