『無頼勇者の奮闘記』 ―親の七光りと蔑まれた青年、異世界転生で戦才覚醒。チート不要で成り上がる―

八雲水経・陰

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第八章 魔人決戦篇

EP220 修羅と魔人の決戦

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 振り下ろされた斧は、花の頸椎へと直行した。
 ラースの心は、興奮で満ちていた。足元でもがく美女の首を、ギロチンのように跳ね飛ばせるのだ。
 残された死体を改造して、尖兵にしても良い。裸に剥いた後、首と共に晒し者にするのも面白い。

 何よりも楽しいのは、目の前の女が吹雪の征夜の恋人である事だ。
 殺しただけでも、充分以上に楽しい余興。その亡骸を弄べたら、これ以上に滑稽な物も無いだろう。

「アハハハハハッ!さぁ!恐怖の中で溺れながら!惨めに死ぬが良」

 泣きながら暴れる花に、死刑宣告を下すラース。
 しかし、その文言は言い終わる前に、力づくで千切られた――。



「ごぼおぉ"ッッッ!!!・・・な、何だ?おごぉ"ッ!!!」



 脇腹に差し込まれた"腕"が、グヂャグヂャと音を立てながら体を内側から抉る。
 堪らずに斧を取り落としたラースの脇下を、凄まじい速さで"何か"が通り過ぎて行った。

「き、きさ・・・貴様・・・!」

 出血を続ける右脇腹を押さえながら、ラースは視線を奥に移した。
 気が付くと、足元に転がっていた花は奪い取られており、視線の先で抱き抱えられていた。

「あ"っ・・・あ"ぁ"・・・あ"ぁ"ぁ"っ・・・はあ"ぁ"・・・お"・・・お"れ"の・・・はな"だ・・・!
 守る"・・・使命・・・生ぎる"・・・意味だぁ"ッ!!!」

 苦しそうに息を切らせながら、征夜は血走った目でラースを睨み付けていた。
 庇うようにして両腕で花を抱きしめると同時に、"強烈な威圧感"を放ち、視界に映る全てを拒絶している。

 荒々しい吐息が、肺の底から湧き上がってきていた。
 両目の裏側が燃え上がるように痛み、脳内に"破壊と殺戮の衝動"が直接流れ込んで来るような感覚の中で、征夜は必死に理性を保っていた。

「せ、征・・・夜・・・なのよね?」

「もゔ・・・だいじょ・・・ゔぅ"ッ!?
 がぁ・・・がぁ・・・ぐげっ!?・・・があ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!!!」

「征夜!?しっかりし、痛ッ!?・・・え?毛が・・・。」

 触れ合った肌の感触が、一気に塗り変わった。
 逆立った腕の毛は剃刀のように尖り、触れているだけで痛いのだ。
 その痛みは、まるで「俺に近寄るな」と言わんばかりに、花の干渉を拒んでいる。

「な、何が!何があったの!?征夜!」

「は・・・な"・・・!離れ・・・ろお"ぉ"ッ!!!うがあ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッッッ!!!!!!」

「きゃぁっ!」

 心配そうに手を握る花を、今度は乱暴に振り解いた。
 だが、彼の意志は何も変わらない。ただ変わったのは、"守られるべき対象"がラースから"自分"になった事。

「お、お前は・・・なんだ!何なんだ!何を!しているだぁッ!!!」

 得体の知れない恐怖に心を支配されたラースは、無我夢中で走り出した。
 "流れが変わった"。正に、この言葉に尽きるだろう。目の前で悶える征夜は、先ほどまでとは明らかに違う。放っておけば、間違いなく危険だ。

「あ"っ・・・ぐっ・・・ぎ、ぎが・・・げがが・・・ぐぎゃ"あ"あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!!!」

「なっ!?・・・ほぐお"ぉ"ッ!?」

 ラースの認識は、完全なる見当違いだった。"放っておけば"ではない。もう既に、限りなく危険なのだ。
 咆哮と共に発せられた衝撃波が、ラースの腹に直撃した。これまでの戦闘で喰らった全ての攻撃と比較しても、格が違う威力だ。

「げふぁッ!!!」

 微塵も衝撃波に争えず、ラースは壁へ激突した。
 作用と反作用のダブルパンチが、内臓をミンチにする。凶魔活性による治癒力が無ければ、簡単に即死していた。

(な、なんだ!や、奴は!何が起こっ、来るッ!!!)

「があ"ぁ"ぁ"ぁ"ぎゃ"あ"ぁ"い"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ッッッッッ!!!!!!!」

 続け様に放たれた、天を裂くほどの凄まじい叫び。
 だが、今度は衝撃波などと言う生易しい物ではない。
 彼の口から吐き出され、音波のうねりを伝って迫り来る物は、"漆黒の稲妻"だった――。

「うわあ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!!!」

 雷撃が胸に直撃し、ラースは絶叫する。
 魔王の力によって"魔法への耐性"を付けた彼も、"魔力の籠らない電撃"は防げないのだ。

(な、何が・・・何なの・・・どうして・・・あんな事に!?
 せ、征夜・・・助け・・・で、でも・・・今は・・・彼は・・・。)

 完全に暴走している征夜を前に、花は部屋の隅で怯える事しか出来ない。
 いつものように恋人の助けを求めようにも、当の本人が彼女を恐怖させている。彼では、今の彼女を安堵させる事は出来ない。

 魔王と勇者の宿命の対決は、一瞬にして様相を変えた。
 奇声と絶叫だけが空間を支配し、それは既に人間の戦いではなかった。
 ラースが魔王の成り損ない、謂わば"魔人"だとするなら、今の征夜は破壊と殺戮の本能に突き動かされる怪物。



 資正の言葉を借りるなら、今の彼は"修羅"だろう――。



(に、逃げないと・・・マズい!マズいぞぉッ!!!この野郎は!何かがヤバいッ!!!)
<<<て、テレポート!!!>>>

 身の危険を感じたラースは、いつものように瞬間移動を試みた。
 しかし、彼は知らなかったのだ。普段は何事も無く使えていた魔法の、思わぬリスクについて――。

「な、何故!なぜ飛べないッ!?り、再使用待機リキャストだと!?
 ふ、ふざけるなぁッ!そんな物!魔王の能力で!ごっほお"ぉ"ぉ"ぉ"ッ!!!!!」

バリィーンッ!!!

 征夜の拳を顎に喰らったラースは、勢いよく殴り飛ばされた。
 頭上に広がっていた天窓を突き破った彼は、そのまま城の屋上へと投げ出された。

~~~~~~~~~~

「ぐゔぅ"ぅ"ぅ"ぅ"ぅ"・・・ッ!!!」

 屋上の煉瓦に着地した征夜は、唸り声を上げながら転がったラースを睨み付けていた。
 血のように赤い瞳には光が宿り、逆立った全身の毛は熱気を放って震えていた。

「く、くそ!この犬野郎がぁッ!!!」

 両手足で屋根を掴む征夜を見て、ラースは思わず吐き捨てる。今の彼は確かに、狂犬とも呼べるだろう。

(さ、再使用まで!あと5分!5分だ!5分耐えれば良いんだ!)

 2週間の期限が、5分後に迫ってきた。
 あと5分耐えれば、再びテレポートが使える。
 この世界のどこかに瞬間移動して、体勢を立て直して戻ってくる。そうすれば、征夜など敵ではない筈だ。

(こ、コイツはヤバい!マジでヤバい!逃げるだけ!逃げるだけなんだぁッ!!!)

 彼は早くも、暴走した征夜に勝利するのを諦めた。
 先ほどまでの自分がまともに思えるほど、今の彼は"無敵"と呼ぶに相応しい雰囲気を醸している。

「アレを使うしかねぇのか!」
<<<憂邪眼ウイジャがん!!!>>>

 黒く染まったラースの白目が、今度は鮮血よりも赤い緋色に染め上げられた。
 魔族の瞳術、正確には"魔界に住む者"のみに許された瞳術が、ついに開放されたのだ。

 詳しい説明は割愛するが、憂邪眼は"魔界の保険制度"と言っても良い。
 大小様々な危機に瀕した者が、一定の条件を満たして発動出来る。
 そして、使用者が瀕している危機の程度や、勤めている職務、政府に納めている魔力の量、実行中の行為、その他様々な要素によって、効果が決まる。

 そして、瞳術が継続されている間、界民から税金の代わりに納められた魔力を魔界の中枢から引き出し、様々な恩恵を受けられる。

 魔界に人が流入する理由の一つが、この憂邪眼である。
 コレは単なる保険ではなく、"暴力への抑止"そのもの。

 たとえば魔族が暴走した時、人間は成す術が無い。
 基礎的な腕力は勿論、魔力や五感も桁外れなのだ。ただ蹂躙され、鏖殺される他に道は無い。
 だが、それは天界の神とて同じ事。
 彼らは美しい姿をしているが、一皮剥けば中身は外道。悪魔となんら変わりない。

 しかし、魔界に住む人間は、憂邪眼によって魔族への抑止が効く。
 魔界において民主主義が守られている最大の要因は、暴力への対抗策が有るから。
 圧倒的な戦力差を埋めるだけの力が、この瞳術には込められているのだ。

「チッ!この程度か!」

 今回のラースが得られる効果は、かなり渋い物だった。
 生命の危機・魔王の地位・膨大な納税魔力。これらを以ってしても、憂邪眼の助力は微々たる物。

 この瞳術が切れるまでの間、ラースは自身が保有する魔力を消費せずに魔法を放てる。
 自身のキャパシティ、例えるなら"最大MP"を超過する事は出来ないが、その最大値を常に維持出来る。
 しかし、結局はそれだけでしか無い。
 最大威力の技を連射出来たとしても、使える魔法の威力やレベルが向上する訳ではないのだ。

(もっと力がいる!それなのに!この程度の効果か!何故だぁッ!)

 その理由は至ってシンプル。
 "実行中の行為"が、あまりにも粗末なのだ。
 まるで、魔界の意志そのものが、"魔王・ラドックス"を拒んでいるように思える。

(だが!たった5分だ!その程度なら、いくらでも誤魔化せる!!!)
<形状操作!>

 ラースを守るように宙を舞っていた多数の短剣は、瞬時に盾へと変化した。
 おそらく、魔法への耐性があるのだろう。不思議な色に光り輝く盾は、主人と征夜の間で強固な壁として立ち塞がった。

「ぐう"ぅ"ぅ"ぅ"・・・ぎぃ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ッッッ!!!!!!」

「こんな所で終われるか!俺は・・・まだッ!」

 ラースはそう叫ぶと、前方から飛び掛かって来た"怪物"に立ち向かう事を決意した――。
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