『無頼勇者の奮闘記』 ―親の七光りと蔑まれた青年、異世界転生で戦才覚醒。チート不要で成り上がる―

八雲水経・陰

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第五章 氷狼神眼流編

EP138 明鏡止水

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 弾き飛ばされた清也は、全身を大岩に打ち付けた。
 体の痛みよりも、心を打たれた衝撃が全身を駆け巡る――。

に溺れ、大義を見失ったか!!!貴様の腕に掛かっておるわ、この世を生きる一億の命であろう!
 自らの野望に邁進するのに、責務を怠ってどうするか!他者を犠牲にする気なら、そんな夢は捨てろ!!!」

 資正は、いつになく激怒している。初対面の時とも違う、私怨の篭った怒りだ。

「力に手を伸ばすは貴様の勝手だ!だが、少しは周りを見てみろ!貴様を求め、手を伸ばす者がいる!勇者を求める者がいるのだぞ!
 そんな希望を振り払い、弱き者の手を取らずして、何が武人であるか!そんな奴、畜生にも劣る外道だ!」

「何故そんな事を言うんだ!僕は勇者なんだ!なら、出来る限り強くなるのが当然の」

「黙らんかぁッ!!!」

 資正の放った殴打が清也の鼻を直撃し、脳を強振させる。その衝撃に、清也の鼻からは血が垂れ始めた。

「貴様は誰だ!答えてみろ!」

「勇者でなくて何なんだ!!!」

「ふざけるんじゃ無いッ!!!!」

 資正はそう言うと清也を組み伏せ、馬乗りになった。その勢いのままに、顔面を殴りつける。

「いってぇな!やめろよッ!!!」

「黙れ小僧!答えねば、何度でも殴るぞ!」

 もはや、いつもの清也の面影はない。喩えるなら、父親に説教される中学生だ。
 思いつく限り乱暴な言葉を浴びせ、資正を振り解こうとする。しかし二徹明けの体では、その怪力に遠く及ばない。

「貴様は何だ!答えてみろ!」

「剣士だッ!」

「違うだろうがぁッ!!!」

 またしても顔面を強打され、意識が朦朧とする。どうやら、資正の求める答えを言うまで、この説法は終わらないらしい。

「一体・・・何が・・・言いたいんだ・・・。」

「剣士である前に!勇者である前に!貴様はであろう!ならば、人の道を外れてどうするのだ!
 叩き込めるだけの武士道を、貴様に説いてきたはずだ!野望にかまけて、我が教えを忘れたか!」

「・・・僕は・・・人間・・・。」

 心の熱が、鼻血と共に抜けていく。
 そうなると、たった今まで言っていた事の横暴さを自覚し始める。

「僕は・・・なんて事を考えてたんだ・・・。いまこの瞬間にも、ラドックスが何かをしてるかも知れないのに・・・。」

 絶叫と共に森林へ引き摺り込まれる被害者の姿が、脳内で再生される。
 連れ去られた者たちは、良くて奴隷労働。最悪の場合は死んでいるだろう。それなのに、それを見過ごして鍛錬に浸るなど、人として間違っている。

 反省の色を見せた清也に対し、資正の態度も軟化する。
 馬乗りになっていた姿勢から起き上がり、見下ろすように話しかける。

「遠すぎる野望へ手を伸ばす前に、まずは手元を見るのだ。
 一歩ずつ、少しずつ進めば良い。取り敢えずはだ。今だけを考えろ。
 先にある事や、過去を振り返るのではなく、今を考えるんだ。そうすれば、道に迷う事はない。」

 資正はそれだけを言うと、清也を置いて下山した――。

~~~~~~~~~~

「・・・ずっと走ってきて、疲れてたんだな・・・。」

 雪がチラつき始めた曇天の下で、現状を省みる。
 岩に寝そべり、ただ淡々と自分を見つめている。

「あと何回やれば、到達出来るか・・・そんな事、分かる訳ないのに・・・ハハッ・・・アホだなぁ・・・。」

 師の教えを反芻し、自らの愚行を笑い飛ばす。そうする内に、スッキリと思考が冴えてきた。

「最強なんて物を目指して、鍛錬するのは間違ってる。僕には使命があるんだ。強さなんて、その過程に過ぎないのに・・・。
 何度滝を打っても成功しないなら、諦めれば良かったんだ。それなのに、いつかは出来ると信じて挑むなんて・・・アホらしいな・・・。」

 "アホらしい"と言う単語を発する事で、気持ちに整理を付けようとする。これまでの努力を否定し、新たな指標を目指そうと言うのだ。
 しかし、それでは何かが違う。何かが引っ掛かる。考えの根底に、致命的な欠陥があるのだ。

「"いつか"は出来る・・・だが、その"いつか"が来ない・・・。何がダメなんだ・・・?どうすれば"いつか"に・・・・・・・・・あっ。」

 鍛錬に残された時間は、ほとんど無い。
 その中で、存在するか分からない"いつか"を求めるのは、明らかに不合理だ。



 その矛盾の中にある"一つの悟り"を、清也は遂に理解した――。

「ハハッ・・・なるほど、心の問題ってのは・・・。」

 二日間の鍛錬の果てに得た悟り。それは既に、資正によって示されていたのだ。
 それを実践するために、最後の力を振り絞って木刀を握り締める。呼吸を整え、滝の前に立った。

(心を・・・込める・・・!)

 清也の中に、確かな道が示された。今にして思えば、単純な話である。

 滝を斬ったから、最強になれるわけでは無い。
 滝を斬ったから、世界を救える事も無い。
 滝を斬ったから、自分が満たされるわけでも無い。

 言うなれば、この行為には未来が無いのだ。
 幾万の失敗の果てに得た成功も、結局は何の意味もない。ただ、"滝を斬った"と言う事実だけが存在する。
 だが清也は、それを分かっていなかった。だからこそ先にある物を目指して、滝を打っていたのだ。
 この鍛錬は"未来を目指す"のではなく、今という概念に組み込まれた"事実に過ぎない"のだ――。

 それを悟った者に出来る事はただ一つ。
 未来を夢想する事なく、過去を想起する事なく、全身全霊を今に注ぐ事だけ。

 悟りの先に得た結論が、清也の口より精神統一のとして発せられた――。



<我が一刀に心を込める、その先に何も無い。
 我が一刀に心を注ぐ、未来に望む物は無い。
 我が一刀に心を捧ぐ、来た道に明日は無い。>



 何かを得るためでも無く、何かを望むためでも無く、何かを諦めるわけでも無い。真実の虚無が、彼のを照らし出す。

 精神を統一し、細胞の一つ一つが刃に集約する。
 そこには雑念も、興奮も、煩悩も無い。ただ一つ、流れ落ちる水音だけ。

 真の精神統一、それは全てが一点に集約した状態。意識はそこに無く、剣と体に境界は無い。
 今の彼は吹雪清也では無く、古今東西を生きる生物の一個体に過ぎ無いのだ。
 ただ、握りしめた木刀の柄と、流水が岩を打つ音だけが世界の全てだ。

 詠唱を終えた彼は、自らの"鼓動が呼吸と重なった刹那"を感じ、握りしめた木刀にを込める。
 そして、音から感じ取る滝の気配を、直角に薙ぎ裂いた――。



<<<刹那氷転>>>

 静かな、ただひたすらに静かな太刀の残穢が、雪に染められた山林を駆け巡る。
 そこに威勢は無く、ただ一つの刃が世界を斬った音のみが残った。



 目を開けた清也の眼前で、滝は流れを止めていた――。

~~~~~~~~~~

と言った直後に成功するとは・・・変わった奴よのぉ・・・。」

「すいません・・・。」

「いや、良いのだ。新たな悟りを開いたのだろう?」

「はい!」

 嬉しそうに笑いながら、達成感を噛み締める。

「大器が晩成する理由は、手元にある成功を積み重ねるから。だからこそ、未来を見据えた末に、今を蔑ろにしてはならんのだよ。
 お前の太刀には、"成功する未来"を望む意志が篭っていた。そんな心では、刃に力は篭るまい。」

 資正の出した教え。それは清也の至った結論と同じだった。
 "最強"や"奥義習得"と言った雑念は、心を鈍らせる。未来に向けた心持ちでは、現在が疎かになってしまう。
 その結論の果てに、清也は"滝を切る"という行為だけに精神を統一させたのだ。そこには、他の意思は何も入っていない。

「師匠・・・先ほどは失礼しました・・・。」

「いや、良いのだ。考えを改め、反省する事に"悟り"の真価があるのだ。」

 悟りを得たおかげで、資正とのわだかまりも解けた。
 そして清也は、師との関係が改善したことを感じ、少しだけ悲しい報告をする。

「師匠・・・実は、滝を止めた時の衝撃で、頂いた木刀が・・・。」

 申し訳なさそうな態度で、握りしめた物を見せる。
 白樺で作られた高質の木刀は、見込みある弟子の為に資正が自ら彫った物だった。

 しかし、清也が握りしめている物は、既に木刀では無かった――。

「折れてしまいました・・・。せっかく作って頂いたのに・・・すいません・・・。」

 修業の日々を共に過ごした相棒は、パックリと折れていた。その様子には、資正も少しだけ驚いている。

 しかし、その"驚き"は落胆ではなく"物珍さ"による物らしい。

「・・・いや、良いのだ。この刀自身が、其方をひとかどの剣士として認めたのだろう。
 雑に扱ったからではなく、疲労で折れたのだ。断面を見れば分かるだろう。」

 返された木刀は、縦向きに二分割されている。良く見るとその断面は――。

「木目に沿って・・・割れている・・・?」

「そうだ。このような事は滅多に起きない。だからこそ、刀自らの意志で割れたのだとも思える。それは既に、この木刀が其方には"不要"だと言う表れだ・・・。
 思い残す事が無いなら、明日にでも出発するがよい。半年にも満たない期間であったが、本当に・・・良く頑張ったな・・・。」

「師匠・・・。」

 これまで見たことが無いほどに、優しい笑みを浮かべた資正。それを見た清也は、自然と泣きそうになる。
 辛かった日々の全てが、その一瞬に報われた。そして清也は、長かった修業が遂に終わったのだと強く自覚した――。
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