『無頼勇者の奮闘記』 ―親の七光りと蔑まれた青年、異世界転生で戦才覚醒。チート不要で成り上がる―

八雲水経・陰

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第八章 魔人決戦篇

EP212 マリオネット <♤>

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破滅へのカウントダウンが、新たな時を刻んだ。
流れ出した運命の砂時計は、もう止まらない――。



―――――――――――――――――



「な、なんだ・・・アレはっ!?」

 響く音の源流へと到着した征夜は、思わず仰天した。
 そこには、信じられない光景、もっと言えば"信じたくない光景"が広がっていた。

「あ、あれって!よ、溶岩よ!?」

 城の中央に広がっていた、巨大な広間。
 そこには"魔法陣の形に組まれた溶鉱炉"が設けられており、煮えたぎる溶岩のような物で満たされている。

 だが、花や征夜が驚いたのは、そんな事ではない。
 そこで繰り広げられていたのは、目を覆いたくなるような惨状だった――。

「何があったんですか!?」

「あ、あなたは見ちゃダメ!」

「おぉ、こりゃスゲェな・・・。」

 仲違いしている花が急いでミサラの目を覆い隠すほど、未成年には刺激が強すぎる惨状。
 征夜やシン、花ですら絶句しているのだ。そんな物を、子供に見せられる訳がない――。



 溶岩の中には、"人が溶けていた"。
 それも、一人や二人ではない。100人から1000人規模の人数が、性別や年齢が分からないほど原型を無くして、溶かされていた。
 かろうじて人体である事が分かるほどに、ドロドロになった死体。そんな無数の人々が溶岩と溶け合い、正に地獄の様相を呈している。

 そして、何より恐ろしいのは――。

ポトンッ・・・ドポンッ・・・

「お、おい!起きろッ!起きろぉッ!!!」

 征夜は必死になって、ガラス越しに叫んだ。しかし、当の本人には聞こえていない。

 先ほどから響いていた音は、人間が溶岩に落ちる音。
 それも、死体が落ちる音ではない。生きた人間が、"自らの足"で溶岩に飛び込む音だった。

 一直線に列を組み、一人、また一人と溶岩に落ちて行く様子は、異常と言わざるを得ない。
 おそらく、ラースの能力で操られているのだろう。そうでなければ、この奇行には説明が付かない。

「早く助けないと、もっとたくさん死んじゃうわ!せめて、まだ飛び込んでない人だけでも!」

「分かってる!」

 花に急かされる前から、征夜はすでに駆け出していた。

~~~~~~~~~

「・・・なるほど、お前がここの番人か。」

 溶鉱炉の上に設置された、金網の橋の上に四人は立っていた。そして、向かい側から彼らを迎え撃つのは――。

「コレは・・・マリオネットですか?」

「やぁ!僕は"パラド"!」

 四人の前に立ち塞がる人形は、明るく自己紹介した。
 しかしフレンドリーな物腰とは対照的に、パラドの格好は臨戦態勢そのものだ。
 両手にチェンソーを装備して、両肩と両足には何らかの砲台を装着。口の中には、無数の針が仕込まれていた。

 しかし、何より恐ろしいのは――。

「コイツは普通のマリオネットじゃない。」

「確かに、かなりの重装備です・・・。」

「いや、違うんだ。コイツは・・・。」

 装備の問題ではない。所詮、それは外付けの武装。
 問題は人形の中身。パラド本体の話だ。

「死体で作られてる。」

「・・・えッ!?」

「本当だ・・・。」

「・・・なるほど、侮れませんね。
 傀儡を使う魔法使いは多いですが、人体を素材にした傀儡は見た事がありません。・・・おそらく、強大な魔力を持っているかと。」

 一度は驚愕して声を上げたミサラだが、すぐに冷静さを取り戻した。
 魔法使いとしての知識を活かし、パラドについて冷静に分析。知見を述べる。

 ミサラの考えを聞き終えた征夜は、痺れを切らしてパラドに怒鳴った。

「パラド!そこをどけ!お前なんかとやり合う時間は無い!」

「やぁ!僕はパラド!」

「・・・こんな所を守って、何の意味がある!
 答えろ!お前の主人は、ラドックスは何を目指してる!」

「やぁ!僕はパラド!」

「チッ・・・うるせぇな。」

 征夜は早くも、キレ始めていた。異様に甲高いパラドの声が癪に触り、切りたくて仕方ない。

 破壊衝動だけが全身を駆け巡り、脳を麻痺させている。
 目の前がチカチカと点滅し、パラドを木っ端微塵に吹き飛ばす妄想が視界に映り込む。

 こうしている間にも、罪無き人が溶岩の海に飛び込んでいる。そう考えると、居ても立っても居られないのだ。
 しかしコレも、凶狼の瞳を発動した今となっては建前に思える。実際の心持ちは、パラドを破壊したい。それだけなのだ。

(クソ・・・立ってるだけで熱いな・・・!)

 先ほどよりも、気温が大きく上がった気がする。
 溶岩が近いからではない。この巨大な部屋に入った時は、そこまで熱くなかった。

(な、なんかヤバい・・・急いで決着をつけるぞ・・・。)

 その時、征夜は確かに感じていた。いや、気付かないフリをしていた。
 自分の中で、"凶狼の瞳とは違う何か"が顔を出し、蠢いている事を――。

「聞いても無駄だと思います。この人形、遠隔操作されてますね。
 それも、自動で戦闘するように指示されているので、これ以外の言葉は喋らないと思います。」

「しゃあない、ぶっ壊すしかねぇな。」

「二人は下がってろ・・・"俺"たちでやる・・・。」

 征夜とシンは二人を後ろに下がらせると、パラドに攻撃を開始した。

~~~~~~~~~~

 パラドは確かに、強敵だった。この場所がラースの計画にとって、大切である事は火を見るより明らか。だからこそ、番人も強力に決まっている。

 だが、征夜とシンのコンビはそれ以上だった――。

<<<翔足四連弾・改!!!>>>
<<<竜巻殺法!!!>>>

 シンの放った強烈な四連打が、胴体に直撃した。
 勢いよく吹き飛ばされたパラドは、征夜の強烈な”ホームラン”でバラバラに分解される。

 しかし、人形には命が無い。
 たとえ四肢が吹き飛んでも、魔力がある限りは動き続ける。

「や、やや、やっあ!ぼ、ぼぼぼ、ぼくはっ!ぱら、パラドぉッ!!!」

 まるで壊れたラジカセのように、延々と自己紹介を続けるパラド。
 しかし、それすらも満足には出来ないようだ。

「クッソ!コイツしつけぇなぁ!!!」

「気を付けてください!魔力の流れが集まって・・・あぁ、やっぱり・・・。」

「嘘でしょ!?再生した・・・!」

 千切れ飛んだ四肢と頭が、再び胴体に接着した。
 どうやら、魔力によって繋がっているように見える。

「魔力を込めた攻撃で、関節ごとに粉砕するしかありません!」
<<<魔能貸与エンチャント!!!>>>

 ミサラが唱えた魔法は、征夜とシンの体を赤いオーラとなって包み込んだ。
 彼女の言うとおりなら、この状態で攻撃すれば再生を阻害できるはず。

「おい征夜!気を付けろッ!!!」

「うわっ!?」

 背後からの不意打ちに、征夜は対応しきれなかった。
 シンと征夜は足をパラドの口から出た縄で縛られ、転ばされてしまう。

「クソッ!なんだコイツ!・・・痛えッ!」

「何だ・・・毒か!」

 光の雫のような何かが、縄を伝って擦り傷の中に浸透した。
 体内に何かを注入された事が、征夜とシンにも理解できる。

「毒が効く前にコイツをやるぞ!」

「分かってる!・・・でやぁッ!!!」

 足元に纏わりつく縄をパラド本体ごと蹴り飛ばした征夜は、傍に落ちていた刀を取り上げ、戦闘を再開した。

~~~~~~~~~

カタカタ・・・ズズズ・・・

「ぼく・・・ぱら・・・どぉ・・・ややや・・・ぱら・・・。」

「こんだけ吹き飛ばしても、まだ動くのかよ!」

 ミサラの言った通り、魔力を纏わせた打撃はパラドの再生を阻害した。
 千切れ飛び、踏み潰された手足は元に戻らず、胴体だけのパラドは這いずりながら攻撃を続けている。

「魔力がある限りは、永遠に動き続けます!
 それに、気を付けてください!遠距離攻撃をまだ抱えているようです!」

「確かに、胴体だけでも、まだまだ仕込んでるだろうな。」

 面倒な事に、避けて通り抜ける訳には行かないのだ。
 征夜たちは今、狭い金網の上に立っている。足を踏み外せば、溶岩の海へと真っ逆さまだ。
 そんな状況で、遠距離攻撃を隠し持っているパラドの傍を抜けるのは、あまりにリスクが大きい。

 すると、花が”とんでもない事”を言い出した――。

「・・・時間が無いわ。みんなは先に行って。」

「は?何言ってるんだ花!」

 征夜とシンが二人掛かりで戦えば、確かにパラドはさしたる脅威ではなかった。
 しかし決して、弱い訳ではない。大幅に戦闘力を減退させた今でも、何をしてくるのか分からないのが実状だ。

「ここは私だけで何とかする!考えが有るの!」

「無茶を言うな!せめて、僕も一緒に!」

「少将、ここは花さんに任せましょう。
 こうしている間にも、タイムリミットは迫っています。今日で、ちょうど二週間ですから・・・。」

「そうだけど!」

「花さんだって、確かな勝算が有る筈です・・・!」

 ミサラの言う事は正しい。征夜にも、そんな事は分かっていた。
 勇者パーティの一人として、下すべき決断はミサラの意見の方だ。
 しかし征夜には、それが分かっていてもなお、心からの納得が出来なかった。

「・・・分かった。」

 征夜は少し不服そうに呟くと、ミサラの決断に同調した。

「私が注意を引くから、隙を見て反対側に抜けて。」

「う、うん・・・。」

「心配しないで、私は大丈夫だから。・・・さぁ、行って!!!」

 不安げな征夜の背を、花は勢いよく押した。
 パラドの視線は花の方へと向けられ、今なら飛び越える事が出来る。

「グズグズすんな!行くぞッ!!!」

「うわっ!?」

 シンに掴み上げられた征夜は、有無を言わさぬ調子で連れて行かれる。
 ミサラもその後に続いて、走り去って行った――。

「・・・これで、二人きりね。」

「ぼ・・・パラパラ・・・ややや・・・。」

「すぐ楽にしてあげるから、もう少しの辛抱よ・・・。」

 花はそう言うと、ゆっくりと杖を構えた。

~~~~~~~~~~

 パラドの胴体にはミサラが予想した通り、大量の飛び道具が仕込まれていた。
 恐らく体内は、魔法のゲートで別の場所と繋がっているのだろう。
 無尽蔵に飛び出して来るナイフや、閃光玉・煙幕などが花に向けて発射される。

「もう良いの・・・もう・・・良いのよ・・・。」

 花は悲しげな表情を浮かべながら、ゆっくりとパラドに歩み寄る。
 しかし不思議な事に、彼女へ向けて放たれる全ての攻撃が、彼女を避けるのだ。
 一切の回避をしている様子が無いのに、勝手に避ける攻撃。花の方もソレが分かっているように、真っ直ぐと進むだけだ。

 既に彼女は、攻撃を当てられる間合いに入った。
 杖を振り下ろせば、無防備になったパラドの胴体を粉砕できる。



 しかし彼女は何を思ったのか、パラドを"優しく抱きしめた"――。

「ぼ、ぼぼ・・・パラ・・・。」

「もう良いの・・・もう良いんだよ・・・あなたは人形じゃない・・・そうでしょう?」

 花は目を瞑りながら、涙を流して語り掛ける。

 四肢と頭を吹き飛ばされた状態で、今なお主人の命令に従おうと這い続ける様子は、虚しく哀れな物だ。
 そして、ソレが元は人間であった者の"成れの果て"であるなら、なおさら悲しく思える。

「もう良いの・・・頑張らなくて良いの・・・。」

 花は優しく囁きながら、パラドの背をさすった。
 その直後、零れ落ちた涙の筋が、僅かに煌めいてパラドの胸に飛び込んだ――。

 彼女が目を開けると、そこに居たのは不気味な人形ではなかった。
 どこか儚げな雰囲気を醸す美しい"女性"が、花を見上げて泣いている。

<"彼"を・・・止めてください・・・お願いします・・・。>

「えぇ・・・分かってる・・・もう安心して・・・。」

<ありが・・・とう・・・。>

 女性はそう言うと、まるで"糸の切れたマリオネット"のように、花の腕の中で力尽きた。
 グッタリと動かなくなった女性を床に下ろすと、花は涙を拭って征夜たちの後を追った。

 走り去る花の背を見つめながら、僅かに残った意識の中で、女性はか細い声で呟いた――。



<ごめん・・・なさい・・・。>
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