『無頼勇者の奮闘記』 ―親の七光りと蔑まれた青年、異世界転生で戦才覚醒。チート不要で成り上がる―

八雲水経・陰

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第五章 氷狼神眼流編

EP137 全てを掴みたい

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その目に映るは無限の欲。
限界を知らない愚者は、遂に諦める事を忘れた――。

―――――――――――――――

 この四ヶ月半で一体、何度木刀を振るっただろう――。
 一日3000回の素振りは絶対で、資正との稽古では一日に2000回は振った。その後の鍛錬や自主練も合わせると、100万は余裕で越している。

 肉体は完璧。あとは精神の問題。それが分かっていても、滝に打ち込む木刀は、亜音速の壁を越えないのだ。

 アランが来訪し去ってから、既に2日が経った。あの日から、清也は一睡もせずに打ち続けている。その精神力は、吹雪の剣豪にも通ずる物がある。
 夕飯時に戻らない清也を心配した資正が滝に向かうと、そこにいたのはだった――。

「では、そろそろ休んだらどうだ?目の下が真っ青じゃ・・・。」

「・・・。」

 答えは沈黙。即ち、師の忠告にも耳を貸さないのだ。
 ただ無心で滝を打ち続ける姿には、資正も同情した。だからこそ、声を掛けていると言うのに。

「握り飯を持って来たぞ。・・・食うか?」

 資正の問いかけに反応して、清也は滝を薙ぐのを一瞬止めた。
 そして資正の方に振り向きざま、足元から何かを拾い上げた。

 それは、乱暴に食い荒らされた鳩の死骸だった。もっと言えば、”清也の食事痕”である。
 どうやら彼は、不足したタンパク質を”生の野鳥”から得ていたようだ。食中毒を鑑みない執念には、鬼気迫るものがある――。

「・・・。」

 無言のまま、瞳を睨み付ける。その表情には”邪魔をするな”という強い意志が現れている。

「お、おう・・・一応、ここに置いておくぞ・・・。」

 資正は草で巻いた握り飯を大岩の上に置くと、清也の”縄張り”から立ち去ろうとした。
 しかしその去り際に、師としての教えを僅かながら残した。

「心を込めぬ太刀に、力は宿らぬのだ・・・。」

~~~~~~~~~~

 腹が減った清也は、二日ぶりに現れた調理された食事に気を取られてしまった。
 その誘惑に負け、48時間近く続けた修練を中断させる。

「・・・。」

 やはり今回も、無言のまま食事をとる。師に感謝しつつも、思考は鍛錬から揺るがない。

(どうすれば越えられる?亜音速だ・・・音速じゃない・・・。音に迫る速度でいい・・・音・・・音の速さ・・・音の速さってなんだ・・・。)

 音、その不可視の概念に迫る戦い。その感覚が分からない――。

(音って・・・何だ・・・姿を浮かべろ・・・その姿・・・。)

 資正の姿を喩えるなら、それは正に”稲妻”。
 しかし、稲妻の如き速さで在りながら、”流水”のように繊細だった。

(それが・・・必殺剣・・・。)

 滝を薙ぐには二種類の力が必要なのだ。清也は今、それを理解した。
 強引な稲妻では、試練に拒絶される。斬るのではなく、乱してしまうのだ。
 柔らかな流水では、試練を捻じ伏せられない。斬るのではなく、打ちのめされる。

 資正はその両方だった。なだらかな流れに、稲妻を込める。それができれば良い。
 
(何が足りない・・・!考えろ・・・亜音速の勢いと、繊細な太刀筋・・・!何を持っていれば、手に入るんだ!!!)
 
 寝不足で興奮した清也は、激昂のままに岩を殴りつけた。
 繰り返しても、繰り返しても、その壁を越えられない。その焦りが、清也を追い詰める。

「あと何回・・・!何十回!何百回!何千回!何万回!繰り返せば・・・到達できるんだッ!!!」

 繰り返せば、いつかは到達できる。それだけを頼りに、この二日間で”6万回”は打ち込んだ。しかしそれでも、何かが足りない――。

「慣れが足りない!?それとも、心が弱い!?心・・・心なのかっ!!!???ああぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」

 発狂も同然の叫びが、雪山に響き渡る。届かない思いが、絶望の波動となったのだ――。
 髪を掻きむしり、のたうち回る。その姿には、穏やかな清也の影が重ならない。



 狂暴な叫びに呼び寄せられ、資正は家から飛び出した。危機感を感じさせるほどに、その叫びは差し迫っていたのだ。

「おい!しっかりしろ清也!」

 暴れまわる清也を押さえつけ、肩を懸命に揺する。

「うるさいッ!!!うるさいうるさいうるさいッッッ!!!!!!」

 尊敬している師に対して、乱暴な言葉を投げてしまう。
 資正を払い除けた清也は、強迫観念に突き動かされるように滝に向かっていく。そしてそのまま、再び滝に打ち込み始めた。

「やめろ清也!もう良い!もう良いんだ!お前は・・・もう十分にやったでは無いか!!!」

 悲痛な叫びを上げながら、を師自ら押さえつける。
 その行動は異常でも、心情は尋常だ。むしろ異常なのは清也の方――。

「諦めろって言うんですか!僕に・・・諦めろって言うんですか!!!そんな事出来るわけ無いでしょう!!!」

 今の清也は完全に狂っている。それは寝不足の影響では無いだろう。眠っていた潜在意識が、彼を駆り立てているのだ――。

「落ち着け清也!落ち着くのだ!何故に、そこまで拘るのだ!!!お前は若い!今が無理でも、いずれは到達できる!!!」

 振り解かれそうになりながらも、決死の思いでしがみ付く資正。
 それもそのはずだ。彼は、こんなことを望んでいなかった。ただ、目指すべき場所を示しただけ。焚き付けはしたが、これ程に追い詰める気は無かった――。

「お前は十分に強い!奥義など、手段に過ぎないのだ!それが無理でも、お前には幾らでも手段が有る!」

 真っ当な主張だ。しかしこれは、である。今の清也はそれに程遠い。

 渾身の叫びを聞いた清也だが、その心は変わらない。反抗心を剥き出しにして、吠え猛る――。



「もう諦めたくないんです!手を伸ばせる物は、!!!それが、僕です!!!今の僕は、どこまでも行けるはずなんだ!!!!!」

 現実を否定し、夢想を追い求める姿には、大人の威厳など存在しない。今の彼は、おもちゃ売り場で駄々をこねる幼児と変わらない――。

 しかしそれも、ある意味で当然の結果だった。
 人は絶望を繰り返して大人になる。思春期の挫折と努力が、人を成長させるのだ。

 しかし彼は、そうでは無い。望む物を与えられて生きて来た彼には、挫折も努力も絶望も無い。ただ、惰性のままに生きて来た。
 存在しなかった思春期のしわ寄せが、大人になった今に来ている。今の彼は””、その目先には”諦め”の二文字は無い。
 
 あるいは、諦める事を忘れてしまったのかも知れない。”自らの手で望む事”を諦めて来た彼にとって、それ自体が恐怖だった。
 何かを取り溢せば、ような観念が、彼を覆っているのだ。

「生まれ変わったんです!ならば、変わらなきゃ嘘だ!!!何も無いからこそ、全てを掴みたい!それの何がいけないんです!!!」

 封じ込めて来た24年分の欲望が爆発する。
 自分なら、目の届く範囲の"何処へでも行ける"と言うが、度を越した野望を与えているのだ。

「自分の手で目指せる物なら!僕は目指すべきなんだ!
 与えられる自分じゃない!手に入れる自分を、僕は大きくしたい!それだけなんです!」

 さも当然のように暴論を振りかざす。だが、これは紛れもない本心だった。
 親も従者もいない世界で、新生活を送る。夢のような現実の中で得た""。その手先が""という理想に発露した。

 何にも”手を伸ばさなかった”から、前世で”腐った”。
 それを実感したから、全てに手を伸ばしている。どんな苦痛も経験し、どんな鍛錬にも挑む。そこに不可能は存在しない――。

 剣の道が自らの手に馴染んでいる事が、彼自身にも分かっていた。
 だからこそ、この夢幻を挫折したく無かった――。

「止まらない・・・いや、止まれないんです!止まったら、また僕は戻される!
 それじゃダメなんだ!進まないと・・・!進んで・・・戦って・・・そして掴むんだ!」

「もう・・・諦めろ・・・。二日が過ぎた・・・これ以上やれば、魔王への足がかりを失いかねんぞ・・・!」

 資正の言う通りだ。この修行には、明確なタイムリミットが存在する。
 教団の活動日に間に合わねば、ラドックスに向かう軌跡を見失う。そうすれば再び、"ドゴル旅団の悲劇"が繰り返される――。

 もう既に、清也は十分な強さを持った。間違いなく、だろう。魔王に挑む際にも、不足がない力だと断言できる。



 しかし、清也の心にあるのは別の考えだった――。



「「「教団は!でも、今を逃せば!僕は””を以って、生きていく必要がある!それではダメなんだッッッ!!!」」」



 一瞬、世界の空気が停止した。
 数秒の後に動き出したそれは、強烈なうねりを以って資正の心を打った――。





「甘ったれるなぁッ!この!大馬鹿者がぁぁッッッ!!!」

「・・・え?」

 バシンッッッ!!!!!

 資正の放った、全身全霊の平手打ちが炸裂する。清也の頬が抉れる音が森全体に木霊した――。
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