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第八章 魔人決戦篇

EP223 過去になったモノ <☆>

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 ラースを倒した後に現れた隠し通路。
 その先は薄暗い廊下になっており、通って来た道よりも少し貧相に思える。
 征夜と花は、その道が出入り口に繋がっていると信じて、ひたすらに走り続ける。

「どんどん揺れが強くなってる!急がないと!」

「あぁ!分かってる!・・・よいしょっ!」

「きゃっ!?」

 花の手を握っていた征夜は、その手を優しく引いて身体全体を抱きかかえた。
 天井から剥がれ落ちて来る塗料や装飾を避けながら、彼女を庇う様にして薄暗い廊下を駆け抜ける。

「征夜!抱っこなんて、してる場合じゃないよ!」

「ごめん花、正直に言うと君が走るより速い・・・。」

「あっ・・・なら良いけど・・・。」

 即座に花を納得させた征夜は、更にスピードを上げた。
 まさに"火事場の馬鹿力"と言うべきか、今の征夜は自身の限界を超えている。

 そのまま、ひたすら直進を続けていると、突き当たりに小さな扉が見えて来た。縁からは眩い明かりが漏れ、隠し通路の終着を感じさせる。

 征夜がドアノブを勢いよく捻ると、その小さな扉は埃を落としながら簡単に開いた。
 花を抱きかかえたままの姿勢で、征夜は扉の先へ飛び込んで行く。

「ここは・・・元来た道だ!」

 扉の先には、見覚えのある道が広がっていた。
 玉座に至るまでの道で、不自然な突き当たりと左曲がり角が一箇所だけあった。どうやら、その突き当たりに隠し通路があったらしい。

「うわっ!右はもうダメだ!」

 征夜が先ほど通った曲がり道、つまり今の自分から見て右の道は、既に火の海だった。玉座に直通しているだけあって、火の回りが速いらしい。

「まっすぐ行けば大丈夫!まだ火が来てない!」

「あぁ!」

 花の助言通り、征夜は直進を続けた。
 そもそも右の道に行っても、そこにあるのは玉座だけ。何の意味も無い筈なのだ。

 豪奢な装飾に包まれた廊下を、脇目も振らずに駆け抜ける征夜たち。
 しかし、一心不乱に走り抜けていく中で、廊下の中に漂う"血の匂い"が濃くなって来た。

 そして、征夜は"ある男"を見つけた――。

「・・・シン!?それに・・・これは!?」

「酷い傷よ!」

 廊下の隅に、負傷したシンが倒れ込んでいた。
 重症ではあるが、命に別状があるようには見えない。

「ちくしょ・・・あの野郎に・・・騙された・・・クソ強い怪物に・・・やられた・・・。
 あのバケモン・・・助けた連中も・・・皆殺しに・・・。」

 シンの周りには、大勢の民間人が倒れ込んでいた。
 大半はまだ息がある。だが、既に手の施しようの無い重傷者も多い。

「くっ・・・立てるか!」

 罪無き人を守れなかった自分が悔しくて仕方ない。だが、罪悪感と後悔に苛まれながらも、今は進むしかない。

「無理だ・・・。」

「分かった!背中に乗れ!」

「おう・・・。」

 一人で立てないほどに弱っているシンを、征夜は背負い上げた。
 両手は花で塞がっているので、彼を支える事はできない。だが、シンは自らの力で征夜にしがみ付いている。

 両手に花を、背中にシンを抱えながら、征夜は崩落が加速する城の中を、ひたすらに進み続けた。
 両手と背にかかる重みで、体重が3倍になった気分だ。この状態で走り続けるのは、そこそこキツイ。

 だが、本当に辛いのは"助けを求める叫び"だった――。

「勇者・・・様ぁ・・・!」
「行かないでぇ・・・!」
「助け・・・でぐれ"ぇ"・・・!」
「あづい"!あづい"あづい"あづい"!」
「ぐあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぉ"ぉ"っ!ぐるじい"ぃ"ぃ"っ!!!」

「うわあぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
(やめろぉ!やめてくれぇっ!!!)

 耳を塞いで走れるなら、どれほど良かっただろう。
 足元に転がる無力な者の叫びが、自分を求める声が、耳を突き裂いて脳を攻撃する。
 その声をかき消すようにして、征夜自身も叫んだ。助けられない状況なのだと、自身を納得させながら――。

~~~~~~~~~~

「やっと・・・外だ・・・ぐはっ!」

「征夜っ!」

 巨大な扉を押し開いて、征夜はついに城から脱出した。
 二人の大人を乗せて走り続けて来た事で、足はガクガクになっている。
 もはや立っている事すら出来なくなった彼は、崩れるようにして倒れ込んだ。

「ここから、どうやって降りよう!?」

「花たちは・・・それを調べといて・・・僕には・・・まだ・・・やる事が・・・!」

 息を切らせながら、征夜はゆっくりと立ち上がった。
 その様子を不安げに見つめていた花は、彼の視線が爆炎を巻き上げる城に向かっている事に気付き、憐れむような表情に変わった。

「・・・征夜、言いたくないけど・・・もう、中の人たちは・・・。」

 花には分かっていた。あの様子では、中に居る者は一人残らず一酸化炭素中毒だ。
 たとえ燃えていなくとも、生きている確率は極めて低い。だが、征夜はその事実を認められなかった。

「そんな訳ない!まだ!まだ助かる人が居る筈なんだっ!!!今から探せば!まだ!!!きっと居る!!!」

「征夜・・・!」

「だ、だって!僕は勇者なんだ!
 まだ助かる人が居るなら!その可能性があるなら!助けに行かないとダメだろ!
 だから・・・先に脱出しといてくれっ!!!後から必ず行くからっ!!!」

 征夜はそう言うと、勇み足で駆け出そうとした。
 しかし、その足取りは重く、誰がどう見ても人命救助に行ける状態ではない。

「行かないで!征夜・・・!」

 その様子を見かねた花は、後ろから征夜に抱きつき、力強く締め付けた。
 もはや抱擁ではなく"拘束"と化した花の腕を振り解く力は、今の彼に残されていなかった――。

「あなたに死んでほしくない・・・!」

「離してくれ花!まだ!僕はぁっ!!!」

パチーンッ!

「ッ!」

 暴れて拘束を逃れようとする征夜の右頬に、花の鋭い平手が飛んだ。
 尻餅をついて倒れ込んだ征夜を押さえ付けるようにして、花は彼の肩を掴んで振り乱す。

「冷静になって・・・征夜・・・!あの火事じゃ、もう誰も・・・助からないの!
 お願い・・・誰も助けられないのに・・・行っちゃダメだよ・・・!そんなの・・・誰も望んでない!!!」

「で、でも・・・!」

「回復魔法が残ってないのに、あなたの体はボロボロなの!体中傷だらけで、体力も残ってない!
 そんな体調で!こんな状況で!動けない民間人を救い出すなんて、出来る訳無いじゃないっ!!!」

「・・・。」

 度重なる戦闘と二人の大人を運び出した疲労で、今の征夜は消耗し切っている。
 こんな状況で、燃え盛る城内から動けない民間人を救い出すなど、無謀にも程がある。

「私だって・・・助けられるなら助けたい!でも・・・もう、無理なのよ・・・!
 あなたのせいじゃない・・・"私のせい"なの・・・自分で走れたなら、あなたはもう一人救えたかも・・・。」

 花はかなり痩せているが、それでも身長が170㎝ある。小柄な女性を運ぶのとは訳が違うのだ。
 その余裕があれば、小柄な成人男性一人ぐらいは運べたかも知れない。そう思うと、花は征夜以上に罪悪感を覚えていた。



 だが征夜は、真っ向から彼女の主張を否定する――。



「君は悪くない。君を運ぶって決めたのは、他でもない僕なんだから・・・。」

 確かに、花は足が遅かった。
 だが、動けない人を置き去りにしてでも彼女を優先したのは、他でもない征夜自身の決断だ。

「僕は既に、民間人より君の安全を優先してた。
 今さら・・・勇者を気取る資格なんて・・・僕には無い・・・!」

 拳を握り締めたまま、征夜は肩を震わせて俯いた。
 たとえ1時間前に戻れたとしても、自分は間違いなく花を優先する。
 自分は"誰にでも平等な英雄"ではない。必要に迫られればエゴを剥き出しにして、恋人を優先する"俗物"なのだ。
 そんな自分に、救えなかった人々のために"泣く資格"は無い。

 征夜はそう思い、溢れ出た涙を拭い捨てた――。

「せ、征夜・・・何もそこまで・・・!」

「いや・・・良いんだ・・・。」

「有ったぞ!脱出艇だ!」

 二人の間に漂い始めた暗いムードを打ち破るように、遠方を見つめていたシンが叫んだ。
 どうやら城の敷地の向こう側に、地上へ脱出するための船が用意してあったようだ。

「・・・行こう。花。」

「・・・うん。」

 征夜は花の手を取り、シンを背負ったまま歩み出した。

~~~~~~~~~~

「よし・・・あとは花が乗れば・・・。」

「花!急いでくれ!」

「う、うん!」

 乗船を終えた征夜とシンは、船上から花を手招きしていた。あとは花だけを乗せれば、脱出は完了だ。
 空飛ぶ船に乗って地上に降下する。そうすれば、城の崩落に巻き込まれる事もない。

 ところが、花が乗船する直前になって、城の崩落は一気に加速した――。

グラ・・・グラグラグラ・・・バキッ!

「・・・え?」

 花の足元から響いた不穏な音。
 地響きとは違う、何かが割れた音だ。

 その音は、花の踏み締める足場が"地割れ"を起こした音だった。

「きゃあぁぁぁぁぁーーーッ!!!!!」

「花あぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!!!」

 崩れ落ちた足場と共に落下する花を追って、征夜も脱出艇を飛び降りた。
 だが、飛び降りてみたは良いが、彼女を救う具体的な案がある訳ではなかった。

(まずい!何も柔らかい物が無い!)

 眼下に広がる草原には、クッションになりそうな物は何一つ無い。このままでは、二人で仲良くミンチになってしまう。

(よし、下から風を送る!・・・最悪、僕を下敷きにすれば花は助かる!)

 早々に自分の生存を諦めた征夜は、花の安全を最優先する事にした。

(もっと!もっともっともっと!加速しろ!花より先に落ちて!彼女を守らないと!)

 水面に飛び込む鳥のように腕を伸ばし、空気抵抗を極限まで減らした征夜。
 地上までの距離は、後200メートルほど。花と地面の間に滑り込めば、下から風を起こして彼女の落下を遅らせられる。
 その後は自分が彼女の下敷きになり、落下の衝撃を最低限にまで減らす。自分自身が犠牲にはなるが、花が助かればそれで良い。

 だが征夜の"覚悟"は、良い意味で打ち砕かれた――。

「征夜ッ!!!」

「え?・・・うわっ!?」

 地面に追突する直前になって、征夜は何者かに受け止められたのだ。
 何らかの方法で衝撃を吸収したのだろう。凄まじい速度で落下していたのに、体へのダメージが一切無い。

 そこに居たのは、"目を疑う人物"だった――。

「し、師匠!?ここで何して!?」

「言うとる場合か!まだ落ちてくるのだぞ!!!」

「は、はいっ!」

 詳細を聞く前に、征夜は喝を入れられた。
 花よりも一足先に着地した彼は、続けて落下してくる彼女を師と同じように受け止めようとする。

「花ッ!」

 当初の作戦通り、調気の極意で風を送って落下を減速させた征夜。
 少しだけ勢いが弱まった彼女に向けて跳び上がり、ガッシリと掴んで抱きしめる。

「せ、征夜・・・助けてくれたの・・・?」

「よし・・・取り敢えず、脱出成功だね。危なかったぁ・・・。」

 資正が居なかったら、運が悪ければ2人とも死んでいた。彼に対して、征夜は本当に感謝しかない。

「うっわあぁぁぁぁぁ!!!!!」

 事故か何かでバランスを崩し、シンは脱出艇から投げ出されたようだ。
 花を助けた征夜に代わり、資正が彼のカバーに回る。

「良し!掴んだぞ!」

「・・・うわっ!?なんだこのオッサン!?」

「失礼な奴だのぉ・・・。」

 "お姫様抱っこ"で抱え上げられたシンは、顔を覗き込む老翁に驚いて声を上げた。
 初対面かつ、命の恩人である自分に対する不遜な態度に、資正は顔をしかめた。

「アハハ、何はともあれ、全員無事で良かったよ。」

 征夜は作ったような笑いを浮かべながら、仲間の無事を喜んだ。
 大勢の民間人を踏み台にして得た脱出だが、少なくとも仲間だけは救えた。
 数多の罠と危機を乗り越えて、無事に戦いを終えられた。その事実だけで、彼は救われた気分になれた。



 だが、彼の幸せな気分は、僅か一瞬のうちに掻き消された――。



「・・・・・・ッ!?」

「花?どうしたの?」

 恐ろしい事実に気が付いた花が、跳ねるように立ち上がって、ワナワナと震え始めた。
 落ち着かない様子で周囲をキョロキョロと見渡しながら、青ざめた表情を浮かべている。

「・・・い、居ない!居ないのよ!」

「え?何が?・・・・・・ハッ!?」

 ここに来て征夜も、ついに気が付いた。
 ある重大な事実が、完全に見落とされていた事を――。



「み、"ミサラちゃん"が!い、居ないのよ!」

「ま、まさか!まだ城に居るのか!?」

 二人の視線は一斉に、天空に浮かぶ城へと向けられた。
 しかし既に、主君を亡くした城は浮力も失っていた。爆発炎上を繰り返しながら、地表に向けてジリジリと降下している。

「み、ミサラあぁぁぁーーーッ!!!!!」

「ミサラちゃぁぁぁんッ!!!!!」

 征夜と花は祈るように、彼女の名を叫んだ。
 だが、現実はあまりにも非情だった――。

 空中分解を繰り返しながら崩落した天空魔城は想像を絶する轟音を奏でながら、彼方に広がる草原へ衝突した。
 巻き上がる土煙が城の残骸を覆い隠し、衝撃で飛び散った土砂が砂嵐となって征夜たちに向かってくる。

「そ、そんな・・・み、ミサラ・・・。」

「・・・ハッ!せ、征夜!しっかりして!に、逃げないと!破片に当たっちゃうよ!」

「あ、あぁ・・・。」

「せ、征夜!?し、しっかりして!征夜ぁッ!!!」

 危機を悟った花が征夜の手を引いたが、彼は放心状態に陥っていた。
 完全に腰を抜かして座り込み、歩く事もままならない。それどころか、気を失っているようだ。

「征夜!早く!立ってぇっ!じゃないと危な、きゃあぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」

<<<威風結界>>>

「・・・え?」

 押し寄せる土砂の波は、花を飲み込む直前で払い除けられた。透明な壁に阻まれ、左右に避けていく砂嵐は、どこか幻想的な光景だ。

「・・・怪我は無いかね?お嬢さん。」

「え?・・・お爺さんが、助けてくれたんですか?」

 花が振り向いた時、そこに居たのは老翁ではなかった。
 穏やかな笑みを浮かべながら、風の結界を張っている男。
 顔にはシワが刻まれ、髪は真っ白に色が抜けているが、果てしない"安堵"を感じさせる男。

「安心せい。女子おなご一人と愛弟子を救えんほど、某は老いぼれておらんよ。」

 そこに居たのは、"もう一人の勇者"だった――。
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