『無頼勇者の奮闘記』 ―親の七光りと蔑まれた青年、異世界転生で戦才覚醒。チート不要で成り上がる―

八雲水経・陰

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第三章 シャノン大海戦編

EP90 希望の槍

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「えぇっ!あれって恐竜なの!?」

 古生物に関しての知識が浅い花は、視界の奥から迫り来る存在こそがだと気が付けなかった。
 だからこそ、尖った口先と灰色の体色、逞しい尾鰭と優雅な泳方などの特徴から、イルカであると判断したのだ。

 その点、シンは一目見ただけで対象の正体と危険性に気が付いた。むしろ、気が付けない訳が無かったのだ。

「恐竜じゃない!魚竜だ!
 見たことあるに決まってるさ!なんせなんだからなッ!
 喋ってる暇があるなら、さっさと行け!」

 シンは花をアトランティスに向けて大きく押すと、首に掛けたを外して、握りしめた。

「シン!?まさか戦う気なの!?」

「当たり前だ!お前はさっさとアトランティスに入れ!ここは俺が食い止める!」

 シンはそう言うと海竜たちのいる方向に体を向け直して、大声で叫んだ。

<ワンダーランス・タイプ!>

 シンが呪文を叫ぶと、手に持った黄金の立方体はシンの意に応じて自在に収縮する槍へと変質した。
 そして、その刃先は10頭はいると思われる海竜の群れに向けられた。

 シンは深く息を吸って呼吸を整えると、小さく呟いた。

「お前らみたいな絶滅した奴らに会うのは、昔から夢だったんだ・・・だからこそ、全力で殺してやる!!」

 現在の地上で頂点に君臨していると、古代の海洋を跋扈していた
 本来交わるはずの無かった二つの存在が、地球から遠く離れた世界で激突する――。

~~~~~~~~~~~~

 先に仕掛けたのは海竜達だった。
 新たな獲物の登場に、興奮を抑えられなくなったのだ。

 獲物はたったの二匹、超能力の類は一切持ち合わせていない彼らでも、男の方が肉体的にも精神的にも強い事が本能で察せられる。

 だが、彼らは既に空腹状態を脱していたのだ。
 ならば考える事はただ一つだ。明らかに弱い方、即ち女だけを連れ去って巣穴でじっくりと捕食すれば良い。

 それに女の方が肉が柔らかく、胸部や腹部、臀部などに脂が乗っている事は先程、3班を貪り食って味を覚えた事で理解している。

 海竜の群れ全体が、花に向かって一目散に迫って行った。

「お前らの相手は俺だっ!!」

 しかし、シンはそれを許さなかった。

 もはや槍と言っては差し支えのある程、グニャリと変形した希望の槍。
 それは元の10倍以上の長さに伸びて、先頭を泳ぐ一頭を口先から貫いた。
 体内に侵入した槍先は、海竜の内部を破壊しながら体外へと排出され、その海竜を絶命に至らしめた。

 海竜たちに仲間意識のような物は無い。
 ただし仲間が死ねば、自分の身にも危険が迫る事は理解できる。
 彼らの標的は捕食対象としての花から、攻撃対象としてのシンへと移った。

 シンの元に、残った九頭の海竜が一直線になって迫って来る。だが、それはむしろ悪手だった。

「直線上に並ぶと危ないぜぇっ!!」

 シンがそう叫ぶと、海竜が突き刺さったままの槍が群れの方へと伸びていく。

 針に糸を通すかのように正確な操作で、シンは海竜の隊列を抉り抜いた。
 最初の一頭と合わせて、合計五頭の海竜が絶命した状態で槍の串刺しになっている。

 しかしシンはそこに来て、希望の槍が伸び辛くなって来たのを察した。

(ちっ!これが射程の限界か!・・・それならこうだ!)

 シンは槍が限界まで伸び切ったのを悟ると、逆に元々の長さまで縮こめる事を決断した。

<トライデント・タイプ!>

 シンが大声で叫ぶと、30メートルほどの刃付きの長縄は、3メートルほどの三叉の槍へと瞬時に収縮した。
 刺さったままになっていた五頭の海竜は、突然短くなった槍のリーチに収まらなくなり、一頭を残してスルりと刃先から抜け落ちた。

 その間も残りの海竜たちはシンの方へと迫ってくる。
 失敗から学習した彼らは縦一列になる事を諦め、散開した状態でシンの事を包囲した。

 こうなって来ると自由自在に動くとは言え、槍一本で全ての攻撃を防ぐ事は不可能だ。

 しかし、シンはそれを考慮して故意に一匹だけ海竜を刺さったままで維持したのだ。



 槍という武器の弱点を無理矢理に挙げるとすれば、それはの無防備さと、事であろう。

 槍の柄でいくら殴打しても、人間相手ならまだしも海竜には致命傷を与えられない。

 その弱点を補完する為の秘策こそが、刃先に串刺しになったままのと、以前ソントで購入しただった。

 刃先以外での攻撃性が低いなら、刃先の範囲を無理矢理に広げてしまえば良い。
 即死とはいかずとも、自らとほぼ同じ質量の物体が衝突すればタダでは済まされない。

 懐に入られるのが辛いなら、手元で攻撃する武器を別に用意すれば良い。
 シンはこの時のために拳鍔の棘を黄金素材の物へと取り替えて、鋭利さと可変性を与えておいたのだ。

 短絡的な思考ではあるが、この戦法は知能の低い海竜相手では、驚くほどに有効だった。

 四方から次々と海竜が攻撃を仕掛けて来る。

 シンはそれらを一頭ずつ処理するために、二頭以上の攻撃が重なった際には、片方を槍で弾き返し、もう片方は鋭利な拳鍔で殴り付けた。

 そんな極限の攻防を数分間に渡って繰り返した末に、遂に最後の一頭の攻撃がシンのという攻撃によっていなされ、その隙に一閃の突きを急所に加えられて絶命した。

 邪魔する者の無い水中で、五頭の海竜と一人の人間が牙と槍を交えて死闘を繰り広げる光景を、花は遠巻きから見守る事しか出来なかった。

~~~~~~~~~~~~~

「ふぅ・・・終わったか・・・。」

 シンは体中が水浸しの状態でも分かるほど、自分の体が汗ばんでいるのを感じた。
 そして、海竜たちが確実に死んでいる事を確認すると花のいるアトランティスへと泳いで行った。

「怪我は無い?」

 花はまだ遥か遠方にいると言うのに、何故か声が聞こえて来る。
 その事によって思い出したが、この泡には通信機能があったのだ。

「擦り傷が数箇所、アイツら肌荒れだったみてぇだ。」

 シンはの事をと皮肉るくらいには余裕があった。声も元気そうである。

「フフフ♪分かったわ!魔法で治すから、早く来なさい。」

 花は死闘の勝者に対して、優しく声をかける。

「あぁ、ありがとな。」

 シンはそう言うと、ドッと疲れが出てきた。
 十頭の海竜と肉弾戦を繰り広げたのだ。むしろ、疲れていない方が変である。

 しかし、何はともあれ勝ったのだ。その事がシンを雄大な安堵感で包み込んだ。



 しかし、時として安堵はと同義である。

「ん?何だこの赤い・・・水・・・?」

 シンは背後からの水の流れが明らかに異質になったのを感じた。
 それと同時に暗くサラサラとした青色の水に、赤くドロドロとした何かが絡み付いているのを感じた。
 シンは完全に固まってしまい、背後を振り向く事が出来ない。

「シンっ!!後ろッッ!!!!」

 花が大声で叫んだ事で、シンはやっと振り返る覚悟が出来た。



 背後にいたのは魚竜では無かった。
 巨大なワニのような新たな海竜がシンに向けて、大口を開けている。

 シンは、その正体を瞬時に悟る――。

「今度は・・・・・・かよぉッッッ!!!!」

 シンは一目散に逃げ出したが、全長20mの本物の海竜と170cmではその速度差は話にならない。

 そして、海竜はそのままの勢いで、その巨大な口を

「きゃあああぁぁぁッッッ!!!!!」

 花はその光景を目にして、即座に叫んだ。



「足を・・・持ってかれたッッッ!!!!!」
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