『無頼勇者の破王譚』〜無能社員だった青年は、異世界で精鋭部隊を率いる~

八雲水経・陰

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第九章 反逆の狼牙編

EP267 花お義姉さん <☆・立ち絵>

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「ほら、段差よ。 足元に気を付けて……。」

「ぅん……。」

 牢獄の門を抜け、宿舎に戻り、ゆっくりと廊下を歩いていた。
 黙り込み、眉間に皺を寄せ、思考を巡らせながら、誰もいない深夜の廊下を足音も立てず進んで行く。
 チカチカと点滅する蛍光灯の光と、申し訳程度に燃える燭台。薄暗いが、暗闇ではない。視界は良好だった。

 にも関わらず、征夜の足取りはフラフラと蛇行しており、花の支え無しには歩けないほどである。
 あるいは、花が支えてくれるからこそ、むしろ甘えているのかもしれない。

「?」

ズタズタズタズタズタズタズタ……

 征夜は、急に立ち止まる。
 何も知らぬまま歩く花を、無言で制止する。

「征夜?」

「……何か来る。」

 腰に差した刀へ、自然と手が伸びた。
 曲がり角の向こう側に、何かが居る。
 天井と壁とカーペットの床、廊下を構成する上面側面底面の区別無く、四足の何かが縦横無尽に移動している。

(なんだコイツ……速いぞ……。)

ズタズタズタズタズタズタズタ……

 怪音が響く。ゴキブリの歩行に似た機構で、1メートル強の生物が天井を這っている。

「花はそこに居て。」

 即座に、刀を抜いた。
 曲がり角に向け歩み寄り、両手で握って刃を反らし、迎撃の構えを取る。

 相手が何者か分からないが、本能で危険と分かる。
 問答無用で殺しはしないが、殺される危険性はある。
 異様に高まった緊張が、征夜の体を走らせていた。

「誰だ?……っ!」

 曲がり角に着き、身を乗り出した征夜。
 正体を問う暇も無く、何処からともなく飛び込んで来た神速の刃に首の中核を狙われた。
 ヒュッと弾けた鞭のような風切り音は、大気の絶叫に似ている。耳を捉えた絶命の警告音に、征夜は機敏に反応した。

(速い……!)

 目が追い付かない、それが最初の感想。
 本能と直感で初太刀を交わしたが、身を翻して体勢を立て直した今、第六感すら通じない。
 速すぎて、残像に焦点が定まらない。光の筋が視界を過り、高速で蛇行しているのは分かる。しかし、その先端に追いつけない。敵の現在位置座標を、脳が認識しない。

 次が来る――そう思った時、既に斬撃が届いていた。
 身を立ち起こして二足で立つ、謎の敵。両手で握った剣からは、首腹足に三連斬。息つく間も無く打ち出され、対応を迫られる。

「がはぁッ!」

「征夜!」

 それは、もはや剣ではなかった。
 致命軌道の連斬を刀で必死に受け止めると、その重さに仰け反り、吹き飛ばされた。
 刀身がぶつかり合い、音と火花が弾けた瞬間、肉体に吹き寄せた熱気と質量は爆発に近かった。大型の重火器から、榴弾を浴びせられる錯覚。それが、息つく間もなく繰り返される。

 質量を伴った乱撃は、征夜の重心を精密に崩した。
 足腰に込めた重力をまとめて薙ぎ払われ、一瞬の浮遊感の後、気が付けば壁に叩き付けられていた。後頭部を強打し視界が揺れる。その隙を敵は見逃さない。

(しまっ)

 刹那の緩みに、付け入られる。乱れ打つ斬撃の舞が止み、直線軌道の助走に変わる。
 重厚な踏み込みと、軽やかな跳躍。間合いに突っ込むその速度は、征夜の反応を超えていた。

(っ!)

 瞬時に迎撃の構えをとるが、勢いは止まらない。
 直撃に備え見開いた目が、害意に圧されて閉じてしまう。目で捉えねば受け流せない、そんな理性が自己防衛の本能に負けた。征夜自身、その判断がいかに致命的か理解していた。敵前で目を閉ざすのは、戦意喪失に等しいのだ。

 打ち伸ばされた刃は懐へ飛び込み、そして――。

「やめて!!!」

 直撃の寸前で止まった。
 花の叫びが反響し、廊下を隅まで包み込む。

「ほひぇ~?」

「…………蜜音ちゃん?」

「あっ、お義姉ねえさんだ!」



 高速移動する残像が晴れると、残されたのは少女だった。長い茶髪に緑の瞳、そこにいたのは蜜音だった。

「お姉さん? 普通に花さんとかで良いけど……。」

「お義姉さ~んって呼ぶ!」

「そっか……。」

 花は恐る恐る話しかける。
 荒ぶる蜜音の襲撃は、先日の件とは一線を画した異常性を見せていた。征夜の目ですら追い切れない速度に加え、花の素人目にも分かる挙動の変化がそこにあった。

「なんでこんな事したの? 危ないよ……?」
「んひぇ?」
「大怪我するところだった。 死んでたかも。」
「大丈夫だよお兄さんなら~。」

 問いかけに応じる様は自然に思える。
 だからこそ異常性が際立つ。殺人未遂に近い状況でも、蜜音は何も感じていない。その受け答えに、花は薬物を疑うほどだった。

「蜜音ちゃんは何か……お薬でも飲んだ?」
「飲んでなーい。」
「じゃあ……なんでこんな事を?」
「ママが言ってたもん。」
「お母さん……ね。」

 汗はかいておらず、興奮状態でもない。さりげなく腕を捲っても、注射痕は見られない。
 薬剤師の視点から、その場で出来る限りの検査をする。だが、得物を握って他者に襲い掛かるほどの乱用や酩酊の痕跡は、微塵も見られなかった。

「よく分からないけど……もう遅いし、部屋まで着いてこうかな。……1人で帰れる?」
「ぁ……ぅん。」
「アハハ……そんな顔しないで、すぐ戻るから。」

 蜜音と征夜の間で視線を揺らしながら、花は苦笑してみせた。

「にゅへへぇ~1人で帰れるよ~。」
「でも道に迷っちゃうかもだし……ね?」
「はぁい~。」

 花は蜜音の手を引いて、歩み去って行った。

~~~~~~~~~~

「ほら、着いた~。」

「わぁい!」

 花の蜜音に対する態度は、すっかり保育士になっていた。数分の歩みを共にして、年齢を少し下に見れば馴染みやすいと分かったのだ。

「花お義姉さんって、お兄さんのママみたいだね~!」

「えっ! ぁ、そうかな……///」

 蜜音の急な発言に、花の瞳が引き締まる。
 頬が赤らみ、「何を言ってるの!?」と言わんばかりに振り向くが、嬉しそうにも見える。

「まぁ……お母さんみたいに頼ってもらえたら、嬉しいかな……ぅん……///」

「ふぅん……なるほどぉ!」

 ニヤケ切って零れ落ちそうな頬を両手で持ち上げながら、花はもじもじとはにかむ。天真爛漫な蜜音の声が、その態度をさらに煽り――。

<偽物はみんなそう言う。>

「え?」

 翡翠色をした瞳の奥で、鋭い敵意が光った。研ぎ上げた刃に近い、反り返った凶器の視線が花を突き刺して瞬時に消える。
 亡霊のような足取りで、鉄製のドアに吸い込まれ、蜜音の体は消えて行った。壁のこちらから向こう側へ、気配が透過したのが分かる。

 花だけが、薄暗い廊下に取り残された。
 その背筋には、深く冷たい何かが走った。
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