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第八章 魔人決戦篇

EP205 勇者の血脈

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 轟きの谷にある村は、決して大きな物ではない。
 だが、近隣に住む多くの生存者が避難して来た今となっては、その地形も相まって強固な"要塞"と化していた。

 大型の兵器や、魔法設備による遠距離攻撃は勿論、急拵えとは言え頑丈な石垣。それを守るように配備された、魔法使いや戦士たち。そして、手早く敵を見つける為の見張り台。

 有りとあらゆる設備が新設され、1週間前と比べてもその様相は様変わりしていた。

 だが、それでも限界があったのだ。
 朝と夜の概念を無くした世界に取り残された人々は、身も心も疲弊し切っていた。
 それなのに、無尽蔵に湧いて出る怪魔の群れは、疲れを知らずに襲い掛かって来る。

 一人、また一人と減っていく仲間を弔う余裕も無く、新たな敵襲が起こるのだ。
 休んでいる暇もなく戦い続けても、事態が好転する兆しは微塵も無い。それでいて、食料と水だけは減って行く。

 生きる意志すら、とっくに消えている筈だった。
 こんな世界に、希望を持てる筈が無かったのだ。

 だが、彼らは諦めていなかった――。

「軍人上がりを舐めるなよッ!!!」
「ウチの子は渡さない!!!」
「マリナちゃんを返してよッ!!!」

 老若男女、ありとあらゆる人間たちが背中を預け合って、命がけの戦いを続けている。
 既に隠居していた老人も、子供を連れた女性も、クラスメイトを奪われた小学生の少女も、戦わずには命を繋げない。

 だが、彼らは次第に追い詰められていく。
 建物に籠城し、窓に張り付いて中を伺う怪魔たち。それを引き剥がす事すら、人間の力では難しい。

 いよいよ、窓を破られそうになったその時――。

<<<竜巻殺法!!!>>>

 窓の外から響いて来た、怒号交じりの掛け声。
 その直後、周囲に纏わりつく無数の怪魔は、悉く粉砕されて霧散した。
 窓を蹴破って、征夜はダイナミックに突入して来る。

「皆さん!大丈夫ですか!」

「ありがとな坊主!助かった!これで俺たちも加勢できる!」

「いえ、あなた達はここに居てください!」

「は?どうして?」

「ここは僕に任せてください!」

「無茶言うな!」

「大丈夫ですから!」

「お、おい!ちょっと待て!」

 老人の制止も聞かずに、征夜は飛び出して行った。

~~~~~~~~~~

 万全じゃないとは、何だったのか。恐らく花の誤診だろう。
 全身を流れる血流が騒めき立ち、自分でも信じられないほどの力が湧き出て来る。

「数が多いな・・・!」
<<旋風狼剣・伍式いつしき>>

 金剛霜斬を繰り出すために作り出した、旋風狼剣と名付けた五つの技。征夜はそれらを総括して、”伍式”と呼んでいた。
 まとめて繰り出すと”最終奥義”へと化ける技だが、別々に繰り出した方が体力的にも楽だ。
 そして何より、正しい順番に沿わなくて良いので、臨機応変に対応できる。

(竜巻・竜巻・疾風斬・疾風・竜巻斬・吹雪・吹雪・・・竜巻殺法!)

 ”格闘ゲームの確殺コンボ”ばりに、途切れなく多様な技を叩き込んで行く。
 征夜からしてみれば、この程度の怪魔など数が多いだけの雑魚に過ぎない。
 背後を取られようが、空襲を受けようが、何の問題も無く対処しきれる相手だ。

 だが彼以外にとって、押し寄せる怪物たちは恐怖の存在でしかない。
 それなのに、一体ずつでも恐ろしい相手を、征夜は次々に斬り倒していく。

「す、すげぇ・・・!」
「ずっと寝てた兄ちゃん・・・あんな強かったのか!」
「流石は花さんの彼氏だ・・・!」

 手をこまねいて見ていても、勝手に敵が死んでいく。
 むしろ、割り込めば足手纏いになる事が分かるので、本能的に退避しているのだ。

 そんな調子で戦闘を続けていると――。
 
ヒヒィーーーンッ!!!

「・・・え?サラン!?」

 背後から響いた美しい嘶きに、征夜は思わず振り返った。
 そこに居たのは勿論、サンダーランスだ。だが、彼女だけではなかった。

「指揮者は馬に乗る・・・当然よね?」

「花・・・!」

 いつもの何倍も神々しく、そして美しく見えるのは何故だろう。
 以前は自分が花に頼り切りだったし、最近は花が自分に頼り切りだった。
 しかし、今は違う。互いに頼り合って、困難に立ち向かうパートナーだ。そう思うだけで、なんだか嬉しくなる。

「さぁ、行くわよサンダーランス。
 私たちの実力を、征夜にも見せてあげましょう・・・!」

ヒヒィーーーンッ!!!

「僕だって負けないさ!!!」

 突進したサランと花に背を預けて、征夜は敵の大群を薙ぎ倒した。
 砕け散って散乱する怪魔の残骸を蹴飛ばしながら、彼はひたすらに斬り続ける。

 ふと視線を花に向けると、サランと彼女のコンビは征夜と同じくらい敵を倒していた。
 しかし、彼女の戦いの方が何処か優雅で、それでいてワイルドにも見えた。

 狭い計画を滑走しながら角で突き破り、溢れる稲妻で敵を焼き払うサラン。
 その背に乗って血を浴びる花は、微塵も怯む事なく戦い続けている。
 優雅でワイルド。矛盾しているように見えて、結局は美しいと言う一点に、観点が集約しているように思える。

「征夜!正門は大丈夫!裏門に向かって!」

「分かった!」

 敵の数がまばらになり、花が一人で十分に対処できると察した征夜は、他所の防衛の援護に回る事にした。

~~~~~~~~~~

 伍式を連発しながら村を横断した征夜は、すぐに裏門へ辿り着いた。

 しかし、そこには既に先客が居た。

「やっと起きたのかよ!寝坊してんじゃねぇぞ!」

「シン!」

 銃が無くても、能力が無くても、彼には関係なかった。
 前世から持ち込んだフィジカルと、持ち前の格闘センスで、十分に戦えるのだ。

<<<暴凶・翔足四連弾・改>>>

 特に彼の、華麗で鋭い足技は敵を次々と薙ぎ倒す。
 頭を粉砕し、腹を突き破り、手足を寸断する。
 とても人間業とは思えない体術が、隙間なく繰り出される。

 征夜も負けじと、伍式を連射する。
 だが、どうにも敵が"足りない"。征夜とシンを相手するには、数が足りないのだ。

「こんな所に、俺らが二人居ても仕方ねぇ!
 お前は、上から村に入り込んだ奴をやれ!」

「任せた!」

 征夜は裏門をシンに任せて、既に村へ侵入した者を刈り取る事にした。

~~~~~~~~~~

 村に入り込んだ敵は、門に集まった者たちよりも幾分か強かった。
 それも当然だろう。門に集まるのは、謂わば歩兵たち。陸路による侵入しか出来ないのは、単に空を飛べないから。

 だが、それらはシンと花が食い止めている。
 つまり、今の村に入り込んでいるのは、渓谷の上から攻めて来た敵。つまり、空を飛べる者たちだ。

「手応えが・・・あるなぁッ!!!」

 当然ながら征夜は、空を飛べないのだ。
 だが、空を飛ぶ敵を撃ち落とす手段はある。

(螺旋気導弾・・・連射!!!)

 指鉄砲を作り出し、人差し指の先端に螺旋気導弾を作り出し、次々と発射する。
 頭や胸を撃ち抜かれたガーゴイルが、バタバタと墜落して来る。

 だが、遠距離技では対処し切れない問題が発生した。

「きゃあぁぁッッッ!!!!!助けてぇッ!!!」

「連れ去る気か!」

 撃ち漏らした翼竜が、女性を掴んで持ち上げた。
 征夜はすぐに、敵の頭に狙いを定めた。

 しかし、大きな問題がある――。

「狙いが・・・付けにくい・・・人に当たる・・・クソッ!」

 征夜は練り上げた気導弾を打ち消して、家屋の屋根を蹴り下して跳び上がった。
 流派の特徴でもある信じられない跳躍が、ここでも役に立った。

「その人を・・・離せぇッ!」

 勢いよく敵を両断した征夜は、支えを失って落下する女性を掬い上げた。
 着地の姿勢を即座に整えて、衝撃を限界まで下げる。
 
「え?た、助かった・・・?」

「早く建物に入ってください!」

「え、えぇ・・・!」

 非戦闘員と思わしき女性は、急いで近くの家に避難した。

「大丈夫か!?」

 家に飛び込むと、すぐに夫が彼女を出迎え、家の最奥へ匿った。
 しかし彼女は夫の心配も構わず、興奮気味に何かを話そうとするばかりだ。

「あなた・・・聞いてください・・・!
 伝説の勇者様が・・・現れたんです・・・!」

「は?勇者様?何を・・・バカ・・・な?」

 夫は妻が、恐怖とパニックで錯乱しているのだと思った。
 しかし、視線を窓の外に移すと、そこには――。

「ここからが正念場だな!誰も拐わせるか!」

 征夜は力強く叫んで、次の救出に向かう。
 彼女の他にも、連れ去られそうな人がいると気付いたのだ。悠長にしていては、手遅れになってしまう。

 壁を蹴って屋根に登り、翼竜を撃ち落とすほどの高さまで跳躍する。

「アレは・・・勇者様・・・!?」

 征夜本人としては、この跳躍は流派の特徴に過ぎない。
 だが多くの人々にとって、人間離れした跳躍は違う物を意味する。

 先祖譲りの身体能力は、奇しくも彼が"勇者の血脈"であると示していた――。

~~~~~~~~~~

「少し・・・疲れて来たな・・・だけど!まだやれるさ!」

 もう既に、休みなく30分は戦っている。
 積み上げた屍の数は、裕に100は超えている。

 流石に疲労がキツくなって来た。
 だが、その理由は敵の数ではない。

「命の重みって奴かな・・・!」

 額に掛かる汗を拭いながら、征夜は空を見上げた。
 これまでに彼は20人ほどの人を、拐われる直前に救って来た。

 その度に全力で跳躍し、救った人を抱えながら、スマートに着地する。
 その一連の動作は、ただ敵を倒すよりも遥かに疲労が溜まるのだ。

「キリがないなぁ・・・。」

 疲れよりも、単純作業による飽きで征夜はウンザリしていた。気怠そうに伍式を連発しながら、敵が退くのを待つ事しか出来ない。

 そんな時、背後から強烈な波動が押し寄せて来た。

<<<堕ち果てし天女の導光エンジェリオン!!!>>>

 月の光も差し込まないほど暗い夜空に、美しい閃光が迸る。ガーゴイルや翼竜、その他多くの怪魔を巻き込みながら、その魔法は照射され続けた。

 征夜が振り返ると、背部に翼を生やしたミサラが架空に浮かんでいた。
 エンジェリオンを打ち切った彼女は、杖の先から"光の刃"を展開して、数多の怪魔を切り刻んでいる。

 しかし、懐に入り込まれた相手と得物で戦うのは、少し苦手なようだ。
 縦横無尽に飛び回りながら空中戦で斬り合う彼女は、段々と押されて行く。

「ミサラ!大丈夫か!」

「近接戦闘は得意じゃないです・・・少しの間・・・私の援護をお願いします・・・!」

「任せろ!」

 地上へと降り立った彼女は、目を瞑って詠唱を始めた。
 完全に隙を晒している彼女を守るのは、征夜の役目だ。

 元より、征夜は近接戦闘のプロ。
 ラースなどの知能を持った敵なら兎も角、ただ突っ込んで来るだけの雑魚に負ける筈がない。

 そして、そもそも氷狼神眼流は"受けの流派"。
 敵を撃ち落とし、囚われた人を救うよりも、地に足を付けたミサラを守る方が本領を発揮出来るのだ。

 伍式を途切れなく乱射する征夜は、見渡す限りの屍の山を築いた。
 全身に血を浴びて袴も汚れているが、洗えば何とかなると思われる。

「ミサラ!後どのくらいだ!」

「魔力が・・・あと少しで・・・集まって・・・・・・来ました!」

 彼女が唱えていたのは、魔力増幅の詠唱だった。
 覚醒した彼女の魔力量を以ってしても、今から放つ"大魔法"には足りなかった。

 だから、"借りた"のだ。
 自分の力では成し得ない、"前代未聞の大魔法"に至るために、彼女は"他人の力"を借りる事にした。
 プライドの高い彼女が、民間人を含む周囲の者から力を分けて貰う。

 そんな事、以前なら決して有り得なかった――。

<我が一筋の杖、ここに振わんと欲す。
 しかしこの杖、幾千の魔を照らすべく望むなり。
 "魔術師・ミサラベル=バートリ"の名において、命の意思を問わんと願う。
 幾千の魑魅魍魎の血、我が魔刃にて刈り取らん。
 この魔刃、を飛翔する竜の如し・・・!>

 詠唱を終えた彼女の杖には、赤黒い光が宿っていた。
 刃のように形作られた魔力の塊が、先を急ぐようにして噴出している。

 まるで彼女は、剣を斬り下ろすようにして、天高く掲げた杖を振るった――。

<<<<<千斬サウザンド闇刃スラッシュ暁之デイブレイク女王エンプレス!!!!!!!!!>>>>>
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