『無頼勇者の破王譚』〜無能社員だった青年は、異世界で精鋭部隊を率いる~

八雲水経・陰

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第九章 反逆の狼牙編

EP265_② 僕は変わらなくて良いんだ <☆>

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 弾き出された。
 気が付いたら、浴場を追い出され、側頭部には拳骨の跡が付いていた。
 アメリアに殴られたのだろう。あんまり……覚えていない。僕の頭の中にあるのは……。

「……花。」

 なんというか、頭の中がグルグルする。
 可愛いと思う気持ちと、緊張させて申し訳ないと思う気持ちと……恥ずかしい気持ち。

「どうしたの?」

「ぅわっ!?」

 ピョコンと、右肩から花が飛び出して来た。
 いつの間にか、背後に回られていたらしい。全く気づかなかった。

「は、花……もう出たんだ……」

「まぁ……アメちゃんと入るのも、ちょっと気まずかったから……。」

「そぅ……なんだ。」

「…………///」

「…………///」

 お互い、無言になる。

「なんていうか……正直……結構恥ずかしかった……///」

 ニットの上から、大きく張り出した胸の膨らみをギュッと抑える。
 りんご色の頬と、細く縮んだ虹彩が極限の羞恥を思わせ、無性に愛らしい。

「ちょっと揶揄からかいすぎちゃった。……ごめんね?」

「揶揄い?」

「いや……揶揄いってほどでも……無いかも……///」

 どこまで本気なんだろう。
 今まで見た事が無いくらい、花は無防備だった。
 こうして話している間も、朝までとは別人だと思えるくらい大人しい。

 快活なお姉さんから、落ち着いたお姉さんに。
 かといって年長者の余裕が出て来た訳でもない、なんというか、良くも悪くも弱々しい。

 心の距離が変わった。
 肉体関係の寸前まで進んで、。……それが変化の原因なのだと、信じたい。
 今の花は「花さん」と呼びたくなる。言語化しようの無い違和感が、心がからだと思いたくない。

「元気になった……かな?」

「あっ……うん……ありがとう……花……。」

 首を傾げ、自信無さげに聞かれる。
 花の変化は気になるが、元気にはなった。

が元気でいてくれるなら、それが1番嬉しいな。 元気でいられるうちは、私も大丈夫だって思えるから。」

 キミ?……花に、キミって言われた?

「貴方は変わらなくて良いんだよ?
 そのままでも、とっても立派で……素敵で……私を安心させてくれる。 私が貴方の居場所になって……貴方は私を守ってくれる……。」

 気のせい……か?花にキミと呼ばれるのは、珍しい気がする。
 アナタの方が距離は近いけど、キミって呼ばれるのも悪くない。

「私も貴方も……変わらずに……このまま……ずっと……同じ姿で……同じ気持ちでいられたら……それが、一番素敵だなって……思うんだ。」

「……そうだね。」

「こんな世界だからこそ、私たちでも変わらず平穏にいたいな……。」

「……そうだね。」

 不変は美しい、かもしれない。
 不変は永遠に似ている。形を変えず、老いる事も傷つく事もない永遠の継続。
 そんな関係は魅力的だ。

 今のままでも、花は僕を信じてくれる。頼ってくれる。求めてくれるんだ。
 花の方も変わらずに、僕の心を受け止めてくれる。……そうだ。僕たちは何も変わらず、このままでいれば良い。この理想的な関係を、ずっと続けていたいと思うのは悪い事じゃない。

 奪い……踏みつけにし……歯牙にもかけず忘れていく。そんな人間の悪意に、限りは無い。
 一寸先は闇の世界で、変わらず平穏で幸せな気持ちを持ち続ける。身を焼くような使命感も、果てしない義務感も求められない人生こそが、本当の幸せなんだ。

 僕は変わらず、今の自分であり続ける。
 手が伸びる限り、人を助ける。求められる限り、それに応える。そうやって、他の人が幸せになる手伝いをする。そこに、重さを感じる必要は無いのかもしれない。

(僕は……必要以上に、悩みすぎているのか。)

 重さを感じる事がないなら……それが1番良い。
 みんながみんな何も考えず、楽観的に生きていける毎日があるなら、それが良いに決まってるんだ。
 花がそう言ってる。……これが、間違いである筈がない。……そう、僕も思う。……思ってる……僕も……。

 違和感なんて……無い。
 何かが違う……なんて……考えるな。

 これが正しい……花だって……それを望んでる。僕が必要以上に背負い込んだら、苦しむのは彼女だ。
 これは……彼女を守るためなんだ。逃げ出したわけじゃない。……話し合って、決めた事なんだから。

 僕は……僕は……。

『僕は……変わらなくて良いんだ。』

 だって……花が……そう、言ってるんだから……。
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