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第九章 反逆の狼牙編

EP253 快楽の魔手 <キャラ立ち絵あり>

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「ドラゴンだよ!ドラゴン!ドラゴオォォンッ!!!」
「いえ、私は鳥類だと推察します!」
「・・・蛇かワニだと思う。」

 馬車に乗り、城を目指して帰っていた征夜班。
 荷台に乗った者たちの話題は、班長が持ち帰った"謎の卵"の正体で持ち切りであった。アルスはドラゴン、兵五郎は鳥類、エリスは爬虫類を推した。

 その議論には正直、何の意味も無い。
 だが、凄惨な光景を目にした彼らの心にとっては、清涼剤になり得る他愛の無い会話は心地よい物であった。

「ルルさんはどう思いますか?」

「へっ?・・・えっ?・・・あっ、聞いてなかった・・・ごめん・・・。」

 そんな中、ルルだけは会話の中に加わらず、馬車の隅でジッと蹲っていた。
 ガタガタと震えながら目を泳がせ、何かに怯えるようにキョロキョロと首を振り乱す様は、今朝の明るさからは想像も出来ないほど参っていた。

 普段の彼女なら決して言わない「ごめん」と言う単語も、その異常さを物語っている。
 一体、彼女は何を感じ、何に怯えているのか。
 それは先刻から今に至るまで、同班の誰からも理解されなかった――。

「卵の正体だってさ!征夜は何だと思う!?」

 荷台の前部に座った花は、布を掻き分けて顔を出し、馬に跨った征夜に話し掛けた。
 それは、一人で黙々と手綱を握っている征夜が飽きないように、何か話題を振ろうとする彼女なりの配慮であった。

「分かんない。」

 だが征夜は、花がせっかく話し掛けたにも関わらず、素っ気無い返事をした。手綱を握る事に集中しているのだろうか。

「何か予想は!?」
「うん。」
「私はペガサスな気がする!」
「うん。」

 会話の流れが一方的で、上手く噛み合っていない。
 征夜の返答は上の空、「心ここに在らず」といった具合であり、適当に相槌を打っているだけだ。

「征夜?・・・おぉ~い?」

「うん。・・・うん?」

 不審に思った花の呼びかけにも、雑に応対した征夜。
 そんな中、上の空であった彼の注目は、別の物に向いたようだ。

「どうしたの?」

「・・・誰か立ってる。」

 花の疑問に答えた征夜は、馬を優しく宥めて馬車を止めた。
 草原を直進する唯一の舗道を遮るように、誰かが立っている。その異様な雰囲気を訝しみながら、征夜は鞍を降りて話し掛けた。

「あぁ~・・・えと、すみません。」

「はぁ~い~♪」



 そこに立っていたのは、妖艶な雰囲気を漂わせる美女であった。

 背丈は170㎝代前半ほどで、征夜より少し低い。
 パックリと空いた胸元から剥き出しになった谷間は、深く豊満な食い込み具合。
 ぴっちりと布に密着した臀部は大きく、キュッと引き締まった脇腹とのコントラストが眩しい。

(このドレス、どっかで見た事あるような・・・。)

 不思議な形の帽子を頭頂部に二つ着け、東洋のドレスを着ている。だが、その顔立ちは東洋人とも西洋人とも判別が出来ない。

 年齢は20ほどに見えるが、それが実年齢と乖離している事すら容易に察せられる。
 そんな、"人間とはベクトルの違う美貌"を誇っていた。

(小柄だな・・・いや、本当に小柄か?)

 征夜の中で定まった女の第一印象は、何故か"小柄で華奢"という結論だった。
 170㎝と言えば、女性としてはかなり高い。バストもヒップも豊満で、大柄とは言えずともスタイルは良い方だと言える。

 だが、征夜にも分からない事なのだが、女は何故か小柄に思える。
 まるで"よく似通った比較対象"がこれまで居て、そちらの方が恵体だったような。そんな気がした――。

「そこに立っていられると邪魔なので、早く退いてください。」

「あら~、ごめんなさぁ~い♪」

 征夜は少し棘のある口調で、女性に道を開けるように要求した。女性はソレを嫌悪する事もなく、ススッと道の傍に避ける。

(・・・?この感じ、どこかで・・・。)

 女性が脇に避けた時、淫靡かつ芳醇な甘味を持った香りが、征夜の鼻腔に飛び込んで来た。
 征夜はその匂いに、"強烈な既視感"を覚える――。

「あの・・・もしかして、前にどこかで会った事あります?」

「いいえ~?初対面ですわ~♡」

 この女性に、会った事はない。
 だが、物凄く似た感覚を自分は知っている。
 背筋がむず痒くなるような、絶妙の心地。征夜には、その正体が気になって仕方が無かった。

「そうですか・・・・・・お名前は何て言うんです?」

「あらあら♡こんな若い子にナンパされちゃったわ♡」

「いえ、そういう訳じゃなくて。」

「なぁーんだ!違うの~?」

 表情一つ変えないまま、淡白に質問する征夜。
 それに対して女性の方は、異様なほどハイテンションに応対する。

 この感覚もまた、征夜には既視感があった――。

「まぁ良いわ♡あなた、すごく可愛いから教えてあげる♡
 私の名前はセレスティアナ。"セレス"って呼んでね♡・・・名字は教えてあげなーい!」

「うん?」
(どこかで聞いた事があるか?)

 今度は既視感と言うレベルではない。
 彼女の名前を以前、どこかで必ず聞いている。
 それなのに、誰に、いつ、どこで聞いたのか。それが分からない。

「それで、あなたのお名前は?
 女の人に聞いたんだもの、もちろん教えてくれるのよね?」

(は?何だコイツ鬱陶しいな。)

 征夜は先刻から、いつになく苛立っていた。
 セレスの言う事は的を得ているし、先に名前を聞いたのは確かに征夜だ。しかし、それが分かっていても、無性に腹が立つ。

 この世には、気圧の影響で頭が痛くなる"偏頭痛"と言う物がある。
 今の征夜は正に、そんな感じだった。"目に見えない何か"に脳を締め付けられ、立っているだけで怒気が湧き出してくる。

 気を抜けば、今にも刀で斬り掛かってしまいそうなほど、征夜は心身ともに限界まで熱り立っていた――。

「・・・僕の名前は」

「待って!当ててあげる!」

 女は腕を出して制止し、征夜の苛立ちを一気に沸点まで押し上げた。
 今にも吐きそうなほど強烈な怒気が、喉元まで込み上げてきた征夜。その神経を逆撫でするように、女は胸元まで詰め寄って匂いを嗅ぎ始めた。

「クンクン・・・あら?
 あらっ!これはまた、なんて偶然かしらっ!」

「は?何がだよ。」
(なんっかイライラするなぁ、さっきから。)

 セレスの軽薄な口調に、おちょくられたような気分になった征夜の苛立ちは、いよいよピークに達した。
 最低限の礼である敬語すらかなぐり捨て、眉間に血管を浮き出させながら目の前の"面倒な女"を睨み付けている。



 そんな中、明らかに不穏な二人の様子を見かねて、花が馬車から飛び出して来た――。




「あの・・・あんまり征夜にベタベタしないでください・・・!」

 怒り半分、焦り半分の膨れ顔で、花はセレスを威嚇する。
 とは言え、迫力が足りない。ぷくっと膨れた両の頬は、柔らかい肌の感触を強調するだけで、誰が見ても"可愛らしい"という反応しか思い浮かばない。

「あらまぁ~、怒られちゃったわ~。
 でも変ねぇ?この子から、貴方の匂いが全然しないわよ?もしかして、まだ"シてない"のかしらぁ~?」

「・・・っ///そんな事・・・あなたには関係無いと思いますっ・・・!」

「汚れてない女の子って好きよ♡
 まぁ、"汚すのが好き"だからだけど・・・♡」

 セレスは中々の煽り上手だった。
 ポワンポワンと優しそうな笑顔を振り撒きながらも、的確に痛い所を突いてくる。
 征夜には、彼女の言う意味がよく分からなかったが、花にはクリティカルヒットしたようだ。

「馬車には他にも沢山居るのね。・・・中から死体の匂いがするわ。あなたたち軍人ね?」

 視線を馬車に向けたセレスは、布の隙間から中を覗き込んで征夜達の正体を推察する。

「・・・ひっ!」

 馬車の中から、引き攣った悲鳴がした。
 見ると、カーテンの隙間からルルの可憐な顔が覗いている。その視線がセレスと合った時、少女の表情は凍り付いた。

「あらあら・・・なんて綺麗な"赤い髪"なんでしょう。」

 その瞬間、野次馬のような好奇心に満ちていたセレスの眼は、恐ろしく鋭い眼光に変わった。

 心も体も小鳥のように浮ついた女性だが、その正体はスズメであった。
 小さいながらも猛禽類。外見こそ可愛らしいが、"獰猛なハンター"でもある。その片鱗を、一瞬だけ見せていた。

 だが、そんなセレスの心境など、征夜には関わりの無い事――。

「さっさと退け!邪魔だ!斬り殺されたいのか!」

「ちょっ、征夜!そんな事言っちゃダメでしょう!」

「ご、ごめん・・・。」

 セレスが退くのを今か今かと待っていた征夜。
 しかし、沸点が極限まで低くなった彼の堪忍袋の緒は、早々にブチ切れた。

 たった数分の"待て"も堪えられないようでは、犬以下と言わざるを得ない。
 駄犬征夜は"飼い主"の注意を受けて少し冷静になり、セレスではなく花の方を向いて頭を下げた。

「ふ~ん・・・吹雪征夜・・・良い名前じゃない。」

 セレスは冷たく、底意地の悪い顔で笑った。
 柔らかくコーティングされた外面を取り払い、剥き出しの悪意を視線から放射する。

「あらあら、凄い瞳力どうりょくねぇ。
 けど残念、吹雪の眼術なんて怖くないの。だって、"ピカピカ光って足が速くなるだけ"でしょう?」

 意図せずに発動した凶狼の瞳に睨み付けられても、その冷徹な眼は動じない。
 二人の間に割り込んでいた花だけが、胸と背に降り注ぐゾクッとした寒気に襲われていた。

「通せんぼしてごめんなさいね♪
 あなた達の馬車から、とっても良い匂いがしたの。」

 冷笑を引っ込め、再び朗らかな笑みを浮かべる。
 女は誰もが役者だが、この女狐は変化へんげする。瞼が瞬く刹那の隙に、別人へと移り変わるのだ。

 その直後、スッと花の背後に回り込み――。

「貴女・・・美味しい蜜の匂いがする・・・。
 干からびるまで吸い尽くして・・・死んじゃうまで気持ち良くしてあげたいわ・・・♡」

「ひぃっ・・・!?」

 耳元で、征夜にも聞こえないほど微かな声で、恐ろしくも優しい口調を以って囁かれた言葉。
 蕩けそうなほど甘い声に、理性が惑わされそうな感覚。

 セレスの細長い指が、花の二の腕に差し向けられた。
 背後から感じる強烈な悪意と熱気、溢れ出した興奮と熱情を向けられた花は、背筋を走る卑猥な予感に身をよじった。

(か、体・・・動かないよ・・・!)

 声を出す事も、逃げ出す事も出来ない。
 貞操の危機は勿論、このままでは"命の危機"だ。

 セレスの指に捕まれば最期。弄ばれ、死ぬまで玩具オモチャにされると本能で分かる。
 命も、精神も、肉体も、虐め抜かれて殺される。
 自由も未来も奪われて、体に残る全てを家畜のように搾り取られた上で、死後も陵辱される。

(私・・・このままじゃ・・・溶けちゃう・・・怖いよぉ・・・!)

 恐怖と焦燥で、涙が溢れ出して来る。
 身も心も溶かされるような、本能的な恐怖。
 ギュウギュウと圧迫され、体の中に消化液を注入されているような、生きたままミンチにされる感覚だった。

 それなのに、体が言う事を聞かない。思考がピンク色に塗り潰され、鼓動は加速する。
 毒々しい欲望を向けられているのに、自身の悲惨な末路すら受け入れてしまうほど、理性が蕩けている。

 しかし、恋人が悪の手に堕ちるのを黙って見ているほど、征夜は馬鹿ではない――。

「花!行こう!」

「・・・っ!」

 頬を真っ赤に染め、涙に潤んだ目で見つめてくる恋人の姿は、征夜の魂に警鐘を鳴らした。
 自分に助けを求めている。助けなければならない。そう思った時、征夜は既に抜刀していた。

「花から離れろ!女ッ!」

 セレスの右腕は顎下に、左腕は二の腕に回り、太腿は両足を押さえ付けようと取り囲んでいた。
 どれも、まだ触れていない。だが、どれか一つでも花に触れれば、蜘蛛の巣に囚われた蝶のように、後は貪られるだけ。そんな風に思えたのだ。

「あらあら・・・今度はあなたの方が怒っちゃった♪」

 青白く光る氷の太刀。
 魔を斬り払う意を込め名付けた"照闇之雪刃てるやみのせつは"が、セレスの首に向けられる。

 大袈裟に両手を上げ、ヘラヘラと笑いながら降参した女狐は、花に触れる事なく後退りした。
 余裕を漲らせた嘲笑の目で征夜を見つめながら、沿道に逸れて馬車に道を譲る。

「また会いましょうね、"吹雪と聖成きよなり王子様サラブレッドくん"・・・♪」

「へ?何・・・言って・・・るの・・・」

「良いから行こう!花!」

 フラフラと夢心地のまま、再びセレスの方に歩いていこうとする花を、征夜は強引に引き戻した。
 些か乱暴ではあったが、お姫様抱っこの態勢で花を抱え上げ、脇目も振らずに馬車に飛び込む。

「どうしました隊長!?」

「銃をあの女に向けて構えておけ!絶対に目を離すな!ただし、目を合わせるなよ!」

「りょ、了解ですっ!」

 征夜は無意識のうちに、"隊長としての初命令"を兵五郎に下した。
 直感で分かるのだ。セレスと目を合わせるのは不味いし、目を離すのも不味い。その折衷案として、兵五郎にライフルを向けさせた。

「・・・こっち見んな!」

 "不良中学生"のような捨て台詞を去り際に吐きながら、征夜は馬を急がせた――。

~~~~~~~~~~

 草原に、ただ一人残されたセレスティアナ。
 右腕で胸元をたくし上げるように支えながら腕を組み、左手で"バイオレット"の髪を弄る。

「イライラが止まらなかったわね♡
 フフフッ♡まぁ、仕方ないわ。だって、あの吹雪一族だもの。」

 セレスは悪戯っぽく笑いながら呟く。
 まるで征夜の血脈に関して、何かを知っているような。そんな笑いだ。

「う~ん・・・ひっそり魅了チャームを掛けてみたんだけど、効かないわねぇ・・・。」

 やはり、この女狐は油断ならない。
 彼女の正体は"淫魔サキュバス"であった。それも、ルルとは次元の違う能力を持った高位の淫魔。

 底知れない能力に、真意の見えない余裕を漂わせるセレス。
 彼女は征夜と初めて目を合わせた時から既に、催淫攻撃を仕掛けていた。

 しかし、彼には効かなかった。
 確かに目が合ったのに。正面から睨み合ったのに。全く以って、効果が無かったのだ。

「普通の男の子なら効果バツグンなんだけど・・・やっぱり愛の力かしら?それとも吹雪の力?・・・それとも、"母の守り"かしらぁ?」

 花への想いが征夜を守ったのか。
 永征眼の瞳力が征夜を守ったのか。

 それに加えて、セレスにはもう一つ"別の心当たり"が有ったようだ。
 それは征夜の母、"吹雪冷奈"に関する事。彼女の何かが、彼を守ったと言うのだろうか。

「うぅ~ん・・・気になる!遺伝子を食べてみたいわ♡
 "あの子"に先を越されたかしら?いや、それは無いわね。匂いがそれほど濃くなかった。」

 遺伝子を食べる。風変わりな言い方だが、要するに"そう言う事"だ。

 淫魔族にとっての食物。その味にも、当然ながら個人差がある。
 彼女の見立てでは、征夜の遺伝子は美味。それも5つ星グルメの味だった。
 その際に気になるのは、先を越されていないか。その一点に尽きる。無論、童貞の方が美味に決まっている。

 セレスの口走った"あの子"とは、花の事だろうか。
 いや、違う。花と征夜が致してない事は、既に断定していた。

 なら、花の他に"強い匂いを残した女性"とは、一体誰だろうか。
 その女性を想像している時、セレスの表情は強張っていた。眼球は一瞬だけ血走り、あまり良く思っていないようだ。

「フフッ♡緑髪の子も、もちろん食べちゃいましょ♡二人仲良く私のペットにしてあげたいわ・・・♡
 どんな嗜好プレイが良いかしら?男の子を赤ちゃんにして、緑の子はママかしら?いや、改造して女の子同士にしちゃうのも良いかも♡」

 まさかの"メス堕ちTSレズ3P"である。
 世界を救う為に選ばれた勇者として、中々に終わってる最期バッドエンドだ。

「フックラした綺麗な胸をしてたものね。
 お尻も良い感じに実ってるし、まるで最初から赤ちゃんを作る為に設計されたような、完全無欠のフォルム。
 アレは天然の芸術品よ♪フフフッ♡とっても可愛くて美味しそう♡なんで悪戯されないのか、甚だ疑問だわ♡」

 中々に失礼で身勝手な想像が、花の体に向けられる。
 ただし、これは思想の自由。セレスの胸中で花がどれほど辱めを受けようと、ソレを止めさせる権利は誰にも無い。

「緑の子・・・とっても濃厚な魔力だったわぁ♡
 呪いでミルクに変換してあげれば、きっと溢れちゃうわ♡いっぱい搾ってあげないとね♡
 淫紋で、お腹もキュンキュンにしてあげましょ♡あぁ、今から楽しみで仕方ないわぁ♡♡♡」

 下卑た笑みを浮かべながら、セレスは妄想に耽る。
 両手を天井から吊るされた縄に縛られ、あられもない姿を晒して恥じらう花。

 たおやかな肢体を汚し、考えつく限り最も卑猥な陵辱を加える。
 恐怖と快楽に屈服し、足元に這いつくばって許しを乞う姿を想像をするだけで、口角が上がってしまうのだ。

 外見こそ絶世の美女だが、頭の中は痴漢と変わらない。
 それどころか、貞操だけでなく人権まで略奪しようと企んでいるのだ。悪辣さと身勝手さでは、並べる事も出来ない。

「目隠しして、首輪して、ワンちゃんのように連れ回してあげましょう♡きっと、すごく可愛いわ・・・♡」

 そして――花をいかに辱めるかの算段を立て終えたセレスは、トランシーバーを取り出した――。

「突然の通信、失礼致します。
 生物兵器研究班の帰還は絶望的かと思われます。"例の卵"も奪われ、既に全員が捕縛され、例の国に連行されました。」

 先ほどまでの軽薄な声色とは打って変わり、それはキャリアウーマンの声だった。
 上司に連絡し、淡々と要件を伝え、現状を正確に伝える。"どこの会社にも居る"と言えば語弊があるが、"出来るOL"の声だ。

 より綿密に言えば、""の声である――。

「ですが、朗報もあります。
 "吹雪資正の末裔"を捕捉いたしました。・・・いえ、貴方様の敵ではありませんわ。聞き及ぶ"吹雪の剣豪"の実力とは程遠いと思います。」

 手合わせをせずとも、目を合わせれば実力が分かる。
 それは悪魔としての能力か、戦闘経験によるものか。
 どちらにせよ、今の征夜では"全盛期の吹雪資正"とは程遠い事が、彼女には分かっていた。

「場所ならいつでも分かりますわ。
 娘が既にマーキングを済ませていました。それを辿って行けば、彼らの根城も分かるかと。」

 これから先の任務において、征夜たちの動向は全てセレスに筒抜けとなる。
 なぜ、いつ、どこで、誰に、何を、どのようにマーキングされたのか。
 5W1Hは勿論、その事実すら知らないまま、征夜たちは密かに監視され続けるのだ。

「・・・まぁ!ついに、"征服"に向けて動かれるのですね!」

 通話越しに聞こえた宣誓に、セレスは歓喜した。
 子供のような笑みを浮かべながらピョンピョンと顔を上下に振り、その度に豊満な体が揺れる。

「はい・・・全ては"雁月との様"の仰せのままに・・・!」

 言葉では伝わらない、"殿との"と言う単語の中身。
 彼女が敬愛し、頭を下げ、貞淑な声色で語り掛ける主君が誰だったのか。声を聞いても、それは分からない。

 だが、その男は間違いなく一騎当千の実力者であり、"吹雪の剣豪"を知る者。
 "天渡りの剣士"でも、"狼の勇者"でもない。"吹雪資正"を知る者なのだ。

「それでは失礼致します・・・あっ、今夜は宴・・・はい。僭越ながら、ご一緒させて頂きます・・・♡」

 相手には見えないと言うのに、セレスは何度も頭を下げて敬服の意を示した。
 トランシーバーの電源を切る瞬間まで、貞淑かつ上品な女性として振る舞い続けた。

 それは心からの敬意であり、心からの賛辞。
 恐怖に屈したのでも、欲に目が眩んだのでもなく、心の底から主君に心酔し、身も心も捧げる構え――。

 満面の笑みを浮かべるセレスは、有頂天だ。
 これから先は、楽しい事が待っている。吹雪征夜と自身の主君がぶつかり合い、必ず主君が勝つ。
 その時、自分の中に存在する幾つかの野望が成就し、心身ともに耐え難い快楽に浸る事が出来ると確信したのだ。

「人間を超えた一族・・・人でありながら、殺人に特化した能力を有した人種。
 社会よりも狩猟・・・進化した人類の文明から取り残された、前時代の存在。」

 自身の知っている情報が、緩んだ口の端から自然と零れ落ちた。

 これから戦う青年、これから負ける青年、これから死ぬ青年。どのような形であれ、その結末は揺るがない。
 だからこそ興奮する。自身の主君が勝った時、自分に"おこぼれ"は来るだろうか。その身に流れる数奇な血潮を、踏み躙る日が来るだろうか。

「"いにしえに適合した新人類"・・・それが勇者の血脈、吹雪一族・・・!」

 興奮に満ちた声色で、山の影に消えていく太陽を見つめる。
 夜に包まれた天空を仰ぎ見れば、そこには巨大な月。遠く離れた"地球ほしの衛星"が、爛々と輝いていた。

 限りなく満月に近いが、真円ではない。
 およそ300年前の満月から、約150年を費やして欠け、約150年で再び満ちて来た天体。

 戦乱の世を照らす"夜の天道"を見上げながら、セレスは謳うように呟いた――。

「今もなお、"暴力の可能性"を示す者・・・!」
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