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第九章 反逆の狼牙編
EP245 人間の皮を被った何か①
しおりを挟む取り逃した隊長を除く魔界の傭兵たちを連れて、シンたちは本部に戻る帰路に立っていた。
その道中、シンは唐突にイーサンへ質問を投げる。
「部隊で一番可愛い女って誰だよ!?」
「は?いきなり何の話だよ!?」
「女の話に決まってんだろ!てきとーに彼女作りたいんだよ!」
セレアとの破局以降、シンにはガールフレンドが居なかった。
欲を発散するだけならワンナイトでも事足りるが、なんとなく手持ち無沙汰なのだ。
「淫魔のルルは?」
「もう屈服せたから興味無い。見た目通り、ただのメスガキだったわ。」
「えぇ・・・もう手を出したのか・・・。」
「淫魔の扱いには慣れてるもんで。」
淫魔の中でも、"特に経験豊富"なセレアを毎晩のように鳴かせていたのだ。
今さら10代の淫魔など、赤子の手を捻るような物である。無論、とっくに分からせている。
「シスターのリリー。」
「ああいう貞淑な女にアヘ顔させるの楽しいよな。・・・けどなぁ。なんか違うんだよね?」
「たしかに。・・・女騎士のアンネは?」
「ショートが似合ってて良いわ。・・・けどなぁ、なんか違う。」
この2人も、シンとしてはビビッと来る物が無かった。
イーサンとしては「リリーを堕とすのは楽しそう」という点において、シンと同意見のようである。
「み・・・蜜音は?」
「可愛いけど、ガキ過ぎてないわ。」
「良し!・・・じゃなくて、ふ~ん。」
正直シンは、ああいう天真爛漫な少女にも興味は無かった。
友人としては非常に楽しくて、95点くらいはある。だが、常に一緒に居るのは疲れると思ったのだ。
その返答を聞いて、イーサンは小さくガッツポーズした――。
「花さんは?メチャクチャ可愛いじゃん?」
「"頭がおかしい彼氏"がいるから無理だな。
手ぇ出したら、マジで吹き飛ばされそう。そもそも、アイツは全く唆られないわ。」
「なんで?料理も上手いし、胸も尻も中々じゃないか?・・・あっ、お前より背高いのが嫌なのか!」
「違ぇわアホ!こちとら182の女とも付き合ってんだぞ!」
セレアとの身長差は、実に14センチ。
それぞれ種族が違うという事を考慮しても、シンが自分より2センチしか変わらない花を恋愛対象から外すとは思えない。
「なんかさぁ、人間味が無いんだよね?
得体が知れなくて、本性が分からないって言うか。すげぇ不気味。」
「そうなのか?でも隊長はベタ惚れなんだろ?」
「童貞だしチョロいんだろうな。ヤンデレ?メンヘラ?・・・いや、それ通り越して狂信者っぽいな。」
「狂信者?」
シンは前回の旅の道中、征夜の行動を逐一監視していた。
どんな場面で動揺するのか、どんな目に遭って怒るのか、どんな事が出来て、どんな事が出来ないのか。
そんな中、征夜が大きく感情を揺るがす時には、いつも傍に花の姿があった――。
「たまーに思うんだよな。
アイツが見てる世界って、俺たちが見てるのとは違うんじゃないかって。」
「"見てる世界"?」
イーサンは彼の言う事が分からずに、困惑の表情を浮かべている。
そこでシンは、征夜と花について自身の見解を詳細に語る事にした。
「順を追って説明するかぁ・・・。
俺からすると、花は得体が知れなくて"気味が悪い"。」
「気味悪い?どういう事だ?」
「一見すると、"慈愛に満ちた聖母"みたいな?
でも、いざ話しかけてみると"処女ビッチ"みたいな?・・・でもまぁ、そこまでは普通の女なんだよ。」
「うんうん。」
そういう女性は数こそ少ないが居る。
時には包み込むような優しさ、時には相手を引き回す陽気さ、その使い分けをしているのだ。
だが、シン曰く花が"特異"である点は、それとは別にあった。
「でな、もっと奥まで見ていくと・・・"何も無い"んだよ。」
「・・・は?どゆこと?」
「う~ん・・・"征夜に好かれたい"って事だけが先行してて、"自分"が無いみたいな?
だから征夜を取られそうになると暴走するし、征夜が傷付いてたら寄り添う。
それが本心なのは事実なんだろうが、むしろソレが不気味なんだ。」
「好きな人の為に尽くすタイプの女なんじゃ?」
「いいや・・・それも違うな。アイツは徹底的に"チョロイン"で居ようとしてる。
征夜を抜きにした自我・・・まぁ要するに、個人としての人格が"別の場所"に有るような。それがまるで、人間じゃないように見えるんだ。」
「ふむ?」
「他の奴にも親切だし、愛想が良い。それは認めるよ。
けどソレも、なんだか"トロフィー"みたいなんだよ。
アイツ自身が本心から親切をしてても、巡り巡って彼氏である"征夜を輝かせてる"。・・・そんな感じだ。」
言い方は悪いが、シンの指摘にも一理ある。
花が善良で、美しく、皆からの敬意を集める存在であるほど、その恋人である征夜は輝く。
黄金の光を放つトロフィーを持った英雄は、人々の中で畏怖の念を形成する。
花自身が本心から「困っている人を放って置けない」と考えて行動したとしても、シンにはソレが「トロフィーとしての価値を高めようと気張っている」ように見えた。
コレは、彼の"考え過ぎ"なのだろうか――。
「言ってる事が難しいなぁ・・・つまり、どういう事なんだよ?」
「心も体も軸が無くて、常に"最適解"を選んでる。
言葉では言い表せないが、とにかく得体の知れない奴だ。」
「ひでぇ事言うなぁ・・・流石に失礼すぎだろ・・・。」
イーサンはシンの意見に懐疑的だ。
姉から聞いた花の性格は、裏表の無い善良な女性。むしろシンの話す知見の方が、よほど現実味の無い妄言のように感じられる。
だがシンとしても、確固たる根拠があった上での考察なのだろう。そう簡単には引き下がらない。
「チョロインって言うのは、少し違うか?
チョロいのは、むしろ征夜の方。・・・いや、アイツらは互いに何かを演じてる?
花がトロフィーなら、征夜は・・・選手?いや違うな。姫と従者?騎士か?・・・守られる為のキャラがある?なら、本体は別にある?」
「おい~!自分の世界に入らないでくれ~!」
突如として会話を遮断し、考察の渦に飛び込んだシン。そんな彼を、イーサンは現実に呼び戻す。
「・・・なぁ、正直アイツのことを見る時、俺たちの頭の中って下ネタで満ちてるだろ?」
「お前と一緒にするなよ!」
「Gカップやぞ?」
「神経が苛立つッ!」
イーサンは中々に素直な本音を漏らした。
成人済みの男が語っているとは思えない、それこそ男子高校生のように下品な会話。
だが人間であれば、多くの人は多少なりとも異性の事をそう言った目線でも見ている。それは、仕方のない事だ。
だが、一人だけ"例外"が居た――。
「けどなんか、征夜はそう言うの我慢してるっぽいんだよな。」
「奥手なだけだろ?」
「それもある。けど、他にも理由は有りそうだ。」
「たとえば?」
征夜は確かに奥手だ。
童貞だし、"彼女居ない歴=年齢"を24歳まで貫き通して来た。
だが、花がいかにオープンな誘いをかけても、征夜は一向に手を出そうとしない。
そこには最早、"羞恥心"だけでは説明できない何かがあるように思えたのだ。
シンは、その答えが分かった気がした――。
「アイツを"神聖視"してる?みたいな?」
「えぇ・・・。」
恋人同士の関係性に、"神聖"と言う単語が入ると、途端に気味が悪く思えてくる。
イーサンはそんな突飛な考えが事実である訳がないと訝しんでいるが、シンは確信を持った口調で続ける。
「少なくとも、征夜に性欲が無い訳じゃない。だが、その発露にはリミッターが付いてる。
条件を満たさなければ、アイツは花に手を出さない。その条件が花の価値だ。それを釣り上げれば釣り上げるほど、征夜は更なる努力をする。」
「ふむ?」
「だからアイツは、花とは逆の論理で動いてる。
花は征夜の価値を高めようと、トロフィーに徹する。征夜はその逆で"高価な花"に相応しい力を得ようと、躍起になって走り続けてる。」
「えぇ・・・。」
(本当にそんな事があるのか?)
まるで"昆虫の奇妙な習性"を話す教授のような調子で、シンは淡々と解説を続ける。
それが事実であるなら、確かに征夜と花の関係は気味が悪い。イーサンは少し引き気味に、シンの考察を理性的な観点から吟味していた。
「・・・征夜の目には、花が"何"に見えてるんだ?
そもそもアイツらは、本当にこの"人間世界の土の上"に立ってるのか?ソレが分からないから不気味なんだ。」
「・・・そんなにヤバいのか?」
「本人たちは全く気付いてない。
けどアイツらは、本気で何かがヤバい。最近では、"人間の皮を被った何か"だとすら思えて来た。」
「こ、怖い事言うなよぉ・・・。」
イーサンはいよいよ、弱腰になって震え始めた。
180を悠に超える体躯を持つ男が怯え、狼狽える姿は中々に珍妙であった。
「仲間として最低限の関係は保ってるが、俺としては出来る限り関わりたくない。
花が征夜を思って、征夜が花を思って、互いに動いてる時のアイツらは"機械の目"をしてる。そこに、"得体の知れない何か"が垣間見えるんだ。」
「ひ、ひえぇ・・・。」
イーサンはいよいよ、恐怖に押し潰されそうになっている。
だが、それも無理はない。自分の上司と、その恋人が"行動原理が分からない謎の生物"であるかのように言われれば、多くの人が恐れ慄くだろう。
だが、そんな主張を一括する者が現れる――。
「得体が知れないのはアンタでしょうがッ!!!」
「うげっ!?聞いてたのかよ!・・・痛ぇっ、」
背後から顔を出したアメリアは、たいそうご立腹であった。
太めの眉を釣り上げて眉間にシワを寄せながら、シンの右耳を抓っている。
「花はとっても優しいの!薄気味悪いサイコ野郎のアンタとは違うんだから!」
「分かった!分かったって!すまんっ!痛ぇっ!!!」
「ほんとに分かったのかぁ~っ!!!」
耳元で大声を出すアメリアは、耳を抓る指に更なる力を入れる。これには、シンも堪らず悶え苦しむしかない。
「いで!いででででででぇ"ッ!!!"冗談"だってば!み、耳が千切れるぅッ!!!」
シンは、ここに来て白状した。
なんと、これまで花や征夜に対して言っていた事は、ただの冗談であったと言うのだ。
「は!?冗談かよ!」
今度はイーサンがキレた。
散々に怯えさせられた彼としては、シンのカミングアウトは容認出来ない。
「そ、そうだよ!お前をビビらせる為の冗談!ネタバラシの前にキレるなって!だから離せよッ!」
「ふざっけんなよお前ぇッ!!!」
「ごふぅ"ッ!!!」
イーサンの腹パンが、シンに直撃する。
その場で跪いた彼を見下ろしながら、二人は罵声を浴びせる。
「フンッ!2度と花に変な事言わないで!」
「くだらねぇ冗談も言うな!」
「す、すまんかった・・・。」
一応は味方の筈なのに、その扱いは捕らえた魔族と同じか、それ以下に酷い気がする。
シンは少々不服に思ったが、流石に悪ノリが過ぎたと反省し、二人の折檻を容認した。
だが心の奥底では、それとは異なる意識も湧いていた――。
(いや確かに、ちょっと盛ったけどさぁ・・・割と本気なんだよな。)
勢いで言い過ぎた面はあったかも知れないが、中には本心も混ざっている。
だが、二人の怒った様子を見る限り、それは心の中にしまって置くべきだとシンは判断した。
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