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第八章 魔人決戦篇
EP222 行かないで
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「ん?・・・ここは・・・?」
征夜が目を覚ますと、そこは何も無い空間だった。
地平線の先までが白一色に染まり、上下左右の概念が無いように見える。
「・・・みんなは?」
一緒にいた仲間が心配になって、征夜は走り出した。
進んでも、進んでも変わらない景色に焦りを覚えながら、ひたすらに走っていく。
「花ぁッ!シンッ!ミサラぁッ!」
仲間の名を叫びながら、半ばパニック状態で走り続ける征夜。だが、慌てたところで現状が変わる訳でもない。
「はぁ・・・はぁ・・・一体・・・何がどうなっ・・・ん?」
グチャッと言う嫌な音が、足裏から響いた。
何かを踏み付けた不快な感触に、堪らない悪寒がする。
靴ごと足を持ち上げてみると、どうやら彼は"虫"を踏み付けたらしい。
それも、カブトやクワガタのような有名な虫ではない。田舎の民家の玄関先で転がっていそうな、名前すら知られていない虫だ。
「うわぁ・・・。」
潰れた虫の残骸を見て、底知れない不気味さが湧き上がって来る。
だが、何の感慨もなく、意図せずに踏み潰された名も無き虫。その境遇を考えると、少し不憫にも思える。
「成仏しろよ・・・。」
憐れみの言葉を吐く口とは裏腹に、靴裏にこびり付いた虫の残骸を地面に擦り付け、乱雑にこそぎ落とした。
<板について来たな。>
「誰だ?」
不気味な声が周囲に響き、征夜はすかさず反応した。
声の下方へ振り返ると、そこには恐ろしい物が待ち受けていた。
「・・・目?」
ギョロリとした"眼球"が悠々と宙に浮きながら、冷たい視線と共に征夜をジッと見下ろしていた。
真っ黒に染まった白目と、六等分された瞳。一箇所だけが不気味に輝いて、他の五つの部分は光を失っている。
「なんだ・・・これ?」
<お前と同じさ。>
「え?」
<もう、分かってるんだろ?自分が"怪物"だって。>
「どう言う意味だ?」
<壊す事しか出来ないのさ。それなのに、相手を憐れんで狂気を抑えてる。
素直になれ。お前には、大切な使命があるだろう?なら、自分を受け入れてみろ。>
「失礼な奴だな・・・!」
確かに征夜は自分でも、戦う事だけが取り柄だと分かっていた。
だが、よく分からないギョロ目から怪物呼ばわりされるほど、悪行を積み重ねてきた訳でもない。
「答えろ。どうすれば、ここから出会える?」
<さぁ、どうだろうな。
私としては別に、お前がそのままでも構わない。
制御さえ出来れば、狂犬でも十二分に事足りる。>
「なるほど、お前を倒せば良いのか・・・!」
何はともあれ、この目玉が味方である事はなさそうだ。
傍に落ちていた刀を拾い上げた征夜は、目玉に向けて正対する。
「お前を倒して、花たちの元に帰る!」
<やめておけ。ここで暴れても、私を切っても、お前には何の意味も無い。それよりも、もっと私と話を>
「うるさいっ!僕には、待っている人がいるんだ!お前なんかに構っていられるかッ!!!」
湧き上がって来た興奮と苛立ちが、征夜の殺意に火を付けた。
ここに居ない仲間の事が、特に花の事が、何よりも心配で仕方ない。よく分からない目玉のバケモノに、構っている暇など無いのだ。
「消えろぉッ!!!」
征夜は勢いよく叫ぶと、浮かんでいる目玉に向けて素早く刀を突き出した。
その切っ先が瞳に触れる直前、征夜を小馬鹿にすると同時に、少し憐れむような調子の声が、耳元で呟かれた。
<ほら、やっぱり怪物じゃないか。>
~~~~~~~~~~
「がっ・・・はっ・・・せ・・・いや・・・!?」
「え?」
征夜はふと、我に帰った。
気がつくと、あの不気味な目玉は居なくなっており、その代わりに彼が刺していた物は――。
「え?花・・・?」
「ごぽっ!げほっげほっ・・・せ、せい・・・どうし・・・。」
溢れんばかりの涙を瞼に浮かべ、花は力なく崩れ落ちた。口の端から血が垂れており、咳き込むたびに激しく吐血している。
「え?・・・え?は、花?な、何が起こっ・・・・・・うわ"あ"ぁぁぁぁぁッッッ!!!!!?????」
何が起こったのか分からずに、征夜は呆然とした。
しかし、手元へと視線を落とした時、すぐに恐ろしい事実を理解した。
「な、何だこれ!何だよこれぇっ!?」
ベッタリと生温い感触が、手首に張り付いていた。
握りしめた手先には刀の柄が含まれており、他でもない"花の左胸"を貫いている。
「僕が・・・刺した?花を!?な、なんで!どうして!ど、どう言う事なんだよっ!!!」
状況を理解しても、納得が出来ないのだ。
花は味方だ。大切な恋人だ。そんな彼女を、どうして自分が刺すのか。そんな事、起こり得る筈がない。
だが、今の問題はそこではない。
「ち、違う!そんな事どうでも良い!花っ!しっかりしてくれっ!花ぁッ!!!」
「ごぽっ・・・げほっげほっ!おぇっ・・・げはっ・・・。」
「ど、どうすれば!どうすれば良いんだっ!!!」
刀が突き刺さった左胸から、止めどなく鮮血が溢れ出している。乱れた呼吸には濁音が混じり、引き攣った表情で痙攣している。
「い、いま剣を抜くから!待ってて!すぐに助けるから!!!」
「あ・・・ちょ・・・待・・・ぎゅあ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ!!!」
「ぬ、抜けたよッ!つ、次は・・・えぇっと・・・!」
「ゲホッゲホッゲホッゲホッ!・・・あ・・・あぁ・・・んぁ・・・・・・。」
「え?ちょ、ちょっと待って!」
勢いよく刀を引き抜いたのは良いが、状況はむしろ悪化した。
胸の傷跡を塞いでいた刀は、詰め物の代わりになっていたのだ。それが引き抜かれた今、大量出血を起こすのは当然。
医療従事者である花には、当然そんな事分かっていた。だから慌てて、征夜を制止しようとしたのだ。
「ぜぇ"・・・ぜぇ"・・・ぜぇ"・・・うぐっ・・・ゲホぉッ!」
「ど、どど!どうしよう!?ど、どうすれば!?え・・・えと・・・花!教えてくれ!花ぁッ!!!」
死へのカウントダウンを続ける花に、征夜は何もしてやれない。
完全にパニックに陥った彼は、死にゆく恋人のそばで慌てふためく事しか出来ない。
「げほっ・・・けほっ・・・・・・・・・。」
「は、花!?返事をしてくれっ!」
ついに花は、咳き込む事すらしなくなった。
目を瞑ったまま、震える事すらなく、ただ硬直している。体を揺すっても、全くの応答が無い。
まだ、死んだと決まった訳ではない。
だが、病院も無ければ回復魔法がある訳でもない。彼女は既に、手の施しようが無いのだ。
「は、花・・・?花?・・・あ・・・あ・・・アハハ・・・。」
次第に光を失っていく花の瞳を見つめながら、征夜は乾いた笑い声を出す事しか出来ない。
驚くほど呆気なく彼女を失ってしまった事実に、笑う事しか出来ないのだ。
必死になって守り続けてきた割に、その幕切れはあまりにもくだらない。
錯乱した恋人の刃に突き刺さり、もがく事も出来ずに失血死する。こんな物は"勇敢な死"でも無ければ、"美しい死"でもない。
ここまで来ると、全てが馬鹿馬鹿しく思えて来る――。
「僕って・・・本当にバカだ・・・!何にも・・・変わってない・・・!
"あの時"から・・・何にも成長してない・・・!ハハハハハッ!むしろ・・・退化してるよっ!」
ちょうど一年ほど前、全く同じ状況があった。
転生してすぐの頃、鍛冶屋の職人に頼まれて炭鉱に潜入した時、トロッコの落下に花が巻き込まれて大怪我した。
「あの時は・・・こんなに悲しくなかったのに・・・。
ご、ごめん・・・ごめんね・・・花・・・うぅっ・・・き、君を・・・守るって・・・約束・・・したのに・・・!」
当時は、なんて事のない"他人の女性"だった。
"可愛い"とか、"胸が大きい"とか、"声が綺麗"とか、外面的な部分で彼女に興味を持っていただけ。
一目惚れしてはいたが、"真剣に恋してる"とは到底言えない感情だった。
だが、今は違う。
足元で冷たくなる彼女を見下ろしながら、征夜は悲しみや無力感よりも"恐怖"を感じていた。
ここまでの旅を支えてくれて、自分自身すら信じられない征夜が全幅の信頼を寄せる女性。楠木花は、征夜にとって"未来への希望"だった。
彼女への想いは、当時とは比較にならない。
恋愛という枠すら飛び越えて、"パートナー"でありたいと思える相手。それが、彼女だった。
そんな彼女が居なくなれば、征夜は何をすれば良いのか分からない。それが、堪らなく怖かった。
世界を救うべきなのだろうが、魔王を倒した時点で自分の使命は完了した。守るべき物も無いのに、今さら何を為せと言うのか。
「ごめん・・・ごめん・・・花・・・!
あの時みたいに・・・君を・・・助けられないよ・・・。」
以前は冷静に出来た事が、思い入れの分だけ難しくなっている。
冷静に、冷静に、冷静に、何度も心の中で念じながら対策を考えても、苦しむ彼女を見ると思考が纏まらない。
だが、全てを諦めた直後になって、征夜の元へ天啓が降りてきた――。
「・・・あの時?」
この状況が以前にあったなら、当時はどうやって解決したのだろう。
脳内に埋もれた記憶を辿ってみると、すぐに答えへ到達できた。
「・・・ハッ!杖だ!杖は何処だ!」
水晶の杖を探し求めて、征夜は薄暗い玉座の間を這い回った。
しかし、足元を凝視しながら杖の存在を探しても、一向に見つかる気配が無い。
ところが、その時不思議な事が起こった――。
「ん?・・・うわっ!?」
突如として手の中に現れた冷たい感触、不思議に思って視線を落とすと、彼は確かに水晶の杖を握っていた。
「なんか良く分かんないけど、花が助かればそれで良い!」
自分は魔法を使えない。だから、本来ならこんな事は起こり得ない。
だが、今はそんな事に興味が無い。大切な事は花を助ける事。ただ、それだけだ。
「花を助けたいんだ!力を貸してくれ!」
征夜が杖に話しかけると、杖は"魔法のセレクト画面"を水晶に表示した。
どの魔法を使うのか、暗に聞いているのだと悟った征夜。その中で、最も強力そうな回復魔法を即決する。
「"エリクサーの雫"!それで花を!君の持ち主を回復してくれ!」
征夜の要望は、瞬時に聞き入れられた。
彼の思いに応えるかのように、杖の先から溢れ出した七色の光が花を包み込む。
「た、頼む・・・戻って来てくれッ!行かないでくれッ!花あぁッ!!!」
彼女が気を失ってから、そこそこ長い時間が経っている。地球なら、救急車に運び込んでも助からないほどの時間だ。
今さら魔法を唱えたところで、本当に効くのかどうか。征夜には分からなかった。
だが、"エリクサーの雫"の力は、彼の想像を超えて強力だった――。
「・・・せい・・・や?」
「花ぁッ!!!」
「きゃっ!」
目を覚まし、上体を起こした花。征夜はそんな彼女を、安堵の涙を浮かべながら抱きしめる。
胸元に空いた大穴は綺麗に塞がり、口から溢れ出す血も止まった。顔色もみるみる良くなっている。
いざ、彼女の安全が確保できると、今度は安堵よりも"罪悪感"が押し寄せて来た。
「本当にごめん花!僕が!僕が悪いんだ!でも、君を刺すつもりなんて無くて!
な、何の記憶も無いんだ!ゆ、許して欲しいとは言わないけど!君を傷付けるつも・・・。」
「大丈夫・・・気にしてないよ・・・。」
必死の弁解を始めた征夜だったが、その悲痛な声は花の抱擁にかき消された。
「まず言わせて・・・ありがとう征夜・・・。」
「・・・うん。次に言いたい事は・・・?」
今度こそ、"お叱り"が飛んでくると悟った征夜は、彼女の怒声や暴言を覚悟した。
「次に言いたいのはね・・・。」
だが、彼女が言いたかった事は、彼の予想だにしない事だった。
「この城崩れそう!早く逃げないとっ!!!」
「えっ?うわっ!?」
花が言い終わった直後、征夜たちが座り込んだ足場は、グラグラと揺れ始めた。
~~~~~~~~~~
「扉はこっちだ!・・・うわっ!?」
元来た扉を開こうとした時、ドアノブを握った手に嫌な感触がよぎった。
花の血で塗れた手先に、ドス黒く更に粘度の高い血液が付着する。
暗がりで目を凝らしてみると、足元には"誰かの下半身"が転がっていた。
上半身は木っ端微塵に吹き飛んでおり、噴き出した血潮が扉を包む様に円を描いて飛び散っている――。
「こ、これって・・・。」
「えぇ、あなたがやったの・・・。」
「じゃあ・・・この死体は・・・。」
花を守る為に走り出し、彼の刃から救い出した。その後に記憶が途絶えて、覚えているのは"気導弾の感触"だけ。
そんな彼に対し、花は少し曇った表情で真実を語る。
「やっぱり、覚えてないのね・・・?
凄かったわ・・・ラースの奥義を、白いボールみたいなので押し返して・・・。
それが当たったら、壁に叩き付けられて・・・押し潰されてバラバラに・・・。」
「そ、そっか・・・。」
記憶が混濁しているが、自分が無意識のうちにラースを殺害していた事が分かった。
一度は"説得"出来そうだったのに、最終的には"惨殺"という結果に終わった。その事実に、征夜は落胆しかない。
(まさか、あの"虫"って・・・。)
幻の中で見た不穏な景色、その意味も理解できた。
おそらく自分は"虫を潰すように"、圧倒的な力でラースを殺したのだろう。
それこそ、殺した事実にすら気付けないほどに――。
「嫌な物・・・見せちゃったね・・・。」
「大丈夫よ・・・もう、倒す他になかった・・・。」
「うん・・・。」
花に凄惨な光景を見せた事実。ラースを殺害した事実。
その両方が、征夜にとっては罪悪感そのものだった。
だが、今は悔やむ暇など無い。この城から脱出する事が先決だ。
だが、扉を開けて先に進もうとした時――。
「はぁ・・・はぁ"・・・あ"ぁ"・・・あ"っあ"ぁ"・・・うわ"っ・・・あ"っあ"ぁ"あ"っ・・・!」
「この奥・・・何か居る!」
「えっ!?」
扉の先から伝わって来た、荒い息遣い。
その響きは明らかに人間の物ではなく、恐ろしい怪魔の物であると分かる。
「クソッ!仕留め損なったかッ!!!」
恐らくは、部屋に入る直前で戦った門番だろう。
アレが生きていたのなら、ここを通るのは無謀だ。
「・・・あっ!征夜!見て!」
「・・・うわっ!?火事!?」
征夜たちが振り返ると、玉座では小さな火事が起こっていた。倒れ込んだ燭台の火がカーペットに引火しており、既に消火は無理そうだ。
「戦ってる暇なんて無いわ!早く逃げないと!」
「分かってる!ほ、他に出口は!?」
「・・・あっちにも扉が!」
花が指差した方を見ると、そこには小さな扉があった。来た時には見えなかったので、きっと隠し通路だろう。
「分かった!急ごうっ!!!」
征夜は花の手を力強く握り、活路へ向けて走り出した――。
征夜が目を覚ますと、そこは何も無い空間だった。
地平線の先までが白一色に染まり、上下左右の概念が無いように見える。
「・・・みんなは?」
一緒にいた仲間が心配になって、征夜は走り出した。
進んでも、進んでも変わらない景色に焦りを覚えながら、ひたすらに走っていく。
「花ぁッ!シンッ!ミサラぁッ!」
仲間の名を叫びながら、半ばパニック状態で走り続ける征夜。だが、慌てたところで現状が変わる訳でもない。
「はぁ・・・はぁ・・・一体・・・何がどうなっ・・・ん?」
グチャッと言う嫌な音が、足裏から響いた。
何かを踏み付けた不快な感触に、堪らない悪寒がする。
靴ごと足を持ち上げてみると、どうやら彼は"虫"を踏み付けたらしい。
それも、カブトやクワガタのような有名な虫ではない。田舎の民家の玄関先で転がっていそうな、名前すら知られていない虫だ。
「うわぁ・・・。」
潰れた虫の残骸を見て、底知れない不気味さが湧き上がって来る。
だが、何の感慨もなく、意図せずに踏み潰された名も無き虫。その境遇を考えると、少し不憫にも思える。
「成仏しろよ・・・。」
憐れみの言葉を吐く口とは裏腹に、靴裏にこびり付いた虫の残骸を地面に擦り付け、乱雑にこそぎ落とした。
<板について来たな。>
「誰だ?」
不気味な声が周囲に響き、征夜はすかさず反応した。
声の下方へ振り返ると、そこには恐ろしい物が待ち受けていた。
「・・・目?」
ギョロリとした"眼球"が悠々と宙に浮きながら、冷たい視線と共に征夜をジッと見下ろしていた。
真っ黒に染まった白目と、六等分された瞳。一箇所だけが不気味に輝いて、他の五つの部分は光を失っている。
「なんだ・・・これ?」
<お前と同じさ。>
「え?」
<もう、分かってるんだろ?自分が"怪物"だって。>
「どう言う意味だ?」
<壊す事しか出来ないのさ。それなのに、相手を憐れんで狂気を抑えてる。
素直になれ。お前には、大切な使命があるだろう?なら、自分を受け入れてみろ。>
「失礼な奴だな・・・!」
確かに征夜は自分でも、戦う事だけが取り柄だと分かっていた。
だが、よく分からないギョロ目から怪物呼ばわりされるほど、悪行を積み重ねてきた訳でもない。
「答えろ。どうすれば、ここから出会える?」
<さぁ、どうだろうな。
私としては別に、お前がそのままでも構わない。
制御さえ出来れば、狂犬でも十二分に事足りる。>
「なるほど、お前を倒せば良いのか・・・!」
何はともあれ、この目玉が味方である事はなさそうだ。
傍に落ちていた刀を拾い上げた征夜は、目玉に向けて正対する。
「お前を倒して、花たちの元に帰る!」
<やめておけ。ここで暴れても、私を切っても、お前には何の意味も無い。それよりも、もっと私と話を>
「うるさいっ!僕には、待っている人がいるんだ!お前なんかに構っていられるかッ!!!」
湧き上がって来た興奮と苛立ちが、征夜の殺意に火を付けた。
ここに居ない仲間の事が、特に花の事が、何よりも心配で仕方ない。よく分からない目玉のバケモノに、構っている暇など無いのだ。
「消えろぉッ!!!」
征夜は勢いよく叫ぶと、浮かんでいる目玉に向けて素早く刀を突き出した。
その切っ先が瞳に触れる直前、征夜を小馬鹿にすると同時に、少し憐れむような調子の声が、耳元で呟かれた。
<ほら、やっぱり怪物じゃないか。>
~~~~~~~~~~
「がっ・・・はっ・・・せ・・・いや・・・!?」
「え?」
征夜はふと、我に帰った。
気がつくと、あの不気味な目玉は居なくなっており、その代わりに彼が刺していた物は――。
「え?花・・・?」
「ごぽっ!げほっげほっ・・・せ、せい・・・どうし・・・。」
溢れんばかりの涙を瞼に浮かべ、花は力なく崩れ落ちた。口の端から血が垂れており、咳き込むたびに激しく吐血している。
「え?・・・え?は、花?な、何が起こっ・・・・・・うわ"あ"ぁぁぁぁぁッッッ!!!!!?????」
何が起こったのか分からずに、征夜は呆然とした。
しかし、手元へと視線を落とした時、すぐに恐ろしい事実を理解した。
「な、何だこれ!何だよこれぇっ!?」
ベッタリと生温い感触が、手首に張り付いていた。
握りしめた手先には刀の柄が含まれており、他でもない"花の左胸"を貫いている。
「僕が・・・刺した?花を!?な、なんで!どうして!ど、どう言う事なんだよっ!!!」
状況を理解しても、納得が出来ないのだ。
花は味方だ。大切な恋人だ。そんな彼女を、どうして自分が刺すのか。そんな事、起こり得る筈がない。
だが、今の問題はそこではない。
「ち、違う!そんな事どうでも良い!花っ!しっかりしてくれっ!花ぁッ!!!」
「ごぽっ・・・げほっげほっ!おぇっ・・・げはっ・・・。」
「ど、どうすれば!どうすれば良いんだっ!!!」
刀が突き刺さった左胸から、止めどなく鮮血が溢れ出している。乱れた呼吸には濁音が混じり、引き攣った表情で痙攣している。
「い、いま剣を抜くから!待ってて!すぐに助けるから!!!」
「あ・・・ちょ・・・待・・・ぎゅあ"ぁ"ぁ"ぁ"ッ!!!」
「ぬ、抜けたよッ!つ、次は・・・えぇっと・・・!」
「ゲホッゲホッゲホッゲホッ!・・・あ・・・あぁ・・・んぁ・・・・・・。」
「え?ちょ、ちょっと待って!」
勢いよく刀を引き抜いたのは良いが、状況はむしろ悪化した。
胸の傷跡を塞いでいた刀は、詰め物の代わりになっていたのだ。それが引き抜かれた今、大量出血を起こすのは当然。
医療従事者である花には、当然そんな事分かっていた。だから慌てて、征夜を制止しようとしたのだ。
「ぜぇ"・・・ぜぇ"・・・ぜぇ"・・・うぐっ・・・ゲホぉッ!」
「ど、どど!どうしよう!?ど、どうすれば!?え・・・えと・・・花!教えてくれ!花ぁッ!!!」
死へのカウントダウンを続ける花に、征夜は何もしてやれない。
完全にパニックに陥った彼は、死にゆく恋人のそばで慌てふためく事しか出来ない。
「げほっ・・・けほっ・・・・・・・・・。」
「は、花!?返事をしてくれっ!」
ついに花は、咳き込む事すらしなくなった。
目を瞑ったまま、震える事すらなく、ただ硬直している。体を揺すっても、全くの応答が無い。
まだ、死んだと決まった訳ではない。
だが、病院も無ければ回復魔法がある訳でもない。彼女は既に、手の施しようが無いのだ。
「は、花・・・?花?・・・あ・・・あ・・・アハハ・・・。」
次第に光を失っていく花の瞳を見つめながら、征夜は乾いた笑い声を出す事しか出来ない。
驚くほど呆気なく彼女を失ってしまった事実に、笑う事しか出来ないのだ。
必死になって守り続けてきた割に、その幕切れはあまりにもくだらない。
錯乱した恋人の刃に突き刺さり、もがく事も出来ずに失血死する。こんな物は"勇敢な死"でも無ければ、"美しい死"でもない。
ここまで来ると、全てが馬鹿馬鹿しく思えて来る――。
「僕って・・・本当にバカだ・・・!何にも・・・変わってない・・・!
"あの時"から・・・何にも成長してない・・・!ハハハハハッ!むしろ・・・退化してるよっ!」
ちょうど一年ほど前、全く同じ状況があった。
転生してすぐの頃、鍛冶屋の職人に頼まれて炭鉱に潜入した時、トロッコの落下に花が巻き込まれて大怪我した。
「あの時は・・・こんなに悲しくなかったのに・・・。
ご、ごめん・・・ごめんね・・・花・・・うぅっ・・・き、君を・・・守るって・・・約束・・・したのに・・・!」
当時は、なんて事のない"他人の女性"だった。
"可愛い"とか、"胸が大きい"とか、"声が綺麗"とか、外面的な部分で彼女に興味を持っていただけ。
一目惚れしてはいたが、"真剣に恋してる"とは到底言えない感情だった。
だが、今は違う。
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彼女への想いは、当時とは比較にならない。
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そんな彼女が居なくなれば、征夜は何をすれば良いのか分からない。それが、堪らなく怖かった。
世界を救うべきなのだろうが、魔王を倒した時点で自分の使命は完了した。守るべき物も無いのに、今さら何を為せと言うのか。
「ごめん・・・ごめん・・・花・・・!
あの時みたいに・・・君を・・・助けられないよ・・・。」
以前は冷静に出来た事が、思い入れの分だけ難しくなっている。
冷静に、冷静に、冷静に、何度も心の中で念じながら対策を考えても、苦しむ彼女を見ると思考が纏まらない。
だが、全てを諦めた直後になって、征夜の元へ天啓が降りてきた――。
「・・・あの時?」
この状況が以前にあったなら、当時はどうやって解決したのだろう。
脳内に埋もれた記憶を辿ってみると、すぐに答えへ到達できた。
「・・・ハッ!杖だ!杖は何処だ!」
水晶の杖を探し求めて、征夜は薄暗い玉座の間を這い回った。
しかし、足元を凝視しながら杖の存在を探しても、一向に見つかる気配が無い。
ところが、その時不思議な事が起こった――。
「ん?・・・うわっ!?」
突如として手の中に現れた冷たい感触、不思議に思って視線を落とすと、彼は確かに水晶の杖を握っていた。
「なんか良く分かんないけど、花が助かればそれで良い!」
自分は魔法を使えない。だから、本来ならこんな事は起こり得ない。
だが、今はそんな事に興味が無い。大切な事は花を助ける事。ただ、それだけだ。
「花を助けたいんだ!力を貸してくれ!」
征夜が杖に話しかけると、杖は"魔法のセレクト画面"を水晶に表示した。
どの魔法を使うのか、暗に聞いているのだと悟った征夜。その中で、最も強力そうな回復魔法を即決する。
「"エリクサーの雫"!それで花を!君の持ち主を回復してくれ!」
征夜の要望は、瞬時に聞き入れられた。
彼の思いに応えるかのように、杖の先から溢れ出した七色の光が花を包み込む。
「た、頼む・・・戻って来てくれッ!行かないでくれッ!花あぁッ!!!」
彼女が気を失ってから、そこそこ長い時間が経っている。地球なら、救急車に運び込んでも助からないほどの時間だ。
今さら魔法を唱えたところで、本当に効くのかどうか。征夜には分からなかった。
だが、"エリクサーの雫"の力は、彼の想像を超えて強力だった――。
「・・・せい・・・や?」
「花ぁッ!!!」
「きゃっ!」
目を覚まし、上体を起こした花。征夜はそんな彼女を、安堵の涙を浮かべながら抱きしめる。
胸元に空いた大穴は綺麗に塞がり、口から溢れ出す血も止まった。顔色もみるみる良くなっている。
いざ、彼女の安全が確保できると、今度は安堵よりも"罪悪感"が押し寄せて来た。
「本当にごめん花!僕が!僕が悪いんだ!でも、君を刺すつもりなんて無くて!
な、何の記憶も無いんだ!ゆ、許して欲しいとは言わないけど!君を傷付けるつも・・・。」
「大丈夫・・・気にしてないよ・・・。」
必死の弁解を始めた征夜だったが、その悲痛な声は花の抱擁にかき消された。
「まず言わせて・・・ありがとう征夜・・・。」
「・・・うん。次に言いたい事は・・・?」
今度こそ、"お叱り"が飛んでくると悟った征夜は、彼女の怒声や暴言を覚悟した。
「次に言いたいのはね・・・。」
だが、彼女が言いたかった事は、彼の予想だにしない事だった。
「この城崩れそう!早く逃げないとっ!!!」
「えっ?うわっ!?」
花が言い終わった直後、征夜たちが座り込んだ足場は、グラグラと揺れ始めた。
~~~~~~~~~~
「扉はこっちだ!・・・うわっ!?」
元来た扉を開こうとした時、ドアノブを握った手に嫌な感触がよぎった。
花の血で塗れた手先に、ドス黒く更に粘度の高い血液が付着する。
暗がりで目を凝らしてみると、足元には"誰かの下半身"が転がっていた。
上半身は木っ端微塵に吹き飛んでおり、噴き出した血潮が扉を包む様に円を描いて飛び散っている――。
「こ、これって・・・。」
「えぇ、あなたがやったの・・・。」
「じゃあ・・・この死体は・・・。」
花を守る為に走り出し、彼の刃から救い出した。その後に記憶が途絶えて、覚えているのは"気導弾の感触"だけ。
そんな彼に対し、花は少し曇った表情で真実を語る。
「やっぱり、覚えてないのね・・・?
凄かったわ・・・ラースの奥義を、白いボールみたいなので押し返して・・・。
それが当たったら、壁に叩き付けられて・・・押し潰されてバラバラに・・・。」
「そ、そっか・・・。」
記憶が混濁しているが、自分が無意識のうちにラースを殺害していた事が分かった。
一度は"説得"出来そうだったのに、最終的には"惨殺"という結果に終わった。その事実に、征夜は落胆しかない。
(まさか、あの"虫"って・・・。)
幻の中で見た不穏な景色、その意味も理解できた。
おそらく自分は"虫を潰すように"、圧倒的な力でラースを殺したのだろう。
それこそ、殺した事実にすら気付けないほどに――。
「嫌な物・・・見せちゃったね・・・。」
「大丈夫よ・・・もう、倒す他になかった・・・。」
「うん・・・。」
花に凄惨な光景を見せた事実。ラースを殺害した事実。
その両方が、征夜にとっては罪悪感そのものだった。
だが、今は悔やむ暇など無い。この城から脱出する事が先決だ。
だが、扉を開けて先に進もうとした時――。
「はぁ・・・はぁ"・・・あ"ぁ"・・・あ"っあ"ぁ"・・・うわ"っ・・・あ"っあ"ぁ"あ"っ・・・!」
「この奥・・・何か居る!」
「えっ!?」
扉の先から伝わって来た、荒い息遣い。
その響きは明らかに人間の物ではなく、恐ろしい怪魔の物であると分かる。
「クソッ!仕留め損なったかッ!!!」
恐らくは、部屋に入る直前で戦った門番だろう。
アレが生きていたのなら、ここを通るのは無謀だ。
「・・・あっ!征夜!見て!」
「・・・うわっ!?火事!?」
征夜たちが振り返ると、玉座では小さな火事が起こっていた。倒れ込んだ燭台の火がカーペットに引火しており、既に消火は無理そうだ。
「戦ってる暇なんて無いわ!早く逃げないと!」
「分かってる!ほ、他に出口は!?」
「・・・あっちにも扉が!」
花が指差した方を見ると、そこには小さな扉があった。来た時には見えなかったので、きっと隠し通路だろう。
「分かった!急ごうっ!!!」
征夜は花の手を力強く握り、活路へ向けて走り出した――。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
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強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
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