『無頼勇者の破王譚』〜無能社員だった青年は、異世界で精鋭部隊を率いる~

八雲水経・陰

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第九章 反逆の狼牙編

EP265_① 証明が欲しいな <☆>

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 花が、足に覆い被さって来た。
 頭の中がクラクラする……拍動する胸と、押さえつけられたお腹が痛い。

「え、え……!?」

「ねぇ……征夜……。」

「な、何……!?」

「私の物に……なろ?」

「ッ!?」

 あまりにも急な問いかけだった。
 畳み掛けるように、花は……僕に迫って来る。

「悲しい事は考えない。 辛い事はしない。 それで良いんだよ。 征夜は頑張ったんだから……。」

「っ……。」

「ただ……ジッとして……私を受け入れれば良いの……。
 何も恥ずかしくなくて、何もおかしな事じゃない……ただただ気持ち良い……そんな世界に行きたいよね?」

 そんな世界に……行きたい……のか?
 何か……何か違う気がする。僕は本当に、そんな世界に行きたいって?

「今はもう……何も考えないで……。
 私だけを見て……私に溺れて……私と愛し合おうね……。」

 意識が明滅する。
 囁く声と憐れみの視線が、脳を狂わせる。

「征夜も、私も、ただの人間なんだよ。」

「僕たちは……ただの人間……。」

「弱くて、臆病で、辛い事からは逃げたくなる。 それが人間。
 それで良いの。 その弱さを受け入れて、他者に縋って生きていく。……それが大人なの。」

 誰かに縋るのは……普通なのか。
 彼女を求めるのは……当たり前の事なんだ。

「アナタはもう、十分に大人よ。」

 そうか……大人なんだ……。
 僕はもう……十分に大人なんだ……!

 勇気が湧いて来る。
 心が、熱く燃え上がる。
 嬉しい気持ちが、心全体を染め上げる感覚がする。

「子供を育てられるくらい……立派にね……。」

 ……子供?
 ぇ……子供?

 背筋が、急に、寒く、なって来た。

「愛の証明が欲しいな……。」

「証明?」

「そうだよ? アナタとの……家族の証明……。」

 家族の……証明。

「自分がどこに居るか……分からないんでしょう?」

「…………ぅん。」

「私が……居場所になるから……ね?」

 花は……僕の居場所だ。
 花が居る場所に僕は帰る。家族であり、家そのもの。
 家に帰って彼女に褒められるような生活を、日々送りたい。選択肢に迷った時は、それが基準となる時もある。

「ほ、本気……なの?」

「嫌?」

「いや……その……困惑してて……。」

「だって、もう1年だよ?」

「っ……!」

 1年……1年……。

「私たち……20歳も半分過ぎて、もうそろそろ考えなきゃダメな時だよ……?」

「考える……。」

「私が本気じゃないように見える?」

 見えない。
 交際1年は……本気じゃないとおかしい。
 本気……本気か……20歳も半分……半分……。

「征夜は本気じゃないの?」

「い、いや……僕は……。」

 急すぎて何も分からない。

「いやあの……待っ、ふむっ!?」

「…………どっち?」

 両手で頬を抑えられ、ジィっと瞳を近づけられる。
 視界を塗りつぶす鮮やかなピンクの向こうで、細長く、どす黒い線虫が回遊している錯覚が起こる。

 少し、怖いと思ってしまった。

「…………答えて。」

 ……いや、考えすぎだ。
 やっぱり花は可愛い。挟み込まれた頬が、より強く圧迫されても、あまり痛くない。

「ッ!? は、花あの……あ、足の間が……!」

 それに何より、覆いかぶさった体の隙間。
 足の間……としか言いようのない空間が、僕の太ももに押し当てられている。……これは、かなりマズイ。

「答えなさい~……!」

「ッ"! ちょ、ダメ……!」

 話を逸らそうとしたのが、バレたのか。
 花は頬を膨らませて、さらに強く迫って来る。怒っているのか、ふざけているのか。分からないが、とにかく可愛い。

 あ、あの……そんなに足の間を押し当てられると……。

「…………♡」

 マズイ……非常にマズイ。バレた。
 お互いバスタオルは巻いているとは言え、僕の方はを隠しようが無いのだ。

「本気……なんだぁ……。」

「い、いやあの……!」

 大腿筋に足の間……いや、もう言い逃れは出来ない。
 花の股が……なんというか……押し当てられて……すごくスベスベしている。
 タオルに覆われた向こう側で、剝き出しのまま僕の肌と密着しているのを想像すると……昂るのは仕方ない……。

 それに、その……花の方も……準備は出来ている。のだろう、多分。
 成り行きだと思っていたが、そうは思えない程度に……湿気が……。

「そっかぁ……じゃあ……えぇと…………///」

「……///」

 僕はもう、何も言えない。

 あぁ、もうダメだ諦めよう。
 硬く盛り上がった部分が、タオル越しに、花の下腹部に押し当てられている。
 薄い布二枚で遮ろうと、僕と彼女の熱情は阻めない。……もう、ダメだ。

 こうなったら身を任せよう。
 花にすべてを任せる。きっと、全て上手くいく。
 真面目ぶっている僕でも、心の底ではこうなる事を望んでいた。タイミングなどきっと些事だ。
 今しなければ、いつするのだ。難しいことは考えるな。考えるな。考えるな……!

 考えるのをやめると、さらに、無性に。
 どうしようもなく、劣情が沸きあがって来る。
 下品な妄想が止めどなく溢れて、一刻も早く一つに成りたいと思えてくる。

 そうだ。もう1年だ。
 十分すぎるほどプラトニックに付き合った後なのだ。
 これはいたって普通な経過だ。単に、急なだけで。今日でも昨日でもおかしくはなかった。

 そんな事を考え、脳をぐりぐりと回転させながら。目を瞑る。
 このまま、このまま。……他のことは何も考えず。花の与えてくれる性の充実に身を任せて、溺れれば良いのだ。
 こうやってしていれば、そろそろ花が何か……何か……何…………。

「…………花?」

 ……何も起こらない。

「…………次はどうするのかな。」

「ぇ?」

「あ、アハハ…………分かんないね……。」

「???」

 花は、両手を僕の胸に押し当て、顔を覗き込んだまま。硬直している。
 ……何だ?何か……変な感じがする。

「え、えぇと……花?」

「いやあの……その……詳しい事を知らないわけじゃないんだよ?」

 初々しい……というか、なんというか。
 声に元気が無い。自信が無いのだ。迷っている?花が?

 愛想笑いを浮かべたまま取り繕って戸惑う姿は、先刻までの花とは違って見える。
 無鉄砲とすら思える凶暴性。良い意味でのアグレッシブさがすっかりと消え失せ、相手の出方を窺う貧弱な小動物に成り下がったような感覚。

 花の新たな一面……なのか?

「だって……シた事ないもん……。」

「あぁ……そっか。」

 言われてみれば、花も別に性行為の経験があるわけではないのか。
 そう考えてみると、身を委ねるのは無理があるのかもしれない。

「征夜は男の子だし……そういうのも見る……よね?」

「…………いや、全く。」

「あ、あれー……?」

 右の拳を顎に当て、首を傾げ、困ったように苦笑する。
 恋愛面では彼女の方が数段上手だと思っていた僕としては、いざあてにされると困る面もある。

「いや……その……忘れちゃっただけ……。
 別に……見た事ないわけじゃ無いから……。」

 頬を赤らめて、目を背けた。

「正しい方法は分かんないけど……その……イメージした事はあるよ? 本は読んだ事ある……!」

 会話の方向性がよく分からなくなってきた。 

「えぇと……大丈夫……! ちゃんと出来るはず……!
 まずはその……えぇと……前戯……!…………イッチャッタ///」

 カァっと顔が赤くなって、瞬く間に色が移り変わっていく。
 本当にどうしたんだろう。体調が悪いのか?なら、やめておいた方がいいと思えるが。

「どうしよぅ……えぇと……///」

 両手で顔を負い、もじもじと身を揺らしながら。
 絞り出したような声が、次第に弱まって消えていく。緊張と言うよりも、不安になっている。自信が無いのだ。

「あ、あの……その……。
 この姿勢……ちょっと恥ずかしいね……///」

「姿勢?」

「ホントに……家族になっちゃう感じがする……。
 征夜がお父さんで……私がお母さん……みたいな……?」

「あ、あぁ……うん……。」

 父親。……父親。
 そうか、父親になるのか。
 僕が父親か。うん、悪くない。

 父親?……父親?
 うん、父親だ。……父さんと同じ身分?

「あ、アハハハ……本当に……抵抗しないんだ……。」

 全く考えた事がなかった。
 そうか、花とずっと一緒にいれば父親になる日も来るのか。父さんみたいになる……のか?

「もう……良いよね……?」

 花が何を言っているのか、よく分からない。
 のぼせたのかな……覚めたはずの泥酔が、戻って来たのかな?あれ?何だっけ……僕は今……どうして、こんな所にいるんだっけ?

 父親?……父さんみたいに?

<あの子の代わりに、お前が死ねば良かったんだ。>

 …………ぁあ、頭が痛い。
 なんか、変な、幻聴が聞こえる。耳がぐわんぐわんする。何なんだよ……これ。

<冷奈は妊娠してたんだぞ。>

 こんな言葉を……昔、誰かに言われた気がする。
 父親って聞いて、真っ先に、これが浮かんで来た……のか?

<父さん……何して……。>

<人が最も勇気を試されるのは、大切な人が傷付いたときだ。 これは正しい事なんだよ、清也。>

 なんでこんな時に思い浮かぶんだ?
 花を守って戦った時……一番最初に、他人に勝った時。その勇気をくれた言葉だ。

 言われた時の景色を、思い出しそうになる……暗い……じめっとした雰囲気だった……ような……。
 父さんと僕と、他にもスーツを着た人がたくさん。あとは女の子?……誰だ?

<清也くん……! 助けて……!>

 不安げに僕を見つめる花の視線が、幼い少女の記憶と重なる。……誰だ?
 ピンクの瞳……綺麗な色。可愛い女の子だった。思い出す限り初恋なのに、全然思い出せない。

 清也くんって呼ぶ声……すごく……嫌な感じがする。
 セレアさんに言われても、何ともないのに。この声に言われると、すごく嫌になる。

 不快だ……吐きそうだ。
 性行為って気持ち良いって聞いたが、もう始まる前からウンザリだ。
 気分は下がってるのに、カラダは絶好調だ。心と体が切り離されて、片方が花に、片方が幻覚に支配されてる。感情の行き場が無い、ひたすら疲れる。

「それじゃぁ……その……続きをしよっか……///」

「あっ……うん……。」

 僕は興奮している。本能は感情とは違う。
 嬉しいんだ、そう思いたい。けど、雨上がりで、ぐずぐずに溶けた泥道みたいに。歩み出す一歩が、異常に重たい。

 恥ずかしそうにする花も可愛い。
 けれど、そんな姿を見せられると、自分が付き合っている相手が本当に彼女なのか分からなくなる。
 きっと……酔ってるからだ。そう思いたい……けど。

 ――彼女と付き合い始めた理由か、思い出せなくなって来た。
 僕は彼女を……どう言う理由で好きになったんだっけ?どんなところが好きなんだろう?

「……征夜?」

「はい?」

「その……本当に大丈夫……かな?」

「あぁ、大丈夫……!」

 なんとか笑顔を作ってみたが、同じ事をこっちも聞きたい。こんなに自信無さげな花を、僕は初めて見た。
 不安と緊張の入り混じった苦笑で見つめられると、何と言えば良いのか分からなくなる。

「ホントに……? 良いの……? もぅ……始めちゃうけど……。」

 目を逸らしてモジモジと足踏みするのも、可愛い。
 やっぱり、こう言う花も素敵だ。可愛い。いつもと違う気がするのは、初めてだからだ。

「…………良いよ。」

 鏡に映る自分の顔が、情けなくて仕方ない。
 炸裂した大胸筋と隆起した僧帽筋の上に、女児のように紅潮した頭が乗っている。僕は何をしているんだろう……と、思わずにいられない。

「分かった……///」

 キョロキョロと蠢く瞳が、僕の真正面で安定した。
 覚悟は決まった。ここまで来たら、もう進むしかない。そんな気持ちが、伝わって来る。

 脇のそばで挟み込んだバスタオルの縁に指先を伸ばして、下ろそうとする。
 震える手が、大きく前に張り出した双乳の膨らみを迂回して横切る所作すら、僕の欲情を煽る。

 うん、やはり可愛い。
 頼もしい花が好きだが、緊張した花も好きだ。

 本当は僕の力で、何も脅かす者の居ない世界に連れて行きたい。けれど、今の僕では無理だ。
 いつか必ず、そんな自分になりたい。父さんみたいに家族を守れる自分、家族の願う物をすべて叶えてあげられる自分だ。
 そうすれば、僕は本当の意味で花と対等になれる。初めて会ったあの日から、ずっと僕を求めてくれた彼女の思いに応えられる。

 そうすれば、きっと父さんだって。僕を認めてくれるはずだ。

「花~! ちょっと聞い、うぇ”え”……?」

「っ?…………ッ”!?」

 何だ?今、背後で何か音がした。
 人が入ってくる音。女の人の声。花を呼ぶ声だ。僕たちの空間に水を差す、蠅みたいな不快感が飛び込んでくる感覚。
 頭を支配していた思考の霧が、侵入者への反応を鈍らせる。目を覚ましたクマのように、のっそり振り向こうとすると、花の両手が目を塞いだ。

「見ちゃやだ。」

 低く流麗な声が、耳の裏から脳蓋を突き抜ける。ささやかな嫉妬と独占欲が、僕を焼く。
 瞼を覆う生暖かい指の感触と、前のめりになってさらに押し当てられた下腹部の感触……あぁ……これはまずい……。

「あ、っちょ……花……ッ”!💕」

「…………ッ?」

 もがく僕と、押さえつける花。
 打ち付けるようにうねる腰が、もみくちゃに下腹を押し付けて――訳も分からぬまま、開放感が押し寄せる。
 体に力が入らない。絶え間ない痙攣と背筋を走る生暖かい欲情が、繰り返し全身を駆け巡る。

「くっ……ぅ……。」

「あ……えぇっと……///」

 背が反り返って、情けない声が喉の奥から漏れる。
 花の手が視界からゆっくりと剥がれ、彼女の姿がぼんやりと映る。

「は、花……っ……くっ……。」

「わ、わぁ…………///」

 右手で、零れ落ちそうな双峰を抱え隠しながら、戸惑って苦笑する姿がどうしようもなく興奮した。
 背に負う電灯の明かりが髪を滴る水を照らし、後光の編み出す細い腰の陰影と、たくし上げられた豊満な谷間。

 細い腰に秘めた生殖器の存在や、むにゅりと歪んで指が沈み込む胸の柔らかさを妄想すると、興奮で脳がちかちかする。
 もう、何度身をよじったのか分からない。そんな情けない姿を見下ろされている現実すら、気持ちが良い。

「…………/// もう……大丈夫?」

「…………はぃ。」

「そっか……。 こういう時、いっぱい出たね……って、言えば良いのかな?…………///」

 心配そうに覗き込み、苦笑いしながら首を傾げる。
 目を合わせあっても、視界の端に映り込む谷間に目を奪われて、思考が纏まらない。

 一瞬の硬直の後、左手の細い指先が汚された下腹部に差し向けられ、白く濁った塊を掬い上げる。
 好奇心と恍惚の入り混じった蠱惑の笑みが、指に絡まった糸塊に注がれている。花のお腹を汚して、その穢れを花が自らの意思で掬い上げた事実そのものが、他言できない至上の悦楽となっていくのを感じる。

「きゃぁあああッ!!!」

 忘れていた。今、この浴室は僕たち二人の世界ではなかった。
 振り返ると、絶叫するアメリアが居た。慌てて着直したと思われる、油で汚れた服。きっと、花と入浴しに来たのだ。

「花ごめん。 僕は先に出よう……か……ぇっ?」

「…………っ!♡」

 視線を戻すと、左手を慌てて背に隠した。
 一体……どうしたんだろう?

「ぁ……ぇっと……何かな?…………///」

「いや……僕がその……先に……。」

 きょろきょろと目を泳がせる姿が、なかなか可愛い。
 唇の端についた白い汚れを舌を伸ばして舐めとる姿に、理由も無く興奮した。
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